この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR

ばたっちゅ

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【 未来と希望 】

変わる世界 中編

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 扉を開け入って来た人間の姿を見て、カルターの背筋にピリピリとした感触が走った。
 それが誰かを認識してしまったからだ。

 肩にギリギリかかるような黒髪。全てを見通すような。深くて黒い瞳。
 胸元からは麻色の襟が見えるが、その上から白に近い生成りのローブを纏っているため下に着ている物は分からない。
 足元は何処にでもあるような普通の革靴だ。
 外見だけなら少し童顔で頼りない。しかし身に纏う雰囲気は、明らかに常人のそれではない。

「お初にお目にかかります、陛下。私奴わたくしめはヘルマン・ルンドホーム。見聞を広めるため諸国を漫遊していた際に、女帝陛下とお会い致しました。以後はハルタール帝国と協力し、領域の謎を研究して参りました。どうぞお見知りおきを」

 そう言ってうやうやしく頭を下げた男。この男の名を、姿を、声を、カルタ―は忘れない。
 この男の名はアイワヨシキ。またの名を魔王という。




 ――あの顔は、間違いなく気付いている。

 刺すような視線に、額に浮かんだ血管。空気が過熱し重くなったように錯覚するが、背筋は逆に凍りそうだ。
 忘れてくれることに期待していたが、その辺りは無駄だったようだ。

「遠い所ご苦労であった。まあ座ると良いの。席は2つある、自由に使え」

 しかしそんな空気は無視して、オスピアはさっさと座るように促してくる。
 わざとなのか天然なのかは分からないが、この人は強い。

「では失礼して……」

 本当はカルタ―とは離れた場所に座りたかったが、この二人は仲良しではなかったらしい。向かい合わせに座っている。
 必然的に、座る場所はカルタ―の右か左かしかない訳だ。
 灰色熊グリズリーの横に座る……そんなイメージが頭に浮かぶ。というか、誇張抜きに似たような力なんじゃないのかあの筋肉。どう見ても人外だぞ。

 とはいえ躊躇ちゅうちょしてどうにかなるわけでもない。諦めてカルタ―の左側に座る。
 俺の記憶が確かなら、彼は右利きだ。これも僅かながらでも生存率を上げるための知恵だ。

「わらわはもう聞いておるが、カルターは初めてだの。では改めて領域とは何か、そしてこれからどうなるのかを説明してもらおう」

「かしこまりました。それでは失礼して――」

 俺はゆっくりと、これから行う事の説明を始めたのだった。

「それでは『領域とは何なのか』という事を、改めて説明させていただきます。多くの人々に誤解されていますが、領域とは全ての生命にとって最適な環境です。しかし、生き物はそれぞれ住処が違います。人がそうであるように、また海の生き物がそうであるように、自分の生きる場所があるのです。自らにとって都合の悪い土地だからといって壊していけば、結局は何も残りません」

 説明をしながら、今までの事を思い出す。
 今回の事がスムーズに行えたのは、オスピアが事前に手配してくれていたからだ。
 そして、細かな手順を決めるためにマリッカが派遣された。魔人エンブスの元へ彼女が来たのは、本来それが目的だ。

 とはいっても、彼女も機械などではない。個人で思う所があったのだろう。その中に、人間として魔王を倒すといった選択肢もあった。
 そこに魔人は警戒したが、同時に本気で俺を殺す気ではない事もまた明白だった。
 もしその気であれば、魔人は――少なくともエヴィアはあそこまで呑気ではあるまい。
 ……と信じておこう。

「ところが、領域の多くは間違った知識により解除されてしまいました。その中には、人間が本来あるべき領域も含まれます。それこそが、人間が今まで苦しんできた原因でもあると言えるでしょう。ですが今、世界は再び元の姿を取り戻そうとしています。そう、領域の再生が始まっているのです」

『再び世界を領域で覆う』……その計画をオスピアに伝えた時、彼女は何とも複雑な表情をした。
 まあ、ある意味当然と言える。彼女は、その『領域で覆われた世界』が破壊される過程を見て来たのだから。
 そして新たな領域を作る際に、魔王がどうなるのかも知っている。

 だけどこれは、以前の領域とは違う。
 最初にこの世界を領域で覆った時、人間はまだ初代魔王だけだったという。
 そこに後から人間が召喚され、様々な領域に振り分けた。魔人にとって、それは良い事であったはずだった。
 しかし失敗した。人間専用に作られた領域など、一つもなかったからだ。
 何処も先住の生き物が存在した。環境も、必ずしも人間に適していたわけではない。
 当然、そこは人にとって安住の地とは成り得なかっただろう。そして悪い事に、人間はそこから出ることが出来た。魔王というシステムの為に。
 こうして人間は新天地を求めて旅をする。だけど安住の地などどこにもない。もう世界は埋まっているのだ。魔王に対する要求と不満は日に日に募っただろう。
 結果は言うまでもない。今に至る歴史である。人間は次々と先住生物を殺し、領域を解除していった。
 同時に魔人も領域関連から手を引き、その権限の全てを魔王に一任した。

「今一度確認しておくの。領域は大地の全てを覆うのであるな?」

「はい。あまねく世界、全て一片の隙間もなく領域で覆われる事となります」

 最初の魔王が人間用の領域を作らなかったのは、解除しなければ新たな領域を作れないからだろう。
 そこには既に生き物が存在しており、人間は間借りする立場だ。魔人の価値観からすれば、それらを絶滅させて人間の土地を作るなど考えられない。

 そして2代目以降の魔王が新たな領域を作らなかったのは、自らが消えることを恐れたからだと考えられる。
 そう、人間が解除してしまった土地。そこを再び領域にするという事は、自らの命を捧げるという事に他ならない。
 だがその事に、歴代の魔王は耐えられなかった。いや、そうするだけの価値をこの世界に見出せなかったと言うべきか。

 人間からすれば、死を要求されるシステム自体が欠陥品だ。だが魔人にとって、むしろ死ねるシステムとは彼らの究極の興味を満たすものだったのだろう。

 だが俺は作る。人間専用の領域を。そして生き残った魔族達の為の領域を。
 まあ当然、その代償は支払わねばならないが。

 廃人化――そう魔人ゲルニッヒは言っていた。俺の意識はこの世から消える。
 本来なら、次の魔王を召喚できるまでこの肉体は維持される予定であった。
 しかし残念ながら、この肉体はそう長くは持たないだろう。今は取り敢えずの応急処置が施されているが、針葉樹の森で死んだことが致命的であった。その後は延命を繰り返しているが、それも限界が近い。
 魔人達には申し訳ないが、これで魔王のシステムもまたこの世界から消える。
 だが魔王とは、この世界の環境を正しく管理するシステムだ。それが失われる事は痛手だろう。
 再び作ることも可能だろうが、それは何千年も先の事。それに、俺がいなくなった後、魔人達はこの世界に再び干渉するだろうか? むしろそっちが心配だ。
 可能な限りの手は打っておかないといけない。
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