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【 未来と希望 】
変わる世界 前編
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碧色の祝福に守られし栄光暦219年7月6日。
中央、忌憚なき意見を述べる部屋には、2大国の首脳が集まっていた。
ティランド連合王国国王、カルター・ハイン・ノヴェルド・ティランドとハルタール帝国女帝、オスピア・アイラ・バドキネフ・ハルタールの両名である。
「あれから32日か……」
「うむ。どうだ、カルタ―よ。太陽というものは」
「そうだな……力強い、確かな生を感じる。作物の成長も著しいと報告があった。海も戻りつつあるようだが、ムーオスとジェルケンブールはな……」
「仕方あるまい。まだ予断を許さぬという事だの」
ムーオス自由帝国は周知の事であったが、ジェルケンブール王国の崩壊も早かった。
国土は未だ半分ほどは人間領だが、もう半分は完全に魔族に飲み込まれてしまっている。
ジェルケンブール王族は誰とも連絡が取れず、おそらく血族は絶えたのではないかと噂されている。
ここから大国を纏め上げるような傑物が登場するとは思えないし、現状ではその余地も無いだろう。
今後どのように分裂するかは不明であるが、少なくとも大国としての地位は保てない。
世界の意思決定は、ティランド連合王国とハルタール帝国に委ねられたという訳だ。
「それで、この状況はいつまで続くと見ている?」
カルタ―は、今の状況は永続などとは見ていない。それどころか、魔王が死んだという点に関しても懐疑的だ。
死んだという事は事実なのかもしれないが、それで終わりかといえばそうではない。事実、あれは知る限りでも2人目なのだ。今後、新たな魔王がポロポロと湧いて出てくる可能性は捨てきれない。
「その事であるがの……見せたいものがある」
オスピアは小さな手で椅子の脇に置いていた鞄から書類を取り出すと、カルタ―へと渡す。
――どこかで魔族の動きでもあったか……?
余り勿体ぶらずにひょいと渡された資料を見て、まあそんな程度の話かと思った。
しかし、その中身を見て全身が硬直した。写真を食い入るように見つめ、手の震えが止まらない。
「場所は帝国の西部、ゼビア王国跡地であるの。特徴的な塔が見えよう。それは王都サニオにあった物だの」
ゼビア王国。その名を知らぬカルタ―ではない。あの内乱は世界中を震撼させたのだ。
あれからまだ1年と少し。にもかかわらず、そこは千年以上の間、放置されていた世界に見える。
金属ドームを始めとしたすべての建物は一面苔と蔦に覆われ、大地にも足の踏み場もないほどに密集した植物が生えている。
その中には、今まで見たことの無いものも多い。いや、ほぼ初見の植物ばかりだ。
他に映るのは鳥や昆虫などの小動物。
「大型の獣などはおらぬの……いや、魔族と呼んだ方が良いか?」
「いや、構わねぇ」
その辺りの呼び名など、ハッキリ言ってどうでもいい。大切な事は他に山ほどあるのだ。
「どのくらいの期間でこうなった? それと、生存者――目撃したものはいるのか?」
「それなりにいるが、数は多くはないの。新領域の誕生に巻き込まれたら、まず助かりはせぬ。目撃者の調書も取ってあるが、芳しくはないの」
「お手上げか……」
これで新領域の誕生は2つ目となる。前回からかなり間が開いたが、それが限界なのだろうか? それとももっと早く連続で作れるのか?
天地創造を武器に使用されたらお手上げだ。それは誰もが持っている共通認識である。
これが攻撃であるのなら防ぎようが無いだろう。しかし、状況はいささか異なる。
今までは魔王の技と考えられてきたが、今回はそれとは違う。
空は未だに晴れているし、ゼビア王国領といえば壁の内側。そこは人間世界だ。しかも強大な魔族の類は見られないという。
「まさかとは思うが、この新領域の誕生は魔族とは無関係の事か?」
しかしそれも変だ。有史以来、新領域が誕生したなどという記述はない。
それが今になって急に2つも誕生した。作為的なものを感じざるを得ない。
だが分からない、何一つ。知識の無さを痛感し、嫌な汗が出る。
「それはまだはっきりとは言えぬの。だが、我等ハルタール帝国には、この可能性を予見する資料が残されておる」
「ほお――」
カルターは一瞬、女帝の後ろに光を見た気がした。それはもちろん錯覚だが、それほどまでに欲しい情報だ。
だがそんなものがあるのなら――と言いかけたが、口に出す前に無意味さを察した。
これは新領域が誕生して初めて意味が生まれる情報だろう。何も起きないうちから『新領域が出現するかもしれない』と発表した所で、いたずらに人心を惑わすことにしかならない。
「だが真剣に研究する者もおらぬのでな、永らく放置されていた。だが研究自体は止めてはおらぬ。一人ではあるが、それを専門に研究し、今では賢者と呼ばれた男がおる。これは本人から直接話を聞いた方が良かろう――ブーニック」
2人とは違うもう一人。名を呼ばれた書記官のブーニックは一礼して壁のボタンを押す。
それは外へと通じる呼び鈴であった。
◇ ◇ ◇
――リリン。
静かにしていなければ聞き漏らすような小さな音が鳴る。
それが合図だったのだろう。今まで入り口を塞いでいた屈強な兵士達が、静かに道を開ける。
「どうやら出番の様だ。それじゃ、行ってくるよ」
「緊張しなくても大丈夫かな。エヴィアはここで待っているよ」
扉の先は長い廊下。そしてその突き当りにはまた扉。白磁の道を思い出すが、さすがにここは建物の中だ。あれよりもずっと短い。
静かに歩を進める。何一つ間違えることの出来ない綱渡り。緊張感で吐きそうだ。
だけど同時に、天の俺達が言う。問題はない、失敗しても何とでもなると。
やりたいようにやればいい――。
中央、忌憚なき意見を述べる部屋には、2大国の首脳が集まっていた。
ティランド連合王国国王、カルター・ハイン・ノヴェルド・ティランドとハルタール帝国女帝、オスピア・アイラ・バドキネフ・ハルタールの両名である。
「あれから32日か……」
「うむ。どうだ、カルタ―よ。太陽というものは」
「そうだな……力強い、確かな生を感じる。作物の成長も著しいと報告があった。海も戻りつつあるようだが、ムーオスとジェルケンブールはな……」
「仕方あるまい。まだ予断を許さぬという事だの」
ムーオス自由帝国は周知の事であったが、ジェルケンブール王国の崩壊も早かった。
国土は未だ半分ほどは人間領だが、もう半分は完全に魔族に飲み込まれてしまっている。
ジェルケンブール王族は誰とも連絡が取れず、おそらく血族は絶えたのではないかと噂されている。
ここから大国を纏め上げるような傑物が登場するとは思えないし、現状ではその余地も無いだろう。
今後どのように分裂するかは不明であるが、少なくとも大国としての地位は保てない。
世界の意思決定は、ティランド連合王国とハルタール帝国に委ねられたという訳だ。
「それで、この状況はいつまで続くと見ている?」
カルタ―は、今の状況は永続などとは見ていない。それどころか、魔王が死んだという点に関しても懐疑的だ。
死んだという事は事実なのかもしれないが、それで終わりかといえばそうではない。事実、あれは知る限りでも2人目なのだ。今後、新たな魔王がポロポロと湧いて出てくる可能性は捨てきれない。
「その事であるがの……見せたいものがある」
オスピアは小さな手で椅子の脇に置いていた鞄から書類を取り出すと、カルタ―へと渡す。
――どこかで魔族の動きでもあったか……?
余り勿体ぶらずにひょいと渡された資料を見て、まあそんな程度の話かと思った。
しかし、その中身を見て全身が硬直した。写真を食い入るように見つめ、手の震えが止まらない。
「場所は帝国の西部、ゼビア王国跡地であるの。特徴的な塔が見えよう。それは王都サニオにあった物だの」
ゼビア王国。その名を知らぬカルタ―ではない。あの内乱は世界中を震撼させたのだ。
あれからまだ1年と少し。にもかかわらず、そこは千年以上の間、放置されていた世界に見える。
金属ドームを始めとしたすべての建物は一面苔と蔦に覆われ、大地にも足の踏み場もないほどに密集した植物が生えている。
その中には、今まで見たことの無いものも多い。いや、ほぼ初見の植物ばかりだ。
他に映るのは鳥や昆虫などの小動物。
「大型の獣などはおらぬの……いや、魔族と呼んだ方が良いか?」
「いや、構わねぇ」
その辺りの呼び名など、ハッキリ言ってどうでもいい。大切な事は他に山ほどあるのだ。
「どのくらいの期間でこうなった? それと、生存者――目撃したものはいるのか?」
「それなりにいるが、数は多くはないの。新領域の誕生に巻き込まれたら、まず助かりはせぬ。目撃者の調書も取ってあるが、芳しくはないの」
「お手上げか……」
これで新領域の誕生は2つ目となる。前回からかなり間が開いたが、それが限界なのだろうか? それとももっと早く連続で作れるのか?
天地創造を武器に使用されたらお手上げだ。それは誰もが持っている共通認識である。
これが攻撃であるのなら防ぎようが無いだろう。しかし、状況はいささか異なる。
今までは魔王の技と考えられてきたが、今回はそれとは違う。
空は未だに晴れているし、ゼビア王国領といえば壁の内側。そこは人間世界だ。しかも強大な魔族の類は見られないという。
「まさかとは思うが、この新領域の誕生は魔族とは無関係の事か?」
しかしそれも変だ。有史以来、新領域が誕生したなどという記述はない。
それが今になって急に2つも誕生した。作為的なものを感じざるを得ない。
だが分からない、何一つ。知識の無さを痛感し、嫌な汗が出る。
「それはまだはっきりとは言えぬの。だが、我等ハルタール帝国には、この可能性を予見する資料が残されておる」
「ほお――」
カルターは一瞬、女帝の後ろに光を見た気がした。それはもちろん錯覚だが、それほどまでに欲しい情報だ。
だがそんなものがあるのなら――と言いかけたが、口に出す前に無意味さを察した。
これは新領域が誕生して初めて意味が生まれる情報だろう。何も起きないうちから『新領域が出現するかもしれない』と発表した所で、いたずらに人心を惑わすことにしかならない。
「だが真剣に研究する者もおらぬのでな、永らく放置されていた。だが研究自体は止めてはおらぬ。一人ではあるが、それを専門に研究し、今では賢者と呼ばれた男がおる。これは本人から直接話を聞いた方が良かろう――ブーニック」
2人とは違うもう一人。名を呼ばれた書記官のブーニックは一礼して壁のボタンを押す。
それは外へと通じる呼び鈴であった。
◇ ◇ ◇
――リリン。
静かにしていなければ聞き漏らすような小さな音が鳴る。
それが合図だったのだろう。今まで入り口を塞いでいた屈強な兵士達が、静かに道を開ける。
「どうやら出番の様だ。それじゃ、行ってくるよ」
「緊張しなくても大丈夫かな。エヴィアはここで待っているよ」
扉の先は長い廊下。そしてその突き当りにはまた扉。白磁の道を思い出すが、さすがにここは建物の中だ。あれよりもずっと短い。
静かに歩を進める。何一つ間違えることの出来ない綱渡り。緊張感で吐きそうだ。
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やりたいようにやればいい――。
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