この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR

ばたっちゅ

文字の大きさ
上 下
415 / 425
【 未来と希望 】

来訪

しおりを挟む
 金属階段を、音もなくマリッカは昇って行く。履いた軍用ブーツに金属のスパイクが付いている事を考えれば、余りにも不自然だ。
 彼女も普段であれば、カンカンと足音を立てて移動する。それをしないのは、既に戦闘態勢に入っていたからだ。

 浮遊城は――より正しくは、浮遊城ジャルプ・ケラッツァは上下に別れた構造になっている。
 下は浮遊システムや格納庫、浄化の光レイが設置され、全体の質量からすればほぼ本体と言えるだろう。
 その上に城が築かれている。
 こちらは見た目重視であるが、普段の指揮所である城主の間艦橋の他、魔族を探知するためのレーダーが設置されている。

 その艦橋《ブリッジ》は円形の水晶をはめ込んだドーム状。
 油絵の具の空に覆われ太陽は見えない。しかし既に日は十分に昇っており、ここからは周囲の様子が一望できる。
 それでも見えるのは荒れ地だけ。激しく行われている周辺の戦いの様子は見えない。
 見えると言う事は、同時に浄化の光レイの範囲内を現す。同士討ちを避けるため、それ以上に離れているからだ。
 見えるのは少し下にしがみついている魔人エンブスと、その周囲を飛行している飛甲騎兵隊くらいか。

 中央近くには城主の為の玉座が置かれ、その周囲には通信士オペレーターが扱う通信機器などが配置されていた。
 しかしながら、現在指揮系統は下の基部に移動している。ここは無人のはずだ。
 だが、そこに一人の人間がいた。

 周辺に配置された通信士オペレーター席からは無数のコードが伸び、それぞれが複雑に繋がっている。

「外から人影が見えたのでおかしいと思いましたが、なぜここにいるのですか?」

「驚いたね、何処から見たんだい? しかしまあ、その答えは簡単だ。当然、魔王を倒すためだよ。我等はその為にここに来ている。違うのかい?」

 商国の軍服に青い半身鎧ハーフプレイト。武器は背に片刃の大斧を担ぐ。
 褐色の肌に黒茶の短髪。ギラリとした力強い緋色の目は普段は陽気だが、今はまるで肉食獣のような色を湛えている。
 城内戦闘部隊を指揮するミックマインセ・マインハーゼンは、ゆっくりとマリッカに向け振り返った。

「違いますよ。私の目的は魔王の真意の確認と、その保護にあります」

 表情一つ変えず、しれっと言ってのける。魔王の暗殺を命じられて出て行った人間のセリフとは思えない。
 ただそう言いながら、少々疑問を感じていた。彼がここにいる件に関してだ。
 魔王を傷つけないのは商国の決定ではある。しかしこれは、内部のごく一部にしか伝わっていない。
 まあ当然だろう。浮遊城を実質運用しているコンセシール商国が、魔王を倒しませんと公言できるわけがない。
 実際、それを指揮するリッツェルネールは殺る気マンマンだ。
 ナンバー4のケインブラ・フォースノーもである。
 しかしミックマインセは違う。

「というより、貴方こそ命令違反では無いのですか? 商国が魔王の保護を決めた事は、既に伝わっていると思いますが」

「それで魔王を殺さず戻って来たのかい? 本当に酷い女だよ君は」

「上の決定ですから当然でしょう? それとも炎と石獣の領域の事をまだ根に持っているのですが? 心が狭いですね」

 炎と石獣の領域戦で、マリッカはミックマインセの下に就いていた。
 だがそれは表向きだけ。彼女マリッカは父である魔王から直々の指示を受けるためにあの場所へと赴き、ミックマインセはその護衛役であった。
 彼は人間ではあるが、立ち位置は魔族に近い。
 そして当初の予定では、彼はあの地で全ての秘密を抱いて死ぬ予定であった。
 生き残ったのは、魔人の計画がずさんだったからである。

「ああ、あの時の話か。話と随分違ったが、そんな事はもうどうでもいい。ただ使命を全うするだけの事だよ」

 コンセシール商国は魔族の国。だがその立ち位置は、魔王とは大きく異なる。
 彼らは壁により人間世界に取り残された魔族。救われなかった者たち。同じ種族の仲間たちを殆どを失い、未来無き者たちの寄せ集めだ。

「君への命令が何処から出ているかは知らないが、こちらももっと上からの命令でね」

 言いながら背中の斧の柄を掴む。

「我等は魔王を討つ。そしてこの歪んだ世界に終止符を打つ。打たせるのさ! 魔人どもよ、永遠に苦しむが良い。結局貴様らは、この箱庭を作りそこなったのだ。全てを失って悠久の時を孤独に過ごすがいい!」

 ミックマインセも戦闘技量には自信があった。何せあの炎と石獣の戦いから生きて帰ったのだ。
 その後も順調に頭角を現し、今では城内の戦闘隊長であると同時にリッツェルネールの副官である。並の人間であれば歯が立たないであろう。

 しかし、斧を握りしめた態勢のまま、その首は宙を舞った。
 マリッカの瞳から立ち上る極彩色の魔力。誰も見てはいないのだ。実力を隠す必要はない。

「何を魔族のようなことを言っているのですか。貴方はただの人でしょうに……」

 マインハーゼン商家のトップは魔族だ。その子飼いの彼は、人と魔の関係や商国の成り立ちに深く関わっている。
 その過程で、こう教育されたのか……その事も気にはなるが、マリッカとしては更に先の事が気になった。

「商国の魔族達はどうするのです? この様子です、簡単には従わないでしょう。皆殺しですか?」

「そんな事はしないよ。だって魔王が解決してくれるんだよ? 彼らだって、全てを知ればもう抵抗はしないさ」

「そうですね……」

 魔王から聞かされた本当の予定。これから来るであろう世界。それを考え、マリッカはサイレームの事を思い出していた。

 ――戦いは終わっても、やはり商人の生活は変わらないと思いますよ……。


「それはいいとして、これは何です?」

 そこにはミックマインセが設置した配線が複雑に絡み合っている。
 マリッカの知識では、何がどうなっているのか予想もつかない。

「よく判らないねぇ……多分だけど、今ギリギリ城を浮かせている動力を浄化の光レイに送り込んでいるんじゃないかな?」

浄化の光レイは自己完結当たの兵器でしょう? 外部供給も出来るのですか?」

「そりゃできるよ。連続して撃ちたい時なんかは使うよ。でもおかしいねぇ……4番は壊れて撃てない様だけど」

「魔道炉自体は動いているんですよね? このままだとどうなります?」

「まあ普通に暴走するね……」

 マリッカは冷静に考えた。これから起きる事を。

「そこまで分かっているのなら、回線は切れないのですか?」

「切ることは出来るけど、繋ぎ変えるのは無理っぽいねー。そっちは下で操作されてるからね。まあ結論を言えば、どっちしたって結局落ちるよ、この城」

「では回線だけ切って帰りましょう。こんな大きな魔道炉暴発に巻き込まれるのは御免ですからね。こちらはエンブスに戻れば大丈夫でしょう」

「魔王はどうするのさ!」

「他の魔人が付いているでしょう? それに時間的にはもう終わっている頃です。さて、帰りましょう。それで私の仕事は終わりです。これでやっと引き籠ることが出来ますよ」




 ◇     ◇     ◇




 魔王は城の基部へと向かう非常ハッチから下っていた。
 円形の穴に鉄梯子。マンホールというべき形状か。
 下までは精々8メートル程。天井の厚みを考えても、 大した高さは無い。

「意外と低い位置なんだな」

「ここの天井は薄いかな。城の周辺はもっと厚いよ」

「なるほど……まあ上から攻撃されるとかは考えていないんだろうな」

 降りた先には扉は一つ。開けた先は広い廊下であった。

「ああ、あれだな」

 そのすぐ近くにある扉。見た目は他に見える扉と何も変わらない。しかし上には『第7戦略分析室』というプレートが付いている。
 あれがマリッカの言っていた臨時作戦室に間違いなさそうだ。
 その時から動いていなければ、今そこにいるのだろう、彼が。

 ノックもせず、一言も発さず扉を開ける。
 中は予想していた通り、喧騒の最中であった。
 まあ、浮遊城と思っているか超巨大魔族と思っているかは知らないが、それに張り付かれているのだ。
 これで静寂であったら逆に怖い。

 通信士オペレーターらしい複数の女性がひっきりなしに叫んでいる。
 それを纏めているのは筋肉ダルマといった感じの男だ。まあこの世界、大抵そうなので今更だが……。
 服はコンセシール商国のモノに見えるが、色は赤だ。まあ、部署やなんかで違うのだろう。その辺りは気にしても仕方が無い。
 その男がこちらを向く。表情が豹変し何かを叫ぶが……あまり聞こえないな。
 だが何を言ったのかはよく分かる。その部屋にいた武装した一団が斬りかかって来たからだ。

 こういった場所にいるのだ、それなりにエリートなのだろうとは思う。
 だが今のエヴィアには通じない。見えない触手に絡めとられると同時に、真っ赤な血飛沫が部屋中に散る。
 さほど広くはない部屋だ。全員が気付き、突然の沈黙が訪れる。

「君の方から来るとは思わなかったよ。何か御用かな?」

 その静寂の中、静かな声が響く。
 一切の動揺も無い。まるで、予定の客が少し早く来た……そんな調子で、リッツェルネール・アルドライトは魔王に相対したのであった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

神々の間では異世界転移がブームらしいです。

はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》 楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。 理由は『最近流行ってるから』 数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。 優しくて単純な少女の異世界冒険譚。 第2部 《精霊の紋章》 ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。 それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。 第3部 《交錯する戦場》 各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。 人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。 第4部 《新たなる神話》 戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。 連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。 それは、この世界で最も新しい神話。

知識スキルで異世界らいふ

チョッキリ
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

無限に進化を続けて最強に至る

お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。 ※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。 改稿したので、しばらくしたら消します

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~

ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。 コイツは何かがおかしい。 本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。 目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

処理中です...