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【 未来と希望 】
蟹と死神
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2発の光がエンブスを撃つ。魔人の中でも有数の耐熱能力を持つ魔人だが、それでも僅か数キロ、それも近づきながら撃たれるのは自殺行為だ。
照射された部分は白から一瞬で真っ赤に変わり、膨らんだ皮膚は沸騰した体液と共に破裂する。
「にゅあああああああああ!」
「すまないが耐えてくれ」
目の前の空気が歪むような大音響の悲鳴が響く。
痛い事は分かる。きつい事も。だけど今、このタイミングだ。やるなら今しかない。
「小型の浄化の光も全て使って構わない。城内はミックマインセに頑張ってもらうさ」
「後で何を言われても知らんぞ」
「後があればね」
浮遊城の下部、いわゆる基部からも幾つもの細い光線が放たれる。
対空用や城内の異物を排除するために設置された15メートルから20メートル級の浄化の光による攻撃だ。
中と外、両面で使用される防衛兵器。レールを使って城内各地を移動できる優れもの。
ただ一つ問題があるとすれば、移動にはそれなりに時間がかかる事か。そう簡単に内外の対応を切り替えることは出来ない。
照射された魔人エンブスが炎と黒煙を上げる。しかし止まらない。そして逃げない。
「ぽげーーーーーーーーーーーー!」
大きな遠吠えと共に、エンブスは浮遊城ジャルプ・ケラッツァに体当たりを敢行した。
◇ ◇ ◇
無数の装甲騎兵の残骸が、まるでスクラップ工場のように積まれている。
意図したものではない。戦いの結果、こうなったのだ。
ヨーツケールMk-II8号改は存分に満足していた。
これだけの金属を叩いたことは、未だかつて記憶にない。この思い出は一生の宝だ。もし他の魔人と記憶の交換をするときにも、かなり有利に運ぶだろう。
そんな、満足して一休みしているヨーツケールMk-II8号改の元に、遠くから何かの鳴き声が響く。
「ぽげぇーーーーーーーーーーー!」
その声を聴いた時、ヨーツケールMk-II8号改はしまったと思った。
そして目だけでちらりと肩を見ると、そこには懸命にハンドサインを送る死霊の姿。
ま・お・う・が・し・ん・ぱ・い・し・て・る。
全身の力が抜け、がっくりと項垂れる。
――ヤッテシマッタ!
魔王が懸命に努力しているこの大切な時に、一体何をしていたのか。
楽しみに夢中になり、頼まれたことが頭から完全に抜け落ちていた。
周囲を見渡すが、魔人エンブスも浮遊城の姿も見えない。
先ほどの声は何処から聞こえて来たのか? 何の注意も払っていなかった為、もはや分からない。
ユベント・ニッツ・カイアン・レトー公爵は、荒れ地の上を歩いていた。
当たりに散らばる装甲騎兵の山。何処にも生存者の姿はない。
割られた額から流れる血は止まらず、左肩も砕けている。
しかし、右手は血管が浮き出るほどに強く、大鉈を握りしていた。
目指す相手はただ一つ――蟹。
大体の目算は付いている。もう倒すだの勝つだのいう話ではない。せめて一撃を加えないと死ねないのだ。
そんな彼の元に、巨大な蟹の姿が見えてくる。
だが、何ということだろうか……体から飛び出る二つの目。その黒い輝きは、予想と大きく食い違うものだった。
それは悲しみ。圧倒的な、見る物をも巻き込んでしまう深い悲しみ。
「なんて目だ……」
ユベントは戦いの最中、絶対に蟹は楽しんでいるのだと思っていた。そう肌で感じていた。
しかし現実はどうだ。動くものの何もない、残骸と死体しかない静寂な世界。その王者は喜んでいるか? 否だ。
ユベントは力なく地面に座り込んだ。武器も落とし、もう握る事すらできない。
結局、自分達人間が全てを始めたのだ。それはもう、痛いほどに分かっている。
我等の社会を維持するため、無関係な魔族を悪とし、あまつさえ喜んで彼らを狩った。
人間こそが侵略者。魔族は被害者なのだ。
そんな彼らが泣いている。我等を殺して悲しんでいる……。
巨大な蟹が、トボトボと歩き出す。
だがユベントには、もう止める術はない。その気も無い。
「行けよ……」
去って行く蟹を見ながら、ユベントの戦いは終わった。
もう心が戦えない。意思を振り絞ることが出来ない。
この戦いが終わっても、社会は変わらない。戦う世界は終わらない。
だがもし、たとえそれが幻であったとしても、戦わなくていいのならそうしたい。休みたい。
平和……それが何なのかは分からない。言葉も知らない。しかし彼だけではない。この世界全ての人間が、多かれ少なかれそんな世界を願いつつあった。
それはこの世界に溶け込んだ魔王の魔力。相和義輝がもたらした心。
厭戦気分――人類は皆、そんな気持ちの中にあったのであった。
◇ ◇ ◇
菱形をした魔人エンブスの体から、短い手足がにょきりと生える。そしてそのまま、浮遊城ジャルプ・ケラッツァにしがみついた。
逃走し、しかも変形した前回とは違う。腹からドンとぶつかったのだ。ただでさえ不安定だった浮遊城が大きく揺れる。
同時に尻から吐き出された大量の金属は、侵入してきた人馬騎兵の残骸。こちらも決着がついていた。もう後顧の憂いは無い。
「さて、行ってくるか」
そんあエンブスの先端に魔王は立っていた。
肩にはテルティルトが張り付き、傍らにはエヴィアもいる。
「自ら行く必要があるのですか?」
それともう一人。マリッカ・アンドルスフも同行していた。
「挨拶だよ。それに、けじめでもあるのさ」
そう言いながらふわりと身を翻す。
浮遊城へと飛び降りたのだ。
魔王と2体の魔人を見送ると、少し遅れてマリッカも飛び降りた。
魔王とは少々違う理由でだ。
元々、彼女に明確な殺意はなかった。というより、そもそもがオスピアの伝言を持ってきたのが本来の目的だ。
リッツェルネールの指示は、良い口実であったに過ぎない。
それが分かっていたから魔人達も真剣さが足りなかった。
魔人に隠し事は通用しない。明確な殺意が無い事が分かっていたから、魔人達も彼女を傷つけなかったのだ。
本気であたのなら、彼らも本気で返していただろう。
「だからって酷いや!」
「どうせ半分なんてすぐ戻るでしょう。最初から素直に案内していればよかったんですよ」
くるりと回転し着地する。魔王は既に先に進んだようだ。
ここは城部分と基部の境目。といっても城は今は無人だ。皆浄化の光を避けて基部へと非難している。
リッツェルネールの場所は魔王に教えておいた。設計図は持っているようだし、魔人ヨーヌが先行しているという。万が一にも迷う事は無いだろう。
「さて……」
マリッカは一人――いや、透明な何かと共に城を登り始めたのだった。
照射された部分は白から一瞬で真っ赤に変わり、膨らんだ皮膚は沸騰した体液と共に破裂する。
「にゅあああああああああ!」
「すまないが耐えてくれ」
目の前の空気が歪むような大音響の悲鳴が響く。
痛い事は分かる。きつい事も。だけど今、このタイミングだ。やるなら今しかない。
「小型の浄化の光も全て使って構わない。城内はミックマインセに頑張ってもらうさ」
「後で何を言われても知らんぞ」
「後があればね」
浮遊城の下部、いわゆる基部からも幾つもの細い光線が放たれる。
対空用や城内の異物を排除するために設置された15メートルから20メートル級の浄化の光による攻撃だ。
中と外、両面で使用される防衛兵器。レールを使って城内各地を移動できる優れもの。
ただ一つ問題があるとすれば、移動にはそれなりに時間がかかる事か。そう簡単に内外の対応を切り替えることは出来ない。
照射された魔人エンブスが炎と黒煙を上げる。しかし止まらない。そして逃げない。
「ぽげーーーーーーーーーーーー!」
大きな遠吠えと共に、エンブスは浮遊城ジャルプ・ケラッツァに体当たりを敢行した。
◇ ◇ ◇
無数の装甲騎兵の残骸が、まるでスクラップ工場のように積まれている。
意図したものではない。戦いの結果、こうなったのだ。
ヨーツケールMk-II8号改は存分に満足していた。
これだけの金属を叩いたことは、未だかつて記憶にない。この思い出は一生の宝だ。もし他の魔人と記憶の交換をするときにも、かなり有利に運ぶだろう。
そんな、満足して一休みしているヨーツケールMk-II8号改の元に、遠くから何かの鳴き声が響く。
「ぽげぇーーーーーーーーーーー!」
その声を聴いた時、ヨーツケールMk-II8号改はしまったと思った。
そして目だけでちらりと肩を見ると、そこには懸命にハンドサインを送る死霊の姿。
ま・お・う・が・し・ん・ぱ・い・し・て・る。
全身の力が抜け、がっくりと項垂れる。
――ヤッテシマッタ!
魔王が懸命に努力しているこの大切な時に、一体何をしていたのか。
楽しみに夢中になり、頼まれたことが頭から完全に抜け落ちていた。
周囲を見渡すが、魔人エンブスも浮遊城の姿も見えない。
先ほどの声は何処から聞こえて来たのか? 何の注意も払っていなかった為、もはや分からない。
ユベント・ニッツ・カイアン・レトー公爵は、荒れ地の上を歩いていた。
当たりに散らばる装甲騎兵の山。何処にも生存者の姿はない。
割られた額から流れる血は止まらず、左肩も砕けている。
しかし、右手は血管が浮き出るほどに強く、大鉈を握りしていた。
目指す相手はただ一つ――蟹。
大体の目算は付いている。もう倒すだの勝つだのいう話ではない。せめて一撃を加えないと死ねないのだ。
そんな彼の元に、巨大な蟹の姿が見えてくる。
だが、何ということだろうか……体から飛び出る二つの目。その黒い輝きは、予想と大きく食い違うものだった。
それは悲しみ。圧倒的な、見る物をも巻き込んでしまう深い悲しみ。
「なんて目だ……」
ユベントは戦いの最中、絶対に蟹は楽しんでいるのだと思っていた。そう肌で感じていた。
しかし現実はどうだ。動くものの何もない、残骸と死体しかない静寂な世界。その王者は喜んでいるか? 否だ。
ユベントは力なく地面に座り込んだ。武器も落とし、もう握る事すらできない。
結局、自分達人間が全てを始めたのだ。それはもう、痛いほどに分かっている。
我等の社会を維持するため、無関係な魔族を悪とし、あまつさえ喜んで彼らを狩った。
人間こそが侵略者。魔族は被害者なのだ。
そんな彼らが泣いている。我等を殺して悲しんでいる……。
巨大な蟹が、トボトボと歩き出す。
だがユベントには、もう止める術はない。その気も無い。
「行けよ……」
去って行く蟹を見ながら、ユベントの戦いは終わった。
もう心が戦えない。意思を振り絞ることが出来ない。
この戦いが終わっても、社会は変わらない。戦う世界は終わらない。
だがもし、たとえそれが幻であったとしても、戦わなくていいのならそうしたい。休みたい。
平和……それが何なのかは分からない。言葉も知らない。しかし彼だけではない。この世界全ての人間が、多かれ少なかれそんな世界を願いつつあった。
それはこの世界に溶け込んだ魔王の魔力。相和義輝がもたらした心。
厭戦気分――人類は皆、そんな気持ちの中にあったのであった。
◇ ◇ ◇
菱形をした魔人エンブスの体から、短い手足がにょきりと生える。そしてそのまま、浮遊城ジャルプ・ケラッツァにしがみついた。
逃走し、しかも変形した前回とは違う。腹からドンとぶつかったのだ。ただでさえ不安定だった浮遊城が大きく揺れる。
同時に尻から吐き出された大量の金属は、侵入してきた人馬騎兵の残骸。こちらも決着がついていた。もう後顧の憂いは無い。
「さて、行ってくるか」
そんあエンブスの先端に魔王は立っていた。
肩にはテルティルトが張り付き、傍らにはエヴィアもいる。
「自ら行く必要があるのですか?」
それともう一人。マリッカ・アンドルスフも同行していた。
「挨拶だよ。それに、けじめでもあるのさ」
そう言いながらふわりと身を翻す。
浮遊城へと飛び降りたのだ。
魔王と2体の魔人を見送ると、少し遅れてマリッカも飛び降りた。
魔王とは少々違う理由でだ。
元々、彼女に明確な殺意はなかった。というより、そもそもがオスピアの伝言を持ってきたのが本来の目的だ。
リッツェルネールの指示は、良い口実であったに過ぎない。
それが分かっていたから魔人達も真剣さが足りなかった。
魔人に隠し事は通用しない。明確な殺意が無い事が分かっていたから、魔人達も彼女を傷つけなかったのだ。
本気であたのなら、彼らも本気で返していただろう。
「だからって酷いや!」
「どうせ半分なんてすぐ戻るでしょう。最初から素直に案内していればよかったんですよ」
くるりと回転し着地する。魔王は既に先に進んだようだ。
ここは城部分と基部の境目。といっても城は今は無人だ。皆浄化の光を避けて基部へと非難している。
リッツェルネールの場所は魔王に教えておいた。設計図は持っているようだし、魔人ヨーヌが先行しているという。万が一にも迷う事は無いだろう。
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