この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR

ばたっちゅ

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【 未来と希望 】

刺客

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 マリッカは魔人アンドルスフを追跡しながら、エンブスの体内を上へと登る。
 曲者の魔人だ、誘導されている可能性もある。しかし、魔王の気配に確かに近づいている事もまた事実。
 まあ仮に何かあったとしても、その時はその時だろう。

 そうして登った先は、少し広い部屋のような場所だった。
 場所はおそらく頂上から少しずれた場所。正面は窓のように穴が開いており、そこにはギャアギャアとうるさく飛ぶ黒い鳥が見える。
 部屋の中央にはこちらに背を向ける形で黄金の玉座が置かれており、その左側立つのは魔人エヴィア。
 黄金の背もたれには魔人テルティルトが張り付いている。
 そしてもう一体、アンドルスフの気配も感じる。やはりここに逃げ込んでいたらしい。

 目だけで周囲を確認すると、もう一人左側にいた。
 150センチ中くらいの身長。体の線は細く、また青く少し癖のある長髪のせいで少し頭身が低く見える。武器は持っていないが、持っていたとしても敵では無い。彼女は普通の人間だ。
 魔王の元に普通の人間がいることには少し驚いたが、元々ハルタール帝国やコンセシール商国とも繋がっている人間だ。そこから派遣されていたとしてもおかしくはない。
 こちらを警戒している様子だが、それで何が出来るとも思えない。放置していいだろう。

「やあマリッカ。君が来るとは思わなかったよ」

 玉座から聞こえてきた覚えのある声。それは紛れもなく魔王。
 しかし、窓があるにもかかわらず、部屋全体に漂う異臭。
 それは死臭――いや、腐臭と呼ぶべきか。

「どういうことですか? どうしてこんな状態になっているのですか!」

 それは魔王ではなく、3人の魔人に向けられた言葉。いや、叫びだ。

「まあ怒らないでくれよ。これは俺が決めた事だ」

 玉座からゆっくりと立ち上がる魔王を見て、マリッカは悪い予想が当たったことを知った。そして改めて怒りが沸き起こる。
 赤と黒を基調とした稲妻模様のシャツ。そして同系色の、こちらは炎を意匠したズボン。
 背のマントには金糸で魔王と刺繍されている。
 マリッカは見た事は無いが、いつもの魔王服だ。
 しかし剥き出しの顔は赤黒く変色し、袖から見える手はミイラのようにカサカサで生気を感じない。
 生きてはいない。それどころか、魔力による肉体の制御もきちんと出来てはいない。これではただの不死者アンデッドではないか。

「いつからですか?」

「少し前からだよ。ちょっと色々とあってね」

「どうしてですか?」

「時間が無かったからだよ……それにこの状態が一番楽なんだよ。以前は戦う度に痛くてね。今は解放された感じもするよ。それより、話をしに来たわけじゃないんだろう?」

 玉座の背もたれに張り付いていた尺取虫が、するりと刀の形となり、相和義輝《あいわよしき》の右手に収まる。
 チェーンソー型ではない普通の刀。軽装のマリッカが相手なら、それでも十分という事か。

「私を相手に勝つつもりですか?」

「試してみるか? これでも幾つもの死線をくぐって来たんだ」

 相和義輝あいわよしきの頭に、かつての戦い浮かび上がる。
 マリクカンドルフ……サイアナ……そして多くの人間達と戦った。そして殺してきた。
 全てはこれからの為に。
 そんな事を考えた瞬間、ぽとりと右手が床に落ちる。

「初めて出会った時の貴方は、寒さに震えていました。あの時は確かに人であると確信出来ましたが……」

 いつの間にか、マリッカは魔王の隣に立っていた。
 そして相和義輝あいわよしきの額と心臓に、深々と短剣が突き刺る。
 だがそこからは、一滴の血も出ない。

「……随分と人間を止めたものですね」

 マリッカの瞳からあふれるのは極彩色の魔力。先代魔王から引き継いだ強力な魔力の一端だ。

「これは予想外と言うかなんというか、うん、エヴィア」

「追えなかったかな。ちょっと今の状況はピンチだよ」

 飄々としているが、微かにエヴィアが広がったことを感じた。一応は触手で止めようとしたのだろう。ダメだったわけだが……。

「分かった、降参だ。とりあえず話を聞いて欲しい」




 ◇     ◇     ◇




 浮遊城ジャルプ・ケラッツァは、魔人エンブスから10キロメートルほど離れた所で立ち往生をしていた。
 前方は勿論、左右後方、何処にも動けない。というより、問題が片付くまでは何処にも行けない状態だった。

「それで状況はどうなっている?」

「中央をほぼ制圧された。動力部は隔壁を閉鎖したので何とかなるが、操作系はダメだ」

「迂闊に動かすと、バランスを崩して墜落する危険がありますね、これは」

 静止はしているが、止まる寸前のコマといって良いほど不安定。僅かでも重心がずれれば、回転を始めて落下する危険性すらある。
 操作系を失った浮遊城は、極めて危険な状態であった。

 浮遊城と魔人エンブスが衝突した時、リッツェルネールは人馬騎兵と特殊部隊を送り込むことに成功した。
 しかし同時に、魔王は魔王で置き土産をばら撒ていたのだった。
 それは人馬騎兵と入れ替わるように投げ込まれた多数の石像。
 ヤギや豚、ライオンに熊、クワガタムシに二本脚の金魚。全く同じ形は二つとない。
 表面は黒く、そこに白い溝で毛や鱗などが美しくし彫刻されている。目は共通して、どれもぐるぐる目玉だ。
 石で作られた芸術品。石獣達の群れであった。

 同時に入り込んだのは魔人ヨーヌ。浮遊城ジャルプ・ケラッツァの設計図を基に構造を理解し、的確に石獣を送る。
 しかしリッツェルネールもまた、要所には警護部隊を配置。そして知られている事を前提に、一部の構造を罠として作り変えている。
 個々の力は石獣、戦術は人類。互いに奮闘しているが、状況は石獣の方が優勢だった。
 石獣が本能のまま戦っていれば……また魔人がヨーヌでなかったら、勝者は逆転していただろう。
 しかし魔人ヨーヌは、かなりの遠方まで正確に地形を把握する能力がある。
 多少構造が変わったところで、通用しなかったのだ。

「仕方あるまい。予備動力を起動。それと緊急用の回路が有ったろう。それを使って浮遊機関を安定させてくれ。

「言うは易いが……ですよね。まあ行って来ましょう。ここで命運を共にするわけにはいきませんのでね。各員集合、これから上と下に別れ……」

 部下を引き連れ、ミックマインセは臨時作戦室を後にした。
 本来ならそこで全軍の統括をしながら指揮をするのが彼の仕事だが、状況は状況だ。今は少しでも人手が欲しい。
 それに気楽な物言いとは裏腹に、今は浮遊城墜落の危機である。僅かのミスも許されない状況なのである。

「それで各隊の様子は?」

「もはやどうにもならぬな。左右後方、何処もまともに戦えてはいない」

「崩壊は時間の問題か。ラヴル・ナヴァルは?」

 浮遊城ジャルプ・ケラッツァがアイオネアの門から魔族領へと侵入した時、代わりの浮遊城が送られた。
 それが浮遊城ラヴル・ナヴァルである。
 全長400メートルの筒状形態。先端に100メートル級浄化の光レイ一門のみとシンプルだが、機動性も照射時間も最高級だ。
 汎用性ではジャルプ・ケラッツァが上だが、こと対浮遊城に関してはこちらが上だと目されている。
 噂では、ハルタール帝国は浮遊城同士の戦いに備えて開発したのだともささやかれている。

「予定通り待機済みだ。オスピア帝も既に入っている」

「なら、もう少し粘らないといけないね。使える浄化の光レイは?」

「1と2、それに6は健在だ。小型の浄化の光レイはほぼ健在。こちらは接触した時しか使っていないからな」

「敵浮遊城は?」

「幸い正面に捉えたままだ。この状態まで持ちこたえたのは僥倖ぎょうこうと言えるな」

 ここ臨時作戦室から外の様子はうかがい知れない。しかし、リッツェルネールは長年の経験から機というものに敏感であった。
 もちろん、それは単なる勘ではない。無数の情報が集まった時、見えてくる必然。

「1番6番照射用意。来るぞ」

「敵浮遊城急速接近。現在8キロメートル。速度落ちません!」

 リッツェルネールの指示と通信士オペレーターの叫びが重なる。
 どちらかの浮遊城が堕ちれば戦いは終わる。敗者には対抗する手段がないからだ。
 後に残るのは一方的な虐殺だけである。

「全ての戦力を投入し、この戦いに勝利する。各員奮戦せよ。発射!」

 速度を落とさず接近する浮遊城に対し、2本の閃光が放たれた。
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