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【 未来と希望 】
マリッカ・アンドルスフ 前編
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上が騒がしい――そんな事を考えながら、マリッカは魔人エンブスの中を歩いていた。
上部から入ったのだが、今は一番下、腹の辺りにいる。
壁を斬りながら進めばもっと早いのだが、それはさすがにご法度だろう。
たとえマリッカといえども、攻撃に対しては相応の反撃が予想される為だ。
しかし、こうして普通にしている限り安全である。
確かにここは生態系という警報装置がある。しかし、先代魔王の娘であるマリッカには関係ない。
この地に住む生き物たちは、魔王と彼女の見分けがつかないからだ。
更に問題は――
「やあマリッカ。久しぶりだね」
「どうも」
挨拶をしてきた二足歩行をする魚の骨に、手を振って挨拶を返す。
〈〈〈君もこちらに来たのかい? 魔王なら上だよ〉〉〉
「ありがとうございます」
壁に張り付いた大量の毬藻の集団の挨拶にも軽く返答をして先に進む。
彼等は魔人だ。魔王の身を守ることがその役目である。
魔人はさすがに魔王とマリッカの区別はつくが、こちらはこちらでマリッカを敵と思ってはいない。完全にスルー。ちょっと挨拶をする程度で素通りである。
もし彼女が明確な殺意を持っていればここまで呑気な挨拶では済まない。魔人は魔王の命を最優先する事を決めているからだ。
実際、彼女の他にも大量の工作員が飛び移っていた。リッツェルネールは、たった一人に人類の未来を賭けるほど甘くはない。
しかし用意された特殊部隊500名の内、エンブスの張り付けたのは200名ほど。その内、内部に侵入できたのは0人だ。
軽装の人間など、魔人の相手にもなりはしない。
マリッカは、未だ思考の中にあった。
あの日、魔王が人間世界に来た日の事を思い出す。
彼は人を滅ぼすことはしないといっていた。だけどどうなのだろう? 現実は、父が予言した通りになっている。
壁はあちこちで破壊され、海からも魔族は侵攻中だ。ティランド連合王国やハルタール帝国には余裕があるが、それもジェルケンブール王国が陥落するまでだろう。
連合王国は、新たに空白となった広大な東部を守り切れるのか? 難しいというしかない。現状、パワーバランスは魔族側に大きく傾いているからだ。
――もし揺り籠があればあるいは……。
揺り籠が全人類に行き渡っていれば、状況は一変する。
相当数の人間を犠牲にする必要はあるが、戦果に対して考えれば微々たるものだ。
もしかしたら、逆に魔族を海へと押し返すこともできるかもしれない。
――時間が足りませんね……。
しかし現実はそうはならなかった。
揺り籠の技術は人類には渡らず、開発は途絶えた。新たに開発するには、何年……何十年……それなりの時を必要とするだろう。
それまで人類はもつのだろうか?
そもそも、それは偶然だったのだろうか?
ムーオス自由帝国の人間が、そこまで愚かとは思わない。ならば魔王がそうしたと考えるのが自然だ。
だとしたら魔王の考えは……。
ほぼ垂直の壁を、血管の様な管に張り付いて上へと昇る。
考えてみれば、魔王もこんなに苦労して中に入ったのだろうか? こんな無理をする必要は無かったのではないだろうか?
途中で出会った魔人に道順を聞けばよかったと後悔するが、仕方がない。
その先は水平で、少し湾曲した管。足元が水平な腸を思わせる形状だった。
目の前には誰もいない。しかし、確かにそこに存在する何かをマリッカは感じ取った。
「こんな所にいたのですか、アンドルスフ。国でのんびりしていると思いましたよ」
「魔王を殺しに来たのかい、マリッカ」
その声にいつもの呑気さは無く、まるで地獄の底から響いてくるような、抑揚も無く、そして何の感情も感じられない冷たい響きであった。
◇ ◇ ◇
「ぎぃぃぃやぁぁぁぁぁぁ!」
少女の叫び声と、それをかき消すような金属音が響く。
見えない何かによって人馬騎兵の胴が引き千切られ、そこから真っ赤な血が噴き出している。
千切れた上半身は天井に叩きつけられ、胴体側に残るのはベルトに固定された少女の下半身だ。
「ミーネル!」
「今は構うな!」
互いが互いの周囲を回る、空を飛ぶ赤、青、緑の3つの球体。一番大きな赤い球でも、大きさは190センチ程度と大きくはない。魔人アン・ラ・サムの姿だ。
その表面に、銀の鎖が浮かぶ。それはたった今、一人の命を奪った魔法の光。
「させるかよ!」
カルン・キスカ操る人馬騎兵が、アン・ラ・サムに長柄戦斧を打ち付ける。
そして同時に、もう一騎が盾で挟み込み壁を作る。
2つの金属に挟まれ弾ける火花。逃げ場を失った緑の玉が粉々に砕け、下に落ちる頃には白く色を変え、骨の欠片のように降り注ぐ。
「まだだ! まだ動いている!」
「ソーン、もう一匹は?」
3騎がアン・ラ・サムと戦っていた間、1騎がもう一体の魔人を押さえていた。
操縦士はソーン・ペルカイナ。飛甲騎兵として80年以上、海路の護衛として飛んできたベテランだ。
相手をしていたのは3メートルほどの、直立する目の無い山椒尾。
手足が異常なほどに長く、特に手は地面に届くほど。
体高12メートル近い人馬騎兵にとって、大きさだけ見ればそれは脅威にはならない。
しかしサイズなど、何の目安にもならない事は玉の魔族が証明済みだ。
油断は無い。倒す必要もない。一騎打ちの名声になど興味はない。自分の任務は、残る3騎の味方が倒し終えるまで、この魔族を押さえておくことだ。そう心を落ち着かせ対峙する。
上部から入ったのだが、今は一番下、腹の辺りにいる。
壁を斬りながら進めばもっと早いのだが、それはさすがにご法度だろう。
たとえマリッカといえども、攻撃に対しては相応の反撃が予想される為だ。
しかし、こうして普通にしている限り安全である。
確かにここは生態系という警報装置がある。しかし、先代魔王の娘であるマリッカには関係ない。
この地に住む生き物たちは、魔王と彼女の見分けがつかないからだ。
更に問題は――
「やあマリッカ。久しぶりだね」
「どうも」
挨拶をしてきた二足歩行をする魚の骨に、手を振って挨拶を返す。
〈〈〈君もこちらに来たのかい? 魔王なら上だよ〉〉〉
「ありがとうございます」
壁に張り付いた大量の毬藻の集団の挨拶にも軽く返答をして先に進む。
彼等は魔人だ。魔王の身を守ることがその役目である。
魔人はさすがに魔王とマリッカの区別はつくが、こちらはこちらでマリッカを敵と思ってはいない。完全にスルー。ちょっと挨拶をする程度で素通りである。
もし彼女が明確な殺意を持っていればここまで呑気な挨拶では済まない。魔人は魔王の命を最優先する事を決めているからだ。
実際、彼女の他にも大量の工作員が飛び移っていた。リッツェルネールは、たった一人に人類の未来を賭けるほど甘くはない。
しかし用意された特殊部隊500名の内、エンブスの張り付けたのは200名ほど。その内、内部に侵入できたのは0人だ。
軽装の人間など、魔人の相手にもなりはしない。
マリッカは、未だ思考の中にあった。
あの日、魔王が人間世界に来た日の事を思い出す。
彼は人を滅ぼすことはしないといっていた。だけどどうなのだろう? 現実は、父が予言した通りになっている。
壁はあちこちで破壊され、海からも魔族は侵攻中だ。ティランド連合王国やハルタール帝国には余裕があるが、それもジェルケンブール王国が陥落するまでだろう。
連合王国は、新たに空白となった広大な東部を守り切れるのか? 難しいというしかない。現状、パワーバランスは魔族側に大きく傾いているからだ。
――もし揺り籠があればあるいは……。
揺り籠が全人類に行き渡っていれば、状況は一変する。
相当数の人間を犠牲にする必要はあるが、戦果に対して考えれば微々たるものだ。
もしかしたら、逆に魔族を海へと押し返すこともできるかもしれない。
――時間が足りませんね……。
しかし現実はそうはならなかった。
揺り籠の技術は人類には渡らず、開発は途絶えた。新たに開発するには、何年……何十年……それなりの時を必要とするだろう。
それまで人類はもつのだろうか?
そもそも、それは偶然だったのだろうか?
ムーオス自由帝国の人間が、そこまで愚かとは思わない。ならば魔王がそうしたと考えるのが自然だ。
だとしたら魔王の考えは……。
ほぼ垂直の壁を、血管の様な管に張り付いて上へと昇る。
考えてみれば、魔王もこんなに苦労して中に入ったのだろうか? こんな無理をする必要は無かったのではないだろうか?
途中で出会った魔人に道順を聞けばよかったと後悔するが、仕方がない。
その先は水平で、少し湾曲した管。足元が水平な腸を思わせる形状だった。
目の前には誰もいない。しかし、確かにそこに存在する何かをマリッカは感じ取った。
「こんな所にいたのですか、アンドルスフ。国でのんびりしていると思いましたよ」
「魔王を殺しに来たのかい、マリッカ」
その声にいつもの呑気さは無く、まるで地獄の底から響いてくるような、抑揚も無く、そして何の感情も感じられない冷たい響きであった。
◇ ◇ ◇
「ぎぃぃぃやぁぁぁぁぁぁ!」
少女の叫び声と、それをかき消すような金属音が響く。
見えない何かによって人馬騎兵の胴が引き千切られ、そこから真っ赤な血が噴き出している。
千切れた上半身は天井に叩きつけられ、胴体側に残るのはベルトに固定された少女の下半身だ。
「ミーネル!」
「今は構うな!」
互いが互いの周囲を回る、空を飛ぶ赤、青、緑の3つの球体。一番大きな赤い球でも、大きさは190センチ程度と大きくはない。魔人アン・ラ・サムの姿だ。
その表面に、銀の鎖が浮かぶ。それはたった今、一人の命を奪った魔法の光。
「させるかよ!」
カルン・キスカ操る人馬騎兵が、アン・ラ・サムに長柄戦斧を打ち付ける。
そして同時に、もう一騎が盾で挟み込み壁を作る。
2つの金属に挟まれ弾ける火花。逃げ場を失った緑の玉が粉々に砕け、下に落ちる頃には白く色を変え、骨の欠片のように降り注ぐ。
「まだだ! まだ動いている!」
「ソーン、もう一匹は?」
3騎がアン・ラ・サムと戦っていた間、1騎がもう一体の魔人を押さえていた。
操縦士はソーン・ペルカイナ。飛甲騎兵として80年以上、海路の護衛として飛んできたベテランだ。
相手をしていたのは3メートルほどの、直立する目の無い山椒尾。
手足が異常なほどに長く、特に手は地面に届くほど。
体高12メートル近い人馬騎兵にとって、大きさだけ見ればそれは脅威にはならない。
しかしサイズなど、何の目安にもならない事は玉の魔族が証明済みだ。
油断は無い。倒す必要もない。一騎打ちの名声になど興味はない。自分の任務は、残る3騎の味方が倒し終えるまで、この魔族を押さえておくことだ。そう心を落ち着かせ対峙する。
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