この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR

ばたっちゅ

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【 滅び 】

滅びの足音

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 碧色の祝福に守られし栄光暦219年4月18日早朝。中央のビル街を、無数の号外が舞った。
 しかし胸躍るものは誰もいない。それはまるで、世界の終わりを告げる宣告書。ある者は座り込み、またある者は天を仰ぐ。
 北、東、そして南。全ての海岸線から魔族の侵攻が開始されたのだ。

 世界は恐慌に包まれた。だがこれは、予期せぬ事ではない。十分に予知されていた事だ。
 中でも、ティランド連合王国の動きは特に早かった。
 この時のために用意された人馬騎兵隊が、海岸線各地の防衛に走る。陣地も構築され迎え撃つ準備は十分だ。
 それに何より主力が健在。それも南方ムーオス自由帝国跡地に布陣していたことは大きかった。
 この方面からやって来る魔族は、単純な数の問題ではない。ムーオス自由帝国という世界最大の国家を滅ぼした軍勢であるという名声が、何よりも問題だった。
 もしここがあっさりと陥落していれば、人類に抵抗の余力は生まれなかっただろう。

「各地の状況はどうなっている」

 コンセシール商国の小さなホテルを借り切り、そこに連合王国の臨時司令部が設けられていた。
 未曽有の危機にも関わらず、カルター他、幕僚は皆落ち着いていた。戦闘国家が、戦いを前に慌ていては仕方がない。
 だがそれ以上に皆の心を落ち着かせているのは、カルターという支柱の存在だ。

「18日深夜に多数の魔族が海岸線に出現、進行を開始しました」
「しかし予定通り各拠点の連携により撃退。未だに戦闘が継続している地点はありますが、全体としては安定しています」

「継続中の場所には随時援軍を出せ。人馬騎兵が良いか飛甲板が良いか……まあその辺はミューゼ、お前に任せる」

「了解いたしました」

 ハキハキと返事をして下がる参謀長を見ながら、その自分自身が驚くほどカルタ―は落ち着いていた。
 もし以前の自分なら、イライラして無駄に机にでも当たり散らしていただろう。
 そうならなかったのは成長もあるが、部下の慧眼に感心していたからだ。忠臣の心強さに感服していたといっても良い。
 特にその中でも、かつての大魔法使いにして現お茶くみ参謀のエンバリー・キャスタスマイゼンと、宰相のハーバレス・ラインツ・イーヴェル・ティランドの手腕には驚いていた。

 エンバリーは言うまでもない。無駄な特攻をいさめ、王として国家の為に尽くすという大前提を思い出させてくれた。あれが無ければ、王位継承のドタバタの内のこの状況となり、ティランド連合王国は何一つ出来ぬまま終わっていただろう。そしてそれは、人類の滅亡と置き換えても過言ではない。
 何せ大陸の中央に位置する国だ。ここが落ちた時点で、他二国は海と内陸から攻められどうにもならなくなってしまう。
 魔術師としてこの状況を予言していたとは思わない。だがそれ故に、やはり彼女を傍に置いたことは大正解だったと言えるだろう。

 そしてまた宰相のハーバレス。こちらは目立った動きは無いが、それだけに驚くしかない。
 魔族の襲来など誰にも予期できなかった。戦いは軍だけではない。民間人をどうするか、補給路をどうするか、未知の襲撃に対し的確に対応できる人間などそうはいない。
 しかしハーバレスは、即時に兵站を確保し、補給路を通し、まるでその日・その場所に敵が来るかのように完璧な後方支援体制バックアップを整えた。
 もしこの動きが無ければ、今頃各地に遊軍を出しながらもたもたとしている間に戦線は食い破られていただろう。
 今や内務だけでなく、軍部でもハーバレス宰相の評価は上がる一方である。
 カルターはどこかの宗教に傾倒しているという事は無いが、もし今の心境を表すのなら、この二人がいた事を神に感謝しているといっても良かっただろう。

 そしてまた、そんなカルターの落ち着きこそが部下を的確に働かせる。
 この王の元であれば、この窮地も挽回できる。その想いの連鎖が、連合王国をいつも以上に強大なものとしていた。




 ◇     ◇     ◇




 東の大国、ジェルケンブール王国は、ティランド連合王国とは対照的に酷い有様であった。

 こちらは完璧な準備を整えていた。領内に残る魔族領はぐるりと囲み、祭壇が設けられ帰投が続けられていた。
 当然目立たぬように軍隊も配備されている。
 この国は、古くから宗教を通じて魔族と良い関係を結んでいた。それは魔族もそうだが、そこに住む魔人との関係といっても良いだろう。彼らは人間を好み、共存していたのだ。
 だが、魔王の頼みは絶対だ。そう、これは命令ではなかった。
 ただ頭を下げ、頼まれたのだ。これからの為に、これまでを壊してくれと。

 人々が囲んでいた領域から、そして海岸から、一斉に魔族が現れる。
 あってはならない絶望。今まで信じてきた、信仰という名の常識の破壊。
 それは広大な領地全てに伝播し、もはや何一つ手を打つことが出来ず蹂躙されていった。




 ◇     ◇     ◇




 北の大国ハルタール。
 この国を収めるオスピア・アイラ・バドキネフ・ハルタールは、中央の執務室で食事をしている最中であった。
 卵焼きとハムを挟んだ丸パンを油で揚げ、切り分けただけの簡単な郷土料理だ。

 配下達はあたふたと連絡を取りながら大量の書類を用意しているが、内容は分かっている。
 北の極地、それに東西の短い海岸線から魔族が侵入してきたのだ。
 しかしハルタール帝国は、地形的にも人口比的にも、中央や東に比べて余裕がある。
 また海岸からの侵攻は十分に予測されていた事だ。防備も十分に整えられており、東のジェルケンブールが陥落したとしても、その境界には要塞陣地が整備されている。
 かのジェルケンブールが攻略を断念したほどだ。魔族の侵攻にも、そう容易くは屈しないだろう。
 中央のティランド連合王国が滅びない限り、北のハルタール帝国は安全なのである。

 それに何より、女帝オスピアはこの事を知っていたのだ。
 無表情で黙々と食事をする女帝の考えは、誰にも読むことが出来ない。たとえ魔人であってもだ。
 だがこの時、オスピアは確かに楽しんでいた。
 そして、魔王の行く末に希望がある事を祈っていた。




 ◇     ◇     ◇




 碧色の祝福に守られし栄光暦219年6月12日。
 世界中が魔族に襲われた運命の日から32日後、白き苔の領域南方を飛甲騎兵が飛行していた。
 最も近い門はラキッドの門だが、そこは既に魔族によって占領されている。浮遊城は墜ち、生存者もいないだろう。
 この飛甲騎兵は、ラキッドの門と北のアイオネアの門、双方のほぼ中央の壁を撤去し、臨時で通行可能にした穴から飛来した騎体だ。
 南方を失った人類にとって、ここが最前線となっていたのだった。

 その飛甲騎兵が、前方に大きな影を発見した。

「ば、馬鹿な――……」

 その威容を前に、飛甲騎士は言葉を失った。だがすぐに正気に戻り、騎体をUターンさせると同時に通信を行った。

「緊急事態だ! 巨大な飛行物体を発見。大きさは推定300メートル以上。あれは浮遊城! 見た事は無いが、間違いなく浮遊城だ!」




 全高140メートル。全長260メートル。全幅350メートル。全体のフォルムは潰したような菱形だ。
 表面は赤黒く、所々に毛も見える。外見上は、まるで生物の皮膚の様だ。
 そこには苔やキノコ、蔓草つるくさが生え、虫が集まり、それを求めて小動物、更には蛇などの捕食動物。そして周囲には2メートルクラスの首の長い鳥が数千羽、ギャアギャアと耳障りな声を上げて飛んでいた。
 それはもう、一つの生態系といっても良いだろう。
 菱の輪郭を強調するかのように発光機関があり、そこは青白い光を放つ。
 上部の先端には広い部屋が設けてあり、中央には黄金の玉座が設置されていた。
 キラキラとした宝石がちりばめられ、かつて魔王の居城にあったものとよく似ている。
 そこに座る一人の男。それは当然ながら、魔王相和義輝あいわよしきであった。

「似たものがムーオスにあったかな。魔王のお気に入り? ちゃんと運んできたよ」

「いや、これ俺の趣味じゃないし」

 この時の為にエヴィアが用意してくれた黄金の玉座。本物は炎と石獣の領域に沈んでしまったが、わざわざ似た物を探してきてくれたのだ。
 懐かしさを感じ目頭が熱くなったが、それは気を使ってくれたエヴィアに対してだ。この椅子その物は硬くて座りにくい。
 まあ、もう硬いだのという感覚は無いのだが。

「それよりも、人間の飛甲騎兵が飛んでいきまーしたね。予定通りですかー? フフフ」

「まだちょっとイントネーションがおかしいぞ」

「これは個性でーすね」

 そう言いながら大きな乳房を持ち上げるように腕を組み、白い歯と牙を見せて笑う。魔人テラーネだ。
 相変わらずビキニの上下に軍用ベルトというマニアックな姿だが、女性的なものが一切感じられない。中身がゲルニッヒそのものだからであろうか?

 まあ人間の飛甲騎兵に見つかったのは僥倖ぎょうこうだろう。飛び始めてからもう十日。このまま見つけてもらえなかったら寂しい話だ。
 もっとも、どちらにせよ近日中には見つかっていただろう。目的地は、人間の世界なのだから。

「これが最後になるの?」

 肩から小さな声がする。魔人テルティルトだ。
 あれから予想通り、この魔人は再びテルティルトとなった。だがやはり別人だ。テルティルト二世と呼んだ方が良いのかもしれない。だが、名前はあくまでテルティルトなのだ。
 ウラーザムザザは、結局発見できなかった。もしかしたら小さな欠片になって何処かで種として残っているかもしれないとは聞いているが、まあ気休めだろう。俺は約束を守れなかった……。
 本当に、こいつテルティルトが残っていてくれて良かったと思う。
 まだ上手に服に変身できないため、尺取虫の形で肩に張り付いている。
 そんな訳なので、俺は今玉座でマッパ。もう慣れたよ。

「ねえ、そろそろ服くらい着てよ!」

 後ろからユニカの怒った声が飛んでくる。はい、その通りです。
 なんかもう、自分で着るって感覚が無くなっていたよ……。
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