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【 滅び 】
サイアナ・ライアナ
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――下ですわね……。
2拓の選択の中、サイアナは魔王が動力室へ向かうと予想していた。
壁を壊して逃げるとか、籠城するとかの選択は無い。上か下か、必ずそれしかない。
何故なら、魔王はこの船に用があったからここにいる。そしてまだ留まっている。
となれば、先ず船を止めることを考えるだろう。
本当は直ちに重甲鎧を脱ぎ捨てて非常階段へと入りたい。
しかしそれはダメ。魔王と戦えているのは、魔力を硬度に換算できる鎧があっての事。
焦りは禁物。そう自分に言い聞かせ、下への道を探したのだった。
◇ ◇ ◇
ヘッケリオ・オバロス唯一の弟子にして、現在この世界で唯一揺り籠の構造を細部まで知る男、オーベント・ブラクタスは、第二動力室の整備作業中であった。
この世界の機械は魔力を使って動く。生物の発する力を強大な力に変える夢の機器だが、故障率もまた高い。
今も端からポンポン壊れており、その修理に追われていたのであった。
「ああ、もう、上からの連絡は途絶えているし、一体どうなっているのやら」
「一応動いているんだ、何とかなっているだろうさ」
「焦っても仕方ないだろう。なに、オンド艦長――いや、今は船長だったか。あの人はベテランだ。何とかなるだろう」
他に人員は2名。両方とも整備士であり、黒い肌で身長は2メートルを超える。
全員がグレーの整備員の制服を着用し、手にするのは武器ではなくスパナやレンチ、それに溶接器具などだ。
もしこんなところに敵なんて来たらお終いだ。そう思うと、手も震え作業もはかどらない。
ついさっきまで作業を急かしていた艦橋からの指示も消えている。
本当にこれでどうにかなるのだろうか……そんな焦りが、手からレンチを奪い去る。
「ああ、もう」
魔道炉の下に入り込んでしまったレンチを拾う為、しゃがみこむ。
普段なら簡単に引っ張り出せるのに、焦りでなかなか取り出せない。
「おい、もうこっちは終わったぞ」
「第三も幾つかイカレてるって話だ。上がどうなっているかは知らんが、まあ俺達は自分の仕事を済ませよう」
ああ、確かにそうだ。そう言おうとして首だけで振り返る。
その先にいるのは二人の仲間。だがその先にある扉がゆっくりと開き、まるで昆虫の様な外見をした何かが入ってきている最中だった。
入った部屋は、あまり広くはない。おおよそ8メートル四方か。
3方の壁際にはソロバン玉の様な機械がずらりと並んでいる。確かあれは、浮遊機関の動力だったと思う。
直系は1メートル程で天井に届きそうな程に長い。そのせいで部屋は更に狭い。
見たところ、兵士でなない人間が3人だ。これはまずまず運が良いと言っていいだろう。
「ここは動力室かね?」
取り敢えず聞いてみるが、答えは返ってこない。まあ当然だろう。そして、何と答えたところでやる事は決まっている。
スタスタと前進し、一番近くにいた一人を斬り伏せる。抵抗といえるようなものは無かった。
崩れた肉から血が噴き出し、床を円形に赤く染める。
「あ、あ、ああああああああー!」
錯乱したように、横をすり抜け逃げようとするもう一人。だが逃がす理由は無い。
振り向きざまに横一線。真っ赤な線が宙を舞う。その先に、サイアナが立っていた。
――げ!? と思った刹那、聖杖が横薙ぎに振られ、たった今俺が切った人間を壁に叩きつけ、潰す。
え、なんで? いや致命傷だったとは思う。だけどなんで? 同じ人間じゃん? どうして?
しかし、そんな事を考えている場合ではなかった。
目の前に彼女が迫ったところで正気に戻る。最初に飛んできたのは膝蹴りだった。
以前だったら防げなかっただろう。しかし今は、この攻撃パターンを知っている。何度も見せられた攻撃だ。きっと重甲鎧の基本戦法の一つなのだろう。
蹴りをバックステップで躱し、ほぼ同時に振り下ろされた聖杖も横に避ける。
ほんのわずかに擦られたテルティルトが摩擦熱と共に削られ、聖杖を叩きつけられた床の金属が激しい音を立てて潰れ火花を散らす。
危ない処で何とかなったが、それももうここまでだ。背中にドンと魔導炉が当たる。
「仕方ないな、決着をつけるとしよう」
「それでこそです」
弾む声。本当に楽しんでいるのが分かる。彼女は今、使命を果たそうとしているの。
一体いつからあの宗教に入信したのだろう? だがその時から……それが何十年前か何百年前かは分からない。しかしその時から、彼女は俺を殺すために生きてきたのだ。
――テルティルト!
勢いよく聖杖が振り下ろされる。先ほどとは迫力が違う。当たれば魔導炉どころか壁まで吹き飛びそうだ。
しかし、こちらも全魔力をテルティルトに注ぐ。
聖杖に合わせるように打ち込んだ上段からの一撃。それは僅かに聖杖に食い込むが、威力に耐えられず俺の両腕の骨がバキリと折れる。もし普通の服であれば、自分の腕から飛び出した骨を見る羽目になっただろう。
しかしこういった戦いもまた、マリクカンドルフとの一戦で経験済みだ。
テルティルトの外骨格が、限界まで体を締め付けて致命傷を防ぐ。
だが防ぎきれない。僅かに刺さった刀は必死になって火花を上げるが、その先には食い込まない。
一方で聖杖は更にズシンと重くなり、兜に当たりそれを砕く。
まるで頭蓋骨が砕けたような衝撃を感じ、口の中一杯に広がる鉄の味。耐えろ俺!
そしてついにサイアナの動きが止まる。受け止め切ったのだ。
俺に押し当てられていた聖杖が持ち上げられ、重甲鎧が後ろに下がる。
機会はこの一瞬だけ。まだ彼女は気付いていない。
聖杖に食い込んだ刀から手を放し、重甲鎧に突撃する。
同時に掴む。足元で完成した刀。使えるかぎりの魔力を注ぎ込んだ一本だ。
先端が重甲鎧が腹に刺さり、回転する刃が火花を散らす。
このまま突き入れれば、彼女は死ぬ。ああ、分かっているさ……分かっているんだ!
「うおおおおお!」
火花を散らし、鎧が刀の侵入を拒む。単純な力比べ。ここで失敗したらアウトだ。
頼む――死んでくれ……。
急にガクンと抵抗が無くなり、刃が奥へと入る。そして、急に手ごたえが変わる。
覗き窓の水晶は内側から真っ赤に染まり、重甲鎧のモーター音もまた消える。
そしてその巨体は、完全に停止した。
2拓の選択の中、サイアナは魔王が動力室へ向かうと予想していた。
壁を壊して逃げるとか、籠城するとかの選択は無い。上か下か、必ずそれしかない。
何故なら、魔王はこの船に用があったからここにいる。そしてまだ留まっている。
となれば、先ず船を止めることを考えるだろう。
本当は直ちに重甲鎧を脱ぎ捨てて非常階段へと入りたい。
しかしそれはダメ。魔王と戦えているのは、魔力を硬度に換算できる鎧があっての事。
焦りは禁物。そう自分に言い聞かせ、下への道を探したのだった。
◇ ◇ ◇
ヘッケリオ・オバロス唯一の弟子にして、現在この世界で唯一揺り籠の構造を細部まで知る男、オーベント・ブラクタスは、第二動力室の整備作業中であった。
この世界の機械は魔力を使って動く。生物の発する力を強大な力に変える夢の機器だが、故障率もまた高い。
今も端からポンポン壊れており、その修理に追われていたのであった。
「ああ、もう、上からの連絡は途絶えているし、一体どうなっているのやら」
「一応動いているんだ、何とかなっているだろうさ」
「焦っても仕方ないだろう。なに、オンド艦長――いや、今は船長だったか。あの人はベテランだ。何とかなるだろう」
他に人員は2名。両方とも整備士であり、黒い肌で身長は2メートルを超える。
全員がグレーの整備員の制服を着用し、手にするのは武器ではなくスパナやレンチ、それに溶接器具などだ。
もしこんなところに敵なんて来たらお終いだ。そう思うと、手も震え作業もはかどらない。
ついさっきまで作業を急かしていた艦橋からの指示も消えている。
本当にこれでどうにかなるのだろうか……そんな焦りが、手からレンチを奪い去る。
「ああ、もう」
魔道炉の下に入り込んでしまったレンチを拾う為、しゃがみこむ。
普段なら簡単に引っ張り出せるのに、焦りでなかなか取り出せない。
「おい、もうこっちは終わったぞ」
「第三も幾つかイカレてるって話だ。上がどうなっているかは知らんが、まあ俺達は自分の仕事を済ませよう」
ああ、確かにそうだ。そう言おうとして首だけで振り返る。
その先にいるのは二人の仲間。だがその先にある扉がゆっくりと開き、まるで昆虫の様な外見をした何かが入ってきている最中だった。
入った部屋は、あまり広くはない。おおよそ8メートル四方か。
3方の壁際にはソロバン玉の様な機械がずらりと並んでいる。確かあれは、浮遊機関の動力だったと思う。
直系は1メートル程で天井に届きそうな程に長い。そのせいで部屋は更に狭い。
見たところ、兵士でなない人間が3人だ。これはまずまず運が良いと言っていいだろう。
「ここは動力室かね?」
取り敢えず聞いてみるが、答えは返ってこない。まあ当然だろう。そして、何と答えたところでやる事は決まっている。
スタスタと前進し、一番近くにいた一人を斬り伏せる。抵抗といえるようなものは無かった。
崩れた肉から血が噴き出し、床を円形に赤く染める。
「あ、あ、ああああああああー!」
錯乱したように、横をすり抜け逃げようとするもう一人。だが逃がす理由は無い。
振り向きざまに横一線。真っ赤な線が宙を舞う。その先に、サイアナが立っていた。
――げ!? と思った刹那、聖杖が横薙ぎに振られ、たった今俺が切った人間を壁に叩きつけ、潰す。
え、なんで? いや致命傷だったとは思う。だけどなんで? 同じ人間じゃん? どうして?
しかし、そんな事を考えている場合ではなかった。
目の前に彼女が迫ったところで正気に戻る。最初に飛んできたのは膝蹴りだった。
以前だったら防げなかっただろう。しかし今は、この攻撃パターンを知っている。何度も見せられた攻撃だ。きっと重甲鎧の基本戦法の一つなのだろう。
蹴りをバックステップで躱し、ほぼ同時に振り下ろされた聖杖も横に避ける。
ほんのわずかに擦られたテルティルトが摩擦熱と共に削られ、聖杖を叩きつけられた床の金属が激しい音を立てて潰れ火花を散らす。
危ない処で何とかなったが、それももうここまでだ。背中にドンと魔導炉が当たる。
「仕方ないな、決着をつけるとしよう」
「それでこそです」
弾む声。本当に楽しんでいるのが分かる。彼女は今、使命を果たそうとしているの。
一体いつからあの宗教に入信したのだろう? だがその時から……それが何十年前か何百年前かは分からない。しかしその時から、彼女は俺を殺すために生きてきたのだ。
――テルティルト!
勢いよく聖杖が振り下ろされる。先ほどとは迫力が違う。当たれば魔導炉どころか壁まで吹き飛びそうだ。
しかし、こちらも全魔力をテルティルトに注ぐ。
聖杖に合わせるように打ち込んだ上段からの一撃。それは僅かに聖杖に食い込むが、威力に耐えられず俺の両腕の骨がバキリと折れる。もし普通の服であれば、自分の腕から飛び出した骨を見る羽目になっただろう。
しかしこういった戦いもまた、マリクカンドルフとの一戦で経験済みだ。
テルティルトの外骨格が、限界まで体を締め付けて致命傷を防ぐ。
だが防ぎきれない。僅かに刺さった刀は必死になって火花を上げるが、その先には食い込まない。
一方で聖杖は更にズシンと重くなり、兜に当たりそれを砕く。
まるで頭蓋骨が砕けたような衝撃を感じ、口の中一杯に広がる鉄の味。耐えろ俺!
そしてついにサイアナの動きが止まる。受け止め切ったのだ。
俺に押し当てられていた聖杖が持ち上げられ、重甲鎧が後ろに下がる。
機会はこの一瞬だけ。まだ彼女は気付いていない。
聖杖に食い込んだ刀から手を放し、重甲鎧に突撃する。
同時に掴む。足元で完成した刀。使えるかぎりの魔力を注ぎ込んだ一本だ。
先端が重甲鎧が腹に刺さり、回転する刃が火花を散らす。
このまま突き入れれば、彼女は死ぬ。ああ、分かっているさ……分かっているんだ!
「うおおおおお!」
火花を散らし、鎧が刀の侵入を拒む。単純な力比べ。ここで失敗したらアウトだ。
頼む――死んでくれ……。
急にガクンと抵抗が無くなり、刃が奥へと入る。そして、急に手ごたえが変わる。
覗き窓の水晶は内側から真っ赤に染まり、重甲鎧のモーター音もまた消える。
そしてその巨体は、完全に停止した。
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