384 / 425
【 滅び 】
光と共に 前編
しおりを挟む
重飛甲母艦下部から、2騎の飛甲騎兵が発進した。”比翼の天馬”ルヴァンと、同じくオベーナスだ。
その一方で、重飛甲母艦に残ったヘッケリオは最後の準備をしていた。といっても、正しくはもう終わっている。
飛び立ってすぐにコンテナへ行き、そこで支度は完了させていたのだ。
そして後は実際に行うだけ……ではあったが、それすらももう終わっている。今はただ、死ぬその時までのわずかな時間を楽しんでいる状態だった。
そこへ天井を割いて、水晶の破片と共に一人の少女が現れた。
背は140センチほど。見た目は10歳程度だろうか。服――と呼んで良いのだろうか、体には黒い三本の帯を巻いただけの露出の高い姿。
突然の侵入者に対し反応した操縦士らであったが、一斉に血を吹き出し肉片が散る。
その様子を、まるでスローモーションのようにヘッケリオ・オバロスは眺めていた。
侵入者の紫色の髪が揺れる。顔立ちはまだ幼いが、その赤紫の瞳は猛獣の様だ。
彼が反応しなかった――いや、出来なかったのは、ヘッケリオが兵士ではなく研究者であったからだ。
もし即時に体が反応するように訓練されていたのなら、彼もまた血の海に沈んでいただろう。
エヴィアは元々、人間との交流を楽しみたかった魔人だ。
今回はこの重飛甲母艦を撃墜する事が目的だが、別に人間など殺さなくても落とすことは出来る。
だからエヴィアはヘッケリオを殺さなかった。敵意の無い相手を攻撃しない。それはエヴィアの本能のようなものだ。
それどころか、むしろ少々興味を持った。目の前で同じ仲間が殺されたのに、一切心を動かさない人間というものに。
目の前に現れた少女は、まあ魔族だろう。今更考えるまでもないなとヘッケリオ・オバロスは考えた。
だがもう関係のない事だ。そう思いながら、殺人的に苦いといわれる茶を飲んだ。
かつては世の中の全てを憎んだ。今もまた、それは変わってはいない。日常に戻れば、再び魔族を憎み、人を憎み、世界を憎むだろう。しかし今はもう良いのだ。
様々な呪縛から解放された気がする。揺り籠を開発した事も、使った事も罪とは思わない。
しかしそれでも、強大すぎる力の行使は見えない重圧となって、彼の心を蝕んでいたのだろう。
目を放した一瞬の隙に、少女はもう目の前に来ていた。
いつ殺されるのかとも、まだ殺さないのかとも思わない。訪れるであろう痛みにも警戒は無い。
どちらかといえば、ヘッケリオの興味はカップに入った茶の匂いを嗅ぐ少女の方に向いていた。
こちらから視線を切らさず、鼻をひくひくさせる様子は完全に野生動物だ。
人型の魔族がいるとは聞いていたが、見るのは初めてだ。研究者としては分野が違うが、それでも未知の物に対する興味は自身の命をも上回る。
「飲むのですかね?」
ヘッケリオの問いかけに対し、彼の瞳をじっと見つめながらエヴィアは観察した。
敵意は無い。武器も持っていない。あまりゆっくりしている時間は無いが、この人間にも、飲んでいる物にも興味がある。
そう考えたエヴィアは、何の警戒も無くカップを両手で受け取ると、そのままごくごくと飲み干した。
実際には、エヴィアには旨い不味いは無い。口に入ればどれも美味しいと感じている。それは食べることを生き方に取り入れた際に、そうしたからだ。
だがそれだけに、人間が食べたらどう感じるのかは興味の対象である。
「旨いですかね? それはコテンダの身を炒って轢いて煮たもの。私の故郷の茶ですよ。疲れた時や落ち着きたいときは、これが一番です」
なるほど――とエヴィアは考えた。反応や言葉から見て、これはなかなかに美味しいらしい。今度、魔王が疲れたら飲ませよう。
そう考えると同時に確認する。彼の意思を。そして知る。もうこの重飛甲母艦は墜落することを。
エヴィアは機械の仕組みは分からない。だが目の前の人間は知っている。そして彼は技術者の様だ。この情報に間違いは無いだろう。
また同時に、彼が助かる可能性が無いことも理解した。その心は、死を理解し受け入れている。
ならここにはもう用は無い。次の目標へ移動しよう。
残る重飛甲母艦はあとわずか。だがその僅かも残せない。一機たりとも逃さないのが魔王の希望なのだから。
下へ行き魔導炉を破壊。その後で外へ出て次の目標へ――そう考えた、エヴィアの足元が揺れる――いや、崩れる。
咄嗟に人間へと思考を移す。何も変わっていない。彼は何もしていない。
いやしかし――笑っている。
「ふはは、はは、ははははははははは!」
重飛甲母艦の外殻がパージされる。ただの部品になった上部本体は、崩れながら吹き飛ばされるように四散する。
そしてその部品にしがみついていたエヴィアの瞳に映るもの――それはパージされ飛び去って行くコンテナ。そしてそこに繋がる飛行機関。
全て、ヘッケリオが準備していたものだ。重飛甲母艦という本体を捨て、魔導炉と飛行機関、それにコンテナのみで飛ぶ。
長くは飛べない。だがそれで十分だ。
コンテナの中にある揺り籠では、既に魔導炉が臨界点まで高められている。“比翼の天馬”が離脱した時点で、これは全部済んでいた。
後は真っすぐに飛ぶだけである。目標まで。直線に飛んだ先にいる、巨大蟹の所にまで。
「ははははははははははははははは!」
空中へと投げ出されたヘッケリオは笑っていた。
その理由は本人にすらわかっていない。ただ、自分も死ぬ時は地面に穴をあけて死ぬものだと思っていた。
それはあながち間違ってはいないが、少し違う。自分は結局、揺り籠には乗らなかった。
それが楽しいのだろうか? それとも、これで魔族を一匹倒せるからだろうか? 予定通りに事が進んだからだろうか?
どれも違う。やはり理由などない。ただ楽しいから笑うのだ。
「あははははははは――!」
離れた所で真っ白い光が輝いた。
目の前に飛んできたコンテナを、ヨーツケールMK-II8号改の鋏が叩いたのだ。
中に揺り籠が入っているとか、そういった細かい事は考えていない。ただ何かが来たから叩いた。ただそれだけであった。
その一方で、重飛甲母艦に残ったヘッケリオは最後の準備をしていた。といっても、正しくはもう終わっている。
飛び立ってすぐにコンテナへ行き、そこで支度は完了させていたのだ。
そして後は実際に行うだけ……ではあったが、それすらももう終わっている。今はただ、死ぬその時までのわずかな時間を楽しんでいる状態だった。
そこへ天井を割いて、水晶の破片と共に一人の少女が現れた。
背は140センチほど。見た目は10歳程度だろうか。服――と呼んで良いのだろうか、体には黒い三本の帯を巻いただけの露出の高い姿。
突然の侵入者に対し反応した操縦士らであったが、一斉に血を吹き出し肉片が散る。
その様子を、まるでスローモーションのようにヘッケリオ・オバロスは眺めていた。
侵入者の紫色の髪が揺れる。顔立ちはまだ幼いが、その赤紫の瞳は猛獣の様だ。
彼が反応しなかった――いや、出来なかったのは、ヘッケリオが兵士ではなく研究者であったからだ。
もし即時に体が反応するように訓練されていたのなら、彼もまた血の海に沈んでいただろう。
エヴィアは元々、人間との交流を楽しみたかった魔人だ。
今回はこの重飛甲母艦を撃墜する事が目的だが、別に人間など殺さなくても落とすことは出来る。
だからエヴィアはヘッケリオを殺さなかった。敵意の無い相手を攻撃しない。それはエヴィアの本能のようなものだ。
それどころか、むしろ少々興味を持った。目の前で同じ仲間が殺されたのに、一切心を動かさない人間というものに。
目の前に現れた少女は、まあ魔族だろう。今更考えるまでもないなとヘッケリオ・オバロスは考えた。
だがもう関係のない事だ。そう思いながら、殺人的に苦いといわれる茶を飲んだ。
かつては世の中の全てを憎んだ。今もまた、それは変わってはいない。日常に戻れば、再び魔族を憎み、人を憎み、世界を憎むだろう。しかし今はもう良いのだ。
様々な呪縛から解放された気がする。揺り籠を開発した事も、使った事も罪とは思わない。
しかしそれでも、強大すぎる力の行使は見えない重圧となって、彼の心を蝕んでいたのだろう。
目を放した一瞬の隙に、少女はもう目の前に来ていた。
いつ殺されるのかとも、まだ殺さないのかとも思わない。訪れるであろう痛みにも警戒は無い。
どちらかといえば、ヘッケリオの興味はカップに入った茶の匂いを嗅ぐ少女の方に向いていた。
こちらから視線を切らさず、鼻をひくひくさせる様子は完全に野生動物だ。
人型の魔族がいるとは聞いていたが、見るのは初めてだ。研究者としては分野が違うが、それでも未知の物に対する興味は自身の命をも上回る。
「飲むのですかね?」
ヘッケリオの問いかけに対し、彼の瞳をじっと見つめながらエヴィアは観察した。
敵意は無い。武器も持っていない。あまりゆっくりしている時間は無いが、この人間にも、飲んでいる物にも興味がある。
そう考えたエヴィアは、何の警戒も無くカップを両手で受け取ると、そのままごくごくと飲み干した。
実際には、エヴィアには旨い不味いは無い。口に入ればどれも美味しいと感じている。それは食べることを生き方に取り入れた際に、そうしたからだ。
だがそれだけに、人間が食べたらどう感じるのかは興味の対象である。
「旨いですかね? それはコテンダの身を炒って轢いて煮たもの。私の故郷の茶ですよ。疲れた時や落ち着きたいときは、これが一番です」
なるほど――とエヴィアは考えた。反応や言葉から見て、これはなかなかに美味しいらしい。今度、魔王が疲れたら飲ませよう。
そう考えると同時に確認する。彼の意思を。そして知る。もうこの重飛甲母艦は墜落することを。
エヴィアは機械の仕組みは分からない。だが目の前の人間は知っている。そして彼は技術者の様だ。この情報に間違いは無いだろう。
また同時に、彼が助かる可能性が無いことも理解した。その心は、死を理解し受け入れている。
ならここにはもう用は無い。次の目標へ移動しよう。
残る重飛甲母艦はあとわずか。だがその僅かも残せない。一機たりとも逃さないのが魔王の希望なのだから。
下へ行き魔導炉を破壊。その後で外へ出て次の目標へ――そう考えた、エヴィアの足元が揺れる――いや、崩れる。
咄嗟に人間へと思考を移す。何も変わっていない。彼は何もしていない。
いやしかし――笑っている。
「ふはは、はは、ははははははははは!」
重飛甲母艦の外殻がパージされる。ただの部品になった上部本体は、崩れながら吹き飛ばされるように四散する。
そしてその部品にしがみついていたエヴィアの瞳に映るもの――それはパージされ飛び去って行くコンテナ。そしてそこに繋がる飛行機関。
全て、ヘッケリオが準備していたものだ。重飛甲母艦という本体を捨て、魔導炉と飛行機関、それにコンテナのみで飛ぶ。
長くは飛べない。だがそれで十分だ。
コンテナの中にある揺り籠では、既に魔導炉が臨界点まで高められている。“比翼の天馬”が離脱した時点で、これは全部済んでいた。
後は真っすぐに飛ぶだけである。目標まで。直線に飛んだ先にいる、巨大蟹の所にまで。
「ははははははははははははははは!」
空中へと投げ出されたヘッケリオは笑っていた。
その理由は本人にすらわかっていない。ただ、自分も死ぬ時は地面に穴をあけて死ぬものだと思っていた。
それはあながち間違ってはいないが、少し違う。自分は結局、揺り籠には乗らなかった。
それが楽しいのだろうか? それとも、これで魔族を一匹倒せるからだろうか? 予定通りに事が進んだからだろうか?
どれも違う。やはり理由などない。ただ楽しいから笑うのだ。
「あははははははは――!」
離れた所で真っ白い光が輝いた。
目の前に飛んできたコンテナを、ヨーツケールMK-II8号改の鋏が叩いたのだ。
中に揺り籠が入っているとか、そういった細かい事は考えていない。ただ何かが来たから叩いた。ただそれだけであった。
0
お気に入りに追加
71
あなたにおすすめの小説
神々の間では異世界転移がブームらしいです。
はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》
楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。
理由は『最近流行ってるから』
数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。
優しくて単純な少女の異世界冒険譚。
第2部 《精霊の紋章》
ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。
それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。
第3部 《交錯する戦場》
各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。
人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。
第4部 《新たなる神話》
戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。
連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。
それは、この世界で最も新しい神話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
無限に進化を続けて最強に至る
お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。
改稿したので、しばらくしたら消します
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語
Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。
チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。
その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。
さぁ、どん底から這い上がろうか
そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。
少年は英雄への道を歩き始めるのだった。
※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。
転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~
ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。
コイツは何かがおかしい。
本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。
目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ
ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。
間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。
多分不具合だとおもう。
召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。
そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます
◇
四巻が販売されました!
今日から四巻の範囲がレンタルとなります
書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます
追加場面もあります
よろしくお願いします!
一応191話で終わりとなります
最後まで見ていただきありがとうございました
コミカライズもスタートしています
毎月最初の金曜日に更新です
お楽しみください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる