この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR

ばたっちゅ

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【 滅び 】

飛び立った希望

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 大地を紫色の塊が進んで行く。壁沿いを進行していたロマジン王国軍400万人の部隊だ。
 正規の兵士は30万人程度、他は紫色の軍服に粗末な武器と盾程度。
 到底、魔族に敵対しえる兵装ではない。だがそれでも軍事大国の一員として恥ずかしくない奮戦を見せ、4月15日の正午には既に140キロメートルもの距離を進んでいた。

 その眼前に、巨大な建造物が見える。
 浮遊城イウヌ・ドス。ムーオス自由帝国の東、ラキッドの門を守護する浮遊城。
 大きな、少し前傾する三角錐。その左右には上に湾曲した6本の角が突き、中央のラインに沿って3つの球体が確認できる。
 全高220メートル。最下層の幅は90メートル。浮遊城としては小柄な部類に入る。
 しかし高い位置に取り付けられた浄化の光レイの有効範囲は極めて広く、大きさ以上に強力な城と目されていた。

 しかし今、その城内からは天を衝く様な真っ黒い煙が立ち上り、赤く焼ける炎も見える。
 重心は右に僅かに傾き、高度も上がったり下がったりと不安定だ。
 玉虫色に輝く外壁にはびっしりとヒトデの様な魔族が張り付き、それはまるで生物の皮膚を思わせる。
 果たして城内は大丈夫なのだろうか? いや、もうそんな事を考える事態ではない。
 イウヌ・ドスの浄化の光レイが、片っ端から無差別に周囲を焼く。空へ、大地へ、そこにいる味方などお構いなしに、声なき断末魔に悲鳴のように、眩い光を放出する。
 命令系統は既に消失し、浄化の光レイが無差別に攻撃を継続しているのは明らかだ。

「退避! 退避ー!」

 状況を察したロマジン王国軍が逃走に入るが、無差別に薙ぎ払う光から逃げられるはずもない。
 大地は焼け、爆ぜ、そこにいる人間ごと炎と煙へと変わっていった。




   ◇     ◇     ◇



「それで……?」

「浮遊城イウヌ・ドスは、ほどなくして大地に墜落して崩壊。ロマジン王国軍はほぼ壊滅です」

「飛甲騎兵隊による偵察は?」

「未帰還率9割を超えています。帰還騎兵も、戦闘ではなく故障により引き返してきた者たちです。内部への航空偵察は不可能かと」

 無事であるとすれば、次に近い浮遊城はウィルヘムの門を守護する浮遊城ボルトニーカだ。
 位置を考えれば一日や二日で出会う訳も無いだろうが、ロマジン王国に二の舞は御免である。
 部隊前衛を切り離して強行偵察させるべきかを考えねばならないだろう。
 しかしどのみち、いま考えるべきは別の事だ。

「ムーオスの生き残りと合流したところはまだないのか?」

「奇跡的に生き残っていた人間は、各地で数百人保護されています。ただ大規模かというと……」

「そうそうは出会えないか。だがここまで来たんだ。進むしかないだろうよ」

「それで陛下……保護したムーオス人の件ですが」

 常にテキパキとして、カルターの言葉より先に済ませておくミューゼ参謀長が珍しく判断を仰ぐ。
 その内容と理由に、カルターとしては思い当たる節がある。
 かつて、魔族領で保護した人間に魔族――それも魔王が含まれていたニュースは衝撃的であった。
 絶対にあってはならない事であり、しかもカルターは当事者と言っていい。
 何といっても、彼が壁を越えるための身分証を手配させたのはカルター本人なのだから。
 本来であれば今後どうするかを中央で決定するはずだったが、混乱に次ぐ混乱で議会は紛糾。
 事態は人類が滅びるかどうかの話にまで発展しており、こんな些末な事を決めている状態ではなくなってしまった。
 最終的に、これは現地の判断となっている。

 しかしそれは、いわば魔女狩りの状態を生んでいる。
 領域だけでなく、解除された地域でもまだ戦闘は続いている。当然、何らかの形ではぐれたり自分だけが生き残った者もいる。
 彼らを人間として信用して良いのだろうか? そもそも、少し目を離した隙に、もう魔族と入れ替わているのではないか?
 そんな疑心暗鬼は、魔王が壁を越えて以来ずっと人類にくすぶっている火種でもあるのだ。

「全員を保護しろ。一人の例外も無しだ。最終的な行き先が希望塚だったとしても、今は人として扱え」

「了解です」

 カルターとしては、自身も甘くなったのだと思う。
 今こうして多くの国民を死地へと導くことに、僅かながらも罪悪感を感じていたのかもしれない。
 そんな事を考えながらも、連合王国軍は進軍を続けるのであった。




 ◇     ◇     ◇




 碧色の祝福に守られし栄光暦219年4月15日――いや、たった今16日になった。
 要塞工業都市ナテンテから延びる幾つものサーチライトと炎の明かりが空を照らす。
 街にはそれ以外の光はほとんどなく、まるで廃墟のようにも感じられた。
 そこに、ボロボロになった一騎の飛甲騎兵が着陸する。

「ウィルヘムの門に浮遊城は無し。浮遊城ボルトニーカは予定通り東へと移動を開始していました」

 血まみれで操縦席から動けない男がそう告げると、すぐさま発着場で控える者たちに伝えられた。

「そうか――」

 最初に感慨深く、そう答えたのはハイウェン国防将軍であった。
 既に黒に灰色のラインの入った重甲鎧ギガントアーマーを纏い、重飛甲母艦発着場の防衛に当たっていた。

「ならば頼むぞ、勇者たちよ。我等はここで滅びるかもしれない。だが、確かにここに生きたのだ。ムーオス自由帝国という名の国があったのだ。それを誰かに――伝えてくれ」

 ハイウェンの間の前で、次々と重飛甲母艦が飛翔する。
 その数33機。かつては空を覆い尽くす程といわれた大部隊も、もうこれだけが残るのみであった。
 それぞれに揺り籠が6発ずつ搭載され、油絵の具の空へと飛び立ってゆく。
 もうそれでほぼ全て。他に残る揺り籠はもう僅かだ。

 相和義輝あいわよしきは浮遊城に揺り籠が搭載されていると考えていた。
 そしてまた、地上部隊に揺り籠の情報を知るものが含まれていると思っていた。
 それは高度な情報化社会にいた彼にとって、ある意味当たり前といえる。
 あれほどの数を作り、使ったのだ。さぞ広まっているのだろうと。

 しかし現実には違う。
 ザビエブ皇帝はこの兵器を見た時、すぐに人間同士の戦争に使われる事を理解した。
 そして直ちに封じた。関連資料等も決して漏れぬよう、厳重に封印、あるいは破棄した。
 彼らの仕事は完璧かつ徹底しており、一度はこの世界から完全に魔道炉人工暴発の技術は消えたのだ。

 しかし人間の記憶は消せない。関わった人間を殺さなかったのは、彼なりの人間味だったのか、あるいは何らかの予測があったのか……。
 結果として、魔道炉人工暴発は再び人の手にもたらされる事になった。一度は封印したザビエヴの命令によって。

 そんな経緯を経ているため、揺り籠の技術は漏洩ろうえいするほどの時間が無かった。
 また生産管理にも細心の注意が払われており、万が一の流出も防いでいた。
 核心部分など、出撃の際には特殊な溶液が取り付けられる。時間が経てば溶けだし、揺り籠を自壊させる仕組みだ。
 不発弾を回収された時のリスクを考えた結果である。

 その様に徹底管理されていたため、重飛甲母艦の発着都市以外に持ち出されるのは使われる時だけだ。そして使わずに撃墜されたとしても、それはもう使えない。
 その結果、浮遊城に揺り籠が保管されている事は無い。運ぶ猶予も無かった。
 ましてや、地上部隊に使えもしない揺り籠があることなど有り得ない話だ。
 今出撃していった部隊と、運びきれず残されたもの。それともう一つの保険。それがこの世界に在る最後の揺り籠であった。




 飛び上がる重飛甲母艦の窓から、ヘッケリオは見送る兵士達を見つめていた。
 当然のように、彼ら技術者もまた、徹底した監視と管理下にあった。
 研究だけの日々、不自由な生活、そして人々の憎悪と嫌悪。彼自身の祖国や人間に対する強い憎しみと複雑な理論。様々な要因はあったが、結果として技術も広まってはいない。
 この世界で揺り籠の製造技術の全てを知るものは、たった二人の人間しかいないのだ。

 もうムーオス自由帝国最後の作戦に、華々しい勝利などは無い。
 だが揺り籠本体か、技術者。もしくは、それを生産するための金型。これらのどれかが届きさえすれば、それは間違いなく勝利なのだ。

「将軍閣下、最後の重飛甲母艦が飛翔しました」

「いちいち報告せんでも見えておるよ。では我等も行くとしよう。残存兵の全てを集めよ。我等も東へ行く。生き残りと合流しながら、一歩でも先へと進むのだ」

「「「オオー!」」」

 飛び去った重飛甲母艦をもう見る事も無く、ハイウェンは部下達と歩き出した。
 こんなところに籠っていても、もう仕方がない。
 ここからは、少しでも敵の注意を引かねばならない。その為に、生き残っていた全国民を犠牲にしたのだ。
 この一斉蜂起の全ては、彼らの誰か、或いはどれかが他国に辿りつくための囮である。
 だがそれを知るものはいない。皆、最後の反攻作戦とだけ信じて動き出している。
 自分が行く先はおそらく地獄であろう……そう思いながらも、ハイウェンは満足して歩いて行った。
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