377 / 425
【 滅び 】
始動 後編
しおりを挟む
「これ以上、俺を無能にするのか?」
「ここまでの短期間で、非常に激しい戦いを繰り広げてきました。特に我が国は魔王討伐……いえ、これは幻だったのですが、とにかく最後と思われた魔族領討伐戦に参加。その後はジェルケンブール王国との総力戦。そして今また魔族領への侵攻。もはや経験豊富な将兵も少なくなりました。長く続いた魔族領遠征により、名だたる将兵がもはやどれ程おりますか。先だっての大戦の国内への侵攻。あれにより、優秀な内務の人間もどれ程数を減らしたか。今後も時間が経てば数は幾らでも増えますが、質を増やすことは困難でしょう」
「ならばお前が残ればいい。古来より、長く生きた総指揮官は死してその位を譲るものだ」
「私はもう十分です。ここまで永らえただけでも望外なのに、こうして地位まで得ました。しかし、限界もまた見えました……」
170センチ後半と、小柄なリンバートよりも背は高い。しかし、その見た目から受ける力強さは逆だ。何といっても厚みが違う。
盛り上がった隆々たる筋肉のリンバートと違い、グレスノームは線が細い。病弱であった彼は、本質的に“肉”がつかなかった。
それはこの世界においては、大きなコンプレックスでもあったのだ。
それが解っているため、リンバートは何も言えなかった。
結局のところ、人材不足は深刻だ。
もちろん、一人や二人の才覚が世界に与える影響などたかが知れている。二人死んだところで、その地位は新たな二人が埋めるだけだ。
だがあまりにも短期で入れ替えが続くと、質の低下は深刻なものになる。そして今、それは深刻な様相を見せ始めていた。
社会事情を考えれば、どちらかは生き残るべきだというのは両者ともに共通した認識であった。
◇ ◇ ◇
碧色の祝福に守られし栄光暦219年4月15日。
空が明るくなると同時に、ムーオス自由帝国軍が各地で一斉に動きだした。
その報告を魔人ボンボイルのテントの中で聞いた魔王相和義輝は、認識の甘さを思い知った。
ここは白き苔の領域から南。もう肉眼でも、人間と魔族領の境の壁が見える。
ムーオス自由帝国が活発に動き始めたと知らせがあった時点で、もう十分な準備はしていた……つもりではあったのだが。
「それで、どんな感じなんだ?」
「包囲され抵抗していた拠点から、一斉に東を目指して突撃していマースね。軍隊を先頭にして、全ての民間人も追随していまーす。まあ、動けない者は置いて行ったか、希望塚で焼いたようですねー」
「馬鹿な事を……」
いや、それは予定外の事をした件に関してそう思っただけだ。
包囲したまま座して死ぬだけ……それは彼等も知っていた。当然だ。
だけど、自暴自棄になって突撃したところで何も変わらない。死ぬ時期が早まるだけだ。自殺といって良い。だから彼らは動けない。
だからこそ、打開する時を待っていたのだ。当たり前だ。
「地上部隊までが動くとはね……考えが及ばなかった俺が愚かだったな」
だが彼らの目論見は成功しない。多くの人間が屍を晒し、魔族の餌となるだろう。
しかし魔族の数も無限ではない。統率もいい加減だ。人間の死骸を食べている内に、逃げおおせる者も出るだろう。
その中に揺り籠の技術者が混じっていたら最悪だ。
「地図を出してくれ」
床一面に真っ黒いヨーヌの体が広がり地図を作ると、その上にテラーネが幾つもの小石を置いて行く。
長い逆三角形の上に置かれる小石群。結構な数だ。だが――、
「改めて見る限り、内陸の方は緊急の案件ってほどでもないな。それより国境付近だ。ヨーツケールMK-II8号改もいるんだよな?」
「ヨーツケールMK-II8号改は浮遊城イウヌ・ドスに向かうと報告があったよ」
「ここですねー」
テラーネが国境付近に置かれた大きな石を指し、その横に蟹型に削った石を置く。器用だな。
「大抵のものは作れまーすよ。もっと時間があれば―、沢山作れますねー」
「いや、その辺りは拘らなくていい」
しかし浮遊城に向かったという事は、要が一つ無くなったという事だ。他にも魔人がいるとはいえ、手薄になるのは否めない。
生存者の一斉突撃を、果たしてどこまで防げるか……。
「ん?」
珍しく、エヴィアが天井を見上げる。そこにあるのはボンボイルの顔ではあるが……。
なんだろうか? 嫌な予感しかしねぇ……と思っていると、真顔でエヴィアがこちらを向き――、
「魔王に残念なお知らせかな。国境のコンセシール商国にいた人間の軍勢が動き出したよ。ティランド連合王国だったかな? 少なくとも5千万以上と報告が来たね」
右掌で顔を抑え、天を仰ぐ。
「冗談だといってほしいよ……」
今更ながら、それだけの人間が動くと言う事自体を想像できない。
小国の人口に匹敵する数だ。それが一斉に、戦うために動く。
地球では到底考えられないが、ここは違うのだ。目の前でやられている以上、受け入れて対応するしかない。
そもそも――、
「億単位で人を殺している俺が言う事ではないな……。南下する。必要に応じて俺も戦う事になるな」
「魔人がさせないかな。大丈夫、信じてくれていいよ」
真摯なエヴィアの瞳。だが何だろう……嫌なフラグが立った気がした。
「ここまでの短期間で、非常に激しい戦いを繰り広げてきました。特に我が国は魔王討伐……いえ、これは幻だったのですが、とにかく最後と思われた魔族領討伐戦に参加。その後はジェルケンブール王国との総力戦。そして今また魔族領への侵攻。もはや経験豊富な将兵も少なくなりました。長く続いた魔族領遠征により、名だたる将兵がもはやどれ程おりますか。先だっての大戦の国内への侵攻。あれにより、優秀な内務の人間もどれ程数を減らしたか。今後も時間が経てば数は幾らでも増えますが、質を増やすことは困難でしょう」
「ならばお前が残ればいい。古来より、長く生きた総指揮官は死してその位を譲るものだ」
「私はもう十分です。ここまで永らえただけでも望外なのに、こうして地位まで得ました。しかし、限界もまた見えました……」
170センチ後半と、小柄なリンバートよりも背は高い。しかし、その見た目から受ける力強さは逆だ。何といっても厚みが違う。
盛り上がった隆々たる筋肉のリンバートと違い、グレスノームは線が細い。病弱であった彼は、本質的に“肉”がつかなかった。
それはこの世界においては、大きなコンプレックスでもあったのだ。
それが解っているため、リンバートは何も言えなかった。
結局のところ、人材不足は深刻だ。
もちろん、一人や二人の才覚が世界に与える影響などたかが知れている。二人死んだところで、その地位は新たな二人が埋めるだけだ。
だがあまりにも短期で入れ替えが続くと、質の低下は深刻なものになる。そして今、それは深刻な様相を見せ始めていた。
社会事情を考えれば、どちらかは生き残るべきだというのは両者ともに共通した認識であった。
◇ ◇ ◇
碧色の祝福に守られし栄光暦219年4月15日。
空が明るくなると同時に、ムーオス自由帝国軍が各地で一斉に動きだした。
その報告を魔人ボンボイルのテントの中で聞いた魔王相和義輝は、認識の甘さを思い知った。
ここは白き苔の領域から南。もう肉眼でも、人間と魔族領の境の壁が見える。
ムーオス自由帝国が活発に動き始めたと知らせがあった時点で、もう十分な準備はしていた……つもりではあったのだが。
「それで、どんな感じなんだ?」
「包囲され抵抗していた拠点から、一斉に東を目指して突撃していマースね。軍隊を先頭にして、全ての民間人も追随していまーす。まあ、動けない者は置いて行ったか、希望塚で焼いたようですねー」
「馬鹿な事を……」
いや、それは予定外の事をした件に関してそう思っただけだ。
包囲したまま座して死ぬだけ……それは彼等も知っていた。当然だ。
だけど、自暴自棄になって突撃したところで何も変わらない。死ぬ時期が早まるだけだ。自殺といって良い。だから彼らは動けない。
だからこそ、打開する時を待っていたのだ。当たり前だ。
「地上部隊までが動くとはね……考えが及ばなかった俺が愚かだったな」
だが彼らの目論見は成功しない。多くの人間が屍を晒し、魔族の餌となるだろう。
しかし魔族の数も無限ではない。統率もいい加減だ。人間の死骸を食べている内に、逃げおおせる者も出るだろう。
その中に揺り籠の技術者が混じっていたら最悪だ。
「地図を出してくれ」
床一面に真っ黒いヨーヌの体が広がり地図を作ると、その上にテラーネが幾つもの小石を置いて行く。
長い逆三角形の上に置かれる小石群。結構な数だ。だが――、
「改めて見る限り、内陸の方は緊急の案件ってほどでもないな。それより国境付近だ。ヨーツケールMK-II8号改もいるんだよな?」
「ヨーツケールMK-II8号改は浮遊城イウヌ・ドスに向かうと報告があったよ」
「ここですねー」
テラーネが国境付近に置かれた大きな石を指し、その横に蟹型に削った石を置く。器用だな。
「大抵のものは作れまーすよ。もっと時間があれば―、沢山作れますねー」
「いや、その辺りは拘らなくていい」
しかし浮遊城に向かったという事は、要が一つ無くなったという事だ。他にも魔人がいるとはいえ、手薄になるのは否めない。
生存者の一斉突撃を、果たしてどこまで防げるか……。
「ん?」
珍しく、エヴィアが天井を見上げる。そこにあるのはボンボイルの顔ではあるが……。
なんだろうか? 嫌な予感しかしねぇ……と思っていると、真顔でエヴィアがこちらを向き――、
「魔王に残念なお知らせかな。国境のコンセシール商国にいた人間の軍勢が動き出したよ。ティランド連合王国だったかな? 少なくとも5千万以上と報告が来たね」
右掌で顔を抑え、天を仰ぐ。
「冗談だといってほしいよ……」
今更ながら、それだけの人間が動くと言う事自体を想像できない。
小国の人口に匹敵する数だ。それが一斉に、戦うために動く。
地球では到底考えられないが、ここは違うのだ。目の前でやられている以上、受け入れて対応するしかない。
そもそも――、
「億単位で人を殺している俺が言う事ではないな……。南下する。必要に応じて俺も戦う事になるな」
「魔人がさせないかな。大丈夫、信じてくれていいよ」
真摯なエヴィアの瞳。だが何だろう……嫌なフラグが立った気がした。
0
お気に入りに追加
71
あなたにおすすめの小説
神々の間では異世界転移がブームらしいです。
はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》
楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。
理由は『最近流行ってるから』
数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。
優しくて単純な少女の異世界冒険譚。
第2部 《精霊の紋章》
ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。
それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。
第3部 《交錯する戦場》
各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。
人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。
第4部 《新たなる神話》
戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。
連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。
それは、この世界で最も新しい神話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
無限に進化を続けて最強に至る
お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。
改稿したので、しばらくしたら消します
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語
Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。
チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。
その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。
さぁ、どん底から這い上がろうか
そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。
少年は英雄への道を歩き始めるのだった。
※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。
転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~
ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。
コイツは何かがおかしい。
本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。
目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ
ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。
間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。
多分不具合だとおもう。
召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。
そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます
◇
四巻が販売されました!
今日から四巻の範囲がレンタルとなります
書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます
追加場面もあります
よろしくお願いします!
一応191話で終わりとなります
最後まで見ていただきありがとうございました
コミカライズもスタートしています
毎月最初の金曜日に更新です
お楽しみください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる