この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR

ばたっちゅ

文字の大きさ
上 下
376 / 425
【 滅び 】

始動 前編

しおりを挟む
 碧色の祝福に守られし栄光暦219年4月13日。
 マースノーの草原に布陣していた浮遊城ジャルプ・ケラッツァの内部では、慌ただしく職員が走り回っていた。

「幾らなんでも急すぎますね。浮遊城が見た目よりもずっとデリケートな事は、城主殿にはお分かりの事かと思いますが」

 ミックマインセが珍しく嫌味を込めた物言いをしてくるが、リッツェルネールは涼しい顔だ。

「急だからこそ意味がある。全機関最大主力。限界を見せてやれ」

 浮遊城ジャルプ・ケラッツァが急速に動き始める。
 普段の巡航速度は時速20キロメートル程度。戦闘状態で40キロメートル程だ。しかし現在、浮遊城の速度は60キロメートルを越える。
 ここまでの速度、そして浮遊白の巨大さともなると、風の抵抗も馬鹿には出来ない。急激な圧力を受け、城全体が揺れ軋む。
 キィキィと響く金属音は、まるで抗議の悲鳴の様だ。

「数ヶ所で配線や隔壁に損傷が見られる。少し抑えるべきだ」

 城内の報告を受けケインブラが報告を入れる。どちらかといえば、忠告に近い。
 このままでは戦闘どころではない。自壊の危険すらある。
 しかし――、

「それでは意味がないよ。ムーオスに耳目が集まる今だからこそ、仕掛ける最大の好機だ。我等はこれより、新領域を迂回して迷宮の森と亜人の領域を攻略する。ハルタール帝国、ティランド連合王国にも伝達せよ」

「ティランドはともかく、ハルタール軍は追いつけまい。今すぐ動いたとしても、到着は――」

「いや、動き始めてくれれば良い。どうせ一朝一夕に攻略できる領域ではないからね。それにこれは、南方への支援の一環でもある。ああ、それと――」

「まだ何かあるのか?」

「例の重飛甲母艦をナルナウフの司祭殿に寄付しておいてくれ」

「いやいや、待ってください」

 少し面白そうな、それでいていぶかしげにミックマインセが口を挟む。

「なんだい、ミックマインセ」

「今動かせるのは一機しかありませんよ。それも故障機体をこちらで修理と整備したわけでしょう? それなりに費用が掛かっているわけですし、所属だってまだ……」

「ムーオスとの譲渡契約は進んでいただろう?」

「だがそれは停止していたはずだ」

 今度はケインブラも戻って来る。興味があったのだろう。
 確かに、第二次炎と石獣の領域後に始まった譲渡交渉も、ムーオス自由帝国へ魔族が大挙して進行したことによって中断している。

「乗員はただの一般兵だ。上の問題など、もはや関係ないでしょう。彼らは今後生きていけるか――興味はそれだけでしょう」
 
「確かにそうですが、アレは緊急時の脱出用として購入予定だったわけですが」

「そんなものが必要なのかい?」

 まあ確かに、浮遊城を失って生きて帰るなどありえない。
 指揮官から一般兵士に至るまで、この城を失ったら行く場所などないのだから。




 ◇     ◇     ◇




 迷宮の森と亜人の領域近郊には、ティランド連合王国が布陣していた。
 元々ここが持ち場であり、急な作戦で布陣したわけではない。

「ほう、リッツェルネールが動いたか……なるほど、ムーオスに呼応して北の攻略か。どう思う、グレスノーム」

「そうですね……」

 リンバートに問われたグレスノームの黒い瞳が、深い思慮の色を湛える。

「元々、ムーオス自由帝国との共闘は不可能です。既に向こうには余裕がない。共闘するのならこちらが動くしかないわけですが、壁を越えて人間領を南下するか、白き苔の領域を突破するか……まあどちらも、そもそもが現実的ではありません。動くなら、確かに南に行くのではなくこちら側となるでしょう」

「そりゃそうだな。それに、どちらにしろ時間が足りん。やるなら最低限一ヵ月は欲しい」

 それなりに時間もあったため、士官用の部屋は四角い土作りだ。壁は漆喰で固められ、床は土の上に絨毯が敷かれている。
 外には同様の建物の他に、無数のテントが立ち並ぶ。既にいつでも開戦可能――というより、ティランド連合王国はとっくに独自路線で始めている。
 兵数は160万人をキープ。士気も高く準備も万全である。だが戦地はもちろん、連合王国全体として見れば損害はある。

 もうすでに、北のハルタール帝国では餓死者が出始めている。
 ゼビア王国の反乱により多くの人民を削減した帝国であったが、それでも当然貧富の差は残る。
 金持ちは10年後も生きているだろうが、貧しければ明日は無い。
 そしてそれは、ティランド連合王国とて無縁ではない。

 随時補充し、随時魔族の領域へと送り込む。
 死ぬためにここまで旅をし、決意を胸に森へと消えていく。
 本国では果敢に戦う勇者たちとして報道されているが、それは現実とは大きく違うのだ。

「だがそれも、ようやく一区切りだ。そうだろう、グレスノーム」

「ええ。ですが申し訳ありませんが、リンバート殿にはまだやるべきことがあるでしょう。ここは私が行きます」

 二人とも、もういい加減飽き飽きしていたのだ。
 ただ何の戦果も挙げることなく味方を死地に追いやるだけの任務。その膨大な損失を考えれば、必ずや戦後は無能の烙印を押されるであろう。
 そうなる前に二人とも意義ある戦いで散りたかったのだ。出来ればもっと早くに。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

知識スキルで異世界らいふ

チョッキリ
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

無限に進化を続けて最強に至る

お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。 ※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。 改稿したので、しばらくしたら消します

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~

ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。 コイツは何かがおかしい。 本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。 目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

処理中です...