この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR

ばたっちゅ

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【 滅び 】

激務の中で

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 中央に建築されたティランド連合王国の宿舎は、ハルタール帝国のそれとあまり変わらない。
 セキュリティの関係で細部こそ変えてはいるが、基本的に同じ目的で同じように作られた建物だ。その為、個室の広さや造りもだいたい似通っていた。

 ただオスピアの私室が殺風景な、まるでホラーに出てくる子供部屋の様な造りに対し、こちらは質実剛健。
 樫の机にキャスターもリクライニングもついていない、金属にゴムクッションを張っただけの椅子。絨毯も剥き出しの床を隠す程度の品であり、壁紙も煩わしい金属反射を消す為にベージュの紙が貼ってあるだけだ。
 奥には天幕付きのベッドが置かれているが、こちらも別におしゃれな感じはしない。

 通常の政務であれば、きちんとした専用の場所がある。わざわざ個室でやる意味はない。
 時間も深夜。もう就眠の時間に入っている。従って、今のカルターは完全にオフ。これから寝る間でのわずかな間、心を休め事が目的だ。
 にも拘わらず、硬い椅子に座って渋い顔で天井を眺めている。理由は言うまでもない、これからの問題だ。

 連日、国内では強硬派と和平派が舌戦を繰り広げている。社会的地位の高いものはそれだけで済むが、一般市民は言葉だけでは終わらない。日夜、流血騒ぎが絶えない状態だ。
 まだ連合王国が魔王と和平の可能性を模索しているなど誰にも知られてはいないが、長く魔族との戦いが停止していれば、当然邪推する者も現れる。

「お前はどう思うんだ、エンバリ―」

 暗闇の隅で、ヒィ! と聞こえてきそうなくらいビクンと動いた影がある。女性だ。
 身長は170センチ。女性としては低くはないが、決して高いわけでもない。体格はかなり細く、この世界ではガリガリと評していい程に痩せている。
 目は大きく、鼻は低い。良くいえば愛嬌のある狸顔といえるだろう。少しクセのある薄茶の髪が、その印象をさらに強いものにしていた。
 カルター付き魔法使い改めお茶くみ係、エンバリ―・キャスタスマイゼンである。
 服装は赤黒に金をあしらったティランド連合王国の軍服だ。

 カルタ―としては比較的静かに話しかけたつもりだが、この反応である。最近部下達から、目つきが悪くだっただの、声が大きくなっただの色々といわれているが、ここまで露骨な反応をするものは他にいない。
 確かに情勢は気の安らぐものではないが、カルターは今まで物に当たった事はあっても配下に当たった事は無い。そういった意味での信用はあるはずなのだが……。

 暗闇の中、プルプルと震える大きな瞳が見える。まるで小さな子供の様だ。もうお前、そんな年じゃないだろうと言いたくもなるが、それを口にしても仕方がない。
 これが本物の狸だったら肉でも投げてやりたいが、小動物に癒しを求めているわけではないのだ。

「現在の情勢に関してだ。お前はどう思っている? このままムーオス国境を突っ切って合流を果たすのか、それとも攻めて来るまでコンセシールの国境で待つのか。それとまあ、もし魔王が和平を提示して来た時どうするかだ」

「わ、分かりません……お茶入れて来ます……」

「いいから座れ! 魔術師としてのお前の見解を聞きたい。魔法魔術は魔族の領分とはいうが、互いに近い所があるのも事実だろう」

「はあ……」

 観念したのか、上目づかいで様子を見ながらおずおずとカルタ―の横に正座する。
 これがかの大魔法使いの姿かと、頭を抱えたくもなる。

「まずムーオスに攻め込むのは愚策だと思います。それは陛下が一番よく分かっているかと……」

 確かにその通りだ。相手の戦力も判らなければ、味方の残存戦力も位置すらも分からない。ゆっくり陣地確保をしながら戦える相手だろうか? 現状は不可能といえるだろう。

「魔族の展開速度を考えると、現状は味方が包囲される危険があります」

 海から上陸し、国境を侵すまであまりにも早かった。もう相手は魔族領で待っていてはくれない。立場は逆転したのだ。
 攻めたとたんに背後を迂回され分断される……結果は考えるまでもない、最悪だ。
 壁や海の向こうで大人しくなっている時は良かった。だが今は違う。自由に行動する魔族とは、ここまで恐ろしい相手だったのかと痛感する。

「一番の問題は、魔族を刺激する事でコンセシール商国やランオルド王国が戦火に飲まれる公算が高い事です、はい……お茶入れて来ます……」

 当然、これが一番の懸念材料だ。中央でも、この問題が連日話し合われている。仕掛ければ逆襲してくるだろう。当たり前だ。
 現在は国境からこちらへの侵攻は無いが、そこに見えない壁があるわけではない。単に人類が線を引いただけの話でしかないのだ。
 やろうと思えば、彼らはいつでも侵入して来るだろう。そして考えなく刺激した結果、勝算も無いまま魔族との戦闘に突入しましたでは済まない。

 魔王…… アイワヨシキを思い出す。現在の魔族を率いているのは、間違いなく奴だろう。
 目的はムーオス自由帝国を滅ぼすためだ。しかしなぜムーオスなのか?
 単純に最初に選ばれただけなのか? 
 それとも戦力、地形、補給など戦略的要因によるものか?
 このままムーオスが滅んだとして、そこで魔族の活動は収まるのか? それとも……。

「次の点に関してですが――」

 茶を入れるための湯をプレートで沸かしながら、エンバリーは話を続けた。

「国境際での防衛軍は、もう減らしても良いかと思います。理由は陛下の方がお詳しいと思います」

 攻めないなら、もう布陣していても意味は無いという事だ。ムーオスが滅んだ後――いや、今現在であっても、返す刀であの狭い国境から攻めて来るだろうか?
 そんな馬鹿な事はない。間違いなくこちらに攻めて来るとしたら海からであり、そして壁を含めた魔族領からとなる。

「確かに、布陣させている連中で見張り台か壁でも築かせていた方がよほどましだな」

「それと魔王が和平を求めて来た時ですが、それは本当に分かりません。何を考えているかも分からないのですから」

 そっと、透明に近い茶をカルタ―の脇に置く。色は無いが、強烈な香草の香りが立ち昇る。
 同時に、軽い睡魔がカルタ―を襲った。
 魔法は使えなくなったとはいえ、魔術師の血統にしてかつての大魔法使いだ。薬学にも精通している。これは別に毒ではなく、眠りを誘う薬湯であった。

「ですが陛下であれば、魔王の言葉に惑わされる事は無いと思います。まだまだ激務は続くと存じますが、どうぞ心安らかにお休みなられますよう……」

 エンバリーが用意した薬湯の意味を正しく理解したカルタ―は、素直に床に就く事にした。
 しかしやはり惜しいと思う。長くカルタ―と共にあった彼女は、戦術、戦略共に幅広い視野を持つ。しかも魔術の知識付きだ。
 このまま腐らすには惜しい……太るための専門家の意見を聞くべきだろうか?
 そんな事を考えながら、カルタ―の意識は静かに闇へと沈んでいった。
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