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【 滅び 】
差し出された未来 後編
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平和か……。
マリッカの説明を聞きながら、本当に難しいものだと思う。
確かにリッツェルネールの案に乗れば、魔族領は確実に平和になるだろう。
あとは南方の大陸を利用し、一攫千金を夢見てきたはぐれ者……戦う以外に職のないような者や、新たな土地を求める貧しい人間、犯罪者……餌を与えつつ、そういった人間を適度に間引く。
人間側は、場合によっては軍隊を組織してのパフォーマンスも必要になるだろう。しかし概ねは平和だ。
人は自らの為に、家族の為に、騙されているとも知らず、勝手に死んでゆく。
それで良いといえば良いのだ。人など結局、自分の好きに生き、死んでいくのだ。
「あとは細かきことを決めるために、そちらの意思を確認したいそうです。まだ始まったばかりですから、多少は無茶な要求が通る可能性もあります。立場的には貴方の方が上でしょうし。それで、何を要求します?」
「答えは却下だ、マリッカ。俺はその提案に乗るつもりはない」
沈黙が場を支配する。マリッカの様子に変わった点はない。だが本能は理解した。直ちに念を押せと。
「いや、もちろん人類を滅ぼすつもりはない。それは信じてくれ。彼の案も悪くはない。でも幾つか問題がある。それを解決しないとダメなんだよ」
そう、ムーオス自由帝国跡地は人間が解除した土地だ。この世界のコントロールから逸脱した、自然な……そして無軌道な土地だ。だから――
「その計画だと、南の大陸の魔族は無分別に増えるぞ。確実にコントロール不能になる。土地の広さから考えれば、逆に人間が逆侵攻されかねない」
「それに関しては、新たな壁を設置すればいいではないですか? 今回の貴方がやったように全ての魔族が大移動をしたら厳しいですが、飽和分だけなら対処できるでしょう。むしろそれが強敵であればあるだけ、彼は喜びますよ」
マリッカは気楽に考えている様だが、何処まで正確に物事を認識しているかは不明だ。
しかし、実際これは言い訳でしかない。心の痛みを別にすれば、対処が不可能な話ではないのだから。
リッツェルネールも、最初からそれを当てにしているのだろう。万が一魔族を人間が対処できなくなった時、俺自身がそれを始末しろと。
「まあそうなんだろうけど、今はダメだ。そうだな……一度人間世界に行って、オスピアと話し合いたい。ただこれも、今すぐって訳にはいかないんだ。もう少しだけ待ってくれ」
俺――というより魔人達をじっと見ていたマリッカであったが――
「分かりました。『今は時期尚早ですが、概ねは受諾』そう受け取って良いのですね?」
「ああ、それで良いよ。悪いがそう伝えてくれ」
「伝えるのは構いませんが、情勢は常に動いています。少なくとも、今のように動きが無い状態は長くは続かないという事を理解しておいてください」
「ああ。そうするよ」
◇ ◇ ◇
「あれで良かったのかな?」
マリッカを見送った後、ゴロンとプログワードの背中で横になった俺をエヴィアが見下ろしている。
いつもの飄々とした感じだが、微妙に心配が伝わってくるな。
「ああ。一番肝心な事が終わっていないからな。結局のところ、それが終わらなければ無理だ」
それは言うまでもない、人類が開発した”揺り籠”の問題である。
この問題に決着を付けない限り、どんな約束も空手形。とはいえ、まだ実際に何処までやるのかは決めていない。情勢次第だといえる。
もし揺り籠の情報が他国に流れたら、今度はそこを攻めるのかどうか?
孤立していた南と違い、北に明確な区分けなんてものは無い。国境なんてものは、人間が勝手に引いた線でしかないのだ。
そんな所に流出した時点で、事実上終わりである。それでも使わせないようにしようとすれば、それは人類を滅亡寸前まで追い込まなければいけないだろう。
「でもこれは、とてもじゃないがまだ話せないしな……」
いや、最終的には話す必要がある。もう人類は、揺り籠の存在を具体的に知った。出来る事はわかった。0を1にする事は難しくとも、1を見て1を作るのは簡単なのだ。
実際のところ、既に多くの国が揺り籠を研究しているだろう。
技術が流出しなくても、チャレンジし続ける限りはいつかは第二第三の揺り籠が現れる。
これは俺が禁止し監視するのではなく、人類にやってもらわねばならない。
「問題はやっぱり話すタイミングだな」
揺り籠を捨てる事を交渉材料に盛り込めば、リッツェルネールならすぐに飲むだろう。
だがその真実がまったく判らない男だ。見えないところで大量生産している可能性は残る。
そして彼がそれを使わなくとも、それの使い道を考えてしまう人間が出現するのも、また自然の摂理といえよう。
やはりある程度確定するところまでは、こちら単独で進めるべきだな。
それに――、
「なあ、エヴィア、テラーネ、テルティルト、プログワード……マリッカがいった世界は、平和だと思うか?」
「魔王が考えている未来とはだいぶ違うかな。でも一番簡単だと思うよ」
「魔王次第でーすね。彼の考えは―、貴方に暫しの安息の時を与えるでしょう。考えるのはー、それからでも遅くはありまセーン。それもまた、一つの可能性でーす」
うーん……。
「早く帰ってケーキが食べたいわ」
「魔王は好きにするといいよー。して欲しい事は、何でも言ってねー」
やはり明確な賛成も反対もないか。あくまでも、考え判断するのは俺だって事だろう。
実際の所、確かに簡単なのは事実だ。これからの人類のありようを人類に丸投げする。
そして、どうしようもない時には人類の希望に沿って協力する。
そこに何の問題があるのかといえば……多分無いのだ。
「とりあえず、急いで動くか」
その言葉を合図に、プログワードが進み始める。戦いを終わらせる……その為に。
「「「魔王が殴ったー! 殴ったー!」」」
……って、まだヒドラの子供がザブンザブンと暴れているし。やれやれ、ちゃんと説明してやらないとだめか。
「あれはな……」
マリッカの説明を聞きながら、本当に難しいものだと思う。
確かにリッツェルネールの案に乗れば、魔族領は確実に平和になるだろう。
あとは南方の大陸を利用し、一攫千金を夢見てきたはぐれ者……戦う以外に職のないような者や、新たな土地を求める貧しい人間、犯罪者……餌を与えつつ、そういった人間を適度に間引く。
人間側は、場合によっては軍隊を組織してのパフォーマンスも必要になるだろう。しかし概ねは平和だ。
人は自らの為に、家族の為に、騙されているとも知らず、勝手に死んでゆく。
それで良いといえば良いのだ。人など結局、自分の好きに生き、死んでいくのだ。
「あとは細かきことを決めるために、そちらの意思を確認したいそうです。まだ始まったばかりですから、多少は無茶な要求が通る可能性もあります。立場的には貴方の方が上でしょうし。それで、何を要求します?」
「答えは却下だ、マリッカ。俺はその提案に乗るつもりはない」
沈黙が場を支配する。マリッカの様子に変わった点はない。だが本能は理解した。直ちに念を押せと。
「いや、もちろん人類を滅ぼすつもりはない。それは信じてくれ。彼の案も悪くはない。でも幾つか問題がある。それを解決しないとダメなんだよ」
そう、ムーオス自由帝国跡地は人間が解除した土地だ。この世界のコントロールから逸脱した、自然な……そして無軌道な土地だ。だから――
「その計画だと、南の大陸の魔族は無分別に増えるぞ。確実にコントロール不能になる。土地の広さから考えれば、逆に人間が逆侵攻されかねない」
「それに関しては、新たな壁を設置すればいいではないですか? 今回の貴方がやったように全ての魔族が大移動をしたら厳しいですが、飽和分だけなら対処できるでしょう。むしろそれが強敵であればあるだけ、彼は喜びますよ」
マリッカは気楽に考えている様だが、何処まで正確に物事を認識しているかは不明だ。
しかし、実際これは言い訳でしかない。心の痛みを別にすれば、対処が不可能な話ではないのだから。
リッツェルネールも、最初からそれを当てにしているのだろう。万が一魔族を人間が対処できなくなった時、俺自身がそれを始末しろと。
「まあそうなんだろうけど、今はダメだ。そうだな……一度人間世界に行って、オスピアと話し合いたい。ただこれも、今すぐって訳にはいかないんだ。もう少しだけ待ってくれ」
俺――というより魔人達をじっと見ていたマリッカであったが――
「分かりました。『今は時期尚早ですが、概ねは受諾』そう受け取って良いのですね?」
「ああ、それで良いよ。悪いがそう伝えてくれ」
「伝えるのは構いませんが、情勢は常に動いています。少なくとも、今のように動きが無い状態は長くは続かないという事を理解しておいてください」
「ああ。そうするよ」
◇ ◇ ◇
「あれで良かったのかな?」
マリッカを見送った後、ゴロンとプログワードの背中で横になった俺をエヴィアが見下ろしている。
いつもの飄々とした感じだが、微妙に心配が伝わってくるな。
「ああ。一番肝心な事が終わっていないからな。結局のところ、それが終わらなければ無理だ」
それは言うまでもない、人類が開発した”揺り籠”の問題である。
この問題に決着を付けない限り、どんな約束も空手形。とはいえ、まだ実際に何処までやるのかは決めていない。情勢次第だといえる。
もし揺り籠の情報が他国に流れたら、今度はそこを攻めるのかどうか?
孤立していた南と違い、北に明確な区分けなんてものは無い。国境なんてものは、人間が勝手に引いた線でしかないのだ。
そんな所に流出した時点で、事実上終わりである。それでも使わせないようにしようとすれば、それは人類を滅亡寸前まで追い込まなければいけないだろう。
「でもこれは、とてもじゃないがまだ話せないしな……」
いや、最終的には話す必要がある。もう人類は、揺り籠の存在を具体的に知った。出来る事はわかった。0を1にする事は難しくとも、1を見て1を作るのは簡単なのだ。
実際のところ、既に多くの国が揺り籠を研究しているだろう。
技術が流出しなくても、チャレンジし続ける限りはいつかは第二第三の揺り籠が現れる。
これは俺が禁止し監視するのではなく、人類にやってもらわねばならない。
「問題はやっぱり話すタイミングだな」
揺り籠を捨てる事を交渉材料に盛り込めば、リッツェルネールならすぐに飲むだろう。
だがその真実がまったく判らない男だ。見えないところで大量生産している可能性は残る。
そして彼がそれを使わなくとも、それの使い道を考えてしまう人間が出現するのも、また自然の摂理といえよう。
やはりある程度確定するところまでは、こちら単独で進めるべきだな。
それに――、
「なあ、エヴィア、テラーネ、テルティルト、プログワード……マリッカがいった世界は、平和だと思うか?」
「魔王が考えている未来とはだいぶ違うかな。でも一番簡単だと思うよ」
「魔王次第でーすね。彼の考えは―、貴方に暫しの安息の時を与えるでしょう。考えるのはー、それからでも遅くはありまセーン。それもまた、一つの可能性でーす」
うーん……。
「早く帰ってケーキが食べたいわ」
「魔王は好きにするといいよー。して欲しい事は、何でも言ってねー」
やはり明確な賛成も反対もないか。あくまでも、考え判断するのは俺だって事だろう。
実際の所、確かに簡単なのは事実だ。これからの人類のありようを人類に丸投げする。
そして、どうしようもない時には人類の希望に沿って協力する。
そこに何の問題があるのかといえば……多分無いのだ。
「とりあえず、急いで動くか」
その言葉を合図に、プログワードが進み始める。戦いを終わらせる……その為に。
「「「魔王が殴ったー! 殴ったー!」」」
……って、まだヒドラの子供がザブンザブンと暴れているし。やれやれ、ちゃんと説明してやらないとだめか。
「あれはな……」
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