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【 滅び 】
希望の壊滅 前編
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碧色の祝福に守られし栄光暦219年3月21日。
世界三大国に切り捨てられようとしている事を、ムーオス自由帝国の民はまだ知らない。
しかし、そうなる事は多くの者が予想している。特に、政治の中心にいるような者たちは当然だった。
彼らの動きは早かった。すぐさま財産を金銀財宝に変え、脱出の支度を整える。
しかしそれは簡単でない。いや、不可能だった。
重飛甲母艦で逃げようとしたものもいたが、それは全て墜とされている。
壁の上を通って逃げようとしたものもいたが、それは全員行方知れずだ。
海に関しては、言うまでもないだろう。
もはや打てる手は一つだけしかない……
ムーオス自由帝国首都アザームド。ここは上下左右とも、ほぼ均等な国家の中心に位置している。
遷都などにより調整された結果ではない。本当に、ただの偶然だ。しかしその偶然はやがて神格視され、世界で最も祝福された都市と呼ばれていた。
同一規格による全く同じサイズのドーム建築が、水平線の先まで碁石のように並ぶ巨大都市。
人口は2千万人を超え、間違いなくこの世界最大規模だ。
この都市に住むことがムーオス自由帝国人のステータスであり、近隣には夢破れた者たちのスラム都市が衛星のように連なっている。
しかし今、ここにかつての賑わいは無い。ただ広いだけの道路には、プリントアウトされた新聞記事が無数に風で舞っていた。
都市中央にはひときわ目立つ、金銀をあしらった煌びやかな格子模様に、これまた宝石を多数填め込んだドーム建築が聳え立つ。
中心には高さ100メートルを超す尖塔が立ち、夜間は美しい輝きを見せる。
建物は3階建てで、1階は元老院議会場、2階は貴賓の間であり、3階が皇帝の執務室となる。
この国では、北方の様な中世的な城は存在しない。謁見の間なども全て3階だ。
魔族が侵攻してきた当初は悪い意味で賑わっておいたが、最近では議員もすっかり減っていた。
皆、無駄な議会などに時間を取られている場合ではなかったのだから。
「お、お許しください……私は、私はそれでも!」
2メートルを超す長身を小さくし、平伏する一人の男。立派なブランド物のスーツや指や腕にはめた魔力増幅器ではない高価そうな宝飾品から見るに、相当に地位は高そうだ。
だがそれを見上げる男は、躊躇なく大斧を振るい落とす。
議会場は勿論、周囲を囲む廊下や応接室もまた、一面血に染まる。あちこちには同様に高価な衣装で身を包んでいた男女の死体が散乱し、その凄惨さを無言で物語っていた。
ハイウェン国防将軍は、帰還後すぐに行動を起こした。
混乱していた軍部を掌握し、議会に対して一時的な指揮権移譲を要求。状況から考えて、これは極めて妥当と思われた。
議員を守る武官は軍人ではなく、コルキエント宰相旗下の文官だ。そんな彼らも、これを了承した。
だが議会は従わなかった。従えなかったのだ、もう既に。
「わ、私達は……悪くはない……こんな……はずでは……」
倒れていた一人の太った議員が言い訳を口にしながら、誰にも看取られる事無くこの世を去った。
◇ ◇ ◇
碧色の祝福に守られし栄光暦219年3月20日。
ハイウェン国防将軍が議会を抑える前日。ムーオス自由帝国軍主力部隊は壊滅した。
前線各地からの援軍要請をすべて無視し、搔き集められた精鋭部隊。それに首都防衛隊を加え、動員できる限り全ての重飛甲母艦に飛甲騎兵。更にはコンセシール商国から譲渡された試験運用中の人馬騎兵も投入された。
正規兵800万に民兵を加え、総兵力は1千400万人。補給の為の輜重隊は使わない。活用できる飛行板全てに人間を乗せ、巨大蟹を中心とした魔族の群れに突入する。
目的はただ一つ。突破する事。そしてそこには、議員やその家族が追随する。
戦いに明け暮れた三大国の人間にとって、死に方は何より大切だ。
より意味のある死を。より価値のある死をと求め生きている。無様な死に方はご法度だし、死なないという選択肢がそもそもない。
しかしムーオス自由帝国の富裕層は違う。彼らは人生に飽きながらも、まだまだ生きたい人間だ。富と権力が、実際にそれを可能にしてきた。
彼らにとってはその生き方こそが常識で当たり前。今更変える事などできはしない。
率いるのは議員。そして作戦はただ一つ。戦略戦術は一切なく、ただ力だけを振りまいて進む。それはもう、軍隊と呼べるものではない。
夜半から始まった戦いも、6時間ほどで大勢は決した。
地面に大量にある丸い凹み。そこには浮遊式輸送板や人馬騎兵といった金属兵器が、まるでプレス機にかけられたかのようにペシャンコになっていた。
その時のヨーツケールMk-II8号改の動きは、まるでダイナミックな演奏家のようであった。
目にも止まらぬ速さで叩きつけられるマレットは、木琴奏者というよりドラマーのよう。
その度に激しい爆音が鳴り響き、土とも人とも言えない何かが宙を舞う。
しかも30メートルとは思えない高速移動。対処は難しく、それに気を取られれば周囲の蟹型やヒトデ型といった小型魔族が襲い来る。
普通の指揮官であれば、ここは下がったであろう。いや、そもそも攻める事などしなかっただろう。
しかし、それでも戦いは継続された。指揮官にとっては当然だ。勝利条件が違うのだから。
世界三大国に切り捨てられようとしている事を、ムーオス自由帝国の民はまだ知らない。
しかし、そうなる事は多くの者が予想している。特に、政治の中心にいるような者たちは当然だった。
彼らの動きは早かった。すぐさま財産を金銀財宝に変え、脱出の支度を整える。
しかしそれは簡単でない。いや、不可能だった。
重飛甲母艦で逃げようとしたものもいたが、それは全て墜とされている。
壁の上を通って逃げようとしたものもいたが、それは全員行方知れずだ。
海に関しては、言うまでもないだろう。
もはや打てる手は一つだけしかない……
ムーオス自由帝国首都アザームド。ここは上下左右とも、ほぼ均等な国家の中心に位置している。
遷都などにより調整された結果ではない。本当に、ただの偶然だ。しかしその偶然はやがて神格視され、世界で最も祝福された都市と呼ばれていた。
同一規格による全く同じサイズのドーム建築が、水平線の先まで碁石のように並ぶ巨大都市。
人口は2千万人を超え、間違いなくこの世界最大規模だ。
この都市に住むことがムーオス自由帝国人のステータスであり、近隣には夢破れた者たちのスラム都市が衛星のように連なっている。
しかし今、ここにかつての賑わいは無い。ただ広いだけの道路には、プリントアウトされた新聞記事が無数に風で舞っていた。
都市中央にはひときわ目立つ、金銀をあしらった煌びやかな格子模様に、これまた宝石を多数填め込んだドーム建築が聳え立つ。
中心には高さ100メートルを超す尖塔が立ち、夜間は美しい輝きを見せる。
建物は3階建てで、1階は元老院議会場、2階は貴賓の間であり、3階が皇帝の執務室となる。
この国では、北方の様な中世的な城は存在しない。謁見の間なども全て3階だ。
魔族が侵攻してきた当初は悪い意味で賑わっておいたが、最近では議員もすっかり減っていた。
皆、無駄な議会などに時間を取られている場合ではなかったのだから。
「お、お許しください……私は、私はそれでも!」
2メートルを超す長身を小さくし、平伏する一人の男。立派なブランド物のスーツや指や腕にはめた魔力増幅器ではない高価そうな宝飾品から見るに、相当に地位は高そうだ。
だがそれを見上げる男は、躊躇なく大斧を振るい落とす。
議会場は勿論、周囲を囲む廊下や応接室もまた、一面血に染まる。あちこちには同様に高価な衣装で身を包んでいた男女の死体が散乱し、その凄惨さを無言で物語っていた。
ハイウェン国防将軍は、帰還後すぐに行動を起こした。
混乱していた軍部を掌握し、議会に対して一時的な指揮権移譲を要求。状況から考えて、これは極めて妥当と思われた。
議員を守る武官は軍人ではなく、コルキエント宰相旗下の文官だ。そんな彼らも、これを了承した。
だが議会は従わなかった。従えなかったのだ、もう既に。
「わ、私達は……悪くはない……こんな……はずでは……」
倒れていた一人の太った議員が言い訳を口にしながら、誰にも看取られる事無くこの世を去った。
◇ ◇ ◇
碧色の祝福に守られし栄光暦219年3月20日。
ハイウェン国防将軍が議会を抑える前日。ムーオス自由帝国軍主力部隊は壊滅した。
前線各地からの援軍要請をすべて無視し、搔き集められた精鋭部隊。それに首都防衛隊を加え、動員できる限り全ての重飛甲母艦に飛甲騎兵。更にはコンセシール商国から譲渡された試験運用中の人馬騎兵も投入された。
正規兵800万に民兵を加え、総兵力は1千400万人。補給の為の輜重隊は使わない。活用できる飛行板全てに人間を乗せ、巨大蟹を中心とした魔族の群れに突入する。
目的はただ一つ。突破する事。そしてそこには、議員やその家族が追随する。
戦いに明け暮れた三大国の人間にとって、死に方は何より大切だ。
より意味のある死を。より価値のある死をと求め生きている。無様な死に方はご法度だし、死なないという選択肢がそもそもない。
しかしムーオス自由帝国の富裕層は違う。彼らは人生に飽きながらも、まだまだ生きたい人間だ。富と権力が、実際にそれを可能にしてきた。
彼らにとってはその生き方こそが常識で当たり前。今更変える事などできはしない。
率いるのは議員。そして作戦はただ一つ。戦略戦術は一切なく、ただ力だけを振りまいて進む。それはもう、軍隊と呼べるものではない。
夜半から始まった戦いも、6時間ほどで大勢は決した。
地面に大量にある丸い凹み。そこには浮遊式輸送板や人馬騎兵といった金属兵器が、まるでプレス機にかけられたかのようにペシャンコになっていた。
その時のヨーツケールMk-II8号改の動きは、まるでダイナミックな演奏家のようであった。
目にも止まらぬ速さで叩きつけられるマレットは、木琴奏者というよりドラマーのよう。
その度に激しい爆音が鳴り響き、土とも人とも言えない何かが宙を舞う。
しかも30メートルとは思えない高速移動。対処は難しく、それに気を取られれば周囲の蟹型やヒトデ型といった小型魔族が襲い来る。
普通の指揮官であれば、ここは下がったであろう。いや、そもそも攻める事などしなかっただろう。
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