この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR

ばたっちゅ

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【 滅び 】

三大国

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 碧色の祝福に守られし栄光暦219年3月15日。

「とにかく、もう動くしかないだろう!」

 狭い部屋に、カルタ―の大声が響き渡る。
 しかし、この部屋にいる他の三人は身じろぎもしない。皆、その程度の事で動じるほど未熟ではないのだから。

 ここは中央にある“忌憚なき意見を述べる部屋”。
 四大国トップが集まり、世界の趨勢すうせいを決める場所である。
 集まっているメンバーは、ティランド連合王国盟主であるカルター・ハイン・ノヴェルド・ティランド。
 長い赤髪に掘りの深い顔。青い瞳は宝石の様で、山のような筋肉を別にすれば|相和義輝
 《あいわよしき》のいた世界ではハンサムに分類されるだろう。
 だが内面から滲み出るのか、何処から見ても凶暴で凶悪な風体にしか見えない。
 それも最近ではますます磨きがかかっており、子供などが見たらそれだけで泣き出してしまいそうだ。

 赤と黒、それに金糸をあしらった連合王国の軍服に、茶色い毛皮ファーの付いた赤黒に染めた革の上着ジャケットを羽織る。
 いつもの格好であり、それはこの場でも変わらない。
 というよりも、ここはそれなりの地位の者しか知らない場所であり、会談自体も非公開・非公式だ。むしろこの方が自然体であろう。

 その左側には、7歳くらいの幼女に見える一人の女性。
 ハルタール帝国皇帝、オスピア・アイラ・バドキネフ・ハルタールが座る。
 こちらは外から見れば、上に太腿丈のコートとガラスの靴だけに見える。
 コートは薄緑と濃い緑の鱗模様。帝国ではごく普通のものであり、道端を歩いていても目立ちはしないだろう……彼女が並の人間であればでの話だが。
 身長よりも長い薄い金髪をツインテールにしているが、それでも余裕で床の上に垂れ下がっている。
 薄緑の瞳は眠たそうにしたまぶたで半分隠れており、ちょこんと座る様子からは本当に無害な子供に見える。
 しかし、全員がその周囲に渦巻く魔力を感じていた。
 この部屋は基本的に武器の持ち込みなどは禁止だが、たとえ何を持ち込んでもアレには太刀打ちできないだろうと全員が理解する程に。

 一方カルタ―の正面に座るのは、ジェルケンブール王国の国王、クライカ・アーベル・リックバールト・ジェルケンブール。
 高い身長と、少し異様さも感じる肩幅の広さ。切れ長の黒い瞳に艶やかな黒い髪。
 髪型はおさげにし、額には縦にならんだ3つの黒点。そして、こちらは完全に異様さを感じる巨大な――自らの顎よりも下に伸びた福耳が特徴だ。

 服装は東部特有の、麻に似た太い繊維で編んだシャツとズボン、そして上着。両方ともに濃い生成りであり、特に染色はされていない。
 シャツに襟は無く、前は肩から鎖骨まで空いている。後ろも同様だ。
 上着は両肩から垂れる形になっており、独特の民族性が感じられた。

 最後の一人はこの部屋の主、一生ここから出ることのない書記官、ブーニック。
 彼が発言する事は決してない。ここは、あくまで政治の場なのだから。

「……それで、動くはいいが何処にどう動くの。まあ、その点に関しては軍事国家ティランドであるのだから心配はあるまいの。ではあるが、その後が闇であるの」

 そう言ったオスピアは、以前よりカルタ―に対して柔らかな対応をしていた。
 これは単純に、カルタ―が素直に頭を下げる立場になったからだ。噛みつかぬものにきつく当たる道理もない。むしろ、人の成長を面白くも思う。
 とはいえ、発言に関してはそこまで甘くはない。

 一方で、言われたカルタ―はソファーに深く背を預け、静かに鼻で息を吐く。
 やはりそう来たか――この問答は、最初から予測済みだった。

 現在四大国は全て大規模な軍事行動を起こしている。いや、そんな生易しいものではない。未曽有の軍事活動というべきだろう。
 主戦場となり滅亡の危機に瀕しているムーオス自由帝国は言うまでもないが、他の国ものんびり見ているわけでは無い。

 ハルタール帝国軍は、虎の子のである東部方面軍を全て壁と門の防衛に動かした。
 更に社会維持に最低限必要な人員以外は、全員いつでも出撃できる支度が整えられている。

 この国家総動員状態は、ティランド連合王国やジェルケンブール王国も同じくだ。
 今現在、連合王国の主力はコンセシール商国周辺に集中している。これは言うまでもなく、ムーオス自由帝国の包囲を崩す為だ。商国を守るためではない。

 魔族はあくまでムーオスのみを標的としている。その背後を突き、切り崩す。
 これこそが当初のカルターの案であり、二重三重に張られた情報網と冷静で掛値の無い自己判断により、それは可能であると判断された。

 ただ、互いに合流した後の事が何一つ決まらない。分からない。オスピアにそこを突かれたのだから、今は黙るしかない。
 カルタ―としても、考えることはオスピアやクライカにやらせたいところだった。

  ――これ程の規模になるとはな……。

 もう詳細まで完璧に頭に入っている地図を、改めて眺める。
 ムーオス自由帝国は左右の海岸線から侵攻され崩壊を続けている。その北、魔族領と人間世界を分ける壁も攻撃を受けている事は明らかだった。
 通信機による通信距離は無限ではない。むしろ、通信手段としてはそれほど長くはない。
 それを補うのが使用者の魔力であり、または中継アンテナだ。
 魔族領と違って人間世界は至る所にアンテナが立っているが、南北を繋ぐ大アンテナ網が壁だ。
 あれはただの防壁ではない。人類が戦うために開発した技術の結晶であり、攻防に加え情報面でも重要な役割を担っている。
 しかしこのところ、次第に通信が少なくなっている。破壊されているのだ。
 もしここが完全に破壊されたら、ムーオス自由帝国は人間世界から完全に孤立する。
 もう生存者がいるかも把握できない。そうなれば仮にこちらから進軍するにしても、どこまで進めば良いのかすら分からない。

 オスピアはいつもと変わらぬ様子なので、ちらりとクライカの方を見る。
 こちらは先ほどからそわそわして少し落ち着きが無い。
 その理由は言うまでもない、ジェルケンブール王国内の魔族領の事だろう。
 ただ単に魔族が出てくるとかいう話ではない。この国では、国教が魔族領に直結している。
 もしそこが牙を剥いたりしたら一大事だ。宗教はそこに属する人間の価値基準であり、文化であり、人生だ。
 それが壊れるといいう事は、過去が否定され、今が失われ、そして未来が見えなくなるという事である。ジェルケンブール王国という国は、下手をすれば一夜で消滅する。
 クライカ王としては、世界よりも自国。それはカルターにも痛いほどわかる。

「さて、特に誰も方針プランを持っていないというのであれば、我らハルタールから一つ提案しよう」

「何かあるならさっさと頼む」
「女帝の提案とあらば、どのような事でも協力は惜しみませぬぞ」

 カルターとクライカ、すがる藁を探していた両者の声がハモる。

「魔王と交渉の道を探る。両国は、自衛以外の戦闘を控えてもらいたいの」

 その言葉は両者ともに予想しないものではなかった。
 実際、両国とも密かに魔族領に人を送っている。魔王が人と会話する知能を有し、なおかつ戦闘に消極的な姿勢を見せていたからだ。
 だがそれも、後半は今や過去形であろう。ムーオス自由帝国を襲った大軍勢。それは、今までとは明らかに違う。明確な敵意……人類を滅ぼそうとする強い意志すら感じる。
 もしかして、以前の交渉を求めていた魔王は、針葉樹の森で死んだのではないだろうか?
 そして、人類は戦いの辞め時を失ってしまったのではないだろうか……誰もがそれを危惧している。

 だが――、

「問題は、止めてどうするかだ。魔王と戦わないという事は……」
「我らで殺し合うと言う事ですな……」

 カルターもクライカも考えは同じだ。増え続ける人類を魔族相手に減らせないというのなら、結局は去年の世界大戦を再現するだけの事。それに今度は、ハルタール帝国も加わざるを得ない。

「まあそうなるの。その前に、何処かは国名が変わってるやもしれぬであろうかな」

 今まで散々に魔族との戦闘を煽ってきた。
 死ななければならない現実に、使命という意義を与えてきた。
 それが根本から崩れる。人類は、魔王に膝を屈し頭を垂れるのだ。そして許しを請うのだ、もう殺さないで下さいと。
 それが何を生むのか、考えが及ばぬほど世界のトップは愚かではない。

 このまま魔族と戦い続けても滅ぶ。
 だが魔王と和平を結んでも破滅。
 三者ともに、暗雲たる未来に思いを馳せるのだった。
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