上 下
352 / 390
【 滅び 】

おでかけ 後編

しおりを挟む
「オンド艦長、視界よし、魔導炉よし。しかし――」

「言いたい事は分かってんだよ! だがやるしかねえだろうが! ほら、突貫だ! 飛甲騎兵も全部上げろ!」

 それは巨大な金属であった。幅50メートル、全長290メートル。地上からの浮遊高度は10メートルで、その上にあるのは厚さ20メートルの本体だ。
 その中央、先端近くには更に高さ30メートルの丸っこい艦橋が付いている。
 後ろには巨大な鉄球をつけたクレーンが取り付けられ、艦橋とクレーンの間は平坦だ。

 浮遊城を小型化したようにも見えるが、実際にはまるで設計が違う。
 浮遊城の飛行機関は専用で、出力が高い分複雑で高価だ。それに対し、こちらは浮遊式輸送板と同様のモノの寄せ集め。必要とされる膨大な魔力は、艦底に集まった動力士により支えられている。
 その様子は、まるで古代のガレー船の様だ。おおよそ近代的な効率とは懸け離れている。

 陸上戦艦。だがこの世界に、火薬が無ければ大砲も無い。用途といえば、精々飛甲騎兵を格納する程度。陸上戦艦というより、陸上空母といった方が正しそうだ。
 ムーオス自由帝国でも、何で作ったのか分からないトンデモ兵器。オンド・バヌーは第二次炎と石獣の領域戦での非積極的な戦闘行為の咎で、今はこの艦の艦長に任ぜられていた。

「俺はな、こいつの艦長になった時、もう引退だと思ったんだよ。戦場から離れて、こんな博物館行きのオンボロの管理をしろってんだ、当然だろう。もう家族も呼んで、これからのんびり過ごして、時期が来たら希望塚。それでいいじゃねえか。悠々自適な生活だよ!」

「蟹、接近!」

「ぶつけちまえ!」

 叩きたいヨーツケールMk-II8号改、倒したい陸上戦艦のオンド・バヌー。二人の考えが一つとなった時、燃える戦場に鐘をついたような轟音が響き渡った。




 ◇     ◇     ◇




 碧色の祝福に守られし栄光暦219年2月37日。
 コンセシール商国首都ヤハネバにある飛甲騎兵発着場に、一騎の飛甲騎兵が降り立った。

「お疲れ様です、商国中央議会議長殿」

「普通にテリアスと呼べばいいだろう。さて、あんたはこれからイェアの所かい?」

 カチャカチャとベルトを外し、テリアス・アーウィンは外に出る。
 そこには同様に飛甲騎兵から降りたマリッカが、既に待機していた。

「事が事だけに、イェア……というより、アンドルスフに確認を取る必要がありますからね」

「まあ、精々踏んでやりな」

 手を振りながら去っていくテリアスの様子を見ながら、代わって貰えないだろうかと溜息をつくマリッカであった。




 その日の夜、地下に深々と掘られた螺旋階段を、マリッカは一人で黙々と降りていた。
 ここはアンドルスフ本邸の地下。魔人アンドルスフの住処へと続く一本道だ。
 降りるたびにアンドルスフを殴りたくなるが、登った時にはそんな気は起きない。疲れ切って、それどころではないからである。
 そんな場所に向かっているだけに、マリッカの心は憂鬱だ。
 しかし同時に多少の興味も沸いている。あの変態魔人は、果たして素直に取り次ぐのであろうかと。
 付き合いは長いが、未だにその真意は計り知れていない。

 魔人とは、大元は一つの体。今は多数存在するといっても、それは同一生物の同一個体である。
 では全員同じ考えを持っているかといえば、決してそんな事は無い。
 全く同じ人間でも、違う人生を歩めば別の個体といって良いほどに変わるだろう。
 ましてや魔人だ。いったい、普段はどんなことを考えて生きているのか……。

「アンドルスフ、入りますよ」

 相手は魔人だ。当然、マリッカが来た事には気が付いている。実際には宣言など要らないだろう。だが習慣でそう言うと、目の前にある分厚い金属扉を開けた。


 中は中央が窪んだ浴槽のような形状の部屋。中央には丸いテーブルが置かれ、その中央から天井までは一本の細い柱が伸びている。
 周囲には蛇口があり、そこからはチロチロとお湯が流れていた。そのせいか、部屋全体は温かく白い湯気が立ち込めている。
 ここが、普段魔人アンドルスフが住まう場所だ。

 中に入るが、ただでさえ普段は透明になっている魔人。見つける事は困難だ。
 だが踏まれる事が大好きな魔人でもある。特にミニスカートの女性に。
 実際、不意打ち的に踏んで喜ばせた事は数知れない。姿を見せないところを見ると、今回もそのパターンだろうか。
 軽く視線を動かし床を見る。
 しかし今、ここは湯が張っている。たとえ透明になれたとしても、この状態での擬態は困難だろう。
 軽く水の端を足で蹴る。だが水面に浮いた波紋は、全く不自然なところなく広がっていった。

 ――どこに隠れているのでしょうか……。

 慎重に、水を蹴る様にザバザバと中央へ進む。
 お椀のような形状の床だ。奥へ進むほどに深くなる。とはいえ、別にプールという訳ではない。中央のテーブルについた時点で、水深は15センチほど。ヒールを入れてもくるぶし程度の深さだ。

「アンドルスフ……?」

 少し心配そうに声をかけるが、どこからも返事は無い。ふと見ると、机の上には一枚のプレートが置かれていた。
 陶器セラミックの板で、普段はメッセージ用に壁に嵌め込まれている。とはいえマリッカの記憶にある限り、使われたのは初めてだ。
 そこには『お出かけするね』とだけ、短い文字が刻まれていた。

 ガコン!
 プレートを握り潰すとともに放たれた右ストレートが、自分の腕よりも太い金属の柱に炸裂する。

「あの変態両生類! 何処に遊びに行ったんですか!」

 ヘシ曲がった柱を後に、マリッカはうんざりしながら30階に相当する螺旋階段を上り始めたのだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

豪華地下室チートで異世界救済!〜僕の地下室がみんなの憩いの場になるまで〜

自来也
ファンタジー
カクヨム、なろうで150万PV達成! 理想の家の完成を目前に異世界に転移してしまったごく普通のサラリーマンの翔(しょう)。転移先で手にしたスキルは、なんと「地下室作成」!? 戦闘スキルでも、魔法の才能でもないただの「地下室作り」 これが翔の望んだ力だった。 スキルが成長するにつれて移動可能、豪華な浴室、ナイトプール、釣り堀、ゴーカート、ゲーセンなどなどあらゆる物の配置が可能に!? ある時は瀕死の冒険者を助け、ある時は獣人を招待し、翔の理想の地下室はいつのまにか隠れた憩いの場になっていく。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しております。

異世界転生してしまったがさすがにこれはおかしい

増月ヒラナ
ファンタジー
不慮の事故により死んだ主人公 神田玲。 目覚めたら見知らぬ光景が広がっていた 3歳になるころ、母に催促されステータスを確認したところ いくらなんでもこれはおかしいだろ!

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界魔王召喚〜オッサンが勇者召喚じゃなくて魔王召喚されてしまった件!人族と魔族の間で板挟みになってつらい〜

タジリユウ
ファンタジー
「どうか我々を助けてください魔王様!」 異世界召喚ものでよく見かける勇者召喚、しかし周りにいるのは人間ではなく、みんな魔族!?  こんなオッサンを召喚してどうすんだ! しかも召喚したのが魔族ではないただの人間だ と分かったら、殺せだの実験台にしろだの好き勝手言いやがる。 オッサンだってキレる時はキレるんだぞ、コンチクショー(死語)! 魔族なんて助けるつもりはこれっぽっちもなかったのだが、いろいろとあって魔族側に立ち人族との戦争へと…… ※他サイトでも投稿しております。 ※完結保証で毎日更新します∩^ω^∩

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

底辺おっさん異世界通販生活始めます!〜ついでに傾国を建て直す〜

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 学歴も、才能もない底辺人生を送ってきたアラフォーおっさん。  運悪く暴走車との事故に遭い、命を落とす。  憐れに思った神様から不思議な能力【通販】を授かり、異世界転生を果たす。  異世界で【通販】を用いて衰退した村を建て直す事に成功した僕は、国家の建て直しにも協力していく事になる。

Hしてレベルアップ ~可愛い女の子とHして強くなれるなんて、この世は最高じゃないか~

トモ治太郎
ファンタジー
孤児院で育った少年ユキャール、この孤児院では15歳になると1人立ちしなければいけない。 旅立ちの朝に初めて夢精したユキャール。それが原因なのか『異性性交』と言うスキルを得る。『相手に精子を与えることでより多くの経験値を得る。』女性経験のないユキャールはまだこのスキルのすごさを知らなかった。 この日の為に準備してきたユキャール。しかし旅立つ直前、一緒に育った少女スピカが一緒にいくと言い出す。本来ならおいしい場面だが、スピカは何も準備していないので俺の負担は最初から2倍増だ。 こんな感じで2人で旅立ち、共に戦い、時にはHして強くなっていくお話しです。

処理中です...