349 / 425
【 滅び 】
国境の封鎖 前編
しおりを挟む
碧色の祝福に守られし栄光暦219年2月34日深夜。
浮遊城ジャルプ・ケラッツァにある自室で休憩中に、リッツェルネールは起こされた。
ジリジリとやかましく鳴るベルは、艦橋からの通信だ。
「何か急用かい?」
頭は既に冴えている。そして、要件も分かっていた。
「商国から緊急の連絡です。火急かつ緊急の案件という事で、テリアス・アーウィン議長が直接参られました」
「分かった。資料室にお通ししてくれ。僕もすぐに行くよ」
そう伝え、ベッドから立ち上がる。
そのまま顔を洗い、鏡をのぞく。そこに映るのは、間違いなく自分の顔……。
――悪人の顔をしているな……気を引き締めよう。
そう思いつつも、少し顔が緩む。
まだ確定ではないが、ムーオス自由帝国が大規模な襲撃を受けているらしい。それこそ、未曽有の状態だそうだ。
らしい、だそうだ……実際の事はこれからの調査待ちだ。ではあったが、商国ナンバー5のテリアスが早速その資料を持って来た。
その時点で、実態は最悪だと分かる。噂がただの誇張で、実際には数か所で魔族が見られただけでした――そうであるなら、彼女が直接来ることはあり得ない。
ならば襲撃は事実だ。そしてムーオスが苦戦していることも。
となれば、事態は変わる。魔王は……魔族はどのくらい強い? もしかしたら、人類は果て無き夢に身を焦がさずとも、もっと安定した安全な未来を掴めるかもしれない。
――さて、魔王の力を教えてもらおうじゃないか……。
◇ ◇ ◇
部屋の外に出ると、既にマリッカ・アンドルスフが待機していた。
その後ろには、数十名の大護衛団。エスチネル城が陥落してからというもの、いつもこの状態だ。
もう浮遊城だからといって、悠長に構えてはいられないという事だろう。
「ムーオスの状況に関して、君は何か聞いているかい?」
「何も聞かされてはいません。コンセシール商国中央議会議長殿が到着していますので、そちらでお聞きになるのが良いでしょう」
マリッカの真面目一辺倒の様子からは、何処まで本当かは分からない。
だがまあ、焦る事も無いだろう。細かい事は、これからわかるのだから。
◇ ◇ ◇
資料室は、浮遊城城郭部分の2階にある。正しくは戦略分析室だ。しかし実際には戦術は勿論、農工業から設営、はたまた料理の本など様々な資料が取り揃えられており、結果として資料室と呼ばれている。
ここを真面目に戦略分析室などと呼ぶのは、マリッカ位な物だろう。
部屋は幾つもの薄い金属製のパーテーションで区切られ、それぞれが独立した部屋となっている。出入口は一つの部屋に一か所だけだ。
最初から分割した構造になっていないのは有事の際や利便性に配慮した結果だが、今はあまり関係ないだろう。
通された部屋は、出入り口から最も遠い部屋。会議室を思わせる細長い部屋で、奥には最重要機密などを収納した巨大機械と、それを専門に読み取るための技師が常駐している。
入り口近くの部屋には本棚や本などが置かれているが、ここにはそういった類のものは無い。床も壁も天井も、見えているところは金属製。実に殺風景だ。
中央には長いテーブルと、周囲に用意されているのは革張りのパイプ椅子。こちらも豪華さの欠片もない。
見るからに、実用だけを追い求めた部屋だ。
「これは当首殿。お久しぶりでございます」
部屋の中には、既にテリアスが通されていた。というよりも、さっさと自分から来たのだ。
鮮やかな商国ブルーのジャケットに男性と変わらぬ上下の軍服姿。
平坦な胸と少し骨っぽい顔立ちの上、化粧もせず短く切りそろえた黒髪の上に軍帽を被っている。
これでも普段は、商人としてドレスやスーツを纏い化粧もしている。しかし今の姿は、傍目にはまるで男性のようにも見えた。
そして挨拶もそこそこに椅子に座ると、テキパキと資料を整える。
商談の様な駆け引きは存在しない。実際、それどころではないし必要も無しだ。
「それで、ムーオス自由帝国はどうなっている?」
尋ねながらテーブルに差し出された航空写真を見て、絶句する。
明け方近くであろうか、海岸線を囲むように広がる炎の線。それはまるで、新たな国境線の様。その内側にはまだ人類の光が見えるが、外側は真っ暗だ。
魔族の侵攻――これほどまでに大規模になるとは思ってもいなかった。
心をしっかりしていないと、笑みが漏れてしまいそうだ。そう、リッツェルネールは気を引き締める。
彼もまた普通に人間だ。社会状況を眺めながら、ぼんやりと人類の未来を考えることもあった。
そしてそれは地位が上がるにつれ、手が伸びるにつれ、より真剣に考え始めるようになる。人類の未来――行く末を。
オスピア帝に対し語った今後の人類社会の展望は、彼の持てる全てを尽くしてようやく達成できるものだった。
しかしそれでも、増え続ける人類を減らす手段には苦心した。ところがどうだろうか、向こうからやってきたのだ。人類を効率よく減らすために算段が。
浮遊城ジャルプ・ケラッツァにある自室で休憩中に、リッツェルネールは起こされた。
ジリジリとやかましく鳴るベルは、艦橋からの通信だ。
「何か急用かい?」
頭は既に冴えている。そして、要件も分かっていた。
「商国から緊急の連絡です。火急かつ緊急の案件という事で、テリアス・アーウィン議長が直接参られました」
「分かった。資料室にお通ししてくれ。僕もすぐに行くよ」
そう伝え、ベッドから立ち上がる。
そのまま顔を洗い、鏡をのぞく。そこに映るのは、間違いなく自分の顔……。
――悪人の顔をしているな……気を引き締めよう。
そう思いつつも、少し顔が緩む。
まだ確定ではないが、ムーオス自由帝国が大規模な襲撃を受けているらしい。それこそ、未曽有の状態だそうだ。
らしい、だそうだ……実際の事はこれからの調査待ちだ。ではあったが、商国ナンバー5のテリアスが早速その資料を持って来た。
その時点で、実態は最悪だと分かる。噂がただの誇張で、実際には数か所で魔族が見られただけでした――そうであるなら、彼女が直接来ることはあり得ない。
ならば襲撃は事実だ。そしてムーオスが苦戦していることも。
となれば、事態は変わる。魔王は……魔族はどのくらい強い? もしかしたら、人類は果て無き夢に身を焦がさずとも、もっと安定した安全な未来を掴めるかもしれない。
――さて、魔王の力を教えてもらおうじゃないか……。
◇ ◇ ◇
部屋の外に出ると、既にマリッカ・アンドルスフが待機していた。
その後ろには、数十名の大護衛団。エスチネル城が陥落してからというもの、いつもこの状態だ。
もう浮遊城だからといって、悠長に構えてはいられないという事だろう。
「ムーオスの状況に関して、君は何か聞いているかい?」
「何も聞かされてはいません。コンセシール商国中央議会議長殿が到着していますので、そちらでお聞きになるのが良いでしょう」
マリッカの真面目一辺倒の様子からは、何処まで本当かは分からない。
だがまあ、焦る事も無いだろう。細かい事は、これからわかるのだから。
◇ ◇ ◇
資料室は、浮遊城城郭部分の2階にある。正しくは戦略分析室だ。しかし実際には戦術は勿論、農工業から設営、はたまた料理の本など様々な資料が取り揃えられており、結果として資料室と呼ばれている。
ここを真面目に戦略分析室などと呼ぶのは、マリッカ位な物だろう。
部屋は幾つもの薄い金属製のパーテーションで区切られ、それぞれが独立した部屋となっている。出入口は一つの部屋に一か所だけだ。
最初から分割した構造になっていないのは有事の際や利便性に配慮した結果だが、今はあまり関係ないだろう。
通された部屋は、出入り口から最も遠い部屋。会議室を思わせる細長い部屋で、奥には最重要機密などを収納した巨大機械と、それを専門に読み取るための技師が常駐している。
入り口近くの部屋には本棚や本などが置かれているが、ここにはそういった類のものは無い。床も壁も天井も、見えているところは金属製。実に殺風景だ。
中央には長いテーブルと、周囲に用意されているのは革張りのパイプ椅子。こちらも豪華さの欠片もない。
見るからに、実用だけを追い求めた部屋だ。
「これは当首殿。お久しぶりでございます」
部屋の中には、既にテリアスが通されていた。というよりも、さっさと自分から来たのだ。
鮮やかな商国ブルーのジャケットに男性と変わらぬ上下の軍服姿。
平坦な胸と少し骨っぽい顔立ちの上、化粧もせず短く切りそろえた黒髪の上に軍帽を被っている。
これでも普段は、商人としてドレスやスーツを纏い化粧もしている。しかし今の姿は、傍目にはまるで男性のようにも見えた。
そして挨拶もそこそこに椅子に座ると、テキパキと資料を整える。
商談の様な駆け引きは存在しない。実際、それどころではないし必要も無しだ。
「それで、ムーオス自由帝国はどうなっている?」
尋ねながらテーブルに差し出された航空写真を見て、絶句する。
明け方近くであろうか、海岸線を囲むように広がる炎の線。それはまるで、新たな国境線の様。その内側にはまだ人類の光が見えるが、外側は真っ暗だ。
魔族の侵攻――これほどまでに大規模になるとは思ってもいなかった。
心をしっかりしていないと、笑みが漏れてしまいそうだ。そう、リッツェルネールは気を引き締める。
彼もまた普通に人間だ。社会状況を眺めながら、ぼんやりと人類の未来を考えることもあった。
そしてそれは地位が上がるにつれ、手が伸びるにつれ、より真剣に考え始めるようになる。人類の未来――行く末を。
オスピア帝に対し語った今後の人類社会の展望は、彼の持てる全てを尽くしてようやく達成できるものだった。
しかしそれでも、増え続ける人類を減らす手段には苦心した。ところがどうだろうか、向こうからやってきたのだ。人類を効率よく減らすために算段が。
0
お気に入りに追加
71
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
無限に進化を続けて最強に至る
お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。
改稿したので、しばらくしたら消します
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語
Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。
チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。
その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。
さぁ、どん底から這い上がろうか
そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。
少年は英雄への道を歩き始めるのだった。
※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。
転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~
ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。
コイツは何かがおかしい。
本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。
目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ
ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。
間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。
多分不具合だとおもう。
召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。
そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます
◇
四巻が販売されました!
今日から四巻の範囲がレンタルとなります
書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます
追加場面もあります
よろしくお願いします!
一応191話で終わりとなります
最後まで見ていただきありがとうございました
コミカライズもスタートしています
毎月最初の金曜日に更新です
お楽しみください!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生
野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。
普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。
そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。
そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる