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【 滅び 】

エスチネルの戦い その13

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 真っ二つにされたテラーネだが、別れた体のどちらの様子にも変化は無い。まあ断面は白い餅の様だが、これは毎度の事だ。
 切り離された魔人の体は白化して骨のようになる。それが見られないという事は、実際には切り離されてはいないということだ。

 それは吹き飛ばされたエヴィアにもいえる。派手に壁に叩きつけられた後、床に落下したまま動かない。その脇には、斬り落とされた生首が転がっている。
 しかし俺は見逃してはいない。蹴り飛ばされた時、斬られた首が付いて行ったのを。
 あれもまだくっついている。

 再びの一閃。一瞬で巨人が目の前まで来ると、目にも止まらぬ一撃を放つ。

 ――ギンッ!

 響く金属音と火花。テルティルトのチェーンソーで、今度は俺自身が受け止める。
 斬撃は重く、少し手が痺れる。いや、テルティルトがいなければ、刀を弾き飛ばされるか、肩ごと外れかねない衝撃だ。
 だがそれでも――、

 三度頭上に振り下ろされる巨大な手斧。だがしかし――、

「ぐああああっ! あ、がっ、な、何を……」

 巨人がヨタヨタと下がり、手斧が金属網の床にガシャンと落ちる。
 手斧を持った右前腕。その動きに合わせ、チェーンソーでそこを突いたのだ。
 カウンターとなった一撃は綺麗に貫通し、噴き出した血が周囲を赤く染める。

「期待外れだよ、皇帝閣下。君は確かに強い。今まで会った誰よりも強いかもしれない。だが……弱い。これまで戦った誰よりもだ」

「おのれ……ふざけるなぁ!」

 盾の内側に仕込まれた予備の斧を掴むと、再び斬りかかってくる。あの怪我でまだ腕が使えるとはたいしたものだ。かなり強靭な精神力の持ち主だろう。

「無駄だよ、皇帝。君はもう終わっている」

「何を……」

 再び網目の床に、ガシャンと手斧が落ちる。震える右手を見ながら、ザビエブは状況を悟った。そして力なく、膝から崩れ落ちる。

「……おのれ……魔王…………貴様には……永劫の……呪いを…………」




 突き刺された穴から昇る赤黒い煙。テラーネの毒だろう。一体いつ仕込んだのやら……。

「さっきカプセル受け取っていたのよ」

「手際が良いな」

 多分、刀を突き刺した時に注入したのだろう。
 どれほど鍛えた所で人間には変わりはない。猛毒には耐えられなかったのだろうな。
 この男は、既に頭から金網の床に突っ伏し息絶えている。

 コインを投げて、ずっと片面だけを出しつける確率とはどんなものだろう。
 生の面と死の面。今まで戦ってきた者たちは、そんなコイントスを50回だの100回だのとやってきた者たちだ。数十年……或いは百年、二百年。将だけでなく、末端兵士の一人まで、運だけでなく実力で生の面を勝ち取って来た猛者たちだった。

 だけど彼――皇帝は違った。確かに強い。見事だった。
 素早さ、力強さ、正確さ……およそ技量というものに関して言えば、今まで出会った中でもトップクラスだろう。俺ごときでは、手も足も出ない程に洗練された最高の技――故に、分かり易い。見切りやすい。
 おそらく彼は、殺し合いをしたことが無い。いや、あるかもしれないが、それはごく僅か。
 武術としては完成しているかもしれないが、今まで戦ってきた人殺しとは比べようもない。

 ――まあ、俺もテルティルトの補佐無しじゃ勝てなかったのだから、偉そうなことはいけないけどな……。

「さて、そろそろ浮遊城も落ちますよー。脱出の準備が必要ですねー」

 いつの間にかくっついたテラーネが立ち上がる。
 流石にベルトは切られてしまっているが、他は元通りだ。

「ベルトは今度新調するねー。それでどうしまーすか?」

「いや、予定通りやるよ。支度してくれ。エヴィアもそろそろ起きろー」




 鉄の棺に入り、流体金属の中を降りる。
 正しくは棺では無いな。俺の知る限り、この世界にそういった考えは存在しない。
 しかし形状は本当に棺の様だった。中で病気になったり、あるいは急死したりした時に使われるものだという。人を入れる形……それは何処の世界でも、似たような形になるのだろうか。

 不意に、ガンッという音と共に足元から衝撃が走る。時間的には10秒程度か……さすがに精霊に運んでもらうと早い。普通に沈めたらこうはいかないだろう。

 棺の扉を開けると、中は比較的広い部屋だった。
 床も天井も壁も、無限図書館とは違って殆ど透けてはいない。流体金属とはいっても、人間程度の重さからすれば普通の金属だ。
 その中にこうした空間を作ること自体、かなり高度な技術だと言える。しかもそれだけではなく、ここは浄化の光レイを撃つためのシステムの中心でもある。

 広さは奥行き、幅ともに40メートル程。高さは15メートルくらいだろうか。壁にはいくつもの機械が付いている。魔道炉や通信機、その他もろもろといった所か。
 奥には机やタンス、ベッドの様な家具も置かれている。
 そして目の前には、互いに抱き合って、震えながらこちらを見ている30人程の人間がいた。あれは、彼らの居住スペースなのだろう。

「ま、魔王……本当に……」

 おそらくこの中の代表格なのだろうか? 一人の丸々と太った女性がおずおずと声をかけてくる。
 黒い髪、黒い肌。麻の様な濃い生成りのローブに麻の帯。汚れは見られず、匂いも無い。環境が環境だからだろうか、かなり清潔に保たれているようだ。
 武器などは持っていないし、勿論鎧も無い。ここに敵が来ること自体、想定されてはいないのだろう。

「その通りだ、ニンゲン」

 通信機がある以上、もう伝わっているだろう。そして、攻撃命令も出ているって事だ。今更、誤魔化しても仕方がない。

「我々を……殺しに来たのですか?」

「そうだ……話が早くて助かるよ。どちらにせよ、もうこの城は沈む。潰れて死ぬか、我に殺されるかだ。選ぶがいい、ニンゲン。前者を選ぶのであれば、少しだけ生きている時間は増えよう。もちろん、我等を攻撃しないことが条件でね……そこの装置は破壊させてもらう」

「それは…………いや、不可能です。我等は、必ず攻撃します。ええ、しますとも。破壊させることも許しはしません」

「なぜだね?」

 嘘でもついて誤魔化そうとは思わなかったのだろうか? もっとも、テルティルトがいる以上、それは無駄ではあるが。

「貴方が魔族で、我々が人間だからです」

「む、ムーオス自由帝国に、勝利の栄光を!」
「我ら人類の為に、魔族には死を!」

 代表の言葉に続くように、後ろで震えていた者たちが一斉に叫ぶ」

「…………分かった」

 魔族だから……。
 人間だから……。
 これはもう、今を生きる者たちに刷り込まれた常識だ。
 何千年とかけて、作られてきた当たり前。これを変えるのは、容易な事ではない。
 だけど今更、それを諦めるつもりはない。
 俺は棺に入り、真っ赤に染まった部屋を後にした。




 ◇     ◇     ◇




 ゴゴゴゴゴ……。

 激しい地響きを上げ、巨大な城が地に落ちる。
 全高160メートル。全幅440メートル。人類最強の兵器。南の大国、自由帝国ムーオスの希望――いや、人類の希望が今消える。
 遠くからその様子を見れば、まるで地面へと沈んでいくように見えた。だが実際には少し違う。地面と接したところは自重により潰れ、摩擦により引き裂かれる。圧縮され、飛び散りながら、その姿はこの世界から失われていったのだった。

 その落下寸前、俺達は穴から出てきたファランティアに回収されていた。
 かなりの危険だったし色々あったが、手を伸ばしてくるユニカの心底安心し笑顔で救われた気がする。

「ここから先も、予定通りでいいのかな?」

「ああ、始めよう。先ずはここからだ。ルリア!」

「いつでも大丈夫ですわ」

 ルリア他、数体の死霊レイスがファランティアの周囲を舞い踊る。

「では軍隊蟻と首無し騎士デュラハン達に連絡だ。地上に残った兵員を一掃しろ。ただの一人も生かすな」

 道を繋いでいた工兵なんかが北へ抜けたのは仕方が無いだろう。だけど、軍隊として機能したまま南北を繋いだという事実は作らせない。作らせるわけにはいかない。南の帝国は、孤立したまま何一つ成さずに消えてもらわねば困る。
 ここから、本当の意味で魔族と人類の戦いが始まる。いや、知ると言った方が良いだろう。人が魔族というものを知るのだ。
 そして考える。考えねばならない。そうしないのなら、後は滅ぶだけだ……。
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