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【 滅び 】
エスチネルの戦い その3
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浮遊城エスチネル襲撃前――。
「そろそろ真上を通過するのか?」
死霊に照らされた暗い穴の中で、魔王は静かに時を待っていた。
横には巨大なトンボの背のような部位があり、そこから後ろはムカデのような体が闇の中へと続く。ファランティアやユニカ、ウラーザムザザはその向こうだ。
浮遊城は案外遅いのでじれったいが、それはそれで、タイミングを外せば先に進んでしまう。たとえ遅くても、やはり動いている的は大変だ。
「もうちょっとですわねー」
天井から逆さまになって死霊のルリアがやってくる。
スカートをちゃんと手で押さえているところが珍しくもまた怪しい。とはいえ、今は悪さをしないだろう。
今この状況で何かやらかしたら、魔人達からフルボッコ確定だ。こいつはそこまで馬鹿ではない。
「そうだ、ハッチみたいのは見つかったか?」
「勿論、見つけましたわ。あれだけの人間の視線がある中でも、わたくし達に掛かればちょちょいのちょいですの」
くるりと上下元に戻ってドヤ顔ポーズ。久しぶりだなー。
しかしまあ、これで支度は整ったわけだ。
始めて人間の軍隊と戦った時を思い出す。規模は違うが、今回も奇襲だ。
だけどあの時とはずいぶんと感覚が違う。心に余裕がある。落ち着いている。
人を殺す事も慣れたとは言わないが、それなりに抵抗が減っているのも事実だ。
肝が据わった……そう捉えるべきだろうか。
「一応確認するけど、海の方は大丈夫なんだよな?」
「死霊語が判る魔人達が待機しているかな。していなかったらアレだね。その時は、ちゃんとお仕置きしておくよ」
「いや、事後に何かしてもらってもどうにもならん。とりあえず、信じておくぞ」
「まおおー、きたよー。上にいるよー」
魔人プログワードの声が響く。
「了解だ。じゃあ各自、予定通りにな」
そう言って、プログワードの背中にもそもそと張り付く。
同時にテルティルトの体が伸び、頭に昆虫のような兜を形成する。完全な戦闘形態だ。
「さて、作戦開始と行こう!」
◇ ◇ ◇
それは突然、コンクリートを突き破って現れた。
体の前部はセミの幼虫の様だ。ずんぐりとした茶色い体に、土を掘るための大きな鎌の様な前足を持つ。
その体の後ろにはトンボの背のようなパーツが付き、更にその後ろは灰色の、ムカデのような節の体と多数の足が付いている。
そして地上に出ると同時に、背中から左右三枚ずつ透明な翅が広がった。
それはさながら羽化のようであったが、しわくちゃだったのは一瞬だけ。すぐにピシッとした形になると、トンボのような羽音を立てて飛翔する。
複数の生物を組み合わせた巨大な姿。それがこの、魔人プログワードが選んだ形であった。
飛び出した後の行動は素早かった。
すぐさま舞い上がると、浮遊城エスチネル下部にある一角にしがみつく。
「ここでーす」
その先にいるのは、手を振る死霊。その頭上に鋭い前足を突き刺した。
そこは物資搬入用のハッチ。これだけの大型城だけあって、搬入口もまた大きい。高さは6メートル程、幅は20メートルを超す。
浮遊城はどれも、下部の装甲は固い。自重に耐えるためだ。例え魔人であっても、そこを斬り裂いて進むのは至難の業である。
だが、一部だけ例外が存在する。それがここだった。
この世界に火薬は無い。それ故に爆発物に対する設計も必要無い。開閉するための利便性から、このハッチはぺらっぺら。ブログワードであれば、難なく貫通できる程度の厚さしかないのだ。
空けた穴から、魔人が浮遊城に潜り込む。
浮遊城の高度は15メートル程。入った時点では、プログワードの体はまだまだ一部しか地上に出ていなかった。
だが今ズルズルと、その巨体が飲み込まれていく。その全長は80メートル。スースィリアの時と、変わらぬ長さを有していたのだった。
浮遊城内部、物資搬入口にいた兵士達は大混乱に陥った。
たった今まで国歌や軍歌を聞き、歌いながらそれぞれの作業を行っていた。
ここはある意味、魔族領で最も安全な場所。まだまだ本格的な戦闘に突入するまでは間があるし、始まっても自分たちの出番はまだまだ先。場合によっては戦いに参加する事も無いだろう――そう思っていたのだ。
「よし、成功だな。行くぞ!」
プログワードから飛び降りると、エヴィアとテラーネを伴って奥にある扉へと走る。
今回の戦力は少数だ。俺の周りには四体の魔人がいるだけ。一応死霊を始めとした肉体を失った不死者や流体金属の精霊もいるが、こちらの戦闘力にはあまり期待はしていない。
今までの戦いは常に多数の味方がいたが、今回はこれで良いんだ。
「プログワード、ここで出来る限り暴れまわってくれ」
「わかったよー。まっかせてー」
ほぼ180度、くるりと振り向く形で手を振ってくる。以前のムカデの姿よりも、可動域は広いようだ。
それに一瞬だけ飛翔するために広げた翅も、今は再び背中に収納されている。
今までの様に大型で、尚且つ器用で空も飛べる。
スースィリアが、俺の為に選んでくれた生き方の形だ。絶対に無駄にはしたくないな。
「そろそろ真上を通過するのか?」
死霊に照らされた暗い穴の中で、魔王は静かに時を待っていた。
横には巨大なトンボの背のような部位があり、そこから後ろはムカデのような体が闇の中へと続く。ファランティアやユニカ、ウラーザムザザはその向こうだ。
浮遊城は案外遅いのでじれったいが、それはそれで、タイミングを外せば先に進んでしまう。たとえ遅くても、やはり動いている的は大変だ。
「もうちょっとですわねー」
天井から逆さまになって死霊のルリアがやってくる。
スカートをちゃんと手で押さえているところが珍しくもまた怪しい。とはいえ、今は悪さをしないだろう。
今この状況で何かやらかしたら、魔人達からフルボッコ確定だ。こいつはそこまで馬鹿ではない。
「そうだ、ハッチみたいのは見つかったか?」
「勿論、見つけましたわ。あれだけの人間の視線がある中でも、わたくし達に掛かればちょちょいのちょいですの」
くるりと上下元に戻ってドヤ顔ポーズ。久しぶりだなー。
しかしまあ、これで支度は整ったわけだ。
始めて人間の軍隊と戦った時を思い出す。規模は違うが、今回も奇襲だ。
だけどあの時とはずいぶんと感覚が違う。心に余裕がある。落ち着いている。
人を殺す事も慣れたとは言わないが、それなりに抵抗が減っているのも事実だ。
肝が据わった……そう捉えるべきだろうか。
「一応確認するけど、海の方は大丈夫なんだよな?」
「死霊語が判る魔人達が待機しているかな。していなかったらアレだね。その時は、ちゃんとお仕置きしておくよ」
「いや、事後に何かしてもらってもどうにもならん。とりあえず、信じておくぞ」
「まおおー、きたよー。上にいるよー」
魔人プログワードの声が響く。
「了解だ。じゃあ各自、予定通りにな」
そう言って、プログワードの背中にもそもそと張り付く。
同時にテルティルトの体が伸び、頭に昆虫のような兜を形成する。完全な戦闘形態だ。
「さて、作戦開始と行こう!」
◇ ◇ ◇
それは突然、コンクリートを突き破って現れた。
体の前部はセミの幼虫の様だ。ずんぐりとした茶色い体に、土を掘るための大きな鎌の様な前足を持つ。
その体の後ろにはトンボの背のようなパーツが付き、更にその後ろは灰色の、ムカデのような節の体と多数の足が付いている。
そして地上に出ると同時に、背中から左右三枚ずつ透明な翅が広がった。
それはさながら羽化のようであったが、しわくちゃだったのは一瞬だけ。すぐにピシッとした形になると、トンボのような羽音を立てて飛翔する。
複数の生物を組み合わせた巨大な姿。それがこの、魔人プログワードが選んだ形であった。
飛び出した後の行動は素早かった。
すぐさま舞い上がると、浮遊城エスチネル下部にある一角にしがみつく。
「ここでーす」
その先にいるのは、手を振る死霊。その頭上に鋭い前足を突き刺した。
そこは物資搬入用のハッチ。これだけの大型城だけあって、搬入口もまた大きい。高さは6メートル程、幅は20メートルを超す。
浮遊城はどれも、下部の装甲は固い。自重に耐えるためだ。例え魔人であっても、そこを斬り裂いて進むのは至難の業である。
だが、一部だけ例外が存在する。それがここだった。
この世界に火薬は無い。それ故に爆発物に対する設計も必要無い。開閉するための利便性から、このハッチはぺらっぺら。ブログワードであれば、難なく貫通できる程度の厚さしかないのだ。
空けた穴から、魔人が浮遊城に潜り込む。
浮遊城の高度は15メートル程。入った時点では、プログワードの体はまだまだ一部しか地上に出ていなかった。
だが今ズルズルと、その巨体が飲み込まれていく。その全長は80メートル。スースィリアの時と、変わらぬ長さを有していたのだった。
浮遊城内部、物資搬入口にいた兵士達は大混乱に陥った。
たった今まで国歌や軍歌を聞き、歌いながらそれぞれの作業を行っていた。
ここはある意味、魔族領で最も安全な場所。まだまだ本格的な戦闘に突入するまでは間があるし、始まっても自分たちの出番はまだまだ先。場合によっては戦いに参加する事も無いだろう――そう思っていたのだ。
「よし、成功だな。行くぞ!」
プログワードから飛び降りると、エヴィアとテラーネを伴って奥にある扉へと走る。
今回の戦力は少数だ。俺の周りには四体の魔人がいるだけ。一応死霊を始めとした肉体を失った不死者や流体金属の精霊もいるが、こちらの戦闘力にはあまり期待はしていない。
今までの戦いは常に多数の味方がいたが、今回はこれで良いんだ。
「プログワード、ここで出来る限り暴れまわってくれ」
「わかったよー。まっかせてー」
ほぼ180度、くるりと振り向く形で手を振ってくる。以前のムカデの姿よりも、可動域は広いようだ。
それに一瞬だけ飛翔するために広げた翅も、今は再び背中に収納されている。
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