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【 滅び 】
序曲 後編
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碧色の祝福に守られし栄光暦219年2月29日。
白き苔の領域の南方から、北方にある腐肉喰らいの領域跡地へと一本のグレーの線が伸びている。
幅はおよそ3キロメートルから7キロメートル程だろうか。
長さは直線距離で900キロメートル。実際には少し曲がりくねっているため、もう少し長いだろう。
栄光への道……それは、有史以来初めてとなる魔族領を突っ切る北南の架け橋。
これにより、遂に南北両軍共同による魔族領攻略が実現するのだ。
しかし実際には、後僅か足りない。
正確には、かつてスパイセン王国が駐屯し、シコネフス王が戦死したセプレニツィー平原まで残り10キロ程の道のりだ。
今その上空に、百を超す重飛甲母艦が編隊を組んで浮遊していた。
「勇猛にして敬虔なる我らが同胞たちよ!」
”比翼の天馬”ルヴァンの声が、各母艦のスピーカーから高らかに響く。
「多くの同胞の魂を地に落とし、遂に我らはここまで来た。だが、これで終わりなのか? 否だ! これは始まりに過ぎない! 世界はまだ、我々人類に出血を強いる。まだ我らに命を求め続ける。なぜか!? この星の上で、なぜ我ら人間だけが、これ程に魂を捧げ続けねばならないのか!?」
静かに、バグパイプの様な楽器が音楽を奏で始める。
「それは神が、我等に与えたからだ。この星の全てを。そして、試練に立ち向かう勇気を! 力を! 誇りを! だからこそ、我等は進もう。約束された栄光の世界へ! 遥かなる楽園へ! 先に逝った者達も、必ずや、そこで我らを待っているだろう! ムーオス自由帝国の誇りと守護が、汝らを導かん!」
「「「我等祖国の為に! 我等同胞の為に! 魔族には死を!」」」
1発づつ、揺り籠が投下される。
背後には白、緑、青、黄の4つの三角を四角に纏めた図柄――ムーオス自由帝国の国旗と、青と白の連続した矢羽の模様が染められた帯が取り付けられている。
これは貴賓が乗っていることを表すマークだが、勿論そんな人間が乗っているわけでは無い。
あくまで、この式典の格式を高めるための演出にすぎない。揺り籠の中にいるのは、貧しく生きていくことが難しい貧困者たち。同時に、国の未来を信じる愛国者たちだ。
合計で27本のキノコ雲が上がると、地上から予定完了の合図が入る。これで穴あけは完了だ。残りは、地上部隊がコンクリートで固めて完了となる。
同時に通信機は大音響で国家を鳴らし、まだ若い新兵は高揚感を隠し切れずに目を輝かす。
だがルヴァンは演説の原稿をローブの中で握り潰すと、静かに帰投の合図を示していた。
彼自身の中に、演説のような心は一切ない。今も揺り籠には反対の立場だ。
しかし代替え案が無い限り、それは子供の我が儘と変わらない。
結局、今もこうして自分の手で部下達を殺し続けている……。
(奴としては、さぞかし誇らしいだろうな。長い間研究してきた、血族の結晶なのだから……)
◇ ◇ ◇
“地面に穴をあける一族”にして“魔族の次に嫌われる者”、 ムーオス自由帝国特殊兵器開発局局長ヘッケリオ・オバロスは、先行して帰路の途にあった。
この式典はもっと前から長々と行われており、自身は乗艦の揺り籠を落とし終えた時点で帰還を命じていたのだ。
足元に広がる一本の道。それはオバロスの血族全ての血肉の結晶。
ヘッケリオはただ静かにそれを見ながら、先任者の事を考えていた。
ウェルン・オバロス。ヘッケリオの姉であり、同時に魔導炉爆弾を完成させた研究者だった。
長い年月をかけた魔導炉人工暴発の研究。毎日量産される死。浴びせられ続けた理不尽な罵倒。ただ虚しいだけの日々だった。
しかし碧色の祝福に守られし栄光暦159年6月5日。遂に人類は――オバロスの血族は、魔導炉人工暴発に成功した。
輝きながら高々と天を衝く黒い雲。あの日の感動を、決して忘れる事は無いだろう。全てが報われた瞬間だったのだ。
すぐさま血族全ての力が結集され、より精巧で強力な魔導炉、そして戦術的に補佐するパーツ、更には戦略面での使用法などが研究された。
だがたった16日。血族全員が愕然となる中、その決定が行われた。
碧色の祝福に守られし栄光暦159年6月21日。
曰く――魔導炉人工暴発の開発中止。同時に研究資材は全て破棄とする。
それは、魔導炉を安全に、また確実に落とす為の外装パーツ――揺り籠を開発していたヘッケリオも同様だった。
この日、オバロスの一族は全てを失った。
研究の成果も、得られるはずだった名声も。そして残ったのは、2つの異名。“地面に穴をあける一族”、“魔族の次に嫌われるもの”。それだけだった。
命令者は確認するまでも無い。ムーオス自由帝国皇帝、ザビエブ・ローアム・ササイ・ムーオスだった。
白き苔の領域の南方から、北方にある腐肉喰らいの領域跡地へと一本のグレーの線が伸びている。
幅はおよそ3キロメートルから7キロメートル程だろうか。
長さは直線距離で900キロメートル。実際には少し曲がりくねっているため、もう少し長いだろう。
栄光への道……それは、有史以来初めてとなる魔族領を突っ切る北南の架け橋。
これにより、遂に南北両軍共同による魔族領攻略が実現するのだ。
しかし実際には、後僅か足りない。
正確には、かつてスパイセン王国が駐屯し、シコネフス王が戦死したセプレニツィー平原まで残り10キロ程の道のりだ。
今その上空に、百を超す重飛甲母艦が編隊を組んで浮遊していた。
「勇猛にして敬虔なる我らが同胞たちよ!」
”比翼の天馬”ルヴァンの声が、各母艦のスピーカーから高らかに響く。
「多くの同胞の魂を地に落とし、遂に我らはここまで来た。だが、これで終わりなのか? 否だ! これは始まりに過ぎない! 世界はまだ、我々人類に出血を強いる。まだ我らに命を求め続ける。なぜか!? この星の上で、なぜ我ら人間だけが、これ程に魂を捧げ続けねばならないのか!?」
静かに、バグパイプの様な楽器が音楽を奏で始める。
「それは神が、我等に与えたからだ。この星の全てを。そして、試練に立ち向かう勇気を! 力を! 誇りを! だからこそ、我等は進もう。約束された栄光の世界へ! 遥かなる楽園へ! 先に逝った者達も、必ずや、そこで我らを待っているだろう! ムーオス自由帝国の誇りと守護が、汝らを導かん!」
「「「我等祖国の為に! 我等同胞の為に! 魔族には死を!」」」
1発づつ、揺り籠が投下される。
背後には白、緑、青、黄の4つの三角を四角に纏めた図柄――ムーオス自由帝国の国旗と、青と白の連続した矢羽の模様が染められた帯が取り付けられている。
これは貴賓が乗っていることを表すマークだが、勿論そんな人間が乗っているわけでは無い。
あくまで、この式典の格式を高めるための演出にすぎない。揺り籠の中にいるのは、貧しく生きていくことが難しい貧困者たち。同時に、国の未来を信じる愛国者たちだ。
合計で27本のキノコ雲が上がると、地上から予定完了の合図が入る。これで穴あけは完了だ。残りは、地上部隊がコンクリートで固めて完了となる。
同時に通信機は大音響で国家を鳴らし、まだ若い新兵は高揚感を隠し切れずに目を輝かす。
だがルヴァンは演説の原稿をローブの中で握り潰すと、静かに帰投の合図を示していた。
彼自身の中に、演説のような心は一切ない。今も揺り籠には反対の立場だ。
しかし代替え案が無い限り、それは子供の我が儘と変わらない。
結局、今もこうして自分の手で部下達を殺し続けている……。
(奴としては、さぞかし誇らしいだろうな。長い間研究してきた、血族の結晶なのだから……)
◇ ◇ ◇
“地面に穴をあける一族”にして“魔族の次に嫌われる者”、 ムーオス自由帝国特殊兵器開発局局長ヘッケリオ・オバロスは、先行して帰路の途にあった。
この式典はもっと前から長々と行われており、自身は乗艦の揺り籠を落とし終えた時点で帰還を命じていたのだ。
足元に広がる一本の道。それはオバロスの血族全ての血肉の結晶。
ヘッケリオはただ静かにそれを見ながら、先任者の事を考えていた。
ウェルン・オバロス。ヘッケリオの姉であり、同時に魔導炉爆弾を完成させた研究者だった。
長い年月をかけた魔導炉人工暴発の研究。毎日量産される死。浴びせられ続けた理不尽な罵倒。ただ虚しいだけの日々だった。
しかし碧色の祝福に守られし栄光暦159年6月5日。遂に人類は――オバロスの血族は、魔導炉人工暴発に成功した。
輝きながら高々と天を衝く黒い雲。あの日の感動を、決して忘れる事は無いだろう。全てが報われた瞬間だったのだ。
すぐさま血族全ての力が結集され、より精巧で強力な魔導炉、そして戦術的に補佐するパーツ、更には戦略面での使用法などが研究された。
だがたった16日。血族全員が愕然となる中、その決定が行われた。
碧色の祝福に守られし栄光暦159年6月21日。
曰く――魔導炉人工暴発の開発中止。同時に研究資材は全て破棄とする。
それは、魔導炉を安全に、また確実に落とす為の外装パーツ――揺り籠を開発していたヘッケリオも同様だった。
この日、オバロスの一族は全てを失った。
研究の成果も、得られるはずだった名声も。そして残ったのは、2つの異名。“地面に穴をあける一族”、“魔族の次に嫌われるもの”。それだけだった。
命令者は確認するまでも無い。ムーオス自由帝国皇帝、ザビエブ・ローアム・ササイ・ムーオスだった。
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