この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR

ばたっちゅ

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【 滅び 】

年が明けて 前編

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 碧色の祝福に守られし栄光暦219年1月1日。
 シャラン……シャララン……シャラララララララララ…………。
 浮遊城のホールに、無数の風鈴を鳴らしたような音が響く。新年の幕開けを知らせる音色だ。

「乾杯!」
「良き年とならんことを!」

 大勢の人間が新年を祝い乾杯する中、マリッカ・アンドルスフはカートを押して移動していた。
 衣装は普段の軍服姿で、周囲に見事に溶け込んでいる。
 そしてカートの上には、一人前としてはささやかな料理と一本のワイン。一見すれば、まるで給仕の様だ。
 だが違う。カートの下には大量の料理。更には度数の高い酒の小樽が2個入っている。彼女は今、これを自室へと運ぶミッションの最中だったのだ。

 マリッカもまたリッツェルネールと同じく、このようなパーティの席は好きではい。
 だが性質は全く逆で、こちらは参加しないで済むのなら極力参加はしない性質タチだ。
 しかも今日は、神の采配かは知らないが非番の日。本来ならば部屋で引き籠っているのが筋というものである。

 ところが食堂へ行くと、今日は傷病人以外、全員会場で飲食するようにとのお達しが出ていた。どうやら、城主の粋な計らいらしい。
 殴りたい気持ちを抑えてここに来たわけだが、実はマリッカの名声は高い。
 何といっても、一切の支援もなしに”百刃の剣聖”バロウズを討ち取った女傑である。
 しかも現在は、第九次魔族領侵攻軍中央主席幕僚にして浮遊城の城主様であるリッツェルネールの護衛武官だ。
 各国の重鎮、諜報員、野次馬から未婚・未亡人予定の通信士オペレーター……誰かしらマリッカを見かけると声をかけてくる。

 ――ここまで面倒なら、非常食でも摘まんでいた方がマシでしたね……。

 マリッカは一応、コンセシール商国ナンバー2、アンドルスフ商家に所属している。今更、年越しパーティーの御馳走だのにはさほど興味はない。ただ静かに食事が出来ればそれでいいと思っている。
 しかしここでは人が多すぎて、ゆっくり食べている暇がない。かといえ、客人を追い返すことも無視する事も出来はしない。体裁を取り繕う技術だけは、人一倍高いのだ。

 そこで現在、マリッカは一人の人間の元へと向かっていた。
 そう、ここで一番偉い人間であるリッツェルネールの元へである。
 傍から見れば、そこへ護衛武官が料理と酒を届けに向かう途中にしか見えない。
 仮に誰かが声をかけて来たとしても、少し困ったような顔をして手でも振れば誤魔化せるだろう。
 そして彼をスルーして、奥にある階段から下へ降りればいい。パーティー会場外であれば、誰かに話しかけられても『任務中』の一言で誤魔化せる。
 問題は階段を下りる時にカートを持ち上げて飛び降りねばならない事。ここはバリアフリーでは無いし、エレベーターもついてはいない。
 しかしまあ、その辺りは人目を避ければ大丈夫だろう。そういった隠密行動は出来ないわけでは無いのだ。
 何も問題は無い。サイレームを連れての脱出さえ果たしたのだ。今ここで自分を止められる者など――。

「やあ、マリッカ。丁度良い、君に紹介しておくよ。こちらが――」

 話しかけてきたリッツェルネールの顔に、このカートをぶつけてやろうか。そう思いながらも、キリリとした顔で敬礼したのであった。

 しかし考えてみれば当たり前だろう。リッツェルネールの元へまっすぐ向かえば、向こうが気を使って話しかけてくる公算は高い。完全な失敗だと心の中で舌打ちするが、表面上はしずしずとカートを押して近づいていく。
 彼と一緒にいたのは3人の人物だった。だが――、

「ああ、すまないが私は失礼させてもらうよ」

 そう言って、一人の大男は手を振りながら去っていった。
 身長273センチ。軍服の上からローブを纏った姿から、所属する国は一目でわかる。
 その男の名はルヴァン・マルファーク。“比翼の天馬”と謳われたムーオス自由帝国の名操縦士パイロットにして、飛甲母艦隊の大将である。
 彼はマリッカに含む所があったわけでは無い。ただ単に、本当に時間が無かっただけである。
 リッツェルネールの元へ来たのは、新年の挨拶や栄光への道グロリアスロード作戦の進捗報告の為であり、それは既に完了していた。その為、丁度別れの挨拶をしている最中だったのである。

 その巨体が、身長160センチほどのマリッカの横を通り過ぎて行く。
 互いに一瞬だけ目が合ったが、特に両者ともに挨拶は交わさなかった。




 ――あれが噂の……窮撃きゅうげき戦乙女ヴァルキリー、マリッカ・アンドルスフか。

 互いに面識はなかったが、ルヴァンは既にマリッカの事を知っている。
 一方で、マリッカはルヴァンの事は知らないし、ましてや自分にそんな異名がつけられている事など知る由もない。因みに命名者は、同じ商国人のサイレーム・キスカである。
 この異名は商国内ではあまり流行らなかった為にマリッカの耳に届く事は無かったが、情報の少ないムーオスでは逆に貴重な情報として伝わっていたのだった。

 ――確かに噂通りの怪物だな。オベーナスと二人で掛かれば何とかなるかもしれんが……まあバロウズが敗れたというのも嘘ではあるまい。

 ルヴァンは、バロウズが激昂し、またマリッカが非武装だったため油断していたことを知らない。
 だがそれはどうでもいい事だった。なぜなら、彼はバロウズとも面識がある。その上で、両者の実力は近いと判断していたのだ。
 そして同時に思う――、

 ――だが、国防将軍ハイウェン閣下。宰相コルキエント様。両名に比べれば大きく劣る……。

 別にこれから戦うという訳ではない。むしろ、同じ人類軍の仲間である。
 とはいえ、強弱を図るのもまた、軍人の性分の様なものであった。
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