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【 魔族と人と 】

年越しパーティ その2

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「酷い損害だ。数はともかく、マリクカンドルフが討たれるとはな」

 通信機から出力プリントアウトされた新聞を見ながら、ハーノノナート公国大公であるユベントが呟いた。

 ここは浮遊城城郭部分1階に設けられたパーティー会場だ。
 役場がすっぽり入る様な巨大な空間、高い天井。そして中央付近には2階に上がる大型階段が見える。
 そこにはシックな黒木のテーブルや高価な革張りのソファが幾つも配置され、奥にある厨房からはひっきりなしに酒や料理が運ばれてくる。

 天井からは長い垂れ幕のようなものが幾つも垂れ下がり、様々な言葉で来年への祝賀の言葉が書かれていた。まあ、普通の人間はそれぞれ共通語と自国の言葉くらいしか覚えていない。単に賑やかな模様の垂れ幕が掛かっている様にしか見えてはいない。

 そんな祝賀会場の一角には、現在ティランド連合王国の重鎮たちが一所に固まっていた。
 席は指定制でも予約制でもない、完全に自由だ。
 集まったのは単に知り合いを見つけたからという、はなはだ社交性に欠ける理由からだった。

 1つの大きなテーブルを囲む椅子に座るのは、リンバート・ハイン・ノヴェルド・ティラン、それに副官であり参謀であり分隊指揮官であるグレスノーム・サウルス。それにハーノノナート公国大公ユベント・ニッツ・カイアン・レトーの三人だ。

 その周囲を囲むように、パナーリア等の副官や護衛武官が控えている。
 主賓の3人を含め、全員が軍服だ。黒と赤を基調にし、各所に金ラインが入る洗練されたデザインであり、この様な席であってもさほど違和感は感じられない。
 また護衛武官らは武装しており、中には手甲や脚甲、半身鎧まで付けている者もいる。
 さすがに通常のパーティーであれば、ここまで物々しい警戒はしない。ここは魔族領であり、今は侵攻戦の最中だ。その事を忘れているものなど、誰一人としていない。

「確かにそれは大きな損失だ。その点は今後に響くだろう……しかし――」

「数の損失は想定より遥かに少ない。それに対し、戦果の大きさは目を見張る。近隣それぞれの領域の特性や魔族の確認。魔王に関しての新たなる情報。それに何より炎と石獣の領域の地図、これが大きい。今後我々は、より効率的にあの最悪凶悪な魔族の巣を攻略出来ます。リッツェルネールの権勢は、更に高まるでしょうね」

 リンバートとその弟であるグレスノームは、今回の戦果を肯定的に見ていた。いや、大いに肯定的にだろう。
 実際、炎と石獣の領域地図は大きい。今後どのような展開になっても、これが無駄になる事は無い。

 領域再生に関する情報は今すぐに生きるとは言い難い。しかし、これは今後二度三度と観測する事で精度を高めていく類のものだ。そしてそれを確実に観測するため、そして逆説的に、これが自然現象ではなく魔族の判断による可能性が高いと実証した事も大きかった。

 また魔王討伐。これは最終的に失敗こそしたが、成功の可能性やそれに至るために道筋など、まだまだ実証の余地がある事を明らかにした。
 商国が動いたのか、それとも実際の世論の反応なのか、人類社会は魔王討伐失敗の責はマリクカンドルフにあると考えている。油断、もしくは力不足であったと。
 逆に、魔王を呼び込み、勝利し、そして追い詰めたリッツェルネールの評価はさらに高まった。
 中央議会のアドバイザーに推す声さえある。

「奴に権力など与えて見ろ。また人類社会に仇なすに決まっている。対処はすべきだ」

 逆に、ユベントは今まで以上にリッツェルネールを敵視するようになっていた。
 奴の手腕は確かに本物だろう。だが手綱を付けることが出来ない相手だ。それどころか、金、権力、地位、情……いやなるものでも奴を縛ることは出来ないだろう。
 向いている方向が同じときは良い。だが変わったら? 奴は間違いなく、平然と毒牙を剥くだろう。いや、その事に気づく余裕すらあるかどうか。

「ユベントの考えは分からないでもない。だが――」

 リンバードは思案するように視線をユベントに向けると話を続けた。

「その事で、我々は魔王討伐の機会を逃したといえる」

「確かに……その可能性は否定できません」

 グレスノームも同様の考えだ。

 ティランド連合王国軍の主力は、炎と石獣の領域北部に軍団を展開していた。
 いざという時には、ムーオス自由帝国飛甲母艦の支援の下で”迷宮の森と亜人の領域”と”火山の領域”を突破。そのまま完全なる包囲網を形成する予定だった。
 だがリッツェルネールは、リンバードとの協議の結果、その作戦案を取り消していた。

 人間とは、命令すれば常に100パーセントの力を発揮する機械ではない。
 ましてや2つの領域を突破しての大包囲戦であり、その網に魔王が掛からなかったら無駄骨となる作戦である。
 それを完璧に実行するには、中央……というより、リッツェルネールとティランド連合王国軍との間の信頼関係が必須条件だ。
 今はそれが無い。従って、時期尚早だと判断されたのだ。

 結果として連合王国の本隊は炎と石獣領域北部を固めるだけで動かなかった。
 もし予定通りの大包囲網が完成していたとしたら?

『その時はハルタール帝国軍に商国の飛甲騎兵、更には連合王国軍が加わるのだ。絶対に魔王を討伐し、人類軍は勝利していただろう』

 そう、各国のニュースの見出しには書かれている。
 リンバードとリッツェルネールの会談は非公式であり、リンバートが辞退したことも知られてはいない。
 これは、むしろ流したらリッツェルネールが信頼を失う案件だ。ここで彼は動いていない。
 しかし世間の目は、結果に対する理由を求める。そして最もありそうで説得力のある答えこそが、両者の不仲説であったのだ。

 こうして連合王国が世界の信頼を失っている間、リッツェルネールに対して深いわだかまりを持っていなかったアルダシルの部隊と、マリセルヌス王国軍が連合王国代表として戦い散った。
 もしこの2部隊がさしたる損害も無く戦いを終えていたとしたら、よほどの戦果無しでは連合王国の体面が立たなかったはずだ。そういった意味では壊滅した両部隊に感謝しなければいけない。

「そちらの言いたい事は分かっている。これ以上中央――違うな、奴か。あの商人と距離を置いたままでは連合王国の名に傷がつくって事は理解している。ロイにも負担をかけてしまったしな。次は俺も動くさ」

 座ったまま、両の拳を握りしめる。
 今でもリッツェルネールを始末すべきであるという考えは変わっていない。
 焼け落ちるヨンネルの街。目の前で滅亡するバラント王国……あの炎を見た時に悟った。その危険さを。
 大っぴらに名指ししないだけで、彼が“始末”といったら対象はリッツェルネールだろうと多くの者が思っている。
 しかしそれは個人的な見地からだ。今は人類一丸となって魔族を倒すべき時であり、ティランド連合王国は過去の確執から最初の戦いに非協力的であったと喧伝されてしまった。
 次は大戦果か、或いは人類の規範として華々しく壊滅するか、どちらかの結果が求められるだろう。
 祖国の食料にも限りがある。これ以上、成果も無くのうのうと生きているわけにはいかないのだ。

「あら、皆さんこんなところにお揃いですか? ふふ、主賓なのですから、もっと回ってはいかが」

 ピリピリとした空気を隠そうともしない軍事大国重鎮が集う一角。
 そこに一切物おじせず、一人の少女が歩み寄る。
 警護の兵士達は帰れと言わんばかりに鋭い一瞥を送るが、直ぐに硬直し目をそらす。
 それは羨望であり、畏怖であり、または恐怖からか。
 声をかけて来たのはサイアナ・ライアナ。ナルナウフ教の司祭であった。
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