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【 魔族と人と 】
決着 前編
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目の前に落ちてきた少女を見て、マリクカンドルフはそれが誰かを正確に思い出していた。
忘れはしない、ケルベムレンの街で紹介された少女だ。
あの時確か、アンドルスフ商家の者が一緒にいたはずだ。そしてもう一人、確か男がいた。
本来ならば、短絡的に結び付ける問題ではない。
だが様々な糸が絡まることなく、この少女とあの時の男、そして目の前の魔王を繋げてしまっていた。
それはある意味、本能といえるものだろう。
「そうかね。なぜ名前を知られていたのか少し不思議だったが、一度会っていたのだったか」
エヴィアの様子は変わらない。だが視線がツツーと泳いだのを、相和義輝は見逃さなかった。
実際、外見こそは変わらないが、エヴィアは心の中では頭を抱えていた。
魔人は賢い。普段は飄々として呑気なエヴィアだが、真面目に学ばせれば人間世界最高峰の学校に首席入学できるほどだ。その頭脳と臨機応変さは、初めて行った人間世界で一切ぼろを出さないほどである。
そんなエヴィアにとって、かつて人間世界で――それも魔王やマリッカと一緒の所を見られた人間にここで出会う事はマイナスでしかないと言い切れた。
もし相手がリッツェルネールなどであれば、この情報は直ちに通信機を介して浮遊城へ送られただろう。大失態だ!
だが、マリクカンドルフは違った。
ただ一つ――「そうか」と思っただけである。
もしこの戦いが終わり帰還したら、この事を改めて考えればいい。
今やるべき事は、目の前の相手を倒すのみ。そしてたとえ敗れたとしても、その心にマリクカンドルフの名を刻みつける。それだけの戦いをする事こそが、今の急務!
パワードスーツの左足が迫る。蹴り!? ――いや、踏みだ!
眼前に迫った足を素早く避ける。常識的に考えれば次は左手の盾か右足だろう。
だが飛んできたのは大剣の突きおろし。そして続けざまに繰り出された、右足による回し蹴りと剣による三連付きからの振り下ろし。
全て躱すかテルティルトで受けているが、出来ているのが奇跡といえよう。
歴代魔王の意識様々だ。しかし一方で、武器と鎧になっているテルティルトはボロボロだ。
――エヴィア、いつまで呆けてる。手伝え!
最初の位置からピクリとも動かないエヴィアに意識だけで言葉を贈ると、やっているよと言わんばかりの視線が返ってくる。
意識を集中させると、確かに見えないが、周囲に広がっているエヴィアの気配を感じる。
なるほど、もうとっくに攻撃はしているのか。狙われていない以上、動かない方が効率が良いのだろう。
確か、エヴィアの武器は糸の様な触手だ。普通の兵器や並の人間のパワードスーツなら切り裂いているが、そういえばサイアナさんのは切れなかった。目の前の男――マリクカンドルフもまた、それだけの強さを秘めているって事か。
ならば――、
マリクカンドルフの猛攻を避けながら、地道に反撃する。
だが相手は無軌道に動くダンプカーのようなものだ。迂闊に刀で鍔迫り合いなんてしようものなら、パワーと質量差であっという間に跳ね飛ばされる。
何とか直撃を避けながら刀を当てるが、本当に斬るというより当てるだけ。とてもじゃないが、切断とか無理としか言いようがない。
だがやがて、効果が表れてくる。
パワードスーツの関節部分は、俺が思っていたより遥かに強靭だった。
そりゃそうだろう、わかりやすい弱点に見えるだけに、そこは相手も分かっている。
関節部分は何重にも防御され、下手すりゃ他の部分よりも固い。
しかしそれでも駆動系には違いはない。
モーター音が、盛んに不調を訴える。
――何か噛み込んだかね……。
一瞬そう思ったが、不調は全てのモーターだ。何かを噛み込んだなどという生易しいものではない。
右肩部、上腕関節、左足首など、煙を上げている個所もある。
――大したものだ……方法は分からないが、こんな形で無力化されるとはな。
もう重甲鎧は満足には動けない。
しかし――もしこれで勝ったと思ったのなら、貴様の負けだな――魔王!
パワードスーツの関節部から、悲鳴のような音と煙が上がる。
ようやく効果が出たって事か。
エヴィアの目に見えない程に細く頑丈な触手。それが関節部分にぐるぐると大量に巻きついていた。
透明で見えなくても、水飴をくっつけたように僅かに奥が歪んで見える。相当な量だ。
ケーバッハと戦った時は、材料不足で大した量は使えなかった。しかしここは違う。
転がっていた多数の死体。更にはここに来る途中に倒してきた兵士。それらを材料にしながら、既にかなりの成長を遂げていたのだった。
普通ならかすり傷くらいしかつけられなくとも、巻きつき動きを封じる事で無力化は可能だ。
関節部のモーターは悲鳴を上げ、周辺の外装はやすりを掛けたように削れて行く。
向こうももう、限界に近い。
あと少しか――そんな時、マリクカンドルフが再び盾を構えて突進してくる。
だが勢いは弱々しい。もうほとんど動かないのだ。
盾による体当たりをバックステップで躱す。もうそれで限界だったのか、ギギと軋む音を立て、その巨体が膝をつく。
ようやく――勝ったか。そう考えた瞬間だった。こちらに向いた膝の左右から、短い槍が撃ち出される。
――嘘だろ!? この巨体でそういった細かなギミックはずりい。
だがだ大丈夫だ。本数は2本、しかも直進だ。飛甲騎兵の投擲槍も避けてきたのだ。
近すぎて避けられなくとも、こういった隠し武器の威力はお察しだろう。テルティルトの刀を軌道上に合わせる。これで受け止めるか、弾けば今度こそ勝ちだ! 終わる!
しかし、槍を撃った時には既に、マリクカンドルフは動いていた。
左手で、内部に設置された予備の剣を握る。そして同時にハッチを開け飛び出していた。
その様子は、相和義輝《あいわよしき》の視界にはちらりと映った程度だ。巨大な盾と、自らの刀により視界が制限されていたのだから。
忘れはしない、ケルベムレンの街で紹介された少女だ。
あの時確か、アンドルスフ商家の者が一緒にいたはずだ。そしてもう一人、確か男がいた。
本来ならば、短絡的に結び付ける問題ではない。
だが様々な糸が絡まることなく、この少女とあの時の男、そして目の前の魔王を繋げてしまっていた。
それはある意味、本能といえるものだろう。
「そうかね。なぜ名前を知られていたのか少し不思議だったが、一度会っていたのだったか」
エヴィアの様子は変わらない。だが視線がツツーと泳いだのを、相和義輝は見逃さなかった。
実際、外見こそは変わらないが、エヴィアは心の中では頭を抱えていた。
魔人は賢い。普段は飄々として呑気なエヴィアだが、真面目に学ばせれば人間世界最高峰の学校に首席入学できるほどだ。その頭脳と臨機応変さは、初めて行った人間世界で一切ぼろを出さないほどである。
そんなエヴィアにとって、かつて人間世界で――それも魔王やマリッカと一緒の所を見られた人間にここで出会う事はマイナスでしかないと言い切れた。
もし相手がリッツェルネールなどであれば、この情報は直ちに通信機を介して浮遊城へ送られただろう。大失態だ!
だが、マリクカンドルフは違った。
ただ一つ――「そうか」と思っただけである。
もしこの戦いが終わり帰還したら、この事を改めて考えればいい。
今やるべき事は、目の前の相手を倒すのみ。そしてたとえ敗れたとしても、その心にマリクカンドルフの名を刻みつける。それだけの戦いをする事こそが、今の急務!
パワードスーツの左足が迫る。蹴り!? ――いや、踏みだ!
眼前に迫った足を素早く避ける。常識的に考えれば次は左手の盾か右足だろう。
だが飛んできたのは大剣の突きおろし。そして続けざまに繰り出された、右足による回し蹴りと剣による三連付きからの振り下ろし。
全て躱すかテルティルトで受けているが、出来ているのが奇跡といえよう。
歴代魔王の意識様々だ。しかし一方で、武器と鎧になっているテルティルトはボロボロだ。
――エヴィア、いつまで呆けてる。手伝え!
最初の位置からピクリとも動かないエヴィアに意識だけで言葉を贈ると、やっているよと言わんばかりの視線が返ってくる。
意識を集中させると、確かに見えないが、周囲に広がっているエヴィアの気配を感じる。
なるほど、もうとっくに攻撃はしているのか。狙われていない以上、動かない方が効率が良いのだろう。
確か、エヴィアの武器は糸の様な触手だ。普通の兵器や並の人間のパワードスーツなら切り裂いているが、そういえばサイアナさんのは切れなかった。目の前の男――マリクカンドルフもまた、それだけの強さを秘めているって事か。
ならば――、
マリクカンドルフの猛攻を避けながら、地道に反撃する。
だが相手は無軌道に動くダンプカーのようなものだ。迂闊に刀で鍔迫り合いなんてしようものなら、パワーと質量差であっという間に跳ね飛ばされる。
何とか直撃を避けながら刀を当てるが、本当に斬るというより当てるだけ。とてもじゃないが、切断とか無理としか言いようがない。
だがやがて、効果が表れてくる。
パワードスーツの関節部分は、俺が思っていたより遥かに強靭だった。
そりゃそうだろう、わかりやすい弱点に見えるだけに、そこは相手も分かっている。
関節部分は何重にも防御され、下手すりゃ他の部分よりも固い。
しかしそれでも駆動系には違いはない。
モーター音が、盛んに不調を訴える。
――何か噛み込んだかね……。
一瞬そう思ったが、不調は全てのモーターだ。何かを噛み込んだなどという生易しいものではない。
右肩部、上腕関節、左足首など、煙を上げている個所もある。
――大したものだ……方法は分からないが、こんな形で無力化されるとはな。
もう重甲鎧は満足には動けない。
しかし――もしこれで勝ったと思ったのなら、貴様の負けだな――魔王!
パワードスーツの関節部から、悲鳴のような音と煙が上がる。
ようやく効果が出たって事か。
エヴィアの目に見えない程に細く頑丈な触手。それが関節部分にぐるぐると大量に巻きついていた。
透明で見えなくても、水飴をくっつけたように僅かに奥が歪んで見える。相当な量だ。
ケーバッハと戦った時は、材料不足で大した量は使えなかった。しかしここは違う。
転がっていた多数の死体。更にはここに来る途中に倒してきた兵士。それらを材料にしながら、既にかなりの成長を遂げていたのだった。
普通ならかすり傷くらいしかつけられなくとも、巻きつき動きを封じる事で無力化は可能だ。
関節部のモーターは悲鳴を上げ、周辺の外装はやすりを掛けたように削れて行く。
向こうももう、限界に近い。
あと少しか――そんな時、マリクカンドルフが再び盾を構えて突進してくる。
だが勢いは弱々しい。もうほとんど動かないのだ。
盾による体当たりをバックステップで躱す。もうそれで限界だったのか、ギギと軋む音を立て、その巨体が膝をつく。
ようやく――勝ったか。そう考えた瞬間だった。こちらに向いた膝の左右から、短い槍が撃ち出される。
――嘘だろ!? この巨体でそういった細かなギミックはずりい。
だがだ大丈夫だ。本数は2本、しかも直進だ。飛甲騎兵の投擲槍も避けてきたのだ。
近すぎて避けられなくとも、こういった隠し武器の威力はお察しだろう。テルティルトの刀を軌道上に合わせる。これで受け止めるか、弾けば今度こそ勝ちだ! 終わる!
しかし、槍を撃った時には既に、マリクカンドルフは動いていた。
左手で、内部に設置された予備の剣を握る。そして同時にハッチを開け飛び出していた。
その様子は、相和義輝《あいわよしき》の視界にはちらりと映った程度だ。巨大な盾と、自らの刀により視界が制限されていたのだから。
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