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【 魔族と人と 】

激突 後編

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 魔王相和義輝あいわよしきは、目の前の相手が決して逃げない事を理解していた。
 何とか戦いを止めさせたい。ここで退かせることは出来ないだろうか?
 だが、ここで帰れといっても聞きはしないだろう。おそらくだが、それは侮辱となる。それはこれまでの戦いから察していた。
 だから、彼との戦いを言葉で終わらせようとは思わない。しかし――

「君たちは、まだ魔王を倒そうとするのかね? 無駄なことだ。もう魔王は幾度も倒れている。仮にここで私を討っても、何も変わりはしない」

「ではそれを試させて貰おうか!」

 モーターの唸りを上げ、巨大な剣が迫り来る。当たったら真っ二つだろう。
 今までであれば、右か左か、咄嗟に考えてあたふたと避けただろう。だが今は違う。
 ほんの僅か、右前に一歩踏み出る。ただそれだけだ。

 その僅か左――たったまで今俺がいた位置に大剣が振り下ろされる。
 確かに人間以上の動きをするパワードスーツは厄介だ。人間よりも、可動域は遥かに大きい。
 だがそれでも、限界はある。図体が大きく勢いがある分、逆に読みやすい。

 相手が体勢を立て直す前に、大剣を持つ手首に斬りつける。
 斬りつけたのは一瞬。相手が素早く右手を引いたからだ。僅かに火花が散っただけで、切断には至らない。
 だが今の攻撃で理解しただろう。前と同じではないと。

「まあ焦る事は無い。君にも褒美を与えようと思ってね」

「褒美とはまた面白いことを言う。何をくれようというのかね」

「ティランドの時は撤退を許可した。だが君はそんなものを求めてはいないだろう? だから別のモノだ」

「もったいぶる必要はあるまい。ハッキリと言うがいい」

「君の死を以て戦いの終わりとする。抵抗する者は殺すが、逃げる者は襲わず無事に帰すと約束しよう。さあ、部下たちに伝えたまえ。そして我に挑むといい、マリクカンドルフ君」




 ◇     ◇     ◇





 その言葉を聞いた時、マルクカンドルフは全身に雷撃が走ったかのような衝撃を受けた。
 この世界に生まれ落ちた以上、必ず死なねばならない。だから人は、自らが生きた証を残すために必死になる。
 ある者は初代血族として、またある者は地名となってこの世界に名を残す。何かを発明したり、また人類史に残る様な功績を立てても残るだろう。
 だがどれも、マルクカンドルフの心を動かしはしなかった。そんなものに興味を感じて来なかったのだ。

 しかし今、魔王が我が名を呼んだ。
 人類最悪の仇敵。世界の害悪を統べる者。そこに自分の名が刻まれていた事に、武人として限りない喜びを感じてしまったのだ。
 それは危険な考えではあることは理解したが、それ以上に欲求が上回った。

「面白い! ならば俺も約束しよう。今度こそ、貴様を倒すと!」




 ◇     ◇     ◇




 ――なんだろう……火が付いたような気がする。

 彼を刺激する言葉でもあったのだろうか?
 今までとは動きも熱量も正確さも段違いだ。迂闊に最小限の動きでかわそうとすると、容赦なく盾や蹴りが飛んでくる。
 だが大きくかわすと攻撃が届かない。180センチ……長いようでいて、4メートルの巨人相手では間合いが遠い。

 遠くでは他のパワードスーツが宙を舞っている。ヨーツケールMk-II8号改だ。
 あっちに任せた方が良かったかもしれない。だけど、これは仕方がなかったのだからしょうがない。

 頭上通過する大剣を避け、目の前に飛んできた膝蹴りに刀を合わせる。
 チィンという音と共に飛び散る火花。だがそれも一瞬だ。俺は吹き飛ばされ、向こうは下がる。ほんの少しの傷しかつけていない。
 こいつは参った……やはり強い。
 さっさとこの戦いを終わらせてゲルニッヒと合流しなければいけないのだが、これでは両方ともに失敗だ。
 最悪の場合、再び体のコントロールを魔王の意識に乗っ取られ、燃え尽きる流星のように無茶な戦いをして消える事になるだろう。

 戦えているのは魔王の意識を無意識でコントロール出来ているのと、痛みが無いおかげだ。肉体は死んでいるからな。
 ついでに言えば、当然のように死の予感からも解放されている――が、こちらはある意味危険な状態だ。
 ケーバッハとの戦いを考えると、多分脳が壊れたらアウトだろう。
 いやもしかしたら上手いこと修理できるのかもしれないが、それに賭けるほど愚かではないつもりだ。
 出来る限り、傷つかないように倒さなければならない。実に無茶な話だ。

 盾による一撃を、無意識で使った魔法の壁で受け止める。
 その盾で本当なら見えてはいないが、まるで全周囲に目があるように背後が見える。盾の後ろで、突く形で剣を構えているのが。
 盾が弾かれた様にスライドするが、これは演技だ。俺は刀を構えつつ体を浮かす。
 その一瞬でもう目の前に大剣の切っ先が迫るが、構えていた刀と打ち合い火花を散らす。だが――

 ――傷もつかないか……。

 やはりと言うか何と言うか、マリクカンドルフの剣は欠けてもいない。




 ◇     ◇     ◇




 もう一手何かが欲しい。相和義輝あいわよしきがそう考えていたのと同じ様に、マリクカンドルフも同じことを考えていた。
 既に軍団は虫食いの様になり、指揮系統はズタズタだ。
 そもそも全軍を指揮すべき総大将がここで白兵戦をしているのだ。配下の諸将は独自に行動するしかない。
 だが、未だ10万人を超える規模の軍団を機能させるより、マリクカンドルフが魔王と戦った方が勝率は高い――そう判断したのはやむを得ない所だ。
 とはいえ、このまま決め手を欠いたまま戦い続ければ終わりだ。
 やがて兵士達は負傷と疲労で動けなくなり、どこかで致命的な戦線崩壊が起こる。そうなったら、もう挽回どころか一人の生き残りさえも出せないだろう。




 ◇     ◇     ◇




 こうして互いに時間という制限を背に戦い続ける中、戦場に一つの変化が起きた。
 次々とバラバラに切断される人間の兵士。それだけではない。装甲騎兵も、浮遊式浮遊板も、鋭い何かによって切断される。
 新たに巻き起こる悲鳴と怒声。兵士達は周囲を見渡すが、攻撃者は見つからない。

 マリクカンドルフは通信の様子から、新たな脅威が出現したことを知った。
 しかし今は対処など出来ない。目の前にいる魔王を倒す事が全てなのだ!
 そんな彼と魔王の間に、その破壊と殺戮の主が落ちて来た。

 それは、見た目だけなら少女と言えるだろう。
 身長は140センチほど。男とも女とも取れる均整の取れた細い体。
 その身に纏うのは、とても服とは言えないようなもの。黒い三本の帯だけだ。
 しかし、同時に纏うもの。それは圧倒的な魔力と空気。この世のものではない。人ではない事がはっきりと分かる。
 怪しく輝く赤紫の瞳。微かになびく紫の髪。その姿は違うと言えば違う。
 だがマリクカンドルフは、確かにその少女に見覚えがあった。
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