上 下
316 / 390
【 魔族と人と 】

激突 前編

しおりを挟む
「もはや完全な再編成は諦めるしかあるまい。直属部隊で魔王に挑む。他の部隊は臨機応変にな」

 マリクカンドルフとしては、これ以上時間を掛けるわけにはいかなかった。
 ここでは時間は敵だ。過ぎるほどに味方の数は減って行く。
 そして商国騎兵隊が散開した以上、一刻も早く始めるしかない。

 ――しかし……蟹か……。

 部下の報告では、天を裂いた白い光。それは明らかに浄化の光レイであったという。
 そしてそれを放った魔族――いや、魔神であろう。その姿は蟹に酷似していたという。
 リアンヌの丘に出現した”蟹”はリッツェルネールが倒したと聞いたが、今またこうして別の”蟹”が現れる。これも何かの因縁であろうか……。

「浮遊城からは何か言ってきたか?」

「一刻も早く撤退することを推奨する。殿しんがりは飛甲騎兵隊が行うので、仮設駐屯地へと移動するようにと。既にムーオス自由帝国の飛甲母艦が待機中とのことです
 。それと……もしも一戦交えるのであれば、武運を祈るとの事です」

「そうか――なら浮遊城へ連絡だ。祝杯の支度をして待っていろと伝えよ」

「了解いたしました!」

 そう言って去って行く兵士を見ることなく、マリクカンドルフの重甲鎧ギガントアーマーが起動を開始する。
 右手には3メートルを超す三角形の大剣を持ち、左手には今までと同じ4メートルの巨大盾タワーシールド
 目標は、今更語るまでもないだろう。
 獅子の様な顔立ちをしながらも静かな男。だが今やその顔は、紛れもない獅子そのものであった。




 ◇     ◇     ◇




「来たか……」

 相和義輝あいわよしきも理解している。ここが最終戦だ。
 勿論、これからも戦いは続く。しかし、炎と石獣の領域から始まった一連の戦いはここで終わりだ。
 どんな結果になったとしても、互いに少しの時間が必要となるだろう。

 遠くから――とはいえ、ここは針葉樹の巨木や起伏のせいで視界が悪い。実際には100メートルも離れていないだろう。
 そこから迫ってくるパワードスーツの群れ。その中に、マリクカンドルフの姿も混ざっている。

 ――こちらは補足されっぱなしか。まあ、この魔力の柱が立っている間は仕方が無い。

 だが、戦力的にはこちらだって劣ってなどいない。

 大量の魔力を吸って元気いっぱいの死霊レイス達が戦力にならないのは残念だが、その分蠢く死体ゾンビ死肉喰らいグールは超強化されている。そして首無し騎士デュラハンも健在だ。
 十分に戦える――だけどそれとは別に……。

「ルリア。不死者アンデッドたちには、普通のパワードスーツを主に相手させてくれ。首無し騎士デュラハンは歩兵を重点的に。それと浮遊式浮遊板が来たら、それを最優先だ。ヨーツケールMk-II8号改は普通のパワードスーツと浮遊式浮遊板、それと装甲騎兵だったか、大型の兵器類全般を任せたい。俺に近づけないでくれ」

「構わないのか? 魔王」
「魔王、いいの?」

 二人は少し心配そうだ。そりゃそうだろう。俺だって自信があるわけではないし、いざとなったら全力で逃げるつもりだ。
 だけどこれは、俺がやらなければなければならない。俺に力があるうちに。

「マリクカンドルフの相手は、俺がやる」

 ここで逃げた処で、結局意味は無いのだ。なら今現在、最大の戦力を当てて倒さなければならないだろう。それが、俺というだけの話だ。

 こちらの考えを受け、テルティルトの刀が少しだけ伸びる。
 およそ180センチ。俺の素人剣術で扱えるギリギリの長さだ。




 ◇     ◇     ◇




 ――また少し、雰囲気が変わったかね……。

 眼前からゆっくりと迫り来る魔王の姿を見ながら、マリクカンドルフはそんな事を考えていた。
 最初に見つけた時、彼は弱々しい人間であった。精一杯の虚勢を張りながら、必死に逃げていた。
 だが最後は果敢なる反撃を見せ、そして死んだ。
 そう、確かに殺した。それは確実だ。もう生命の脈動も、僅かの魔力も感じられなかった。

 その後、リッツェルネールらに確認させるため、また不測の事態に備えて厳重な金属箱を用意させた。
 しかし補給部隊と大きく離れていため時間を取った。それが失敗といえば失敗だったのだろう。
 とはいえ、それは仕方なかったといえる。確かに死体をミンチにでもすればこの状況にはならなかったかもしれないが、同時に大きな謎を残してしまう。魔王とは何だったのかという謎だ。

 そして2度目に会った時、彼はもう人ではなかった。
 魔王――それは魔力だけではない。明らかに、人とは違う雰囲気を纏っていた。
 そして何より、人間に対する底知れぬ殺意と憎悪を撒き散らしていた。

 いま眼前にいる魔王は3回目となる。3体目ではなく3回目。すべて同一人物であると確信している。
 だがそれは1回目とも2回目とも違う。強大な魔力を纏っている点などは2回目と同じだ。
 だが感じる雰囲気は人間。しかし、それでいて最初とは違う。
 確かな覚悟と強い意志……あの魔力に後押しされているのだろうか?

「やあ……君とはよく会うものだ」

 その魔王が突然話しかけてきた。実に奇妙なものだ。
 こちらはもう声紋を取っている。一応は確認させるが、意味などあるまい。

「確かに殺したと思ったのだね。そういえば、質問の答えを聞いていなかったな。君が魔王で正しいのかね?」

 その答えもまた、意味などあるまい。やる事に変わりはないのだから。
 だが帰ってきた答えは、想定内でありながらも予想を大きく超えるものだった。

「そうだな……君は確かに魔王を殺した。おめでとう。見事だった。だが……いや、質問に答えよう。我は魔王。君の認識は間違ってはいない」

「そうかね……」

 言葉を交わしながら、武器を構え機会を伺う。
 出来れば一撃。それで倒したい。狙いはやはり首だろうか……。
 何にせよ、一度は殺しているのだ。もう一回やればいい。
 問題は、左手に持っている細い剣だ。切れ味は相当なもので、折れても元に戻る。しかも伸びるのだから厄介だ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

豪華地下室チートで異世界救済!〜僕の地下室がみんなの憩いの場になるまで〜

自来也
ファンタジー
カクヨム、なろうで150万PV達成! 理想の家の完成を目前に異世界に転移してしまったごく普通のサラリーマンの翔(しょう)。転移先で手にしたスキルは、なんと「地下室作成」!? 戦闘スキルでも、魔法の才能でもないただの「地下室作り」 これが翔の望んだ力だった。 スキルが成長するにつれて移動可能、豪華な浴室、ナイトプール、釣り堀、ゴーカート、ゲーセンなどなどあらゆる物の配置が可能に!? ある時は瀕死の冒険者を助け、ある時は獣人を招待し、翔の理想の地下室はいつのまにか隠れた憩いの場になっていく。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しております。

異世界転生してしまったがさすがにこれはおかしい

増月ヒラナ
ファンタジー
不慮の事故により死んだ主人公 神田玲。 目覚めたら見知らぬ光景が広がっていた 3歳になるころ、母に催促されステータスを確認したところ いくらなんでもこれはおかしいだろ!

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界魔王召喚〜オッサンが勇者召喚じゃなくて魔王召喚されてしまった件!人族と魔族の間で板挟みになってつらい〜

タジリユウ
ファンタジー
「どうか我々を助けてください魔王様!」 異世界召喚ものでよく見かける勇者召喚、しかし周りにいるのは人間ではなく、みんな魔族!?  こんなオッサンを召喚してどうすんだ! しかも召喚したのが魔族ではないただの人間だ と分かったら、殺せだの実験台にしろだの好き勝手言いやがる。 オッサンだってキレる時はキレるんだぞ、コンチクショー(死語)! 魔族なんて助けるつもりはこれっぽっちもなかったのだが、いろいろとあって魔族側に立ち人族との戦争へと…… ※他サイトでも投稿しております。 ※完結保証で毎日更新します∩^ω^∩

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

底辺おっさん異世界通販生活始めます!〜ついでに傾国を建て直す〜

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 学歴も、才能もない底辺人生を送ってきたアラフォーおっさん。  運悪く暴走車との事故に遭い、命を落とす。  憐れに思った神様から不思議な能力【通販】を授かり、異世界転生を果たす。  異世界で【通販】を用いて衰退した村を建て直す事に成功した僕は、国家の建て直しにも協力していく事になる。

Hしてレベルアップ ~可愛い女の子とHして強くなれるなんて、この世は最高じゃないか~

トモ治太郎
ファンタジー
孤児院で育った少年ユキャール、この孤児院では15歳になると1人立ちしなければいけない。 旅立ちの朝に初めて夢精したユキャール。それが原因なのか『異性性交』と言うスキルを得る。『相手に精子を与えることでより多くの経験値を得る。』女性経験のないユキャールはまだこのスキルのすごさを知らなかった。 この日の為に準備してきたユキャール。しかし旅立つ直前、一緒に育った少女スピカが一緒にいくと言い出す。本来ならおいしい場面だが、スピカは何も準備していないので俺の負担は最初から2倍増だ。 こんな感じで2人で旅立ち、共に戦い、時にはHして強くなっていくお話しです。

処理中です...