この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR

ばたっちゅ

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【 魔族と人と 】

魔人ゲルニッヒ その1

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 魔王が針葉樹の森を走っていた頃、碧色の祝福に守られし栄光暦218年10月14日。
 まだ日の登らぬ深夜、マリセルヌス王国の歩哨の一人が、ズルズルと足を引きずりながら近づく一体の魔族を発見した。

 場所はマリセルヌス王国軍駐屯地外周。方向からしたら、炎と石獣の領域だろうか。 
 一瞬石獣かもと身構えるが、そうではない。周辺に配置された松明に照らされるその姿は、人間のものだ。
 頭はよく分からないが、身につけた軍服は同じマリセルヌス王国軍の物で間違いない。

 ――蠢く死体ゾンビか……。

 魔族領では珍しい話ではない。歩哨の一人が手にした長剣を構え、魔族の元へと向かう。
 人間の兵士からすれば、単独の不死者アンデッドなど敵では無い。

 他の歩哨やまだ起きている兵士達が賭けをする。あいつは蠢く死体ゾンビを倒すまでに、何回斬るかを。
 彼等にとって、それは魔族領での数少ない娯楽だった。




 駐屯地内部には、多数のテントが並ぶ。
 殆どは壁のある密閉型だが、作戦会議用は屋根だけの簡単な物だ。
 将来的には土魔法で作られた建物が並ぶかもしれないが、そこまでの長期戦になるかは不明だ。だから、駐屯地はまだ質素なものになる。
 現在その吹き抜けの会議室には、アスターゼンとポレムが待機していた。

 本来であれば突入戦で大忙しの予定だった。しかし猛毒の発生や領域の再生。色々と状況が不明瞭なため、今夜の突入計画はお流れだ。
 仕方ないのでロイ王はさっさと休み、現在の指揮代行をアスターゼンが執っている。
 ポレムは現在休憩時間。ではあるが、資料整理などが忙しくてここで寝てしまっていた。

 ――平和な間抜け顔だ。やはりどことなく、ロイやアイツの面影があるな……。

 その暢気な寝顔を見ながら、アスターゼンはぼんやりと昔の事を考えていた。
 今は無きケールオイオン王国トラトの街は、アスターゼンにとっても故郷であった。
 ロイと共にあそこを出て以来、戦いに次ぐ戦いの人生。それはこの世界に生きる人間にとって、ごく当たり前の生き方だった。
 だが少しだけ違っていた。それは、ロイが強すぎたという事だ。
 戦えば勝ち、それに伴って地位も上がっていった。いつの間にか、あのいい加減な伊達男がマリセルヌス王国の代理国王様だ……。

「なあ……」

 想いを言葉にしようと思い、改める。口に出していい事ではなかった。
 もしロイがケールオイオンの国王になっていたら、祖国は守れたのだろうかと。
 それは、最後の王として奮戦した――いや、今も生き残った国民の為に働いているポレムに対して失礼と言うものだ。
 代わりに毛布でも掛けてやるか……そう思ったアスターゼンの目の前で、ポレムの鼻からポタリと赤い雫が落ちる。

「またかよ! 少しは学べよ!」

 理不尽とは思いながら叫びつつ、テーブルの上に置いてあった解毒剤セットをポレムの肩に突き立てる。
 びくんっ! と痙攣した様子を見るに、まだ生きてはいるようだ。

 ――敵か? それとも毒が領域を越えてきたのか?
 考えたって分かりはしない。ハッキリとしている事は、今現状の危険度だ。

「敵襲! 敵襲! 全員戦闘態勢に入れ! 民間人は後退! 後退だ!」

 実際に敵がいないのならそれでいい。どちらにせよ、今はあれこれ論じている場合ではないのだ。
 見れば、テントの幾つかに明かりが灯るのが見える。反応した人間はいる。
 だが、見える範囲では1割程度だ。マリセルヌスの熟練兵が、そんなに鈍いはずがあるまい。
 自分にも解毒剤を打ち、愛用の両手斧を掴む。
 今は指揮代行の身。鎧は着用済みだ。兜をかぶり周囲を確認する。
 何人かが状況に気づいたのだろう、周囲が騒がしくなっている。だが、戦闘をしているような様子は無い。
 そもそもが静かすぎた。敵襲ではないのだろうか?

 ――まあ、一番可能性が高いのは炎と石獣の領域方面だろう。

 そう思い向かおうとしたアスターゼンの前を、一人の兵士が横切っていく。
 ボロボロの軍服はマリセルヌス兵士の物だ。しかし鎧を纏わず、片足を引きずるぎこちない歩みは蠢く死体ゾンビの様にも見える。

「おい、そこのお前……」

 返事は期待していない。いやむしろ、返事をしないで欲しい……心の底からそう願う。
 だが、兵士の動きが止まる。その首から上にあるのは大豆のような頭部。そしてそこからは植物の根のようなものが無数に伸び、胴体へと消えている。

「オヤオヤ、コレハコレハ。初めまして、デスネ」

 大豆の頭がパクパクと動く。
 だがその言葉が言い終わらぬうちに、アスターゼンは斬りかかっていた。
 不死者アンデッドではない、言葉を理解するほどの知性を持つ魔族――その危険性を、理解できないわけが無い。

 目にも止まらぬ速さで、兵士の右肩から左脇までを一直線に斬り裂く。
 かなり固い、確かな手ごたえ。だが刃は通る――が、目の前のそれは斬れていない。

「チッ――!」

 反撃を警戒し、素早くバックジャンプ。よく見れば、軍服は切断されている。確かに刃は通ったのだ。
 だがすぐに繋がった……そうみて間違いないだろう。
 なら次は、首を斬りそこで刃を止める。完全に分離しても再生できるものなら、してみるがいい――。
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