この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR

ばたっちゅ

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【 魔族と人と 】

魔王逃避行 その3

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 針葉樹の森、ハルタール帝国の野戦陣地。
 ここは爆撃により草木が吹き飛ばされ、燃え尽くした安全地帯。
 そこにではハルタール帝国の工兵隊が、陣地や救護所の設営に勤しんでいる最中だった。
 だがそんな彼らを、無数の投光器《サーチライト》が上空から照らす。ムーオス自由帝国の重飛甲母艦の群れだ。

「何事ですか!?」

 陣地司令官であるラウリア・ダミスが驚いて出迎える。
 まだ何の作戦指示も受けてはいないし、そもそもこの重飛甲母艦は、将兵たちにとってあまり良いイメージはない。
 まだ具体的な事は何も知らないため、とにかく人を落として殺す兵器としか認識されていなかったからだ。

「リッツェルネール司令官からの緊急指示です。ハルタール帝国の後続部隊は全て、こちらムーオス重飛甲母艦隊が避難させるようにと」

「そんな指示は――」

 反論しようとするラウリアの元に、緊急の電文を持った兵士が駆け寄ってくる。

「マリクカンドルフ将軍から正式に通知が出ました。先行第一、第二、本体は戦闘を続行。それ以外の生存者は全て、ラウリア将軍の陣地より随時撤退するようにと」

「そ――それではマリクカンドルフ様は!? 退路無しにどうやって戦えと! 見殺しにするつもりですか!」

 気色ばみ声を荒げるラウリアだが、命令が絶対な事はわかっている。
 全体の状況は把握できないが、おそらくそうしなければならない事態に陥っているのだろう。
 拳を握り、それ以上の抗議を飲み込む。

「……総員撤退支援開始。我等の隊は、最後まで残ります」

 その指示に、誰一人文句を言うものは無かった。
 後はただ、先行し帰らぬ味方が魔王を倒してくれる事を期待するしかなかったのだ。




 ◇     ◇     ◇




 暗闇の中、何本もの投光器サーチライトの光が天を衝く。
 揺り籠の攻撃目標を指示しているのだ。自分達がいる、ここに落とせと。
 送れて幾つもの光が闇を裂き、燃え上がる炎が木や草を薙ぎ払う。
 その中に、優先と佇む氷結の竜アイスドラゴンの群れ。

 いや、何体かは揺り籠の直撃により吹き飛んでいる。
 遠くの木の枝をよく見れば、吹き飛ばされた体の残骸が引っ掛かっているのが見えるだろう。
 だが、それはほんの数体。全体の数から見れば、微々たるものだ。

「状況を知らせよ……」

 ブロート・イェヘン将軍の兜は吹き飛び、鎧も右の肩当ショルダープレートは既にない。
 腹、背中には裂けたような穴が開き、激しい出血も見て取れる。

「オンスマー隊、ローゲッフル隊、イベンマ隊もグラニス隊もワーツェック隊も全滅しました。もう通信士もおらず、全体の把握は困難です……」

「そうか……」

 暗闇の中、所々に燃え盛る炎が躍る。
 だがそれでも溶けぬ氷が辺り一面を覆い、ドラゴンが移動する重低音と振動が傷に響く。
 もう人間の声は聞こえない。

 数体のドラゴンの腹や背には、氷漬けになった飛甲騎兵が突き刺さったまま張り付いていた。
 皆、勇敢に戦った。だがやはり、まるで歯が立たなかった。

 ブロートは人馬騎兵と戦った経験がある。ゼビア王国が反乱を起こした時だ。
 その時、人間同士が白兵戦をする時代は終わったのだと感じた。それほどまでに強かったのだ。
 だが今、ドラゴンを前に思う。まるで次元が違うと。
 人間の兵器などまだまだ魔族には通じない。百年は早かった。
 最低でも人馬騎兵を数万騎は作り、兵士を教育し、その上で挑むべきだ。
 そうでなければ……魔族が本気になれば……。

 音もなく、いつの間にか、ブロート将軍は氷の像になり果てていた。




 ◇     ◇     ◇




 暗闇を疾走する浮遊式輸送板の上で、マリクカンドルフは戦況を把握していた。
 第一先行隊は、既に壊滅と言える程の惨状だった。
 元々の原住生物、そして魔法攻撃を仕掛けてくる雑草たち。更には突如現れた一つ目巨人サイクロプスの群れ。
 士気にも体力にも限界はある。ここから持ち直すのは困難だろう。

 そして西部を迂回していた第二先行隊……こちらは完全に壊滅だ。
 突如現れたドラゴンの群れを相手に、全く勝負にもならなかった。
 各員は自らの使命を果たす為に奮闘したが、僅か数時間で壊滅した。おそらく、生存者はいないだろう。

 だが幸いだ――マリクカンドルフは、そう思う。
 後衛部隊と残してきた工兵隊は、ムーオス自由帝国の飛甲母艦が回収した。
 駐屯地の安全は、まだ完全に確保されたわけでは無い。兵員回収もかなりの犠牲を伴う作業だ。
 本来なら交渉は難儀すると思われたが、実にあっさりと承諾された。
 リッツェルネールが、ドラゴン見落としの責をムーオスに求めた為だった。

 そしてドラゴン共が背後から迫ってきているが、こちらも問題ない。時間切れだ。

「各隊、一斉斉射! 続けて浮遊式輸送板をぶつけろ! ここで確実に魔王を討つ!」

 マリクカンドルフ率いる本隊の投光器サーチライト。それが今まさに、暗闇に丸く魔王の背中を映し出していた。
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