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【 魔族と人と 】
魔王逃避行 その2
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ハルタール帝国第二先行隊は、針葉樹の領域の西側に膨らみながら外側を北に向けて進行していた。
包囲陣を形成すると同時に、東側で魔王を追っている第一先行隊と本隊を敵援軍から守る為だ。
左手側には冷たそうな氷の世界が見える。投光器の白い光に照らされたそこは、本来よりも更に寒そうだ。
――確か氷の領域だったな。
兵士の一人が、ふとそんな事を考える。
入ったら凍えてしまうだろう。しかし領域に遮られ、ここに寒気は届かない。
確か上空からの確認では、目立った魔族はいないとされていた。
まあどちらにせよ、現在は攻略目標ではない。いずれ運の悪い奴が向かうのだろうが、その時まで自分は生きているのか……。
疾走する浮遊式輸送板の上では、仲間たちが周囲を警戒中だ。自分もぼんやりしてはいられないな――そう考えた時、鼻に冷たいものがひらりと落ちる。
それは体温によって一瞬で消え、後には何も残らない。
「雪……」
それはハラハラと舞いながら、兵士達の間を通り過ぎて行く。
その意味に気が付いた兵士もいた。最初の兵士もそうだ。
だが結局、誰一人として警戒を発することが出来なかった。
異変に気が付いたのは、内側にいた部隊だった。
左翼を疾走する部隊の浮遊式輸送板が、次々と木に激突する様子が見える。
何事か!? だがそれは、声を発するよりも先に分かった。
木が、草が、見る間に凍って行く。
音もなく、風も無く、ただ冷気だけが、白い微かな靄を上げながら静かに浸透する。
それは領域を越えてきた氷結の精霊。無意識のうちに救いを求めた相和義輝の声に応え、この針葉樹の森にやって来たのだ。
そして今、領域を越えてこの森に来るのは精霊だけではない。
上空1000メートルまで降下していたムーオス自由帝国の飛甲母艦は、氷の領域に動く影を発見した。
今まで地図を作るために上空を何度も飛行したが、あんなものは居なかったはずだ。
それにこの地は、氷の大地の中に閑散とした木立が生えるのみ。上空からは丸見えだ。
なのになぜ、今まで発見されなかったのだ!?
地面を照らす二条の光は、針葉樹の領域へと入る巨大な生物をハッキリと映し出していた。
「こちらムーオス自由帝国、飛甲母艦2211。氷の領域に大型生物を確認! あれは竜――ドラゴンだ! サイズ測定……30メートルから40メートル級。数不明! 多数!」
◇ ◇ ◇
「冗談じゃないぞ!」
第二先行隊を預かるブロート・イェヘン将軍は、ムーオス自由帝国からの連絡前にドラゴンを発見していた。
ブロートはハルタール帝国でも猛将で知られ、過去2度魔族領侵攻で功を立てている歴戦の強者だ。
身長は190センチほど。北国の人間にしては浅黒い肌で、髪は全て剃ってつるっぱげ。
全身を覆うのは、白い全身鎧《プレートメイル》に白い角の無い実戦的な鉄兜。
今は兜で見えないが、少しやせ形で童顔。顔立ちからは15歳くらいの少年に見えるだろう。
胸にはハルタール帝国を示す三本の緑ラインの他に、4つの異なる勲章が光る。
勇猛果敢で知られているが、兵役前は教授として生物学を教えていた経歴の持ち主だ。
そんな彼にとって、ここはまさに楽園だった。そう、敵さえいなければ。
浮遊式輸送板に乗り森を疾走する彼の前に、それはいきなり現れた。
サイズは38メートル程だろうか。一目見ただけで絶望した
巨木をなぎ倒し、草を踏み抜き、見た事の無いような巨体が悠然と動く。
口元からは真っ白い煙のような息を吐き、全身を覆う氷のような鱗が投光器の光を浴びて輝いている。
これまで学び、また教えてきた知識をフル動員しても、目の前に現れたドラゴンへの対処法が思い浮かばない。
だが自分たちの任務は、西から来る敵を本隊に近づかせない事だ。勝ち目が薄いからといって投げ出すことは出来ない。
「重甲鎧《ギガントメイル》を起動する。総員戦闘はい――」
部下を叱咤し攻撃を敢行しようとした矢先、まるで暴風に飲み込まれたかのように浮遊式輸送板が空を舞う。
空中に投げ出されたブロートが見たものは、氷像と化した部下の姿と氷に覆われた浮遊式輸送板。そしてその先で真っ白い息を吐く、60メートル級の竜の姿だった。
「あんなもの相手に……何をしろというのか……!」
◇ ◇ ◇
「リッツェルネール、緊急連絡だ!」
「ああ、こちらにも資料が回って来た。氷の領域からドラゴンか……」
浮遊城の通信士達がひっきりなしに報告を入れてくる。
多数のドラゴンによる領域越え。それは完全に想定外だった。
――これはムーオスの失態だな……。
もしドラゴンが確認できていれば、魔障の領域を通過しての反包囲作戦は行わなかっただろう。
それ程、ドラゴンと人とでは戦力比が違いすぎる。
ましてや60メートル級を筆頭に30メートル級の群れ。数は数百という。
全長12.5メートルの人馬騎兵にさえ対処できないのに、その倍の大きさのドラゴンを相手に歩兵がどうすれば良いというのか。
「それで、投下しなかった揺り籠は何発ある?」
「122発だ。だが投下機能の故障で落とせなかった77発はまだ使えない。これは本格的な修理が必要だ」
――45発か……ドラゴン相手には何とも心細い数だな……。
本来なら、最後の最後に使いたかったものだ。だが状況を考えたら、今使わないわけにはいかないだろう。
「ムーオスに揺り籠投下の申請を。地上部隊は巻き込んでしまって構わない。どの道、ドラゴン相手では無力だ。それと――」
包囲陣を形成すると同時に、東側で魔王を追っている第一先行隊と本隊を敵援軍から守る為だ。
左手側には冷たそうな氷の世界が見える。投光器の白い光に照らされたそこは、本来よりも更に寒そうだ。
――確か氷の領域だったな。
兵士の一人が、ふとそんな事を考える。
入ったら凍えてしまうだろう。しかし領域に遮られ、ここに寒気は届かない。
確か上空からの確認では、目立った魔族はいないとされていた。
まあどちらにせよ、現在は攻略目標ではない。いずれ運の悪い奴が向かうのだろうが、その時まで自分は生きているのか……。
疾走する浮遊式輸送板の上では、仲間たちが周囲を警戒中だ。自分もぼんやりしてはいられないな――そう考えた時、鼻に冷たいものがひらりと落ちる。
それは体温によって一瞬で消え、後には何も残らない。
「雪……」
それはハラハラと舞いながら、兵士達の間を通り過ぎて行く。
その意味に気が付いた兵士もいた。最初の兵士もそうだ。
だが結局、誰一人として警戒を発することが出来なかった。
異変に気が付いたのは、内側にいた部隊だった。
左翼を疾走する部隊の浮遊式輸送板が、次々と木に激突する様子が見える。
何事か!? だがそれは、声を発するよりも先に分かった。
木が、草が、見る間に凍って行く。
音もなく、風も無く、ただ冷気だけが、白い微かな靄を上げながら静かに浸透する。
それは領域を越えてきた氷結の精霊。無意識のうちに救いを求めた相和義輝の声に応え、この針葉樹の森にやって来たのだ。
そして今、領域を越えてこの森に来るのは精霊だけではない。
上空1000メートルまで降下していたムーオス自由帝国の飛甲母艦は、氷の領域に動く影を発見した。
今まで地図を作るために上空を何度も飛行したが、あんなものは居なかったはずだ。
それにこの地は、氷の大地の中に閑散とした木立が生えるのみ。上空からは丸見えだ。
なのになぜ、今まで発見されなかったのだ!?
地面を照らす二条の光は、針葉樹の領域へと入る巨大な生物をハッキリと映し出していた。
「こちらムーオス自由帝国、飛甲母艦2211。氷の領域に大型生物を確認! あれは竜――ドラゴンだ! サイズ測定……30メートルから40メートル級。数不明! 多数!」
◇ ◇ ◇
「冗談じゃないぞ!」
第二先行隊を預かるブロート・イェヘン将軍は、ムーオス自由帝国からの連絡前にドラゴンを発見していた。
ブロートはハルタール帝国でも猛将で知られ、過去2度魔族領侵攻で功を立てている歴戦の強者だ。
身長は190センチほど。北国の人間にしては浅黒い肌で、髪は全て剃ってつるっぱげ。
全身を覆うのは、白い全身鎧《プレートメイル》に白い角の無い実戦的な鉄兜。
今は兜で見えないが、少しやせ形で童顔。顔立ちからは15歳くらいの少年に見えるだろう。
胸にはハルタール帝国を示す三本の緑ラインの他に、4つの異なる勲章が光る。
勇猛果敢で知られているが、兵役前は教授として生物学を教えていた経歴の持ち主だ。
そんな彼にとって、ここはまさに楽園だった。そう、敵さえいなければ。
浮遊式輸送板に乗り森を疾走する彼の前に、それはいきなり現れた。
サイズは38メートル程だろうか。一目見ただけで絶望した
巨木をなぎ倒し、草を踏み抜き、見た事の無いような巨体が悠然と動く。
口元からは真っ白い煙のような息を吐き、全身を覆う氷のような鱗が投光器の光を浴びて輝いている。
これまで学び、また教えてきた知識をフル動員しても、目の前に現れたドラゴンへの対処法が思い浮かばない。
だが自分たちの任務は、西から来る敵を本隊に近づかせない事だ。勝ち目が薄いからといって投げ出すことは出来ない。
「重甲鎧《ギガントメイル》を起動する。総員戦闘はい――」
部下を叱咤し攻撃を敢行しようとした矢先、まるで暴風に飲み込まれたかのように浮遊式輸送板が空を舞う。
空中に投げ出されたブロートが見たものは、氷像と化した部下の姿と氷に覆われた浮遊式輸送板。そしてその先で真っ白い息を吐く、60メートル級の竜の姿だった。
「あんなもの相手に……何をしろというのか……!」
◇ ◇ ◇
「リッツェルネール、緊急連絡だ!」
「ああ、こちらにも資料が回って来た。氷の領域からドラゴンか……」
浮遊城の通信士達がひっきりなしに報告を入れてくる。
多数のドラゴンによる領域越え。それは完全に想定外だった。
――これはムーオスの失態だな……。
もしドラゴンが確認できていれば、魔障の領域を通過しての反包囲作戦は行わなかっただろう。
それ程、ドラゴンと人とでは戦力比が違いすぎる。
ましてや60メートル級を筆頭に30メートル級の群れ。数は数百という。
全長12.5メートルの人馬騎兵にさえ対処できないのに、その倍の大きさのドラゴンを相手に歩兵がどうすれば良いというのか。
「それで、投下しなかった揺り籠は何発ある?」
「122発だ。だが投下機能の故障で落とせなかった77発はまだ使えない。これは本格的な修理が必要だ」
――45発か……ドラゴン相手には何とも心細い数だな……。
本来なら、最後の最後に使いたかったものだ。だが状況を考えたら、今使わないわけにはいかないだろう。
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