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【 魔族と人と 】
帝国軍到着 前編
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魔王相和義輝をのせた魔人スースイリアは、そこそこ広い坑道を全速力で走っていた。
かつて不死者達を伴った時は4日かかった道のりだが、スースィリアが全力で走れば1日と掛からない。
しかも今は逃走中。休息も頭の上で行うから、完全にノンストップだ。
真っ暗闇の高速疾走は怖いので、一応死霊のルリアを伴ってはいるが……うん、超高速で流れていく壁面は、見えても怖いわ。
というか、やはりエヴィアが隣にいないのが一番心細い。
ユニカの事などで別行動する事はあったが、それでも窮地には必ず傍にいてくれた。
いや……今は考えても仕方がない。とにかく脱出を――と思った途端、スースィリアが停止した。
凄まじい高速移動からの急制動。
頭から放り出されそうになるが、ミチッ! と派手な音と共に、俺の腕がスースィリアの触角を掴んでいた。
「いってえぇぇぇぇぇ!」
外骨格になっているテルティルトが、俺の意思とは関係なく無理やり動かしたのだ。
かなりの筋肉繊維がブチ切れたぞおい!
だが今は、止まった理由の方が重要だろう。
「どうした、スースィリア」
覗き込む先には、死霊の緑の光に照らされ一人の少女が倒れていた。
所々が露出した白い半身鎧を着ているが、所々が破損し、その身は血まみれだ。
金属板のスカートからは艶めかしい太腿が見えている。
頭にはフルフェイスの兜をかぶっているため顔はよく分からない。女性だと思ったのも、その細さと鎧の形状からだ。
まあ実は男の娘だったといわれても、さほど驚きはしないがな。
「死んでいるのか?」
「もうじき死ぬのである」
「知り合い……じゃないよな?」
「人間の知り合いはいないのであるぞ」
どういう事だろう。
なんとなくだがスースィリアの性格だと、人間など気にせず轢いて行きそうな気がしたのだ。
「だ……れ…………」
か細い声が漏れる。おそらく、もう目も見えていないのだろう。
「もし……人……なら…………ティ、ティランドのアル……ダシルは……最後……まで……」
「――クラキア……もうしゃべる必要な無いのであるぞー」
クラキアの頭に、懐かしい記憶が流れて行く。
ラの文字を上げる独特のアクセント。それは彼女の名を呼ぶ時の、今は亡きシコネフス王の癖。
「へい……か……?」
だが何も見えない。意識は混濁し、闇へと飲み込まれて行く。
クラキア……それが彼女の名前なのだろうか?
スースィリアはこの人間を知らないという。だが、名前は知っていた。
まあこの世界の人間は、いつから生きているのか分かりはしない。もしかしたら、ゲルニッヒと分化する前に出会っていたのだろうか?
魔人は興味の無い事はすぐ忘れるが、それでも古い記憶に何かが残っていたのかもしれないな。
「スースィリアは、どうしたいんだ?」
「分からないのである。吾は、このような人間など知らないのであるぞ。だがなんとなく、ここで死なせたくもないのである」
スースィリアの記憶に、この人間は存在しない。
だがなんとなく思う。彼女は、花が好きな人間の様な気がする。
戦いを好まず、どちらかといえば内務を得意としていた気がする。
まだ小さな頃、よく足元にじゃれついていたような、そんな感じがする……。
「少しくらいの寄り道は大丈夫だ。たまには、スースィリアのしたいことをしてくれ」
「まおー。感謝するのであるぞ」
◇ ◇ ◇
碧色の祝福に守られし栄光暦218年10月13日夕方。
世界が次第に闇に包まれ始めた頃、マリクカンドルフ率いるハルタール帝国本隊は針葉樹の領域へと到着した。
「ここが野営地か……」
そこは揺り籠の投下によって焼き払われた針葉樹林の一角。
完全に真っ黒な平地となっており、所々に炭となった大木の根元が見える。
ムーオス自由帝国は最初に空いた穴を中心として、その周囲に揺り籠を投下した。
これは、白き苔の領域で道を作る時に行っている手法だ。
強行投下によりいくつかの重飛甲母艦の自壊はあったが、それでも予定通り、ほぼ20キロメートルの拠点を作ることに成功していた。
「どのくらい越えられたかね?」
「先行隊が4万。第一陣11万、第二陣12万、ここ本隊は29万ほどが突破しております。途中で作った拠点に6万人を割いておりますので、ほぼ予定通りです。ただ工兵隊は思ったよりも残らず……」
伝令兵の報告を聞きながら、微かな安堵がマリクカンドルフの中にあった。
なんとか、50万の将兵を展開させる目途はついたのだ。
既に第一陣、二陣共に再編成を果たし、随時針葉樹の領域を北上させている。
「それで、魔族の攻撃に関してだが……」
「昆虫型と、獣型が確認されています。獣型はマンティコアと呼称されるものに近いと解析班の報告にあります。それと魔法による攻撃が継続して行われており、そちらの損害が甚大なものになっています」
「まだ大元は見つかっていないのかね?」
「残念ながら……。ただ、焼き払ったこの近辺には魔法攻撃がありません。敵は地中か、針葉樹の上の枝に隠れていると解析班は見ています」
――一番厄介な相手がまだ見つからぬか……。
姿を見せない魔法の使い手。しかも人間とは比較にならないほど強力かつ正確だという。
「それで先行している部隊からは何と?」
「第一部隊、第二部隊ともに、抵抗を排除しつつ領域に沿って北上しています。これで火山帯の領域と亜人の領域以外の包囲が出来るかと思われます」
「その2カ所も問題なのだがね。まあいい、少し早いが本隊は設営に入る。本番は明日だ」
包囲といえば聞こえはいい。まるで勝っているようじゃないか。
だが、留まる事も難しい魔族の地。包囲していると同時に、我等の数も目に見えて減らされている。
さて、どうやって兵を温存するか……これまでの戦闘記録を確認しよう。そう考えた時だった。
「マリクカンドルフ様、緊急電文です!」
大慌てで書類の束を抱えながら走ってくるラウリア・ダミスを見ながら、ゆっくりとはしていられないなと痛感した。
かつて不死者達を伴った時は4日かかった道のりだが、スースィリアが全力で走れば1日と掛からない。
しかも今は逃走中。休息も頭の上で行うから、完全にノンストップだ。
真っ暗闇の高速疾走は怖いので、一応死霊のルリアを伴ってはいるが……うん、超高速で流れていく壁面は、見えても怖いわ。
というか、やはりエヴィアが隣にいないのが一番心細い。
ユニカの事などで別行動する事はあったが、それでも窮地には必ず傍にいてくれた。
いや……今は考えても仕方がない。とにかく脱出を――と思った途端、スースィリアが停止した。
凄まじい高速移動からの急制動。
頭から放り出されそうになるが、ミチッ! と派手な音と共に、俺の腕がスースィリアの触角を掴んでいた。
「いってえぇぇぇぇぇ!」
外骨格になっているテルティルトが、俺の意思とは関係なく無理やり動かしたのだ。
かなりの筋肉繊維がブチ切れたぞおい!
だが今は、止まった理由の方が重要だろう。
「どうした、スースィリア」
覗き込む先には、死霊の緑の光に照らされ一人の少女が倒れていた。
所々が露出した白い半身鎧を着ているが、所々が破損し、その身は血まみれだ。
金属板のスカートからは艶めかしい太腿が見えている。
頭にはフルフェイスの兜をかぶっているため顔はよく分からない。女性だと思ったのも、その細さと鎧の形状からだ。
まあ実は男の娘だったといわれても、さほど驚きはしないがな。
「死んでいるのか?」
「もうじき死ぬのである」
「知り合い……じゃないよな?」
「人間の知り合いはいないのであるぞ」
どういう事だろう。
なんとなくだがスースィリアの性格だと、人間など気にせず轢いて行きそうな気がしたのだ。
「だ……れ…………」
か細い声が漏れる。おそらく、もう目も見えていないのだろう。
「もし……人……なら…………ティ、ティランドのアル……ダシルは……最後……まで……」
「――クラキア……もうしゃべる必要な無いのであるぞー」
クラキアの頭に、懐かしい記憶が流れて行く。
ラの文字を上げる独特のアクセント。それは彼女の名を呼ぶ時の、今は亡きシコネフス王の癖。
「へい……か……?」
だが何も見えない。意識は混濁し、闇へと飲み込まれて行く。
クラキア……それが彼女の名前なのだろうか?
スースィリアはこの人間を知らないという。だが、名前は知っていた。
まあこの世界の人間は、いつから生きているのか分かりはしない。もしかしたら、ゲルニッヒと分化する前に出会っていたのだろうか?
魔人は興味の無い事はすぐ忘れるが、それでも古い記憶に何かが残っていたのかもしれないな。
「スースィリアは、どうしたいんだ?」
「分からないのである。吾は、このような人間など知らないのであるぞ。だがなんとなく、ここで死なせたくもないのである」
スースィリアの記憶に、この人間は存在しない。
だがなんとなく思う。彼女は、花が好きな人間の様な気がする。
戦いを好まず、どちらかといえば内務を得意としていた気がする。
まだ小さな頃、よく足元にじゃれついていたような、そんな感じがする……。
「少しくらいの寄り道は大丈夫だ。たまには、スースィリアのしたいことをしてくれ」
「まおー。感謝するのであるぞ」
◇ ◇ ◇
碧色の祝福に守られし栄光暦218年10月13日夕方。
世界が次第に闇に包まれ始めた頃、マリクカンドルフ率いるハルタール帝国本隊は針葉樹の領域へと到着した。
「ここが野営地か……」
そこは揺り籠の投下によって焼き払われた針葉樹林の一角。
完全に真っ黒な平地となっており、所々に炭となった大木の根元が見える。
ムーオス自由帝国は最初に空いた穴を中心として、その周囲に揺り籠を投下した。
これは、白き苔の領域で道を作る時に行っている手法だ。
強行投下によりいくつかの重飛甲母艦の自壊はあったが、それでも予定通り、ほぼ20キロメートルの拠点を作ることに成功していた。
「どのくらい越えられたかね?」
「先行隊が4万。第一陣11万、第二陣12万、ここ本隊は29万ほどが突破しております。途中で作った拠点に6万人を割いておりますので、ほぼ予定通りです。ただ工兵隊は思ったよりも残らず……」
伝令兵の報告を聞きながら、微かな安堵がマリクカンドルフの中にあった。
なんとか、50万の将兵を展開させる目途はついたのだ。
既に第一陣、二陣共に再編成を果たし、随時針葉樹の領域を北上させている。
「それで、魔族の攻撃に関してだが……」
「昆虫型と、獣型が確認されています。獣型はマンティコアと呼称されるものに近いと解析班の報告にあります。それと魔法による攻撃が継続して行われており、そちらの損害が甚大なものになっています」
「まだ大元は見つかっていないのかね?」
「残念ながら……。ただ、焼き払ったこの近辺には魔法攻撃がありません。敵は地中か、針葉樹の上の枝に隠れていると解析班は見ています」
――一番厄介な相手がまだ見つからぬか……。
姿を見せない魔法の使い手。しかも人間とは比較にならないほど強力かつ正確だという。
「それで先行している部隊からは何と?」
「第一部隊、第二部隊ともに、抵抗を排除しつつ領域に沿って北上しています。これで火山帯の領域と亜人の領域以外の包囲が出来るかと思われます」
「その2カ所も問題なのだがね。まあいい、少し早いが本隊は設営に入る。本番は明日だ」
包囲といえば聞こえはいい。まるで勝っているようじゃないか。
だが、留まる事も難しい魔族の地。包囲していると同時に、我等の数も目に見えて減らされている。
さて、どうやって兵を温存するか……これまでの戦闘記録を確認しよう。そう考えた時だった。
「マリクカンドルフ様、緊急電文です!」
大慌てで書類の束を抱えながら走ってくるラウリア・ダミスを見ながら、ゆっくりとはしていられないなと痛感した。
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