この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR

ばたっちゅ

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【 魔族と人と 】

脱出開始

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 碧色の祝福に守られし栄光暦218年10月13日。
 魔王相和義輝あいわよしきは、最後の仕上げに取り掛かっていた。
 ここからの脱出を決めたは良いが、色々と今後の為に詳細を詰めておきたかったからだ。

「ここへの道は、全て溶岩で埋まるんだな?」

「そうかな。というより、ここにも流れ込んで来る公算が高いよ」

 そう言いながら、エヴィアは天井を指さす。
 ここは玉座の置かれた大ホール。天井にはいくつもの穴が開いている。
 おそらく飛行する魔族の為だろうが、あそこから溶岩が落ちてくると考えると洒落にならない。
 というか……。

「そうなったら、この玉座ともお別れか」

 初めて見た時はあまりの趣味の悪さに呆れたが、今ではそれなりに愛着のある品だ。
 というか、ここ大ホールの明かりを付けるための魔道炉が設置されているわけで。

「倉庫の中の物や魔王の私室にある物もデスネ。大切なものがあれば、今のうちに持って出る事をお勧めしマスヨ」

「いや、それはいいや。それよりもさ、ここが溶岩で埋まったら、明かりとかはどうなるんだ?」

「全部壊れるのであるぞー。修理は大変なのであるな」

「修理というより、新しいのを用意した方が早いですね。ハハハ」

 気楽に言ってくれる……。
 しかし、魔道言葉を覚えてからここまで……短かったなー。
 もうお別れかよ! 悔しくもあり寂しくもありだ。
 だがまあ、俺の力不足だったな。

「テルティルト、衣装を変えてくれ。以前試したやつだ」

 その言葉に合わせ、魔王服に擬態していたテルティルトの形がじわじわと変わる。
 布感あふれる質感から、昆虫の甲殻のように。服というより、外骨格。鎧と言って良い厚さだ。
 色は外側が黒、内側が赤。関節の接合部は金色と、いろいろツッコミたい配色だ。
 頭も全体を覆うフルフェイススタイル。鏡で見た事は無いが、多分昆虫っぽい予感がする。

「ゲルニッヒとエヴィア、ヨーヌが溶岩を出しに行くんだな?」

「蓋は魔人でなければ壊せないデシ。まあ以前もやっているデシから、作業的には問題ないデシね」

「エヴィアは手近なところを壊したら、すぐに追いかけるかな。エヴィアは魔王付きだから、あまり離れない方が良いんだよ」

「私は少々用がありマスノデ、暫くはコチラに留まりマス」

 ゲルニッヒの用事も気になるが、多分知らない方が良さそうだ。
 まあ、聴いていたら長くなりそうだし今度で良いだろう。

「それじゃ、出発しよう」

 見渡す大ホールは、初めて見た時とは何か違う。
 何処かが変わったんじゃない。俺が変わり、そして今は再び戻って来れるか……そんな事を考えていたからだろう。
 初めて不死者アンデッドを引き連れてきた時の事。
 死霊レイスのルリアに魔力をごっそり奪われた事。
 ユニカとの出会い。本当に色々な事があった。

「必ず戻ってくる。その時は、新しく作り直してやるよ」

 俺はスースイリアに乗り込み、魔王の居城を後にした。




 ◇     ◇     ◇




「こちら第7重飛甲母艦隊。要請にあった針葉樹の領域上空に到着。これより投下を開始する」

 4千メートル上空の気流は激しいが、これは何処も同じだ。この領域だけが特に激しい訳ではない。
 だが報告にあった異常な乱気流は、この領域の地表に近い層だけなのだろう。しかしそれは、上から見ただけでは分からない。
 落としてみてようやく、ムーオスはこの地の難しさを思い知った。

「923番、投下失敗。不発です」
「633、949ともに失敗。不発です」

 乱気流に巻かれ、ふわりと浮き上がった揺り籠が木に激突して落ちる。失敗だ。
 魔道炉は臨界状態でなければいけない。だが、その魔力を維持しているのは人間だ。
 あそこまでぐるぐると振り回されたら、それどころではないだろう。
 なんとか気流の波を突破した揺り籠もまた木の枝に引っかかり、あるいは柔らかい地面にめり込み爆発には至らない。
 あろうことか、中には落ちた揺り籠から生きて出てくる者までいる始末だ。
 これでは話にならない。

「翼を外せ! 垂直に落とす」

「しかしそれでは……」

 艦長――いや、この第7重飛甲母艦隊司令官の決定は、流石に衝撃だった。
 重飛甲母艦は飛甲騎兵程の速度は出ない。最低でも10キロは離れて投下したいところだ。
 しかし――、

「バイアマハンでは400メートル程しか離れておらぬのに、勇気と使命を以て落としたという。我らが今成さんでどうするか! 投下開始!」

 急遽、翼を取り外された揺り籠が投下される。
 だが伊達や酔狂で取り付けていたものではない。空中で回転した揺り籠は制御を失い、無駄に地面に墜落する。
 だがそれでも、翼があるよりはマシだったのだろう。気流の壁を突破した揺り籠から1つの光が生まれ、広がっていく。
 それは木の根元に当たった一発。爆音と閃光、そして木に着火させるほどの高温が数キロにわたって広がった。

 立ち上るキノコ雲に巻き込まれた重飛甲母艦の数機が空中分解し、燃えながら地面へと落下していく。
 その様子を見ながら、ラウら飛甲騎兵隊は四方に分散していた。
 この機会に、出来得る限りの敵情報を確認するために。



 ◇     ◇     ◇




 日の出――とはいえ、この世界で太陽は登らない。明るくなってからと言った方が正しいだろう。
 そんな早朝と共に出立したハルタール帝国軍は、途中で炎と石獣の領域に4カ所の陣地を構築しながら、正午前には針葉樹の領域に到着していた。

 最初に到着した先行隊は、最初にその緑色の世界に驚いた。
 中には生まれてから、一度も森というものを見た事がない人間もいる。
 だが本能で感じる――その生命の息吹を。

「た、隊長! これは凄い所ですよ!」

 自分の生まれ育った家よりも太い大樹、そして足の踏み場もないほどに生える蔓草くるくさや色とりどりの花。
 多くの兵士がその光景に圧倒される。
 だがベテランの兵士達は感じ取っている。別のモノの息吹を。

「グオオオオガアアア!」

 叫び声と共に、真っ赤な毛並みを持つ獣が浮遊式輸送板に飛び乗り、無防備だった兵士を噛み千切る。
 体長は3メートル程だろうか。獅子の体、サソリの尾、蝙蝠の翼。そして見事な髭を持つ老人の顔。マンティコアだ。
 この針葉樹の森に広く生息している獣だが、ヨーツケールの指示により魔王やユニカの前には姿を現してこなかった。
 だが、侵入者に対しては別だ。人の顔を持っているが、彼らの知性は獣と変わらない。
 だが分かる、本能で。彼らが、自分達を滅ぼそうとしている敵であることが。

 一方で、人間達はその姿に恐怖する。
 この世界では老いる事は無い。故に、老人という概念そのものが無い。
 だから目の前にある顔が、どんな意味を持つのかは分からない。だがそれは、根源的な老いへの恐怖。
 本能が自分に当てはめ警鐘を鳴らす。ここは危険であると。あれは危険な存在であると。

 決して相容れぬ両者は、出会うべく場所で出会った。戦場でである。
 浮遊式輸送板から一斉に、空に降る雨のように無数の矢が放たれる。
 目標は、上空から飛来するマンティコア達だ。

 だが、彼らの皮膚は固い。その上に生える剛毛はさらに硬い。
 たまたま運悪く目や口に当たった個体には有効だ。だが殆どのマンティコアには、人類必殺の矢が効かない。
 たちまち数人の兵士が叩き潰され、食いちぎられる。
 尾の一撃は容易く兵士の鎧を貫き、その猛毒の前では対毒装備など無いがごとしだ。

 だが人類も負けっぱなしではない。数が根本から違うのだ。
 この近辺に住むマンティコアは、3コロニー60頭ほどだ。
 対する人類軍先行隊は、途中で多くを失い、また陣地構築に残してきたとはいえ4万人を越える。
 圧倒的な数の暴力。それこそが、人類が魔族を相手に戦えてきた最大の強みだ。
 第二陣が到達する頃、近隣のマンティコアは全て死骸と化していた。

「どのくらいやられた?」
「700から800ってところですかね? ここはあんな化け物がごあ――」

 その兵士は口から水が噴き出すと同時に、胸元から破裂した。
 まだ脅威は去っていないのだ。
 マンティコア戦の後――いや、戦っている最中にも既に水の魔法が人間を襲っていた。
 そして枝の間に潜んでいた巨大昆虫たちもまた、本能で人間への攻撃を始めていた。

「まだ敵がいるぞ! 迎撃!」
「我らは揺り籠投下跡地へ行き、陣地を構築する。後は任せた」

 兵士達はそれぞれの任務に応じ、探索、迎撃、陣地構築へと素早く分散する。
 その後方からは、いよいよ本隊が迫りつつあった。
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