この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR

ばたっちゅ

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【 魔族と人と 】

魔障の領域を進み

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 マリクカンドルフ率いるハルタール軍は、死地である魔障の領域を突き進む。
 だが既に多くの兵士が脱落している。それは、この領域に広がる白い霧の為だ。
 それは毒性と酸性を多量に含んだ死の大気。人類が初めてこの領域に突入した時、呼吸した兵士の肺は溶け、全身の穴から血を流して死んだという。

 そんな場所を突っ切るのだから、全員が水晶をめ込んだゴーグルに防毒マスク。それに数種の対毒薬を常備してはいる。
 しかし、それでも肌はヒリヒリと痛み、呼吸のたびに肺が焼かれていく。

 ――そろそろ商国の飛甲騎兵隊から連絡が来るはずだが。

 まだ全行程の2割も進んでいないが、その辺りは速度が違うのだから仕方が無い。
 というよりも、定期連絡が途絶えたのなら即Uターンだ。
 それでも1割以上、10数万人は死ぬ計算になる。しかも完全な無駄死にだ。

「マリクカンドルフ様、商国飛甲騎兵から電文です。危険極めて大。繰り返します――危険極めて大。最終判断は一任するとの事です」

 ここは本隊のほぼ中央。指揮用の装甲騎兵の中。
 兵団は剥き出しの浮遊式輸送板に兵士を乗せているが、さすがに指揮官クラスともなれば完全防備の装甲騎兵を使う。
 だがそれでも、全員ゴーグルに対毒マスクは装着済みだ。たとえ金属の壁で囲んでも、その大気が毒であることには変わりはない。
 マリクカンドルフの装備は全身鎧フルプレートであるが、兜の下にはやはり同じような兵装を装着している。
 難点は、音がくぐもる事だろう。大きな声で話さないと会話が成立しない。

 だがそれとは別に、マリクカンドルフは即答できなかった。
 もし問題が無ければこのまま進軍。もし通信が来なければ直ちに撤収。また侵入不可と目されるほどの危険――例えばドラゴンや魔神などが居た場合も、同様に撤収の予定だった。
 しかし、それ程ではないが危険は大きい。それも実際どれほどのものか分からぬまま、百万の将兵の命運を決断せねばならないのだ。
 かなりの無茶振りである。

「他に連絡は無いのかね?」

「既に商国飛甲騎兵隊は交戦に入ったとあります。ですが、敵の姿は分からずの様です」

 曖昧あいまい過ぎる――だが、解りませんなどと思考停止する事も出来ない。

「浮遊城に伝達。第1ポイントに早速やってもらうとしよう」

 この作戦を受けるにあたって、また実行するために、マリクカンドルフとリッツェルネールは詳細を詰めた。
 その一つが――




「こちらムーオス自由帝国0337航空隊。支援要請を受託した。これより投下する」

 上空を飛来する重飛甲母艦から、右手側に広がる炎と石獣の領域目がけて揺り籠が投下された。
 音は聞こえない。だが先行隊は、霧を透かした彼方の先に、淡い光が幾つも生まれるのを見た。




「ムーオスの支援は予定通りとの事です」

「ならば問題は無かろう。炎と石獣の領域内に陣地を構築。急がせよ。それが完了次第、負傷兵はそちらへ移動させよ」

「今ちょっと王様っぽかったですよ」

「……やかましい」

 マリクカンドルフの指示により、先行隊の内3万人が進路を変える。
 目的地は炎と石獣の領域。新たな攻撃により穴の開いた地域だ。
 一直線に進むのではなく、所々に中継陣地を作る。それが、リッツェルネールと詰めた作戦の一つである。
 石獣の攻撃は当然考えねばならないが、あくまで目的は仮の陣地を構築するだけだ。奥へと侵攻するわけではない。
 この猛毒の霧の中をただ進むだけよりかは幾分ましだろう。

 そう考えたマリクカンドルフの上空を、コンセシール商国の飛甲騎兵隊、第二陣500騎が通過する。

 ――危険極めて大……か。

 早くも投入された第二陣。それはすなわち、リッツェルネールが本気でこの作戦を軸として考えていると言う事だ。
 かつては共に戦った仲だ。もう少しは付き合おうではないか……。




 ◇     ◇     ◇




 針葉樹の森に入ったコンセシール商国の飛甲騎兵隊は、見えない何かからの攻撃を受けながら木々の間を飛行していた。
 現在、その数は200騎近くまで減らされている。

 眼前に広がる巨大な幹の群れ。上や下には一面の緑が広がり、嗅いだことのないほどに強烈な草の香気が本能を刺激する。
 もし任務でなければ、そして危険が無いのなら、あの緑の原を思いっ切り駆けてみたい。そんな気すら起こさせる。
 だが、今は本当にそれどころではない。

 飛甲騎兵隊は、未だに攻撃者を発見できないでいた。
 各部隊は地面すれすれから木の頂点付近まで、それこそくまなく探しまくっている。
 そして発見した大型甲虫やバッタなどを攻撃するも、未だに攻撃が止む気配はない。

 幸い、今の所の攻撃は単調だ。
 いきなり騎体内が水で包まれる――それだけだ。
 不意打ちでは実に恐ろしいが、来る事さえ判っていれば冷静に対処できる。
 だが――、

「ブローフェン隊長戦死! イベニアが指揮を引き継ぎます!」
「コンフェス隊、残存5。遥か遠方からの攻撃の可能性あり。散開を具申する」
「レイモーズ賛成。敵は近辺にいない可能性ありだ」

 それでも多くの飛甲騎兵が今も撃墜されている。もう打つ手なしだ。
 確かに、この近辺に固執する事自体に意味はない。
 相手は地平線の先に居るかもしれないのだし、そもそもが地面の中にいられたらどうしようもない。
 一度散開し、比較的安全な場所を探すのも手ではないだろうか?

 そう考えたラウの視界がぐにゃりと歪む。同時に発熱、嘔吐、痺れがその身を襲う。

 ――抵抗レジストしたか……だけど、だんだん正確になってきてるって事かい。

 射出型の魔法にしろ、空間指定の魔法にしろ、いずこかへと発生させるところから始まる。
 その発生場所に何かがあった時、魔法は発生できるかが試されることになる。
 大気のようにスカスカな場所なら簡単だが、スポンジの中、水中や生命体、そして土中、金属と、密度が高くなるほど発生は困難だ。
 逆に簡単であれば、極端な話、マッチ一本に火をつける程度の魔法でも簡単に人を殺せるだろう。

 だが実際に発生できるかは魔力の大きさと、発生源の抵抗力だ。
 この世界の人間は魔力が高い。故に簡単に体内で魔法が発生する事は無い。だが抵抗レジストの際に受ける衝撃はかなりのものだ。
 そして抵抗レジストに失敗したものは、体内から発生した大量の水により溺死――いや、破裂する。

「ラウ隊長!」

「大丈夫だよ、分かっているさ」

 計器は全て死んでいるので、今の時間は分からない。
 だが体感的に言えば、そろそろ第二陣が魔障の領域を越えてくる頃だろう。
 しかし今の状態で、それは援軍足り得るか? いや、単純に的が増えるだけといえる。

 では分散するか? だが相手の数が予想を超える数だった場合、単に的を絞りやすくするだけだ。
 一瞬にして各個撃破されるだけだろう。
 ならば打つ手は限られる……。

「浮遊城に連絡。この範囲一帯に揺り籠投下要請。少なくとも、範囲20キロメートル四方は焼き払って貰うよ。それまでは各騎このまま。耐えつつ敵を探せ!」

 最終的に分散するなら、そのリスクは最小にする。
 この地域を焼き払い、同時に分散だ。それで敵の数や力が、少しは測れるだろう。




 ◇     ◇     ◇




「城主殿、ラウ・ハルミールから要請です。当該地域に揺り籠の大規模投下をして欲しいそうです」

 浮遊城戦力を取り纏める ミックマインセが通信文を持ってやっている。
 それと、当該地域の航空写真もだ。
 重飛甲母艦の観測では、さしたる驚異の無い森林地帯だと想定されていた。
 だが現実はどうか。世界有数の飛甲騎兵隊隊が翻弄され、もう300騎もの数を失っている。
 並の国家であれば、全戦力と言って良い数だ。

「やはりどんなに平穏に見えたとしても、魔族領は魔族の地と言う事か……」

 人間には計り知れない。いや、人間を拒否する世界。
 互いに相容れる事は無い。だが東のジェルケンブール王国は、それでも折り合いをつけながらやって来れたではないか。
 魔王さえ倒せば、もしかしたら……。

「要請を受諾だ。どちらにせよ、ハルタール帝国軍の橋頭保きょうとうほは必要だからね」

「今度大規模投下をしたら、もう残りは小規模を数回が関の山ですよ。良いのですか?」

「ああ、構わないよ。やってくれ」

 確定で必要なのは、炎と石獣の領域と魔障の領域の間に幾つか穴を開ける程度だ。
 それともう一つ……まあこちらはスピード勝負。数はあまり問題にはならない。
 となれば、おそらくもう炎と石獣の領域への大規模投下は必要あるまい。

 再び毒が発生しても、もう既に領域は穴だらけだ。遅延にしかならない。
 仮に継戦不可能な不測の事態イレギュラーが発生したとしたら? それはもう人知を越えた現象と言える。
 そうなったら、人間を減らすだけ減らして一度帰還すればいい。誰の目にも明らかであればこそ、誰の責任にもならないのだから。

 問題は、魔王がどのくらい戦略に明るいかだ。
 現状、既に戦いの趨勢すうせいは決まっている。領域を修復できなくなった時点で、もう人類軍の侵攻を完全に止める手段は無いのだから。
 いや、世界がここだけと固執し、この地での勝利だけを目指すならば、まだやり様は幾らでもあるだろう。

 ――さて、魔王アイワヨシキ。君は戦略家かい? それとも戦術家なのかな?

 どちらの可能性であっても、リッツェルネールには何の問題も無かった。
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