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【 魔族と人と 】

針葉樹の領域突入戦 前編

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 ラウ・ハルミール率いる飛甲騎兵第一攻撃部隊500騎は、魔障の領域上空450メートルを飛行していた。
 コンセシール商国が使うイーゼンヴァッフェル233-2は他国に比べて高性能だが、それでもこの高度が限界だ。
 そしてこの程度の高さでは、魔障の領域――その所以ゆえんとなった白い霧の影響から逃れることは出来ない。

 ここは炎と石獣の領域と腐肉喰らいの領域跡地に隣接する領域だ。
 飛甲騎兵隊は現在東に向けて飛行しており、このまま行けば針葉樹の領域へと到達する。
 ちなみにこの領域を南へ進めば白き苔の領域へと出るが、今回はそちらが目的ではない。。

 ムーオス自由帝国による観測情報によると、針葉樹の領域まではおおよそ260キロメートル。
 コイツの時速は320キロほどだ。大した時間はかからない。
 だがそれでも――、

「ラウ隊長、エンシアの騎体が……」

 ミラーで確認すると、霧から透けて見える隊列のシルエットに穴がある。墜ちたのだ。
 全員が防毒マスクを装着。更に隙間には油を含んだ布を詰め、騎体内部には酸素ボンベも用意した。
 それでも完全には防げない猛毒の世界。
 これでは、地上を進むハルタール帝国軍には甚大な被害が出るだろう。
 だがどれ程の危険があろうとも、リッツェルネールは突破せよという。

 ラウは商人ではあるが、学はあまりない。
 元々貧しい商家の出自であり、勉学に励んでいる余裕などなかったのだ。
 その為、幼い頃から働き、結婚し、子供をもうけ、兵役に出てそのまま死ぬという、誰もが通る当たり前の人生を送るはずだった。

 だがある日、まだ飛甲騎兵隊班長だったリッツェルネールの動力士として空を飛んだ。
 自分はただ動力を送るだけ。後ろに乗っていただけの存在だ。
 だが大空を飛ぶ感覚は、人生のどんな喜びや楽しさよりも鮮烈だった。
 以後は戦いながらも飛甲騎兵の勉強だけは励み、多くの戦いを生き延び、やがて正規の飛甲騎士となり今に至る。
 同時にリッツェルネールもまた出世を重ねており、彼の指揮下で戦ったことは数知れずだ。

 その経験で判断する限り、リッツェルネールの作戦は完璧だ。
 戦争なのだから当然戦死者も出る。だが、その死には無駄が無い。
 まるで作戦を成功させるために、自ら死んだのだと錯覚させるほどだ。
 だから今回も問題は無い。この危険な迂回作戦にも、何か重要な意味があるのだから。

「そろそろ突破する。各員、戦闘に備えよ!」

 言うが早いか、景色が一変する。
 白い霧を抜けた先、その眼下に広がるのは一面の緑。
 高さ100メートルを優に超える太い針葉樹。そして枝葉の隙間から見える地面には緑色をした草の他、赤や白、紫の花が咲き乱れている。
 その鮮やかな色彩に、誰もが心を奪われた。

 人間世界は、何処も荒れ果てた大地が続く。
 比較的緑が多い北方諸国でも、一部に細い木が生える山がある程度。
 故郷であるコンセシール商国など、赤茶けた大地に痩せた畑くらいしか自然というものは無い。
 だが魔族領は違う。迷宮の森と亜人の領域など、緑豊かな領域は多い。
 その中でも、ここは特に凄い。まるでおとぎ話の世界の様だ。
 自然の香りを感じるため、騎体内部の目張りを急いで外す。
 もし戻れと言われたら貼り直さなければいけないが、その可能性は低いだろう。

 騎体の隙間から吹き込んでくるせ返る様な自然の香り。それは本能を刺激し、生きている実感を肌で感じ取る。
 だが、楽しんでいられるのもそこまでだった。

 突如として突風が吹き荒れ、飛甲騎兵の編隊を襲う。

「なんだい、これは!?」

 気流に翻弄された騎体同士が激突し、あるいは回転しながら地面へと落ちていく。
 ラウの騎体もまた、激しい乱流に巻き込まれ操縦桿が動かない。
 その眼前に、味方の飛甲騎兵が迫る。

「ちっ! 各騎降下しろ!」

 足で思い切り操縦桿を踏みつけ、無理矢理下降する。
 半ば錐もみ状態で落下するが、針葉樹の下に来ると騎体は安定した。どうやら、上空では凄まじいほどの気流が渦巻いている様だ。

「ムーオスの連中、調査が足りないんじゃないのかい? 各隊、数を確認しな。」

「こちら12。全員揃っています」
「こっちは7。1騎は木に激突して大破。他4騎は行方知れずでさぁ」
「こちらヴィルクーム。ハンソフ隊長は魔障の領域で墜落。残存11騎」

 各員からの報告が次々と入る。
 全体の数は443騎。全部で57騎が落ちた計算となる。
 だがおかしい。500騎の内、20騎は先行偵察を行っている――いや、いたはずだ。
 だが誰からの連絡も入らない。通信機の故障? 範囲外? 全騎がか? どちらも考え難い。

「全騎散開! 全方位を警戒せよ! ここは魔族領、何があっても――」

 緊急で部下達に警戒を呼び掛けようとした矢先、口からボコりと白い泡が出る。
 それはまるで、水の中に放り込まれたかのようだった。
 視界の全てが水で埋まる。呼吸が出来ない――。

 だがラウは冷静だった。素早く左手でハッチを開けると騎体を傾け水を抜く。
 目張りを外したのはこの上ない幸運だっただろう。そうでなければ、こうも簡単に水は抜けない。

 ――幻覚じゃない。本物の水かよ。こいつは……。

 後部動力士も冷静だったのが幸いした。彼はラウよりもベテランの兵士で、魔族との戦闘が豊富だったのだ。
 だが、他に部下達はそうはいかない。
 あるものは操縦士を失い機に激突し、またあるものは動力士を失い墜落していった。
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