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【 魔族と人と 】

人vs魔人ラジエヴ 後編

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 再び目の前の人間の手首に銀の鎖の輪が光り、消える。
 その途端、再び出現した炎の網がラジエヴを締める。今度は頭だけではない。三本の触手も同時にだ。

 ――フム。

 だがやはり問題ない。炎の網程度の熱さ、ラジエヴにはこたえない。
 そして拘束自体も、さほど強くはない。軽々と三本の触手を広げ、ぼわんと網を剥がす。
 その瞬間だった。炎に気を取られ、三本の触手を使った一瞬の刹那。
 魔法と同時に跳躍していたクラキアのナタが、ラジエヴの石柱を頂点から足元まで切り裂いていた。

「ヴォ、ヴォ、ヴォ……ヴォォォォォォォォォォ!」

 バキバキと音を立て足元の触手が次々と切断されると、そこから五本、十本……次々と新たな触手が生えてくる。
 その全てを使い割れようとする石柱を押さえる。
 最初に受けた魔法による衝撃。更に受けたこの斬撃によって、所々がぽろぽろと欠けて始めたのだ。
 ラジエヴは驚いていた。もう目の前の人間からは諦めを感じていた。だからもう終わったものだと考えていたのだ。

 だがもう一撃、クラキアの斬撃がラジエヴ襲う。今度は横からの一閃。
 確かに彼女らは諦めていた。自らの生存を。だだ、それは戦いを止める理由にはならない。
 絶対的な強者に対する弱者の反抗。しかし――

 ゾクリと、クラキアの背中に寒気が走る。
 横薙ぎの斬撃は、触手の一本で軽々と防がれていた。
 そして欠けた石柱から覗く青白い光。クラキアは、長い戦いの経験から自身の死を悟った。
 だが同時に理解した。この魔族は、石柱を破壊されることを恐れているのだと。

「アルダシル!」

 キシッ! と、何かがガラスを貫いたような音が響く。
 それはクラキアの鎧を、ラジエブの触手が貫いた音。
 胸に一本、腹に三本。更に太腿にも一本の触手が刺さる。

 ――あ……!?

 それが引き抜かれると同時に、真っ赤な液体が噴き出していく。クラキアは薄れそうになる意識の中、それを他人事の様に眺めていた。
 疑いようのない致命傷。両手がだらりと垂れ、持っていた二本のナタがゆっくりと地面に落ちていく。

「約束だからね、ありがたく使わせてもらうよ」

 だがそのナタが地面に落ちる前に、何かがそれを掴む。
 ラジエヴはそれには気が付いていた。だが触手二本で事足りる問題だ。
 意識はもう、次の標的であるアルダシルに向かう。
 あの人間は重症で満足に動けない。魔法も大した事は無い。
 そしてこの判断こそが、ラジエヴ最大のミスだろう。

 アルダシルを攻撃しようとした瞬間、突如として予想外の衝撃が走る。
 クラキアの最後の力を込めた飛び膝蹴りが、見事に裂け目の中心に命中したのだ。
 メキメキと響く音、砕けていく石柱。

「グオォ、ゴ、オッオッオッ」

 トドメとばかりに、狼狽えるラジエヴの左右を大ナタが打ち抜いた。
 更に裂ける石柱。バラバラと砕け散る破片。慌てて全ての触手を切り離し抑え込もうとするが、もはやどうしようもない。
 必死のラジエヴの努力も空しく、それは粉々になって地面へと落ちた。

「ヴァーーーーーーー!」

 この音が殆ど通らない世界に響いた断末魔の絶叫。
 だがクラキアは、それを遠くに聞いていた。
 飛び膝蹴りをした時点で力尽き、地面に倒れ込んでいたためだ。
 もはや動くことは出来ない。しかし、目の前の魔族にはそれなりのダメージを与えただろう。
 あの石柱にどれほどの価値があるのかは分からないが、狼狽うろたえ方を見ればそれなりに意味のある行動だと分かる。
 後は友軍が何とかしてくれるだろう……そんな事を考えふと思う。

 ――何で生きているのかしら……。

 自分が受けた傷が致命傷なのは間違いない。もう幾何いくばくと時を置かず死ぬだろう。
 だがそれとは別に、トドメは刺されると思っていた。もしくは、食われるかだろうと。

 ――まさか、あれで死んだわけでもないでしょうに……。

 目だけを動かして周囲を確認するが、先ほどまで戦っていた魔族は忽然と姿を消していた。

「ねえ……」

 か細い声で戦友に声をかける。
 彼女の傷は、致命傷には達していない。
 もし生きているのであれば、最後に祖国へのメッセージを伝えて貰いたい。
 そう思ったのだが、それはもうできない事が形としてその目に映る。

 ラジエヴが最後に咆哮を放った時、全周囲に向けて触手による攻撃を行っていたのだ。
 クラキアは地面に転がっていたため難を逃れていた。
 だがアルダシルは額や胸元、腹や腕などに大穴をあけ、膝立ちの姿勢のまま息絶えていた。
 音は聞こえないが、中途半端に崩れた体から血がぽたりぽたりと滴るのが見える。

 これでは――死んではいられない。

 クラキアは何とか愛用のナタを掴むと、ゆっくりと立ち上がる。
 激痛と共に噴き出した血を見て、まだこんなに残っていたのかと少々呆れてしまう。
 だが、生き残ってしまった以上は果たさねばならない。

 祖国に自分の死を伝えて欲しい。最後まで、きちんと魔族と戦って死んだのだと。
 そう願った時、同時に一つの義務を負ったのだ。
 もし自分の方が生き残っていたら、彼女の死をティランド連合王国の者に伝えなければならないと。

 視界がぼやけ、意識が朦朧とする。なのに、自分の血が流れ出る感覚だけははっきりと分かる。
 そんな死に瀕した体で、クラキアは壁に肩を預けながらゆっくりと歩き始めた。
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