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【 魔族と人と 】
ゲルニッヒの提案 前編
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クラキアが持つ松明が広い坑道を照らしている。
この辺りは天井も横幅も広い。かなり大型の魔族でも通ることが出来そうだ。
本来はティランド連合王国が分担すべき場所であったが、部隊は夜を徹した死闘により壊滅している。
今ではその指揮官であったアルダシル・ハイン・ノヴェルド・ティランドと、合流したスパイセン王国国王クラキア・ゲルトカイムだけが進んでいる状態だった。
「まあ進んだ以上は仕方ないって事さね。どうせそっちも、他に道は無いんだろ?」
アルダシルはそう言いながら、左手で軽くハンドサインを行う。
特に腕を上げも下げもしない。あくまで自然にだ。
素早く行われたその動きを、クラキアは見逃してはいない。
「ええ、その辺りは分かっているわ。とにかく進む、それしかないでしょうね」
話しながら歩く二人を、ラジエヴの触手が音もなく天井から襲う。
だがその瞬間、二人とも駆けていた。触手の根が伸びる先へ。
僅かに遅れて、今まで二人がいた空間に触手が突き抜ける。だが追わない……いや、追えないのだ。
「なるほどねえ」
「あの坑道に繋がっているわ!」
炎に照らされた壁には蔦のように触手が張り付いており、その根元は円形に空いた闇へと繋がっている。そこはおそらく、坑道の枝道だろう。
松明を片手にクラキアが迷わず飛び込むと、アルダシルも後に続く。
こちらは今までの大きな坑道とは違う。広い部分でも3メートルあるかないか。大柄なアルダシルには、少々窮屈だ。
壁の右手には太い触手が張り付き蠢動している。だが、人間が横を走っているのに何ら攻撃するようなそぶりはない。
そしてまた、横を走る二人も触手は無視だ。
「情報通りですね」
「ああ、ラッフルシルドの連中が調べた通りだな。感謝するさね」
一矢すら報いることが出来ずに壊滅したラッフルシルド王国軍兵士達。
だが彼らは虐殺されながらも、敵の特性を伝えていた。後から来るであろう、仲間たちの為に。
この情報の共有こそが、人間の強味と言えるだろう。
彼らの犠牲の元、ラジエブの触手の強さも……また同時に弱点も解析されていたのだ。
ラジエヴの触手は素早い。ただそれは、槍のように伸びる時だけだ。普段はそれ程早い訳でない。
そして拳を広げるように分化するが、それはあくまで先端のみ。触手の途中から新たな触手が生えて来る事は無い。
しかもそれは本当の手の様で、前には伸びるが後ろには伸びない。精々真横程度までで、後ろは死角になっていた。
更に分化した先の触手が分化すると、その根元一本を残して以前分化していた触手は全て枯れ落ちる。
その形状は、先端だけに枝葉のある長い幹のようなものと言えるだろう。
つまり、いま彼女たちの横にある触手は攻撃手段を一切持たない。
一見すれば強力無比。数万人の命を奪い去った魔人ラジエヴの触手だが、一つ一つを見れば弱点も多いのだ。
だが当然、そんな弱点はラジエヴ自身が一番よく知っている。
狭い坑道を走るクラキアは、不自然な影を見た。
それはおそらく、緊張している今だからこそ気が付いた影。普段であれば、意識すらしなかっただろう。
だが――咄嗟に松明を投げ、空いた左手で腰に収めていた大ナタを抜く。
その瞬間、影から一本の槍が目にも止まらぬ速さで伸びて来た。
奥まで伸ばした触手の影に、そこまでしか伸ばしていないもう一本の触手を隠していたのだ。
もしこの不意打ちが成功していれば、クラキアは自分が死んだことにすら気付かず終わっていただろう。だが――
――ガリッ!
抜いた左手のナタではない。最初から持っていた右のナタだけでいなすと、そのままクルリと回転して左のナタを触手に叩きこむ。
しかし――、
ガキンッ! まるで金属同士を打ち付けたような高い音が響いただけ。
ラジエヴの触手には、かすり傷一つ付いてはいない。
「な!?」
火花が散り、打ち込んだ右手が痺れる。クラキアは人間は勿論、様々な魔族と戦った。
そして、ここに来るまでに数体の石獣も倒している。
だが今までの戦いで、これほどまでに硬い相手は見た事が無かった。
「どりゃあああ!」
すぐさまアルダシルの両手斧が触手を襲う。
だがこちらも、火花と激しい金属音を出しただけ。触手は無傷だ。
それどころか、先端は7本の触手に分裂し二人を襲う。
しかし、触手は虚しく坑道の壁を穿つのみ。既に二人は転がるように駆け出していたのだ。
互いに目くばせし、この触手に対抗する手段は無いと確認した……今は。
だから走る。触手の根元を目印に。
奥へ行けば本体がいるだろう。だが触手にすら対抗しえないのに、そこへ行って何をするのか?
考えたって仕方がない。逃げる道など何処にも無いのだ。この坑道に……いや、世界の何処にも。
だから二人は走る。その先にいる魔人ラジエヴの元へと。
この地まで来た、その証を刻むために。
◇ ◇ ◇
倉庫で休んでいた魔王の元に、見慣れた――いや、見慣れてはいないものがやってくる。
「やはり無事だったか。ゲルニッヒ……だよな?」
「勿論デスヨ、魔王。他の何に見えるのデス?」
大豆の頭はいつもままだが、そこからは無数の根のようなものが生えている。まるで発芽したようだ。
その下にあるのは、真紅の鎧を着た兵士。だが首から上は無い。そこにあるのは大豆の頭。
「体の方は潰れてしまいましたノデ、今はコウシテ人間の一部を失敬しておりマス。途中油断すると石獣が襲ってくるノデ、なだめるのが大変でシタヨ。ハハハ」
おそらく、あの人間の体の中には無数の根が入り込んで動かしているのだろう。
しかし片足をズルズルと引きずる当たり、上手くは動かせないようだ。
何となく不死者を連想させるな。
「大分やられたみたいだけど、お疲れさま。戦いはまだまだ続きそうだ。今は少し休んでくれ」
「イエイエ、ソレなのデスガ――魔王よ、貴方はここを離れナサイ」
この辺りは天井も横幅も広い。かなり大型の魔族でも通ることが出来そうだ。
本来はティランド連合王国が分担すべき場所であったが、部隊は夜を徹した死闘により壊滅している。
今ではその指揮官であったアルダシル・ハイン・ノヴェルド・ティランドと、合流したスパイセン王国国王クラキア・ゲルトカイムだけが進んでいる状態だった。
「まあ進んだ以上は仕方ないって事さね。どうせそっちも、他に道は無いんだろ?」
アルダシルはそう言いながら、左手で軽くハンドサインを行う。
特に腕を上げも下げもしない。あくまで自然にだ。
素早く行われたその動きを、クラキアは見逃してはいない。
「ええ、その辺りは分かっているわ。とにかく進む、それしかないでしょうね」
話しながら歩く二人を、ラジエヴの触手が音もなく天井から襲う。
だがその瞬間、二人とも駆けていた。触手の根が伸びる先へ。
僅かに遅れて、今まで二人がいた空間に触手が突き抜ける。だが追わない……いや、追えないのだ。
「なるほどねえ」
「あの坑道に繋がっているわ!」
炎に照らされた壁には蔦のように触手が張り付いており、その根元は円形に空いた闇へと繋がっている。そこはおそらく、坑道の枝道だろう。
松明を片手にクラキアが迷わず飛び込むと、アルダシルも後に続く。
こちらは今までの大きな坑道とは違う。広い部分でも3メートルあるかないか。大柄なアルダシルには、少々窮屈だ。
壁の右手には太い触手が張り付き蠢動している。だが、人間が横を走っているのに何ら攻撃するようなそぶりはない。
そしてまた、横を走る二人も触手は無視だ。
「情報通りですね」
「ああ、ラッフルシルドの連中が調べた通りだな。感謝するさね」
一矢すら報いることが出来ずに壊滅したラッフルシルド王国軍兵士達。
だが彼らは虐殺されながらも、敵の特性を伝えていた。後から来るであろう、仲間たちの為に。
この情報の共有こそが、人間の強味と言えるだろう。
彼らの犠牲の元、ラジエブの触手の強さも……また同時に弱点も解析されていたのだ。
ラジエヴの触手は素早い。ただそれは、槍のように伸びる時だけだ。普段はそれ程早い訳でない。
そして拳を広げるように分化するが、それはあくまで先端のみ。触手の途中から新たな触手が生えて来る事は無い。
しかもそれは本当の手の様で、前には伸びるが後ろには伸びない。精々真横程度までで、後ろは死角になっていた。
更に分化した先の触手が分化すると、その根元一本を残して以前分化していた触手は全て枯れ落ちる。
その形状は、先端だけに枝葉のある長い幹のようなものと言えるだろう。
つまり、いま彼女たちの横にある触手は攻撃手段を一切持たない。
一見すれば強力無比。数万人の命を奪い去った魔人ラジエヴの触手だが、一つ一つを見れば弱点も多いのだ。
だが当然、そんな弱点はラジエヴ自身が一番よく知っている。
狭い坑道を走るクラキアは、不自然な影を見た。
それはおそらく、緊張している今だからこそ気が付いた影。普段であれば、意識すらしなかっただろう。
だが――咄嗟に松明を投げ、空いた左手で腰に収めていた大ナタを抜く。
その瞬間、影から一本の槍が目にも止まらぬ速さで伸びて来た。
奥まで伸ばした触手の影に、そこまでしか伸ばしていないもう一本の触手を隠していたのだ。
もしこの不意打ちが成功していれば、クラキアは自分が死んだことにすら気付かず終わっていただろう。だが――
――ガリッ!
抜いた左手のナタではない。最初から持っていた右のナタだけでいなすと、そのままクルリと回転して左のナタを触手に叩きこむ。
しかし――、
ガキンッ! まるで金属同士を打ち付けたような高い音が響いただけ。
ラジエヴの触手には、かすり傷一つ付いてはいない。
「な!?」
火花が散り、打ち込んだ右手が痺れる。クラキアは人間は勿論、様々な魔族と戦った。
そして、ここに来るまでに数体の石獣も倒している。
だが今までの戦いで、これほどまでに硬い相手は見た事が無かった。
「どりゃあああ!」
すぐさまアルダシルの両手斧が触手を襲う。
だがこちらも、火花と激しい金属音を出しただけ。触手は無傷だ。
それどころか、先端は7本の触手に分裂し二人を襲う。
しかし、触手は虚しく坑道の壁を穿つのみ。既に二人は転がるように駆け出していたのだ。
互いに目くばせし、この触手に対抗する手段は無いと確認した……今は。
だから走る。触手の根元を目印に。
奥へ行けば本体がいるだろう。だが触手にすら対抗しえないのに、そこへ行って何をするのか?
考えたって仕方がない。逃げる道など何処にも無いのだ。この坑道に……いや、世界の何処にも。
だから二人は走る。その先にいる魔人ラジエヴの元へと。
この地まで来た、その証を刻むために。
◇ ◇ ◇
倉庫で休んでいた魔王の元に、見慣れた――いや、見慣れてはいないものがやってくる。
「やはり無事だったか。ゲルニッヒ……だよな?」
「勿論デスヨ、魔王。他の何に見えるのデス?」
大豆の頭はいつもままだが、そこからは無数の根のようなものが生えている。まるで発芽したようだ。
その下にあるのは、真紅の鎧を着た兵士。だが首から上は無い。そこにあるのは大豆の頭。
「体の方は潰れてしまいましたノデ、今はコウシテ人間の一部を失敬しておりマス。途中油断すると石獣が襲ってくるノデ、なだめるのが大変でシタヨ。ハハハ」
おそらく、あの人間の体の中には無数の根が入り込んで動かしているのだろう。
しかし片足をズルズルと引きずる当たり、上手くは動かせないようだ。
何となく不死者を連想させるな。
「大分やられたみたいだけど、お疲れさま。戦いはまだまだ続きそうだ。今は少し休んでくれ」
「イエイエ、ソレなのデスガ――魔王よ、貴方はここを離れナサイ」
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