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【 魔族と人と 】
再突入戦 後編
しおりを挟む「なるほど、随分と簡単にいきましたね」
ミックマインセは状況を確認し、感心したように呟いた。
「あれが石獣が持つ本来の性質でないのなら、そう何度も通用はしないけどね。通用する限りは使わせてもらうよ」
人類軍は、空いた穴に浮遊式輸送版を突入させたのだった。
勿論、あんな大きなものは坑道には入らない。だが、入れるつもりは元々ないのだ。
大切なのは、浮遊式輸送版に取り付けられている投光器。
点けっぱなしで突入させ、人員は逃げる。明かりは消えてしまうが、集まった石獣たちの攻撃は止まらない。
一部は炎の竜巻に巻き上げられ命を落とすが、全体としては僅かだ。
そしてその石獣たちを揺り籠が襲う。
リッツェルネールは、領域の法則をそのまま利用した。
普通なら多くの人間を巻き込んでしまうし、十分に避難の時間を与えれば石獣は再び地中に帰ってしまうだろう。
だが領域の中で発生した現象は外に出る事は無い。精々光くらいだ。音、熱、爆風……そういった隣の領域に影響を与えるものは通らない。
白き苔の胞子が外に出ないように、溶岩が流れないように、そして相和義輝が、海岸線で遊んだように。
爆発前に領域の境界を越えてしまえば、真横で揺り籠が炸裂しようと問題は無い。
こうして人員の被害を殆ど出さないまま、数多くの石獣が一掃された。
◇ ◇ ◇
「すぐに石獣の命令を撤回してくれ!」
あの動きからすると、こちらの意図を正しく読まれたと考えていい。
人工の光を攻撃させたから、逆に人工の光を囮にしたのだ。判断の正確さ、対応の速さはさすがと思うしかない。
まさか味方ごと巻き込んだりはしないだろうという油断もあった。
入口で攻撃していた連中は、人間爆弾の投下に合わせて素早く領域外に退避していたのだ。
普段自由に出入りしていせいで、領域の特性を考えてすらいなかった……。
だがこちらも、致命的とまではいかない。相当数の石獣が殺されてしまったが、まだ領域全体から見れば7割以上が残っている。
――そう考え、ドキリとする。全身に嫌な汗がながれ、胃を締め付けられたように酸っぱい味が口の中に広がる。
もう三割近くが死んだんだぞ……ここでしか生きられない、ここにしか存在しない種が!
「少し休むよ。石獣たちは一度戻した後、自由にさせてくれ」
一度頭を冷やすべきだろう。
もうこれ以上の失態をしないためにも……。
「わかったかな」
これで結局元通り。再び人類軍は坑道に入り、地図を作りながら進軍してくるだろう。
それだけは何とか阻止する必要があるが、今すぐに打てる手はない。
だが、これで人類は知ったはずだ。領域が修復する事を。
となれば、迂闊に大軍を入れてくる事は無いと思われる。
――死霊や首無し騎士に働いて貰えば、何とかなるだろう……。
ここから先は持久戦。まだまだ精神を削る日々が続くのだろう。
だけど、今ここを人類軍が攻めているのは幸運なんだ。他の領域であれば、ここまで戦う事も出来なかったはずだ。
何とか守りきるためにも、一度気持ちを切り替えないとだめだな……。
◇ ◇ ◇
「石獣達の抵抗が大人しくなったようですね」
各地から送られてきた情報を確認しながらミックマインセが報告を入れる。
予想はしていたが、あれは石獣が本来持つ性質じゃない。魔王がやらせていたのだろう。
状況を考えれば、ここからは持久戦にシフトするのが正解だ。
魔王に沸き立った各諸将も、今は現状を把握している。文句は出ないだろう。
だがそれでは、大切な事が分からない。
「スパイセン王国、ティランド連合王国に再突入をさせろ。それとハルタール帝国軍から60万、こちらに派遣させてくれ」
「それは無理だ、リッツェルネール。先行している両国は準備が完了しているとはいえ、ハルタールはそうもいかん。60万人を坑道戦に参加させるには、それなりの準備が必要だ」
ケインブラから反対意見が出るが、そんな事はとっくに分かっている事だ。
「ハルタール帝国軍は参加する必要はない。ただ戦闘状態にあると見せればいいんだよ。それとミックマインセ」
「なんでしょう?」
「ラウに、全ての飛行騎兵隊を戦闘待機させるように連絡してくれ」
「そっちはさすがに、冗談ですよね?」
浮遊城には、コンセシール商国の精鋭飛甲騎兵が2600騎搭載されている。
当然ながら出撃させようと思えばいつでも出せる……のだが、ここは炎と石獣の領域だ。
偵察隊も外周を確認するのみで、内部には入れない。
高度4000メートルを飛行する重飛甲母艦と違い、600メートルそこそこしか飛べない飛甲騎兵は炎の竜巻に捕まってしまうからだ。
まさに、ここで戦う限り宝の持ち腐れといえるだろう。
「あの領域に突入させるつもりは無いよ。だが早ければ今日にでも出撃してもらう」
では何処に出撃するのか? そもそも相手は何を想定しているのか?
疑問には思うが、あえて聞かない。これは魔族領に入った時、彼と決めていた事だ。
おそらく浮遊城に魔族はいない。だが確定ではないし、魔族と通じている人間がいない保証もない。
だからこそ、不用意に作戦内容を口にはしないし、口出しもしない。
いつどこで知られ、魔族――ひいては魔王に知られるかも分からないからだ。
用心深いリッツェルネールの事だ、特定の人間のみに含ませている言葉もあるだろう。
もし情報が洩れれば、その情報源を特定できるようにだ。
当然、自分から漏れたとあったらただでは済まないだろう。
――触らぬ神に祟りなし。まあ、協力しますよ。魔王の始末は、我等の悲願でもありますからね……。
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