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【 魔族と人と 】

暗闇の攻防戦 その2

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 体中がズキズキと痛み、少々眩暈めまいがする。
 だけど、今はのんびりと休んではいられない。

「領域の修復はどうだ?」

「問題ないかな。初期状態のピカピカだよ」

 エヴィアによる領域の修復。これは最初に思いついていた事だ。
 彼ら人類は、かつてのように迷路を進んで入り口を探すのではなく、爆撃で地表を穴だらけにしてショートカットして直接侵入してきた。
 それ自体は驚いたが、同時に好機であることも分かっていた。

 俺……というよりエヴィアには領域の修復能力がある。かつて鉄花草てっかそうの領域を直した時のように。
 それを使い、ショートカットの穴を無くす。そうする事で、中と外とは分断状態だ。当分援軍も出せないだろう。
 その状態で人類の光を奪い、侵入者を一掃する。
 作戦として悪くないと思うし、実際に目に見えて人類の数は減りつつある。
 ただこちらの体にも負担が大きい。そう何度も出来ない以上、ここで決めておきたい。

「後は石獣次第だな」

 死霊レイス首無し騎士デュラハンもいるのだが、こちらはまだ乳幼児だ。
 出来る事なら、戦いには参加させたくないところだった。




 ◇     ◇     ◇




 ――現状維持か……。

 真っ暗な闇の中、スパイセン王国の国王、クラキア・ゲルトカイムは静かにたたずんでいた。

 現状維持……その報告を受け取った通信兵は、報告中に落命した。
 壁から湧いて出たイソギンチャクのような形状の石獣に、背後からいきなり喰われたのだ。
 それはまさに、一瞬の出来事。いつもと変わらぬ緊張した面持ちで、電文を読み上げた兵士の顔が脳裏に焼き付いている。

 周りからは聞こえてくるのは鎧の音と騒めき、そして緊張が限界に達したかのような荒い呼吸音。
 最初の襲撃からここまで、まだそう時間も経っていない。
 突然の襲撃と暗闇、悲鳴、そして同胞の死。だが――

「静まれ!」

 クラキアの静かだが強い一喝と共に、声が届く範囲の兵の動きがピタリと止まる。
 訪れた静寂の闇。その中に、小さな音が響く。
 カリ――それはとても小さな音。誰かが動いていたら、決して聞こえなかっただろう。
 だがその音を合図とするかのように、クラキアの左手に銀の鎖が浮かび消える。
 同時にぼわっという音共に、近辺の壁に沿って、まるで蜜柑を入れる網の様な炎が突如として現れた。

 その赤い光に照らされたのは、イソギンチャクの姿をした石獣だった。
 大きさは1メートル20センチ程度。口元には、まだ先ほど喰われた通信の上半身が触手に捕まれ生えている。

 その姿がハッキリと見えるや否や、クラキアの体が矢のように跳ねた。
 同時に垂直に振り降ろされた右手のナタが、通信兵の死体ごと石獣を縦に裂く。
 ナタは中央より少し下で勢いを失い止まるが、その時には既にクラキアは横に回転していた。
 そして左右に一閃――一巻転してきた左手のナタが、最初のナタより上部を綺麗に切り飛ばす。

 時間にして、最初に姿が見えてから1秒も経っていない。電光石火の早業だった。
 下半身に残ったナタを引き抜くと、再び両手のナタで残った下半身をみじん切りにする。
 最初に斬り飛ばされた上半身も同様だ。配下の兵士達が、ハンマーや斧で粉砕する。
 石獣は粉々にしない限り、完全に息の根を止めたとは言えないからだ。

 ようやく動きを止めた欠片から目を放し、周囲の壁を覆う網状の炎を見る。
 まださほど時間は経っていないが、炎はまるで燃え尽きるように消えつつあった。

 ――おそらくだけど……そういう事ね。

 最初の襲撃を受けた時、石獣は先ず壁に設置された明かりランタンを攻撃した。
 そして辺りが真っ暗になると、次に通信兵を襲った。
 今まで倒してきた石獣とは違う。明らかに光に対して攻撃してきた事がうかがえる。
 だが今、壁で燃えている炎に反応して出てくる石獣はいない。
 ある意味当然か。炎に反応していたら、自分たちの炎にも反応してしまうからだ。

「魔王がいると、ただの魔族がまるで知性ある生き物の様に動く……報告通りですね」

「陛下、いかがなさいますか?」

 当初は混乱の中にあった兵士達も、炎の光を見て平静を取り戻していた。

「おそらく、坑道は何処も戦闘中……いえ、虐殺中ですね。火の使用を許可します。通信機は使えないでしょうから――貴方たち、走って伝達しなさい。可燃物を集めて松明を作り、身を守るようにと」

「了解いたしました!」

 命を受けた兵士達が、一斉に坑道の前後に走る。
 魔法で作られた炎は消えつつあり、再び恐怖の暗闇がやってくる。
 だが兜から覗く瞳の煌きには恐怖も焦りも感じられはしない。伝令として走った兵士達も同様だ。

 白き苔の領域ではエヴィアに散々にやられ、セプレニツィー平原ではスースィリアの猛襲に手も足も出なかった。
 だがそれは、スパイセン王国軍が弱平弱卒だからではない。むしろ、長年ククルスト・ゼビア率いるゼビア王国軍としのぎを削ってきた国だ。
 強卒強兵。むしろ、北方軍の中でも有数の戦闘国家。
 この状況であってもまだ、崩れなどはしなかったのである。
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