この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR

ばたっちゅ

文字の大きさ
上 下
276 / 425
【 魔族と人と 】

魔王の策

しおりを挟む
 碧色の祝福に守られし栄光暦218年10月10日深夜――いや、日付が変わり、今はもう11日か。
 東側領域境界に空いた穴から、スパイセン王国軍22万人、ティランド連合王国軍40万人が突入を開始。
 そして南東の穴からも、マリセルヌス王国軍が30万の将兵を率いて再侵攻を開始した。


 その様子は、魔力の流れで魔王にも伝わっている。

「一気に大軍が入って来たな。やっぱり魔王の名声ブランドは大きいか」

 ラジエヴが具体的にどうやったのかは分からない。
 だが『魔王の名声を使い人類を集める』という作戦は正確に実行してくれたようだ。
 場所も申し分ない。後は、人間達が中に入るのを待つだけだ。




 ◇     ◇     ◇




 最初に援軍として突入したのは、スパイセン王国軍であった。
 指揮を執るのは国王クラキア・ゲルトカイム。
 身長は165センチ。小鹿のように細くしなやかな体つきだが、その身に触れたものは熊や猪を想像するだろう。
 それほどまでに凝縮した、鋼の筋肉を持つ女性だ。

 上は分厚い半身鎧ハーフプレートに大型の肩当てショルダープレート
 腕には前腕には円形の盾ラウンドシールドが付いた手甲アームレット。腰にはスパイダースカートを思わせる腰当を付け、足はスパイクの付いた膝当てと一体化した金属ブーツ。

 その下に着ているのは純白のレオタード魔力ブースター
 上腕、太腿ともに肌色が露出しているが、これは金属繊維のタイツだ。
 頭には完全防護のフルヘルム。水晶の覗き窓からは鮮やかなブルーの両眼が覗きとれる。白に近い長い金髪も、今は兜の中に収められていた。
 背に純白に金の縦一本戦が入ったマントを羽織り、両手には少し刃が湾曲した凶悪な鉈を持つ。

 軍団を率い、完全武装で坑道へと入ったクラキアの背筋に、ゾクリと冷たいものが走る。
 スパイセン王国は、前回この領域戦には参加していない。その為、この坑道に入るのは初めてだ。
 だから、入って初めて知る。その困難さを。
 この坑道の中では、音は遠くまで響かない。近くを通る兵士の足音や鎧の音は聞こえるのに、少し離れるともう聞こえなくなる。実に不思議な感覚だ。

 ――聞いていた通り、悪意に満ちた世界ね……。

 しかも、魔動機の明かりランタンに照らされた坑道は曲がりくねり、視界は極めて狭い。
 音と視界、この2つを限定された状態で、万単位の兵に的確な指揮をするなど絶望的だ。
 おそらく侵入した兵の殆どは、生きて帰る事は無いだろう。だが、それも領域戦の習いではないか……。
 そう決意し、澄んだ張りのある声で部下達を叱咤しったする。

「各員突撃! 石獣を蹴散らし、魔王を倒し、我等スパイセンの民の力を世界に示せ!」

「「「オオ―!」」」

 近くで聞こえた兵士達が、歓声を上げながら突入する。
 だがそれも、直ぐに聞こえなくなった……。


 一方、通常とは違う大型の坑道にも突入する軍団がある。
 ティランド連合王国、アルダシル隊だ。

「こいつはまた……随分とデカいじゃないか。あたしらには御誂おあつらえ向きってやつだね」

 そう言い放ったのは、”四本腕”の異名を持つアルダシル・ハイン・ノヴェルド・ティランド。
 その兵装は、カルタ―にも匹敵する重兵器だ。
 全高4.4メートルの重甲鎧ギガントアーマー。全体的に角ばったデザインは、まるで歩く装甲車のようなカルタ―の鎧とほぼ同様だ。
 両手にはそれぞれ3.5メートルの長柄両刃斧ポールアックス。両刃の斧の刃は互いに近く、円形のようにも見える。
 長い板型のショルダー投射槍ジャベリンが各3本。こちらに予備弾倉は無く、打ち切った終わりの使い捨て。
 更に背嚢には刃渡り2.4メートルの両刃剣が2本搭載済みだ。

 これだけの重量だと、まともに歩くことは出来ない。その為、移動は浮遊式だ。
 だがカルタ―程の魔力があっても、1日中の使用など自殺行為の代物である。通常は、いつ休めるかも分からぬ領域戦に投入されるようなものではない。
 だがこの重甲鎧ギガントアーマーは、それを可能にする実験機だ。そう、もはや鎧とは言い難い。二人乗りだ。
 浮遊式輸送板と同様に動力士が乗り込む浮遊式で、足はもう完全に飾りの様なものだった。

 他にも魔力自慢による軽量の重甲鎧ギガントアーマーが300人。
 彼等は魔力切れになったら他と交代する。
 その背後に控えるのは、40万人の兵士や工兵たち。恐れるものなど何も無いと言いたいところだが……。

「各員、じっくり行くよ。ここは魔族領の最前線、何があってもおかしくはないんだからね!」

 アルダシルに気の緩みなどは無い。むしろ、湧き上がる恐怖を押さえつけるのに必死だった。
 この坑道の大きさは、高さおよそ8メートル。横幅も10メートルはあるだろう。
 当然こんな場所に出てくるような石獣は、通常のサイズであるとは限らないからだ。




 ◇     ◇     ◇




 碧色の祝福に守られし栄光暦218年10月12日。
 時間としては日が沈んだ頃だろうか。
 大軍が侵入してから2日目。北西から侵入してきた軍は、予定通りラジエヴが誘った地点へと到着している。
 だが、全軍そこへまっしぐらとはいかない。人間は魔王という目標へ向かいつつも、しっかりと地図の作製も並行しているのだ。

 南西から侵入した部隊もまた、同様に広がりを見せている。
 ゲルニッヒによる足止めも、そう長くは効かなかった。というより、ゲルニッヒが未だ戻らないのが心配の種だ。
 だが、いくら心配しても今は仕方がない。無事だと信じて、先ずはとにかくこの戦いに勝利する事だけを考えよう。

「大体予定通りになっていると思うけど、どうだろう?」

「多分大丈夫かな。魔王は魔王のやりたいようにやれば大丈夫だよ」

 エヴィアは相も変わらず緊張感皆無だが、今はなんとなく心強い。

「よし、こちらも作戦を実行する。石獣に命じてくれ。人類の明かりランタンを最優先に攻撃してくれと」

 坑道の移動は、今まで何度も行っている。
 光などどこにもない、死霊レイスに照らされなければ足元すら見えない世界。
 だが感じる人間の動きはスムーズだ。
 人間社会で見た夜の光……おそらく相当な数の明かりランタンが設置されているのだろう。
 先ずはそれを奪ってしまえばいい。

 松明などの火を使っている可能性は、あまり考えなくても良いだろう。
 坑道の広さや換気を考えれば千人程度なら問題無いだろうが、何十万人もが火を使うとは考えられないからだ。

 そして俺は、今まで石獣に指示を出さなかった。これまで起きた戦闘は、全て遭遇戦――彼らの自由意志だ。
 むやみに石獣を集める事で、他が手薄になる危険性。
 そして集まった所を爆撃で一掃される可能性。
 そういった部分の判断がつかなかったのだから仕方がない。
 だがラジエヴはその点も考え、地下深い場所を選んでくれた。やはりあいつは頭が良い。
 これなら万が一の時は、再び石獣を拡散させ逃がすことが出来る。

 エヴィアの指示を受け、領域中の石獣たちが一斉に動きだす。
 招かれざる客を殲滅するために……

「さあ、反撃はこれからだ」




 ◇     ◇     ◇




 キイィーー。
 無限図書館、ゲストルームの扉が開く。
 そこから顔を覗かせたのは、羽の生えた修道女の生首だ。
 だがそんな生々しいものではなく、角ばった形状フォルムは金属製の箱を思わせる。
 翼も金属質だが、こちらは妙にリアルな生々しさを感じられた。

 淡く緑に発光するところは死霊レイスにも近いが、それよりもっと眩しさを感じる。
 というより、扉を開けたままじっとこちらを見ているのが不気味だ。
 素直に中に入ってくればいいのに。そう考え、ユニカはその異形に声をかけた。

「貴方がファランティアね。話は聞いているわ。お茶を淹れるから入ってきなさいよ」


 そう言って立ち上がったユニカを見て、ファランティアは内心驚いた。
 ごく普通の自然体。そこには嫌悪も恐怖も一切無かったからだ。

「私も貴方の事は聞いています。貴方は私が恐ろしくはないのですか?」


 そう改めて言われると、ユニカも少々心に引っかかるものがある。
 何時からだろうか、最近魔族をあまり怖いとは思わない。
 勿論、魔族とは恐ろしいものだ。本人に悪意が無くとも、その大きな体、鋭い爪、体内に持つ毒などは時に致命的となる。
 だが、注意を怠らない事と恐れる事はまるで違う。今のユニカの接し方は、危険動物の調教師的な感覚に近い。当然、対等な存在としてではあるが。
 だからファランティアの問い掛けに対し――。

「別に?」

 ――そうそっけなく答えると、壁際に備え付けられた加熱プレートを使って湯を沸かし始めた。

 ――あのサイズだと、カップ? ……タライの方が良いのかしら。

 そんな事を考えるユニカを見ながら、これも魔王がもたらした変化なのだろうか?
 ……そんな事を考え込んでいた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

神々の間では異世界転移がブームらしいです。

はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》 楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。 理由は『最近流行ってるから』 数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。 優しくて単純な少女の異世界冒険譚。 第2部 《精霊の紋章》 ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。 それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。 第3部 《交錯する戦場》 各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。 人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。 第4部 《新たなる神話》 戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。 連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。 それは、この世界で最も新しい神話。

知識スキルで異世界らいふ

チョッキリ
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

無限に進化を続けて最強に至る

お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。 ※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。 改稿したので、しばらくしたら消します

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~

ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。 コイツは何かがおかしい。 本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。 目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

処理中です...