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【 魔族と人と 】
魔王出現 前編
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リッツェルネールに魔王発見の報告が入る前、魔王は柱の前でウンウン考えていた。
切り札はある。だが、果たして何度も通じるだろうか? いや、おそらく無理だ。これはある意味奇策に近い。要は不意打ちだ。
最大限の効果を生むには、出来る限り人類軍を領域に入れたいところである。
だが今のように、少数精鋭で来る限りそれは出来ない。
――難しい所だな……。
考え込む魔王の右手に、エヴィアがユニカ手製のサンドイッチを握らせる。
相和義輝は半ば本能でモグモグと食べながら、そのまま思考の海へと漕ぎ出していた。
人間の兵士と石獣の戦いであれば、おそらく石獣が勝つ。
更にこちらには、死霊や首無し騎士がいる。
魔人も含めれば、この地で戦う限り戦力面では負けないだろう。
ネックになるのは、持久戦になった場合に俺の食料が尽きる可能性だろうか。
だがこれは、倒した兵士の携帯食料奪うという手がある。
多少心が痛むが、この際背に腹は代えられん。
しかしその間に、この坑道の殆どが把握されてしまうのではないか?
人間はまるで流れる水のように坑道を攻めている。何処かを目指すではなく、広がりながら確認しているみたいだ。
おそらく、地図を作っているのだろう。
当然、この玉座の間は絶対に秘密だ。バレたら最後、この頭上に爆弾の雨が降って来るだろう。
だが最終的に、不明箇所が限定されてしまったら同じことだ。未知の領域と、保有する爆撃力が釣り合った時点で詰む。
例え爆撃で生き残っても、そこにはどのみち人類軍が大挙してやってくる。
石獣を集めて籠城するか? いやいや、次の爆撃が準備出来次第終わりだ。
結局、今ここに集まった戦力だけの話じゃない。この地の全容が知られてしまったら、たとえ今いる人間を追い返しても、はたまた浮遊城を墜としたとしても、事実上の負けなのだ。
やはり余力のある内に、相手の作戦を妨害する必要がある。
ゲルニッヒが何をしたかは分からないが、その点ではしっかりとやってくれた。
だがまさか、即爆撃されるとは思いもしなかった。
あの爆弾、やはり相当な数があるらしい……。
「やっぱり駄目だな……ジリ貧だ」
そう思考を投げ捨てようとした時、ふと目に映る布の山。
急速に考えが迸り、閃きが走る――だが……。
「実現は無理か……」
実行するにはエヴィアかゲルニッヒが必要だ。体格的にである。
それも、エヴィアでは心もとない。ある程度の大きさ、それに威圧感が欲しい。
だが巨大ムカデのスースィリアは大きすぎるし、1メートル程度の尺取虫なテルティルトは小さすぎる。影であるヨーヌに至っては論外だ。
そもそも役割を考えたら、誰一人として動かすことは出来ない。
ダメか……そう落胆しかけた時、倉庫の天井から声がかかる。
いや、声というより響くような振動。これは――
「その役目、このラジエヴが引き受けよう」
天井には、八角柱の石の頭にタコの足。魔人ラジエブが、いつの間にか逆さまになって張り付いていた。
「頼めるか?」
「魔王よ、我等に対して頼むなどは不要。望む事をしろと言えばいい。やれるかやれないかは、正しく我らが判断しよう」
その命令って所が引っ掛かる。俺的にはやはり、古の約定とやらで魔人の行動を縛りたくは無いのだ。
「――それもまた良かろう」
簡単な言葉だったからだろうか。ラジエヴは言葉に詰まる事も無く、必要な道具をもって大ホール、そして坑道へと消えていった。
◇ ◇ ◇
最初にそれを発見したのは、黄金色の鎧を纏ったラッフルシルド兵の集団であった。
先の安全を確認し、敵がいれば戦い、問題が無ければ明かりや通信線を配置して先に行く。
彼らは先行隊であり、それを任されるだけのエリート集団だ。
その内の一人が照らす暗闇の先に、突如異様なものが現れる。
下半身は蛸のように、幾つもの足がうねうねと蠢いている。だが上は、柱に布を幾重にも巻いた様な姿。そしてその布に書かれている文字――それは共通語で『魔王』と読めた。
「ま、魔王!」
その言葉が周囲の兵に伝播したことを確認し、ラジエヴの攻撃――いや、虐殺が始まった。
槍のように伸びた触手が兵士を貫き、その先で指のように分化する。
その触手もまた兵士を貫き、締め潰し、再び分化して坑道へと広がって行く。
だが全員は殺さない。ほんの数人を逃す。
逃げた先で兵士は伝える。「魔王と書かれた何かから攻撃された!」、「魔王の様なものから攻撃を受けた!」、「魔王らしきものが現れた!」と。
そして、伝え終えた兵士を触手が襲う。情報の出所に近い人間は、この世にいない方が良いからだ。
こうして、坑道を探索するラッフルシルド兵達の間で情報が錯綜する。
それは焦りと恐怖、更に混じった期待から段々と文章は短くなり、最後には単純な言葉となった。
”魔王現る”――と。
十分に情報が回ったことを確認すると、魔人ラジエヴは頭に巻いていた布を剥がしモシャモシャと食べる。
この布はかつて、相和義輝《あいわよしき》がティランド連合王国との戦いで使った旗だ。
あれから使う機会が無く、倉庫で放置されていたものを再利用したのだった。
そしてこれを剥がしたことで、最初に現れた魔王という存在は消え去った。
もはや人間は、ここに魔王がいない事を証明する機会を失ったのだった。
だが、ラジエヴは攻撃の手を緩めたわけではない。
「怯むな! 我らの死は、決して無駄ではない!」
坑道の壁面に取り付けられた明かりに照らされ、黄金色の全身鎧が眩しく輝く。
ラッフルシルド王国の国王であるツェミット・ハム・ラッフルシルドは、今まさに最後の抵抗をしている最中だった。
もうどれだけの同胞が殺されたのであろうか。
伸びつつ付ける触手は次々と兵士を刺し、締め、砕き、叩きつけ、また分化を繰り返し次の兵を襲う。
坑道の床に溢れた血は絶えず下へと流れ続け、窪んだ辺りは血のプールとなっていた。
切り札はある。だが、果たして何度も通じるだろうか? いや、おそらく無理だ。これはある意味奇策に近い。要は不意打ちだ。
最大限の効果を生むには、出来る限り人類軍を領域に入れたいところである。
だが今のように、少数精鋭で来る限りそれは出来ない。
――難しい所だな……。
考え込む魔王の右手に、エヴィアがユニカ手製のサンドイッチを握らせる。
相和義輝は半ば本能でモグモグと食べながら、そのまま思考の海へと漕ぎ出していた。
人間の兵士と石獣の戦いであれば、おそらく石獣が勝つ。
更にこちらには、死霊や首無し騎士がいる。
魔人も含めれば、この地で戦う限り戦力面では負けないだろう。
ネックになるのは、持久戦になった場合に俺の食料が尽きる可能性だろうか。
だがこれは、倒した兵士の携帯食料奪うという手がある。
多少心が痛むが、この際背に腹は代えられん。
しかしその間に、この坑道の殆どが把握されてしまうのではないか?
人間はまるで流れる水のように坑道を攻めている。何処かを目指すではなく、広がりながら確認しているみたいだ。
おそらく、地図を作っているのだろう。
当然、この玉座の間は絶対に秘密だ。バレたら最後、この頭上に爆弾の雨が降って来るだろう。
だが最終的に、不明箇所が限定されてしまったら同じことだ。未知の領域と、保有する爆撃力が釣り合った時点で詰む。
例え爆撃で生き残っても、そこにはどのみち人類軍が大挙してやってくる。
石獣を集めて籠城するか? いやいや、次の爆撃が準備出来次第終わりだ。
結局、今ここに集まった戦力だけの話じゃない。この地の全容が知られてしまったら、たとえ今いる人間を追い返しても、はたまた浮遊城を墜としたとしても、事実上の負けなのだ。
やはり余力のある内に、相手の作戦を妨害する必要がある。
ゲルニッヒが何をしたかは分からないが、その点ではしっかりとやってくれた。
だがまさか、即爆撃されるとは思いもしなかった。
あの爆弾、やはり相当な数があるらしい……。
「やっぱり駄目だな……ジリ貧だ」
そう思考を投げ捨てようとした時、ふと目に映る布の山。
急速に考えが迸り、閃きが走る――だが……。
「実現は無理か……」
実行するにはエヴィアかゲルニッヒが必要だ。体格的にである。
それも、エヴィアでは心もとない。ある程度の大きさ、それに威圧感が欲しい。
だが巨大ムカデのスースィリアは大きすぎるし、1メートル程度の尺取虫なテルティルトは小さすぎる。影であるヨーヌに至っては論外だ。
そもそも役割を考えたら、誰一人として動かすことは出来ない。
ダメか……そう落胆しかけた時、倉庫の天井から声がかかる。
いや、声というより響くような振動。これは――
「その役目、このラジエヴが引き受けよう」
天井には、八角柱の石の頭にタコの足。魔人ラジエブが、いつの間にか逆さまになって張り付いていた。
「頼めるか?」
「魔王よ、我等に対して頼むなどは不要。望む事をしろと言えばいい。やれるかやれないかは、正しく我らが判断しよう」
その命令って所が引っ掛かる。俺的にはやはり、古の約定とやらで魔人の行動を縛りたくは無いのだ。
「――それもまた良かろう」
簡単な言葉だったからだろうか。ラジエヴは言葉に詰まる事も無く、必要な道具をもって大ホール、そして坑道へと消えていった。
◇ ◇ ◇
最初にそれを発見したのは、黄金色の鎧を纏ったラッフルシルド兵の集団であった。
先の安全を確認し、敵がいれば戦い、問題が無ければ明かりや通信線を配置して先に行く。
彼らは先行隊であり、それを任されるだけのエリート集団だ。
その内の一人が照らす暗闇の先に、突如異様なものが現れる。
下半身は蛸のように、幾つもの足がうねうねと蠢いている。だが上は、柱に布を幾重にも巻いた様な姿。そしてその布に書かれている文字――それは共通語で『魔王』と読めた。
「ま、魔王!」
その言葉が周囲の兵に伝播したことを確認し、ラジエヴの攻撃――いや、虐殺が始まった。
槍のように伸びた触手が兵士を貫き、その先で指のように分化する。
その触手もまた兵士を貫き、締め潰し、再び分化して坑道へと広がって行く。
だが全員は殺さない。ほんの数人を逃す。
逃げた先で兵士は伝える。「魔王と書かれた何かから攻撃された!」、「魔王の様なものから攻撃を受けた!」、「魔王らしきものが現れた!」と。
そして、伝え終えた兵士を触手が襲う。情報の出所に近い人間は、この世にいない方が良いからだ。
こうして、坑道を探索するラッフルシルド兵達の間で情報が錯綜する。
それは焦りと恐怖、更に混じった期待から段々と文章は短くなり、最後には単純な言葉となった。
”魔王現る”――と。
十分に情報が回ったことを確認すると、魔人ラジエヴは頭に巻いていた布を剥がしモシャモシャと食べる。
この布はかつて、相和義輝《あいわよしき》がティランド連合王国との戦いで使った旗だ。
あれから使う機会が無く、倉庫で放置されていたものを再利用したのだった。
そしてこれを剥がしたことで、最初に現れた魔王という存在は消え去った。
もはや人間は、ここに魔王がいない事を証明する機会を失ったのだった。
だが、ラジエヴは攻撃の手を緩めたわけではない。
「怯むな! 我らの死は、決して無駄ではない!」
坑道の壁面に取り付けられた明かりに照らされ、黄金色の全身鎧が眩しく輝く。
ラッフルシルド王国の国王であるツェミット・ハム・ラッフルシルドは、今まさに最後の抵抗をしている最中だった。
もうどれだけの同胞が殺されたのであろうか。
伸びつつ付ける触手は次々と兵士を刺し、締め、砕き、叩きつけ、また分化を繰り返し次の兵を襲う。
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