この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR

ばたっちゅ

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【 魔族と人と 】

前哨戦 後編

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 魔王魔力拡散機に魔力を送りながら、領域の様子を確かめる。
 東から侵入した部隊は、ほとんど進まないまま既に半数以上が消えていた。
 南東から侵入した部隊も、多くが撤収中だ。こちらはゲルニッヒが対処してくれたのだろう。

「まおー、そろそろ休むのであるぞー」

 倉庫の扉から、スースィリアが心配そうに覗き込んでいる。
 確かにここに来てからもう4日。ほぼ休むことなく、ずっと立ちっぱなしで魔力を送り続けている。
 わずかの睡眠もとったが、本当に少しだけだ。
 緊張と状況が気になって、とてもゆっくりと眠れたものではない。

 ――だけどこのままじゃだめだな。こんな様子だと、戦う前に疲労で死ぬ。そろそろユニカが作ってくれた弁当でも食べて休憩するか……。

 そう考えた矢先、柱から激しい波紋のような振動が伝わって来た。
 急ぎ確認し、ぎょっとする。ゲルニッヒの向かった南西周辺の地表が、ごっそりと吹き飛ばされている。
 しかも、まだリアルタイムで変化中だ。

 音や振動、光といったものは分からない。だが丸く、丸く、丸く……地形が抉り取られてゆく。
 一体、何発撃ち込んでいるんだ。そして、何人殺しているんだ。

 ゲルニッヒは!?
 だが、魔王魔力拡散機からゲルニッヒの感じは伝わってこない。
 それどころか、他の魔人達もだ。今更ではあるが、どうやらこいつは魔人を感知できないらしい。
 まあ出来るのなら、最初にホテルでやった時に気づいている訳で……。

「ヨーヌ、そっちは分かるか?」

 領域外の浮遊城の位置まで正確に探知しているヨーヌの事だ、もしかしたらと思ったのだが――、

「新鮮な驚きを楽しむため、魔人の位置は分からないのデシ」

 魔人の妙なこだわりがマイナス方向に発露してしまったか……。
 だがまあ、ゲルニッヒも魔人だ。そう簡単に倒されていない事を祈るしかないだろう。




 ◇     ◇     ◇




「城主様、ムーオス自由帝国第3重飛甲母艦隊による揺り籠投下が始まりました」

 通信士オペレーターの一人からそう報告が入るが、浮遊城からは確認できない。
 しかし、リッツェルネールはそれを残念とは思わない。
 元より現場指揮官ではない彼からすれば、盤面だけで事が進むのには慣れっこなのだから。

 現在、ラッフルシルド王国軍は崩壊しつつある。
 だがこれは予定通りだ。あの部隊が壊滅したら、次はスパイセン王国軍を投入すればよい。
 南西のマリセルヌス王国軍の内、坑道の部隊は全滅だろう。まあ、だからこそ投下要請が入ったのだ。

 詳細はまだ不明だが、全体としてはここまでで20万人ほどが死んだと思われる。
 だが全体からすれば、1割にも満たない数に過ぎない。
 主力であるハルタール帝国軍やティランド連合王国軍もまだ温存してある。
 戦力に不安はない。ここからじっくりと、ゆっくり確実に攻めて行けばいいのだ。
 そう考え、ふと思う――。

 千年以上かけて壁を作り、60数年かけて魔族領を切り取った。
 時間は幾らでもある。落ち着いて対処すればいいのだ……本来ならば。
 だが、去年に魔王の所在が判明してからというもの、あまりにも激しく、そして短時間で物事が動いた。まるで、時計の針が急激に加速したように。
 勿論、人間世界の動きは全て自分のせいだ。だがそれは、本当に全て自分の考えによるものか?

 ――いや、違うな。僕は状況を利用しただけだ。そして状況を作ったのは……。

 そして今、ゆっくり着実にと考えつつも、実際には食料という明確な期限リミットが存在する。
 時間内に魔王を倒し、同時に十分な数の人間にも死んでもらわねばならない。
 焦りは禁物だが、余裕がないのもまた事実だ。

 ――魔王の――彼の力によるものだろうか。

 坑道で、白き苔の領域で、そして白磁の間で会った男。
 何の変哲もない普通の人間だった。見た目だけならば。
 だがこの時の加速は、魔王の力による影響なのだろうか?
 確かにそれは間違いない。全ては彼の勝利と、彼が海を奪ったことに起因している。
 可能性を考え、少し寒気がする。ここまでの事が全て、魔王アイワヨシキの計略ではないのだろうかと……。

 まあ、そうならそれでいい。大切なのはこれからだ。
 相手のペースに乗せられるのではなく、きちんと自分達のペースでじっくりと――

「城主様、緊急電文です。ラッフルシルド王国軍が魔王と遭遇、交戦に入ったそうです!」

 通信士オペレーターが読み上げた電文を聞き、リッツェルネールは心の中で頭を抱えた。
 どうやら、ゆっくりとはさせてくれないらしい。
 こうも早く動いたと言う事は、魔王は思っていたより好戦的なのか?
 それともラッフルシルド王国軍が少ないため、今倒しておこうと考えたのか?
 当然、偶発的事故イレギュラー、報告ミス、そして罠の可能性もある。

 だがどちらにせよ、ここで様子見とはいかない。

 リッツェルネールとしては、事実が確定するまではスルーしたい案件だ。
 だが、ここにはそもそも魔王を倒しに来ているのである。
 今この場で戦力を投入しなければ、全体の不信感を招くことになるだろう。
 たとえ全権の指揮を握っていても、結局は現場各員の意向は反映されなければならない。
 司令官とて、絶対的な独裁者ではないと言う事だ。

「正確な位置は?」

「かなり深い場所です。地下推定1700から1800メートル。地上部分は1600メートル級の高山地域です。

 ――かなり深いな……重要施設が地下にあるのは理解するが、僕が見たあの施設はかなり上の方だった。

 以前見た人工的な部分。そこは既に揺り籠により消えている。
 だが魔王は死んでいない。空にはまだ、油絵の具の雲が覆い被さっているのだから。

 揺り籠が無限にあれば、地下深くまで掘り進めることは決して不可能ではないだろう。だが現実には限りがある。
 マリセルヌス王国軍の報告に即対応したのは、元々毒ガスへの対応を計算していたからだ。
 ムーオス自由帝国は秘匿しているが、バイアマハンの街での一件はすでに伝わっていたのだった。
 だが今回は、消費量に対して曖昧あいまいさが大きすぎる。揺り籠は使えない。

「スパイセン国軍、ティランド連合王国軍に伝達。直ちに進軍し、東方より侵入したラッフルシルド王国軍を援護せよと。それとマリセルヌス王国軍にも再侵攻を開始するように伝達。魔王が軍略を考えるのなら、少しは牽制になるだろう」

「あれ? ハルタール帝国軍は動かさないんですか?」

 傍らに控えていたミックマインセが進言する。
 帝国軍は現在、南西にある魔障の領域近辺に布陣している。
 少し北に動けばマリセルヌス王国軍と合流できる場所であり、当然後詰と思われていたのだ。だが――、

「いや、まだ戦況がどう動くのかは分からない。温存して問題はないよ」

 まあ城主がそう言うのなら、それで良いのだろう。
 ミックマインセは頭に沸いた疑問を打ち消し、本来の業務へと思考を変えた。
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