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【 魔族と人と 】
前哨戦 前編
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坑道のあちこちに、真紅の兵装を纏った兵士達が倒れている。南東から侵入したマリセルヌス王国軍だ。
白目を剥き口から血を流す姿は、まるで死んでいるかのよう。
だが時折ピクピクと痙攣する。まだ生きているのだ。
そう――死んではいない。しかし、意識は苦痛の中でもがいていた。
不意に、人工の白い明かりで照らされた世界に黒い影が現れる。
それは、2頭身にまで縮まったゲルニッヒの姿だった。
「今回はナカナカに良い出来デス。スグには死なず、カトイエ、動く事も出来ないデショウ。ヤハリ、狭い場所は計算がシヤスイ」
そう言いながら、苦しむ兵らの傍らを取り過ぎる。
「出来る事は思考ダケ。ソウ、考える事だけデス。サア、教えてクダサイ。思考してクダサイ。コレから死ぬと言う事が、ドウイウものなのカヲ」
動けない兵士達の耳に、その言葉は届いてはいない。
だが彼らの心の叫びは、ゲルニッヒに新たな知識を溢れんばかりに注ぎ続けていた。
「アア……素晴らしいデスヨ。皆違う……実に興味深い。貴方ガタは人類の使命でここにいるのデスヨネ。デスガ、ナゼこうも最後に考える事が違うのデショウ。一つの目的に進みながらも、その実違う」
苦しみもがく兵士の瞳に、大豆頭の魔族が覗き込む姿が映る。
「ハイハイ、良いデスヨ。ソノママ、ひたすらに考えてクダサイ」
◇ ◇ ◇
「ぜー、はー、ぜー、はー……」
坑道の出口……とはいえ、領域の境界ではない。正しくは爆撃で空いた途中の穴だ。
アスターゼンがいくら足に自信があろうとも、一日も経たぬうちに、この山は抜けられない。
だがここならば外気がある。
現在、このように爆撃で空いた穴には、通信用の中継基地が構築されていた。
今は剥き出しの大穴だが、将来は水晶窓の付いた天井が建築される。
繋がる坑道には多数の明かりが取り付けられ、少し広まった場所には机や椅子も用意されていた。
その机の上には、幾つもの通信機や書類の山。
開戦からここまで、こうした中継地点は休む暇もなく大忙しだ。
「これが生きていたら、解毒剤を投与しな。この際、効きそうなら何でも構わん」
そう言いながら、担いでいたポレムを机の上にどさりと投げる。
その体は軽いといっても、着用している鎖帷子はかなりの重量だ。
魔力を注げば軽いといっても、それは本人だけの話。武器もそうだが、当人以外は重量の影響を受けるのだ。
本当に、何で持ってきたのか……傷病兵は捨てていくのが戦場の習わしだ。
健常な人間がこんな荷物――しかも生きているのか死んでいるのかも分からないものを運ぶこと自体がおかしい。
だがまあ、持ってきたものは仕方がない。それよりもだ――
「通信兵! 通信兵はいるか!?」
「は、はい」
ここは中継基地。奥から大きな貝を担いだ3人の兵士がすぐにやってくる。
貝には長いアンテナが取り付けられており、長距離通信用の新型であることが一目でわかった。
坑道の奥からも、生き残った兵士達が続々と集結中である。だがやはり人数は相当に足りない。
どの兵士も、対毒兵装を用意できていた者だけだ。全体では5パーセントにも満たない。
実際に対処できた人間となれば、更に減るだろう。
それにそもそも、ここに百人単位の兵士が集まることは不可能だ。
いちいち通信機など使えないし、十数メートルしか声が届かない世界では、指示を出しても伝言ゲームにしかならない。
だが外に出ることは不可能と言うしかない。
この上は炎の竜巻が荒れ狂う立体迷路。それも、爆撃の穴で出来たショートカット地点だ。
出た所で、その溝が出口に繋がっているという保証もない。
「将軍、遠距離通信機の準備が整いました」
「よし。浮遊城に地図と座標を送れ。想定通りの異常事態が発生したとな」
「ち、地図なら……ここに最新の物があります……」
ポレムはふらつきながらも何とか立ち上がり、自身の通信機と片眼鏡を通信兵に渡す。
渡し終えた彼女は再び気を失ってしまったが、アスターゼンはほっと一息ついた。
――苦労して持ってきたのが、死体でなくて良かったぜ……。
そして空を見上げると、そこには流れゆく油絵の具の空。
だがその色合いはすっかり暗くなり始め、夜が近いことを示していた。
「生き残った全部隊に伝達。大至急ここから離れろ。全軍撤退だ!」
そう言いながら再びポレムを担ぐと、再び坑道へ入る。
少しでも、遠くへと逃げるために。
◇ ◇ ◇
アスターゼンからの連絡は素早く浮遊城へ送られ、そのまま上空で待機する第3重飛甲母艦隊に送られた。
前哨戦の試験爆撃を行った部隊とは違う。計500機を超す大規模編隊だ。
「こちら第3部隊、要請を受理」
通信士の返信と同時に、下部格納庫が開く。
上空から見た領域は、もうだいぶ暗くなっている。
だが問題は無い。それ程の精密性は求められていないのだ。
「諸君らの魂に安らぎを! 汝らが血族に栄光を! 魔族には死を!」
「「「我等祖国の為に! 我等同胞の為に! 魔族には死を!」」」
500機の重飛甲母艦から、一斉に揺り籠が投下された。
目的地はつい先ほどまでマリセルヌス王国軍が展開中の地点。
そう、ゲルニッヒが居るであろう地点への集中爆撃であった。
白目を剥き口から血を流す姿は、まるで死んでいるかのよう。
だが時折ピクピクと痙攣する。まだ生きているのだ。
そう――死んではいない。しかし、意識は苦痛の中でもがいていた。
不意に、人工の白い明かりで照らされた世界に黒い影が現れる。
それは、2頭身にまで縮まったゲルニッヒの姿だった。
「今回はナカナカに良い出来デス。スグには死なず、カトイエ、動く事も出来ないデショウ。ヤハリ、狭い場所は計算がシヤスイ」
そう言いながら、苦しむ兵らの傍らを取り過ぎる。
「出来る事は思考ダケ。ソウ、考える事だけデス。サア、教えてクダサイ。思考してクダサイ。コレから死ぬと言う事が、ドウイウものなのカヲ」
動けない兵士達の耳に、その言葉は届いてはいない。
だが彼らの心の叫びは、ゲルニッヒに新たな知識を溢れんばかりに注ぎ続けていた。
「アア……素晴らしいデスヨ。皆違う……実に興味深い。貴方ガタは人類の使命でここにいるのデスヨネ。デスガ、ナゼこうも最後に考える事が違うのデショウ。一つの目的に進みながらも、その実違う」
苦しみもがく兵士の瞳に、大豆頭の魔族が覗き込む姿が映る。
「ハイハイ、良いデスヨ。ソノママ、ひたすらに考えてクダサイ」
◇ ◇ ◇
「ぜー、はー、ぜー、はー……」
坑道の出口……とはいえ、領域の境界ではない。正しくは爆撃で空いた途中の穴だ。
アスターゼンがいくら足に自信があろうとも、一日も経たぬうちに、この山は抜けられない。
だがここならば外気がある。
現在、このように爆撃で空いた穴には、通信用の中継基地が構築されていた。
今は剥き出しの大穴だが、将来は水晶窓の付いた天井が建築される。
繋がる坑道には多数の明かりが取り付けられ、少し広まった場所には机や椅子も用意されていた。
その机の上には、幾つもの通信機や書類の山。
開戦からここまで、こうした中継地点は休む暇もなく大忙しだ。
「これが生きていたら、解毒剤を投与しな。この際、効きそうなら何でも構わん」
そう言いながら、担いでいたポレムを机の上にどさりと投げる。
その体は軽いといっても、着用している鎖帷子はかなりの重量だ。
魔力を注げば軽いといっても、それは本人だけの話。武器もそうだが、当人以外は重量の影響を受けるのだ。
本当に、何で持ってきたのか……傷病兵は捨てていくのが戦場の習わしだ。
健常な人間がこんな荷物――しかも生きているのか死んでいるのかも分からないものを運ぶこと自体がおかしい。
だがまあ、持ってきたものは仕方がない。それよりもだ――
「通信兵! 通信兵はいるか!?」
「は、はい」
ここは中継基地。奥から大きな貝を担いだ3人の兵士がすぐにやってくる。
貝には長いアンテナが取り付けられており、長距離通信用の新型であることが一目でわかった。
坑道の奥からも、生き残った兵士達が続々と集結中である。だがやはり人数は相当に足りない。
どの兵士も、対毒兵装を用意できていた者だけだ。全体では5パーセントにも満たない。
実際に対処できた人間となれば、更に減るだろう。
それにそもそも、ここに百人単位の兵士が集まることは不可能だ。
いちいち通信機など使えないし、十数メートルしか声が届かない世界では、指示を出しても伝言ゲームにしかならない。
だが外に出ることは不可能と言うしかない。
この上は炎の竜巻が荒れ狂う立体迷路。それも、爆撃の穴で出来たショートカット地点だ。
出た所で、その溝が出口に繋がっているという保証もない。
「将軍、遠距離通信機の準備が整いました」
「よし。浮遊城に地図と座標を送れ。想定通りの異常事態が発生したとな」
「ち、地図なら……ここに最新の物があります……」
ポレムはふらつきながらも何とか立ち上がり、自身の通信機と片眼鏡を通信兵に渡す。
渡し終えた彼女は再び気を失ってしまったが、アスターゼンはほっと一息ついた。
――苦労して持ってきたのが、死体でなくて良かったぜ……。
そして空を見上げると、そこには流れゆく油絵の具の空。
だがその色合いはすっかり暗くなり始め、夜が近いことを示していた。
「生き残った全部隊に伝達。大至急ここから離れろ。全軍撤退だ!」
そう言いながら再びポレムを担ぐと、再び坑道へ入る。
少しでも、遠くへと逃げるために。
◇ ◇ ◇
アスターゼンからの連絡は素早く浮遊城へ送られ、そのまま上空で待機する第3重飛甲母艦隊に送られた。
前哨戦の試験爆撃を行った部隊とは違う。計500機を超す大規模編隊だ。
「こちら第3部隊、要請を受理」
通信士の返信と同時に、下部格納庫が開く。
上空から見た領域は、もうだいぶ暗くなっている。
だが問題は無い。それ程の精密性は求められていないのだ。
「諸君らの魂に安らぎを! 汝らが血族に栄光を! 魔族には死を!」
「「「我等祖国の為に! 我等同胞の為に! 魔族には死を!」」」
500機の重飛甲母艦から、一斉に揺り籠が投下された。
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そう、ゲルニッヒが居るであろう地点への集中爆撃であった。
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