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【 魔族と人と 】
人類軍侵攻 後編
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魔王、相和義輝が修復した鉄花草の領域から東に80キロメートル地点。
「城主様、予定地点に到着いたしました」
「よし、浮遊城ジャルプ・ケラッツァはここで停止。各部隊は予定通りに配置せよ」
通信士に指示をすると、ようやくリッツェルネールは一息つけた。
此処まで彼は、軍議に次ぐ軍議、作戦指示と説明、部隊配置など、事細かに作戦を詰めていた。
こうした事前に行われる入念な準備こそが、彼の持ち味であり真骨頂だと言える。
艦橋から見える景色は、全方向とも荒涼たる魔族領だ。そこには友軍の一人も見ることは出来ない。
浮遊城は攻撃の性質上、射程範囲に味方を置かないのが通例だったのだから。
友軍部隊は彼の計画に沿って、炎と石獣の領域を包囲しつつある。
だが以前の様な、ただ単純な包囲ではない。リッツェルネールの全てを賭した、入念な戦略の妙であった。
だが、それに突き合わされたマリッカはヘトヘトだ。
一生分の頭を使ったかもしれないが、それでも殆ど意味を理解できなかった。
なのに、そんな事は一切表には出さず、キリリとした表情で武官らしく控えているところはさすがである。
根っこが真面目なせいもあるが、体裁を整える技術に関しては常人よりもずっと上なのだ。
艦橋の空気も落ち着いたため、ふとマリッカは思った疑問をリッツェルネールに尋ねてみる事にした。
「城主殿は随分と入念に計画していましたが、そこまでして魔王を倒したいのですか?」
これは奇妙な質問だと、リッツェルネールは思う。
この世界の人間は全て、人類の宿願である魔王打倒を目的に生きている。
しかも今はそれだけではない。魔王を倒せば海が戻って来るかもしれないのだ。当然覚悟が違う。
なのに、今更そんな暢気な質問が飛んでくるとは予想もしていなかった。
「そうだね……まあ当然だろう? 僕たちはその為にここに来ているんだから」
当たり障りのない返答をしながら、空虚な思いが胸をよぎる。
実際に、魔王打倒は必須である。
だがそこに、人類への使命感や絶対的な渇望などは無い。ただ目的の為に、魔王が死んだという事実が欲しいだけだ。
だがそれを話すよりも、せっかく彼女の方から話しかけてきたのだからと、以前から思っていた疑問を口にしてみた。
「君は何のために、ここにいるんだい?」
「それが使命だからです」
考えを巡らす前に、スパッと簡潔に飛んできた答え。
余人であれば、それは魔族を倒すという人類の使命を指していると考えたのだろう。
だが、相手はマリッカだ。少しニュアンスが違うように感じとれた。
「君の言う、使命とは何だい? いや、答えたくないのならいいよ」
改めてそれを問われ、マリッカは少し考えた。そして……。
「私の生き方は父が決めました。それを全うする事が、私の使命であります」
父か……と、リッツェルネールは思う。
自分の父親は、アルドライト商家の傍流の末端に位置する一介の商人であった。
ナンバーワン商家の血筋。だがそれは、いわば過剰包装であり、実益にはむしろマイナス効果だった。
しかも商人として特に優秀でもなければ、軍人としては無能。兵役に出たその年の内に、死亡通知が来たのを今でも覚えている。
兄弟は4人。全員が、商人となるべく世界各国に送られた。
しかし、結局今生きているのは自分一人だ。
病死、事故死、戦死、そして陰謀に巻き込まれ、いつの間にか母もこの世を去っていた。
このままいけば、両親から続く血統は自分の代で途絶えるだろう。
そういえばマリッカは確か……。
「君の両親は既に亡くなっているそうだね。そして兄弟もなし。兵役免除の申請はしないのかい?」
当然、マリッカの素性は確認済みだ。
資料によると、両親はさほど流行らない小さな商店を経営していたが、60年ほど前に流行り病で亡くなったとあった。
姉が一人いたが、時を同じくして亡くなっているという。
マリッカに子供は無く、両親も兄弟もいない。そして近年、兵役で功績をあげている。
このような場合、通常なら兵役は免除されるのが常だ。
功の大小にもよるが、子供が出来たら30年。出来なければ60年ほどは、新たな兵役義務はない。
だが言いながら思う。アンドルスフ商家の人間が、その程度の事に考えが及ばないわけがないだろう。
それに食糧事情から来る口減らしは、あの商家といえども例外はではない。
これは無意味な質問だ。
「その辺りは、本家が決めていますので」
マリッカはそう応えながら、そんな申請が出来たのかと心の中で舌打ちをする。だがイェアや他の魔人達が、そんな申請を通すとは思えない。
ましてや、あの変態両生類は自分の危機を楽しんでいる節すらある。
間違いなく、状況は変わらなかっただろう。
「君自身はどうなんだい? 魔王を倒し、魔族が滅んだ先に何を見る?」
その質問の答えは、マリッカには無かった。
ただ――、
「父は魔王が死んだ先の世界を考えてはいませんでした。ですから、魔王の死は私の人生設計にはありません」
それを考えた時、マリッカの心に生じたのは虚無感であった。
魔王の子を産み戦場へと送る……その為に父に作られた道具。
他には何の役割も与えられず、自ら考えて何かをするという事は無かった。
これからも、必要は無いだろう。
だがもしリッツェルネールが勝利し、魔王が逃げ、そして魔族領が消え去ったら?
その時はもう、父の指令は消滅している。人類の刃は、どちらにせよ海にいる魔王には届かないのだから。
長い平和……いや人間同士の殺し合いの時代に突入するのだろうか?
そうなったら一体、何を考え何のために生きるのだろう……。
「それでは、攻撃を開始する」
そんな曖昧な想いを、リッツェルネールの指示が掻き消した。
彼の指示の元、通信士が一斉に動き出す。いよいよ戦いが始まるのだ。
先の事など、これ以上考えても仕方がない。
今は戦いに集中しよう……まあ、やる事は無いけれど。
そう考えながら、マリッカの思考は戦いへと移って行った。
「城主様、予定地点に到着いたしました」
「よし、浮遊城ジャルプ・ケラッツァはここで停止。各部隊は予定通りに配置せよ」
通信士に指示をすると、ようやくリッツェルネールは一息つけた。
此処まで彼は、軍議に次ぐ軍議、作戦指示と説明、部隊配置など、事細かに作戦を詰めていた。
こうした事前に行われる入念な準備こそが、彼の持ち味であり真骨頂だと言える。
艦橋から見える景色は、全方向とも荒涼たる魔族領だ。そこには友軍の一人も見ることは出来ない。
浮遊城は攻撃の性質上、射程範囲に味方を置かないのが通例だったのだから。
友軍部隊は彼の計画に沿って、炎と石獣の領域を包囲しつつある。
だが以前の様な、ただ単純な包囲ではない。リッツェルネールの全てを賭した、入念な戦略の妙であった。
だが、それに突き合わされたマリッカはヘトヘトだ。
一生分の頭を使ったかもしれないが、それでも殆ど意味を理解できなかった。
なのに、そんな事は一切表には出さず、キリリとした表情で武官らしく控えているところはさすがである。
根っこが真面目なせいもあるが、体裁を整える技術に関しては常人よりもずっと上なのだ。
艦橋の空気も落ち着いたため、ふとマリッカは思った疑問をリッツェルネールに尋ねてみる事にした。
「城主殿は随分と入念に計画していましたが、そこまでして魔王を倒したいのですか?」
これは奇妙な質問だと、リッツェルネールは思う。
この世界の人間は全て、人類の宿願である魔王打倒を目的に生きている。
しかも今はそれだけではない。魔王を倒せば海が戻って来るかもしれないのだ。当然覚悟が違う。
なのに、今更そんな暢気な質問が飛んでくるとは予想もしていなかった。
「そうだね……まあ当然だろう? 僕たちはその為にここに来ているんだから」
当たり障りのない返答をしながら、空虚な思いが胸をよぎる。
実際に、魔王打倒は必須である。
だがそこに、人類への使命感や絶対的な渇望などは無い。ただ目的の為に、魔王が死んだという事実が欲しいだけだ。
だがそれを話すよりも、せっかく彼女の方から話しかけてきたのだからと、以前から思っていた疑問を口にしてみた。
「君は何のために、ここにいるんだい?」
「それが使命だからです」
考えを巡らす前に、スパッと簡潔に飛んできた答え。
余人であれば、それは魔族を倒すという人類の使命を指していると考えたのだろう。
だが、相手はマリッカだ。少しニュアンスが違うように感じとれた。
「君の言う、使命とは何だい? いや、答えたくないのならいいよ」
改めてそれを問われ、マリッカは少し考えた。そして……。
「私の生き方は父が決めました。それを全うする事が、私の使命であります」
父か……と、リッツェルネールは思う。
自分の父親は、アルドライト商家の傍流の末端に位置する一介の商人であった。
ナンバーワン商家の血筋。だがそれは、いわば過剰包装であり、実益にはむしろマイナス効果だった。
しかも商人として特に優秀でもなければ、軍人としては無能。兵役に出たその年の内に、死亡通知が来たのを今でも覚えている。
兄弟は4人。全員が、商人となるべく世界各国に送られた。
しかし、結局今生きているのは自分一人だ。
病死、事故死、戦死、そして陰謀に巻き込まれ、いつの間にか母もこの世を去っていた。
このままいけば、両親から続く血統は自分の代で途絶えるだろう。
そういえばマリッカは確か……。
「君の両親は既に亡くなっているそうだね。そして兄弟もなし。兵役免除の申請はしないのかい?」
当然、マリッカの素性は確認済みだ。
資料によると、両親はさほど流行らない小さな商店を経営していたが、60年ほど前に流行り病で亡くなったとあった。
姉が一人いたが、時を同じくして亡くなっているという。
マリッカに子供は無く、両親も兄弟もいない。そして近年、兵役で功績をあげている。
このような場合、通常なら兵役は免除されるのが常だ。
功の大小にもよるが、子供が出来たら30年。出来なければ60年ほどは、新たな兵役義務はない。
だが言いながら思う。アンドルスフ商家の人間が、その程度の事に考えが及ばないわけがないだろう。
それに食糧事情から来る口減らしは、あの商家といえども例外はではない。
これは無意味な質問だ。
「その辺りは、本家が決めていますので」
マリッカはそう応えながら、そんな申請が出来たのかと心の中で舌打ちをする。だがイェアや他の魔人達が、そんな申請を通すとは思えない。
ましてや、あの変態両生類は自分の危機を楽しんでいる節すらある。
間違いなく、状況は変わらなかっただろう。
「君自身はどうなんだい? 魔王を倒し、魔族が滅んだ先に何を見る?」
その質問の答えは、マリッカには無かった。
ただ――、
「父は魔王が死んだ先の世界を考えてはいませんでした。ですから、魔王の死は私の人生設計にはありません」
それを考えた時、マリッカの心に生じたのは虚無感であった。
魔王の子を産み戦場へと送る……その為に父に作られた道具。
他には何の役割も与えられず、自ら考えて何かをするという事は無かった。
これからも、必要は無いだろう。
だがもしリッツェルネールが勝利し、魔王が逃げ、そして魔族領が消え去ったら?
その時はもう、父の指令は消滅している。人類の刃は、どちらにせよ海にいる魔王には届かないのだから。
長い平和……いや人間同士の殺し合いの時代に突入するのだろうか?
そうなったら一体、何を考え何のために生きるのだろう……。
「それでは、攻撃を開始する」
そんな曖昧な想いを、リッツェルネールの指示が掻き消した。
彼の指示の元、通信士が一斉に動き出す。いよいよ戦いが始まるのだ。
先の事など、これ以上考えても仕方がない。
今は戦いに集中しよう……まあ、やる事は無いけれど。
そう考えながら、マリッカの思考は戦いへと移って行った。
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