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【 魔族と人と 】
中央の決定 後編
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――やはりこうなるか……。
3人の様子を見ながら、リッツェルネールはさもあらんと思っていた。
今回の魔族領遠征は、ある意味全ての国にとって仕方の無い事だった。
やりたくはないが、やらねばならない状態だと言って良い。
海という食料源を失い、備蓄を計算しながら後何年生きていられるかを考えねばいけない状態なのだ。
食いぶちを減らし、同時に魔王を倒すという一発逆転に賭けての出征は、結局いずれは行われていただろう。
だがなぜ今なのか? そう問われれば、ムーオスが始めたからだとしか言いようがない。
それぞれ始める事には賛成でも、開始時期には各国ごとの思惑があったのだ。
リッツェルネールとしては、ここで今回の魔族領出征が取りやめになる可能性を考えていた。
なにせ最前線の司令官を呼び戻すのだ。それなりの意味があると思っていた。
だがこうして見る限り、実際はただの体面作りの為だ。
我々は十分に話し合った上で、今回の決定を行った――そう宣伝するためのパフォーマンス。
だが、それを悪い事だとは思わない。
結局のところ、政治中枢と民衆とでは保有する知識に差がありすぎる。
我々が問題無いと思っても、その根拠となる知恵を全ての者に与えることは出来ない。
だからこそ、たとえ政治宣伝と思われようが、こういった儀式が必要なのである。
「それでリッツェルネール。お前から見て、新たな領域はどんな感じだ?」
そんな事を考えていると、不意にカルターから質問が飛んでくる。
どうやら興味津々の様だが、それは他の者も同様だ。
前代未聞、史上初の出来事なのだから当然だろう。
「既にこれらの資料にある通り、完全に新しい領域です。距離は300キロを超え、山頂の最高高度は5000メートルにも達します。調査隊の報告では、42日前にこれが目視できる地点には何もなかったとなっています。つまりこれは、最長でも41日の間に誕生したわけです」
「全く……これで本当に、我々は魔王と戦おうというのか? いや、いつまでも魔王と呼んでいていいものなのか? 明日には、この中央都市も溶岩に呑まれているかもしれぬぞ」
クライカ王は憂鬱な面持ちで3人を見渡す。
彼の国は宗教国家だ。それも、国内に残った魔族領を原典としている。今回の領域創生、それはジェルケンブールの民にとって神の御業だ。
それと戦おうというのだから、それこそ信仰が試されているといっても良いほどである。
もしこの国が今回の主力を務めていたら、この時点で終わっていただろう。
「その時はその時でしょう、クライカ陛下。ですがどの道、我々には他に道はありません。今はもう魔王を倒すために全力を尽くすべきでしょう」
「この『魔王討伐作戦』か。貴様の事だ、勝算はあるんだろうが――」
カルターは手元にある資料を机の上にばさりと広げる。
それはこの会議に先立って、各国に送られた極秘の作戦計画文書であった。
リッツェルネールが提示した作戦内容を聞きながら、オスピアはここで、魔王と交渉する道が残されている事を語るべきか考えていた。
当然そのものずばりを言う気はない。
だが、ハルタール帝国はこの世界で最も歴史の古い国だ。勿体ぶって儀式だの秘術だの言えば、細かな事は誤魔化せよう。
だが北方の戦闘が停止すれば、南方のムーオスとの関係が怪しくなる。
あそこは絶対に引けないだろう。もう揺り籠を使ってしまったのだから。
「――このように、ムーオス自由帝国が浮遊城を通すための道を作っている間に、北方は魔王に対して直接強襲を仕掛けます」
「どのくらいの成果を見込めそうだ? 成功率は?」
いぶかしげにカルタ―は尋ねるが、答えは大体予想していた通りだった。
「有ると言えば有る……程度でしょうか。しかし、今の状況で我々が取れる最善手です。いかがですか、皆様方」
カルタ―もクライカも明確な賛成も反対も出来ない。
賛成できない理由は簡単だ――作戦の成功率を計算する材料がないからだ。
だがこれは、今の人類に答えを出せる人間など一人もいないだろう。
反対できない理由もまた同じ。要は、リッツェルネールの作戦案は理解するが、その結果は誰にも予想できないという事だ。
だが他に手は無いだろう。実際ムーオス自由帝国は、既にリッツェルネールの作戦案を了承済みだ。
ならば、やるしかない。そしてやるからには――。
「ハルタール帝国はその案に賛成するの。主軸は我らが務めよう。元よりその予定であったのだ。両国とも、異論はあるまい。作戦はそのまま進めるが良いの」
――徹底するしかないだろう。
オスピアとしては、確かに魔王は殺せない。
だが今の状況でムーオスが一方的に功を立てれば、今後の主導権はムーオス自由帝国が執る事になるだろう。
それは揺り籠を持つ国が世界の行く末を主導すると言う事だ。
それもまた、今後の平和を考えれば絶対に避けたいところである。
――魔神に期待するの……魔王を殺させるではないぞ。
これで結論は出た。
人類は、天地創造の力を持つ魔王――あるいは神に戦いを挑む。
それはもう、人が生き延びるためにやるしかない事なのだ。
もしそれで滅ぶことになったとしても、もはや止まることは出来なかった。
3人の様子を見ながら、リッツェルネールはさもあらんと思っていた。
今回の魔族領遠征は、ある意味全ての国にとって仕方の無い事だった。
やりたくはないが、やらねばならない状態だと言って良い。
海という食料源を失い、備蓄を計算しながら後何年生きていられるかを考えねばいけない状態なのだ。
食いぶちを減らし、同時に魔王を倒すという一発逆転に賭けての出征は、結局いずれは行われていただろう。
だがなぜ今なのか? そう問われれば、ムーオスが始めたからだとしか言いようがない。
それぞれ始める事には賛成でも、開始時期には各国ごとの思惑があったのだ。
リッツェルネールとしては、ここで今回の魔族領出征が取りやめになる可能性を考えていた。
なにせ最前線の司令官を呼び戻すのだ。それなりの意味があると思っていた。
だがこうして見る限り、実際はただの体面作りの為だ。
我々は十分に話し合った上で、今回の決定を行った――そう宣伝するためのパフォーマンス。
だが、それを悪い事だとは思わない。
結局のところ、政治中枢と民衆とでは保有する知識に差がありすぎる。
我々が問題無いと思っても、その根拠となる知恵を全ての者に与えることは出来ない。
だからこそ、たとえ政治宣伝と思われようが、こういった儀式が必要なのである。
「それでリッツェルネール。お前から見て、新たな領域はどんな感じだ?」
そんな事を考えていると、不意にカルターから質問が飛んでくる。
どうやら興味津々の様だが、それは他の者も同様だ。
前代未聞、史上初の出来事なのだから当然だろう。
「既にこれらの資料にある通り、完全に新しい領域です。距離は300キロを超え、山頂の最高高度は5000メートルにも達します。調査隊の報告では、42日前にこれが目視できる地点には何もなかったとなっています。つまりこれは、最長でも41日の間に誕生したわけです」
「全く……これで本当に、我々は魔王と戦おうというのか? いや、いつまでも魔王と呼んでいていいものなのか? 明日には、この中央都市も溶岩に呑まれているかもしれぬぞ」
クライカ王は憂鬱な面持ちで3人を見渡す。
彼の国は宗教国家だ。それも、国内に残った魔族領を原典としている。今回の領域創生、それはジェルケンブールの民にとって神の御業だ。
それと戦おうというのだから、それこそ信仰が試されているといっても良いほどである。
もしこの国が今回の主力を務めていたら、この時点で終わっていただろう。
「その時はその時でしょう、クライカ陛下。ですがどの道、我々には他に道はありません。今はもう魔王を倒すために全力を尽くすべきでしょう」
「この『魔王討伐作戦』か。貴様の事だ、勝算はあるんだろうが――」
カルターは手元にある資料を机の上にばさりと広げる。
それはこの会議に先立って、各国に送られた極秘の作戦計画文書であった。
リッツェルネールが提示した作戦内容を聞きながら、オスピアはここで、魔王と交渉する道が残されている事を語るべきか考えていた。
当然そのものずばりを言う気はない。
だが、ハルタール帝国はこの世界で最も歴史の古い国だ。勿体ぶって儀式だの秘術だの言えば、細かな事は誤魔化せよう。
だが北方の戦闘が停止すれば、南方のムーオスとの関係が怪しくなる。
あそこは絶対に引けないだろう。もう揺り籠を使ってしまったのだから。
「――このように、ムーオス自由帝国が浮遊城を通すための道を作っている間に、北方は魔王に対して直接強襲を仕掛けます」
「どのくらいの成果を見込めそうだ? 成功率は?」
いぶかしげにカルタ―は尋ねるが、答えは大体予想していた通りだった。
「有ると言えば有る……程度でしょうか。しかし、今の状況で我々が取れる最善手です。いかがですか、皆様方」
カルタ―もクライカも明確な賛成も反対も出来ない。
賛成できない理由は簡単だ――作戦の成功率を計算する材料がないからだ。
だがこれは、今の人類に答えを出せる人間など一人もいないだろう。
反対できない理由もまた同じ。要は、リッツェルネールの作戦案は理解するが、その結果は誰にも予想できないという事だ。
だが他に手は無いだろう。実際ムーオス自由帝国は、既にリッツェルネールの作戦案を了承済みだ。
ならば、やるしかない。そしてやるからには――。
「ハルタール帝国はその案に賛成するの。主軸は我らが務めよう。元よりその予定であったのだ。両国とも、異論はあるまい。作戦はそのまま進めるが良いの」
――徹底するしかないだろう。
オスピアとしては、確かに魔王は殺せない。
だが今の状況でムーオスが一方的に功を立てれば、今後の主導権はムーオス自由帝国が執る事になるだろう。
それは揺り籠を持つ国が世界の行く末を主導すると言う事だ。
それもまた、今後の平和を考えれば絶対に避けたいところである。
――魔神に期待するの……魔王を殺させるではないぞ。
これで結論は出た。
人類は、天地創造の力を持つ魔王――あるいは神に戦いを挑む。
それはもう、人が生き延びるためにやるしかない事なのだ。
もしそれで滅ぶことになったとしても、もはや止まることは出来なかった。
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