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【 魔族と人と 】
浮遊城エスチネル 後編
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浮遊城ジャルプ・ケラッツァ、ケインブラ・フォースノーの私室。
中央への出発を翌日に控えたリッツェルネールは、ケインブラに招かれてこの部屋を訪れていた。
会議の重要性を考えればもっと早くに中央入りすべきだが、不在の隙を魔王に襲われる危険性を考慮してギリギリまで粘ったのだ。
――魔王は来なかったか……だがそれも良いだろう。
ここはマリッカの部屋より広い。流石は、最高位の士官用だけの事はある。
広い部屋には酒瓶が並ぶキャビネット。それにキッチンまで設置されている。
更に大きな四角いガラステーブルが置かれ、3面には赤い革のソファーが用意されている。
色合いから、ソファーはケインブラが用意したのだろう。部屋の壁は、ピンクのバラ模様の真っ赤な壁紙が張られている。
「俺は、君ならば商国を変えてくれると信じていたのだがな」
そう言いながら、ケインブラは静かに琥珀色の液体をグラスに注ぐ。
銘柄を見る限り、ここに度数60から98までのアルコールしか置いていない。
その中で彼が今日選んだ度数は62。それなりに、気を使っている様だ。
しかし残念な事に――
「僕にそんなに余裕があると思っていたのかい? 小国の独立に中央との折衝、ハルタールやジェルケンブール、それにムーオスとの交渉もあったんだ。無理だよ」
彼の希望に沿う余裕など、今の今までどこにもない。そしてこれからも、当分は無いだろう。
「ほう? ならば変える気はあるという事か?」
自分のグラスを一気に空け、次を注ぎながら訪ねてくる。
視線はグラスに注がれたままだが、その質問からはハッキリとした力のようなものが感じられた。
「変えろというが、僕にはその必要は感じられないな。商国は今までも上手くやってきた。なぜ変える必要がある?」
「貴様は、十家会議を見てもなんとも思わなかったのか?」
貴様か……相変わらず嫌われたものだ。
それにしても……おそらくはラハの事だろうか。それとも、あの謎の声の主を知っているのかもしれない。
疑問は出るが、その内容は軽い。リッツェルネールにとって、商国の実質的な支配者など誰でも良いのだ。
極端な話、魔王であっても構わないくらいだ。その位、商国の治世は安定していたのである。
だからその事より、少し方向性を変えた質問を投げかける。
「君はいつから、商国の魔族に関して知っていたんだい?」
僅かの沈黙の後、グラスを再び空にすると――
「昔からだ。貴様と戦場に共にあった頃から……まだフォースノー商家を継ぐ前から知っていた。我々の担当は情報だからな。嫌でも気付く」
そう言いながら、再びアルコールを注ぐ。
「なら、君の方が彼等との付き合いは長いだろう。これまで、折り合いをつけてやって来たんじゃないのか?」
「相手は魔族だぞ! 人類の敵だ! それがさも人間のように我らの中に混じり、平然としている。汚らわしい。大体貴様は――」
バキッという音が響き、ケインブラの手に握られた分厚い硬質ガラスのコップが砕け散る。
一つ溜息をつきながら立ち上がるケインブラを見ながら、自分のグラスにも追加のアルコールを注ぐ。
――彼は商人では無いな……。
商国でも異質な情報担当の家。個々の利益ではなく、国家全体の為に動くという立場。
それが彼を、商人ではなく軍人……いや、人間に育ててしまったのだろう。
そして静かに、冷静に、思考を纏め、一つの疑問を問いかける。
それは彼が考え抜いた末に、一つ残った疑問の芽。
「身内に魔族がいたことが、そんなに嫌な事だったのかい?」
心の中では否定して欲しいと思っている。「何のことだ?」「意味が分からない」……何でもいい。彼女は君の血族に連なる堂々とした人間だったと答えてくれないだろうか。
「……知ってたのか」
だが、期待は外れ予想は当たる。世の中とは、何と不条理に出来ているのだろうか。
「いや、知らないよ。僕は何も知らないさ」
やはりそうだったのか……そう思うリッツェルネールの心は冷静だった。思ったよりも動揺は無い。冷めているわけではないが、それでも平穏と言って良かった。
ただ魔族領に行ったまま、一度も戻らなかった者にその可能性があっただけだ。
それは勿論、戦死して帰れなかっただけという例もある。いや、その方が圧倒的に大多数だ。
だが帰れる状態にあっても帰らなかった者。それは、魔族の公算が高い。
そして最も可能性のある者の一人が、情報将校でありかつての副官でもある、メリオ・フォースノーだったのだ。
「むしろ、君はいつから知っていたんだ? そちらの方が興味があるよ」
「最初から分かっていたさ。だから、メリオが死んだときは喜んださ。そう言って欲しいのか? だが安心しろ、知ったのはごく最近だ」
二人同時に、酒をあおる。
偶然……というより、互いに吐こうとした言葉と一緒に飲み込むような心象であった。
「そんな事は思っていないよ。ただ知りたかっただけさ。魔族だったのか……もしそうなら、どんな気持ちで生きてきたのだろう。何を考え、戻ることの出来ない魔族領へと行ったのだろうかとね」
「さあな。だが、貴様が魔王を倒し、魔族を滅ぼせば、もうそんな事はどうでもよくなる」
――それはどうかな。そう思ったが、言葉には出さなかった。
イリオンはどうだったのだろうか……彼女もまた、魔族だったのだろうか。
その答えは何処にもない。非合法市民の記録など、泡のように簡単に消えてしまうからだ。
その代わり――、
「僕は必ず魔王を倒し、この世界を平穏に導くよ。その際には、全面的な協力をお願いする」
そう言って立ち上がる。
今日はもう飲み過ぎた。それに、こうもギスギスした状態で飲んでも仕方がない。
「貴様が魔族を滅ぼすのなら、俺は全面的に協力してやるさ」
そう言ったケインブラの目には、僅かの嘘も見られなかった。
中央への出発を翌日に控えたリッツェルネールは、ケインブラに招かれてこの部屋を訪れていた。
会議の重要性を考えればもっと早くに中央入りすべきだが、不在の隙を魔王に襲われる危険性を考慮してギリギリまで粘ったのだ。
――魔王は来なかったか……だがそれも良いだろう。
ここはマリッカの部屋より広い。流石は、最高位の士官用だけの事はある。
広い部屋には酒瓶が並ぶキャビネット。それにキッチンまで設置されている。
更に大きな四角いガラステーブルが置かれ、3面には赤い革のソファーが用意されている。
色合いから、ソファーはケインブラが用意したのだろう。部屋の壁は、ピンクのバラ模様の真っ赤な壁紙が張られている。
「俺は、君ならば商国を変えてくれると信じていたのだがな」
そう言いながら、ケインブラは静かに琥珀色の液体をグラスに注ぐ。
銘柄を見る限り、ここに度数60から98までのアルコールしか置いていない。
その中で彼が今日選んだ度数は62。それなりに、気を使っている様だ。
しかし残念な事に――
「僕にそんなに余裕があると思っていたのかい? 小国の独立に中央との折衝、ハルタールやジェルケンブール、それにムーオスとの交渉もあったんだ。無理だよ」
彼の希望に沿う余裕など、今の今までどこにもない。そしてこれからも、当分は無いだろう。
「ほう? ならば変える気はあるという事か?」
自分のグラスを一気に空け、次を注ぎながら訪ねてくる。
視線はグラスに注がれたままだが、その質問からはハッキリとした力のようなものが感じられた。
「変えろというが、僕にはその必要は感じられないな。商国は今までも上手くやってきた。なぜ変える必要がある?」
「貴様は、十家会議を見てもなんとも思わなかったのか?」
貴様か……相変わらず嫌われたものだ。
それにしても……おそらくはラハの事だろうか。それとも、あの謎の声の主を知っているのかもしれない。
疑問は出るが、その内容は軽い。リッツェルネールにとって、商国の実質的な支配者など誰でも良いのだ。
極端な話、魔王であっても構わないくらいだ。その位、商国の治世は安定していたのである。
だからその事より、少し方向性を変えた質問を投げかける。
「君はいつから、商国の魔族に関して知っていたんだい?」
僅かの沈黙の後、グラスを再び空にすると――
「昔からだ。貴様と戦場に共にあった頃から……まだフォースノー商家を継ぐ前から知っていた。我々の担当は情報だからな。嫌でも気付く」
そう言いながら、再びアルコールを注ぐ。
「なら、君の方が彼等との付き合いは長いだろう。これまで、折り合いをつけてやって来たんじゃないのか?」
「相手は魔族だぞ! 人類の敵だ! それがさも人間のように我らの中に混じり、平然としている。汚らわしい。大体貴様は――」
バキッという音が響き、ケインブラの手に握られた分厚い硬質ガラスのコップが砕け散る。
一つ溜息をつきながら立ち上がるケインブラを見ながら、自分のグラスにも追加のアルコールを注ぐ。
――彼は商人では無いな……。
商国でも異質な情報担当の家。個々の利益ではなく、国家全体の為に動くという立場。
それが彼を、商人ではなく軍人……いや、人間に育ててしまったのだろう。
そして静かに、冷静に、思考を纏め、一つの疑問を問いかける。
それは彼が考え抜いた末に、一つ残った疑問の芽。
「身内に魔族がいたことが、そんなに嫌な事だったのかい?」
心の中では否定して欲しいと思っている。「何のことだ?」「意味が分からない」……何でもいい。彼女は君の血族に連なる堂々とした人間だったと答えてくれないだろうか。
「……知ってたのか」
だが、期待は外れ予想は当たる。世の中とは、何と不条理に出来ているのだろうか。
「いや、知らないよ。僕は何も知らないさ」
やはりそうだったのか……そう思うリッツェルネールの心は冷静だった。思ったよりも動揺は無い。冷めているわけではないが、それでも平穏と言って良かった。
ただ魔族領に行ったまま、一度も戻らなかった者にその可能性があっただけだ。
それは勿論、戦死して帰れなかっただけという例もある。いや、その方が圧倒的に大多数だ。
だが帰れる状態にあっても帰らなかった者。それは、魔族の公算が高い。
そして最も可能性のある者の一人が、情報将校でありかつての副官でもある、メリオ・フォースノーだったのだ。
「むしろ、君はいつから知っていたんだ? そちらの方が興味があるよ」
「最初から分かっていたさ。だから、メリオが死んだときは喜んださ。そう言って欲しいのか? だが安心しろ、知ったのはごく最近だ」
二人同時に、酒をあおる。
偶然……というより、互いに吐こうとした言葉と一緒に飲み込むような心象であった。
「そんな事は思っていないよ。ただ知りたかっただけさ。魔族だったのか……もしそうなら、どんな気持ちで生きてきたのだろう。何を考え、戻ることの出来ない魔族領へと行ったのだろうかとね」
「さあな。だが、貴様が魔王を倒し、魔族を滅ぼせば、もうそんな事はどうでもよくなる」
――それはどうかな。そう思ったが、言葉には出さなかった。
イリオンはどうだったのだろうか……彼女もまた、魔族だったのだろうか。
その答えは何処にもない。非合法市民の記録など、泡のように簡単に消えてしまうからだ。
その代わり――、
「僕は必ず魔王を倒し、この世界を平穏に導くよ。その際には、全面的な協力をお願いする」
そう言って立ち上がる。
今日はもう飲み過ぎた。それに、こうもギスギスした状態で飲んでも仕方がない。
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