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【 魔族と人と 】

バイアマハンの攻防 その4

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 街へと突き進むゲルニッヒの背後に、2つの揺り籠が落下する。
 1つは不発。だがもう一つは眩しい閃光と共に爆音を響かせ、その激しい衝撃波が街と重飛甲母艦の駐屯地を襲う。

 揺り籠は白き苔の大地に1キロメートルほどの穴をあけた。だが、その直接的な効果範囲が1キロという訳ではない。
 魔導炉の暴発と共に融解した大地は100メートル程。直接地面をめくり上げ破壊するような威力も、精々200メートル程だ。残りは衝撃波となって、苔を薙ぎ払ったに過ぎない。
 いや、過ぎないといっても、その威力が絶大な事に変わりはない。その衝撃はと熱自体は、数キロに渡って大地を薙ぎ払うのだから。

 揺り籠の爆発による熱と衝撃波は円形に色がり、バイアマハンの街を襲う。
 それは木やレンガの建物など軽々と吹き飛ばし、可燃物に火を放つ。
 だが勢いは止まらない。街を焼いた衝撃波と炎は川を越え、反対側も薙ぎ払う。
 バイアマハンの全てが一瞬にして業火に包まれ、真っ黒な煙は空を覆う極彩色の雲へと伸びて行く。

 だが、金属ドームの建物は爆風を受け流し、熱も内部の人間を殺すほどには届かない。
 この円形ドームの建築物は、遥か神話の世界、天から落ちたという星に対抗して作った形状だ。直撃ならともかく、爆風程度ならビクともしない。地下施設も同様だ。

 一方重飛甲母艦の駐屯地は、爆発地点から900メートル以上離れていた。
 外にいた兵士が吹き飛ばされ、または岩石の直撃を受けて多数の犠牲者を出した。
 テントや旗などの可燃物は燃え上がり、こちらも黒煙を上げている。
 だが重飛甲母艦は少し風圧で動かされた程度だ。搭載予定の揺り籠なども荷崩れしてしまったが、基地機能にはさほどの影響はなかった。
 これは運ではなく、オンド艦長が正確に被害予想を計算した結果だ。

 しかし、そんな地上の状況は上空の飛甲母艦にとっては興味の対象ですらない。

「観測状況はどうなっています?」

 激しく揺れる艦内で、椅子にしがみつきながらヘッケリオが叫ぶ。
 重飛甲母艦は爆心地から水平距離で400メートル程離れていたが、立ち上った衝撃波とキノコ雲の規模からすればその場にいたといってもいい距離だ。
 視界は乱流する真っ黒いすすに覆われ、激しい気流が艦体を翻弄ほんろうする。

「い、位置不明。ですが反応はあります。魔族は健在!」

 揺れる中でも、通信士オペレーターは懸命に状況を確認する。
 反応はある。だが重飛甲母艦の探知機センサーでは、魔族を正確に探知する事は難しい。
 ましてや艦体は激しく揺れている。だがそれでも、ヘッケリオは位置を特定していた。
 魔族が現在いる位置――それは都市中心部だ。

「他にも飛翔した重飛甲母艦はありましたね」

 まだ気流に翻弄ほんろうされる中、ヘッケリオは艦長オンドに確認を取る。
 だが、答えを待つつもりはない。これはただの確認だ。揺り籠を投下する前に、最低でも8機が上がっているのを確認していたからだ。

「全重飛甲母艦に連絡。バイアマハンの全てを焼き払いなさい。何もかも、全てをですよ!」

 オンドは再び命令を躊躇ためらった。
 あの街は揺り籠を作るための工場。そして、揺り籠に乗るために人員の街。
 社会的地位の高い者はいない。金持ちもいない。いるのは、全国から集められた貧しい者達だけだ。
 だがしかし、それでも民間人が暮らす都市であることには変わらない。

「それはさすがに……」

 両の掌を前に出して微笑みを浮かべるが、ヘッケリオの様子は変わりはしない。

「改めて説明が必要なんですかねぇ! 相手は間違いなく知恵のある魔族。それがここに来たんですよ? 何のために!? 決まっている。目的はここの破壊。そして揺り籠のデータだ。どうせ破壊されるなら、データだけは奪われないようにするのがアンタらの務めでしょう。さあ、さっさとバイアマハンを焼き払え!」

 その姿はまさに狂気。誰もが思う、こいつ本当は魔族なのではないだろうかと。
 そんな迫力に押され、オンドは一歩後ずさる。右手は、咄嗟とっさに腰に差した非常用のハンマーを掴んでいた。

 ――やっちまうか……それとも――。

 どうにも判断がつかない。ヘッケリオが言いたいことは、今更言われるまでもなく分かる。
 強力な魔族が来た、今この街に。それが偶然であるわけがない。
 目的は都市の破壊のみ――ではない事も今更だ。彼等には確かな頭脳がある。野生のサイが火を消しに来たのとは訳が違うのだ。
 間違いなく、重飛甲母艦や揺り籠のデータを狙っているだろう。ここは研究所であり、また工場だ。それこそ基礎理論から設計図、実物まで全てが揃っている場所なのだから。

 だが、そうだからといって、実行する権限はあるのか?
 都市一つを焼き払い、帝国の威信を賭けた栄光への道グロリアスロード作戦に大幅な遅延をもたらす。
 ただの一介の飛甲母艦艦長に風情に、そんなことが出来るわけがない。やれば間違いなく希望塚処刑場行きだ。
 だがその時、命令したヘッケリオにはどのような処罰が下るのか……。


『それは禁止する。ヘッケリオ・オバロス!』

 スピーカーから流れてきた声で我に返る。
 この国の重飛甲母艦乗りなら、決して忘れぬ声。”比翼の天馬の片翼” オベーナスだ。

『もう一度言う。貴様に都市への揺り籠投下を決定する権限は無い。大人しくそこで待っていろ。都市近郊に投下した件も、後でしっかりと説明頂こう』

「……だ、そうです」

 ほっとしたオンドの顔を睨みつつ、視線だけはスピーカーへ向け――

「アンタも状況を理解していない口ですか? 魔族はどうするんですかねぇ。全ての計画が失敗したら、アンタが責任を取れるんですか?」

『貴様にもバイアマハンを失う責任を取ることは出来まい。現在地上部隊が向かっている。貴様の出しゃばりはもう終わりだ。以上!』

「チッ!」

 ヘッケリオは軽く舌打ちをすると、空いたシートにドカンと腰を下ろした。




 ◇     ◇     ◇




 ゲルニッヒは、吹き飛ばされドーム状の建物の一つに張り付いていた。
 後ろ半分は溶け、前半分は潰れている状態だ。今攻撃をされたら、今度こそ一巻の終わりだっただろう。
 だがその可能性を考えると、自身の心が高揚していくのを感じる。
 死ぬ、滅ぶ、消える……その緊張感と期待が、ゲルニッヒの魂を揺さぶっていたのだ。
 人が死ぬために戦いに来る、その意味が分かるような気がする。この感覚は、確かに素晴らしい!

 だが同時に、魔王に託された使命が頭をよぎる。ヨーヌだけでも何とかなりそうではあるが、こちらの興味も捨てがたい。
 それに、そう簡単に死んでしまったら面白くは無いではないか。
 避けようのない絶対的な死。それを越えようとしてもがくからこそ、最後の瞬間は美しいのだ。
 そして改めて、上空に浮かぶ重飛甲母艦を確認する。

「素晴らしい覚悟と決意デシタ。お見事で御座いマス。デスガ……足りなかったデスネ。イエイエ、貴方の決意がではありマセン。貴方のチカラ……ソウ、権力がデスネ。マタいずれ、お会いいたしまショウ。ソノ時は是非、貴方の全力を見せて欲しいものデスネ」

 頭部の大豆が胴から分離し、曲面の壁を転がり落ちて行く。
 今回は実に楽しかった。続きは、用事を済ませてからでも遅くはない。
 下に落ちた本体……大豆の頭が転がりながら下水管に滑り込むと、ようやく流れ続けていたサイレンが止む。目標を見失ったのだ。

「サテ、ヨーヌと合流しまショウ。ソウデスネ、帰りは川を使うとしマショウカ」

 こんな状況でも小声で呟きながら、ゲルニッヒの体は転がりながら下水管を流れていった。
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