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【 魔族と人と 】
バイアマハンの攻防 その2
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研究室に鳴り響くサイレンは止まらない。
ヘッケリオは白いコンクリートの壁に取り付けられた四角い機械に魔力を送ると――、
「どうした。いつまで騒いでいる」
――そう告げた。
繋がっている先は、都市防衛司令部。受け取った通信士は困惑した。
ここは揺り籠を研究し、揺り籠を生産し、そして揺り籠を旅立たせるために作られた街。いわばオバロス血族の為の街だ。
だから彼の研究室と司令部に直結の通信経路がある事は知っていた。あくまでも、知識としてだ。今の今まで、使われたことなど1度としてなかったのだ。
「サ、サイレンは、健在警戒態勢にあるため止めることは出来ません。大変申し訳ありませんが、ご協力をお願いします」
「そのような事を言っているのではありませんよ」
静かで鋭い声と共に、ダンッ! とコンクリートの床を踏み鳴らす音が響く。
その迫力に威圧されたのか、応対している通信士は涙目で口をパクパクさせるだけで沈黙してしまう。
ヘッケリオは嫌われている。だがそれ以上に、恐れられているのだ。
曰く、目が合ったら呪われていた。
曰く、肩が当たったら翌日死んでいた。
それはもう、オカルトの領域と言って良い程だ。
「迎撃はどうなっているのかと聞いているのです!」
再びの鋭い言葉で、慌てて状況を確認する。
「げ、現在、都市700メートル圏内に魔族の反応が確認されました。飛甲母艦が探査中で、現在地上部隊も迎撃に向かっています」
――この街の守備隊程度の戦力で何になるというのか。
ヘッケリオは一言も無くパネルに背を向けると、最重要情報を纏めて研究室を後にした。
◇ ◇ ◇
魔人ヨーヌは、荒れ地を疾走していた。
正確に言うのなら、ひび割れた地面に付いた影の部分だ。その様子は、外見からでは全く分からない。
一方で、進行方向にある都市からは浮遊式輸送板の集団が出撃していた。
報告を受けて出動した兵士達――カーキ色の軍服に、半身鎧。それに中世ローマのようなコリント型兜。
武器は剣や鉈、斧に超長槍とまちまちで、全員が浮遊式輸送板に搭乗中だ。
1つの浮遊式輸送板に40人ほどが乗り、それが12枚――総勢480名ほど。その全員が敵を探す。
だが見つからない。そんなことをしている内に、浮遊式輸送板とヨーヌの影が重なった。
◇ ◇ ◇
重飛甲母艦発着場。
緊急用の高速浮遊式輸送板を飛ばし、ヘッケリオ・オバロスは一人でそこに現れた。
いつでも緊急出動できる様、ヘッケリオの研究室に設置されているものだ。
支度まで含めても、ここまで10分と掛かっていない。
警備員はいぶかしげにジロリと見るが、彼は顔パスの身分だ。何の障害もなく通過すると、そのまま重飛甲母艦の一機へと入っていった。
「これはヘッケリオ殿。一体こちらにはどのような御用で?」
その飛甲母艦艦長、オンド・バヌーは突然の来訪者に驚いた。その驚きの種類は、いきなり肩にゴキブリが落ちてきたようなものだ。
一瞬悲鳴を上げそうになったが、そこはそれ、熟練の飛甲騎兵だった男。すぐに心を立て直し、刺激しないよう笑顔を作り淑やかに尋ねる。
相手は“魔族の次に嫌われる者”。だが、この世には身分や立場というものがある。比翼の天馬やその部下達の様に明確な敵意を向けられるのは、それなりの地位にあるか、その庇護下になければ出来はしない。
図体は2メートル超え。それはこの国では極普通の身長だ。だが肩幅は異様に広く、その体積を数倍にも見せている。
その巨漢が子供のような身長しかないヘッケリオに平伏するのは、部下達からすればあまり気分のいいものではない。
出来れば殴り倒して外へ捨てて欲しいが、そんなことをしたら間違いなく希望塚行きだろう。今が戦時状態である事を鑑みれば、家族ごと送られかねない。
だが、ヘッケリオにそんな事は関係ない。へつらう男も、憎悪する兵士達もだ。
今重要なのは、近辺に現れた魔族――ただそれだけだ。
「格納庫の6発、全て使用可能ですね?」
「え、ええ。勿論です。当艦は1時間後に出立。第37回栄光への道作戦に参加する予定ですから……」
「既に魔導炉は稼働状態ですね?」
「こ、この重飛甲母艦のですか? ええ、まあ問題ありません。今飛べと言われれば飛べますが……」
「では今飛べ。すぐにです」
この母艦は作戦準備を控え、正規の指揮系統に組み込まれている。ヘッケリオが持つ権力は強大ではあるが、それを軽々に覆すことは出来ない。
だが、彼の言葉にはそのような事は関係ない、聞かないなら殺す、そういった意味合いを多分に含んでいる。
当然、その場合の抵抗は許可されている。いるのだが……。
「畏まりました。各員発着準備! 当艦はこれより離陸する。司令部と地上管制にも連絡せよ」
オンド・バヌーは素直に従う事を選んだ。死にたくないのは勿論だが、たとえ嫌っているとはいえ、人類の勝利の為にはこの男を殺すわけにはいかない……そう、理性が働いたためだった。
ヘッケリオは白いコンクリートの壁に取り付けられた四角い機械に魔力を送ると――、
「どうした。いつまで騒いでいる」
――そう告げた。
繋がっている先は、都市防衛司令部。受け取った通信士は困惑した。
ここは揺り籠を研究し、揺り籠を生産し、そして揺り籠を旅立たせるために作られた街。いわばオバロス血族の為の街だ。
だから彼の研究室と司令部に直結の通信経路がある事は知っていた。あくまでも、知識としてだ。今の今まで、使われたことなど1度としてなかったのだ。
「サ、サイレンは、健在警戒態勢にあるため止めることは出来ません。大変申し訳ありませんが、ご協力をお願いします」
「そのような事を言っているのではありませんよ」
静かで鋭い声と共に、ダンッ! とコンクリートの床を踏み鳴らす音が響く。
その迫力に威圧されたのか、応対している通信士は涙目で口をパクパクさせるだけで沈黙してしまう。
ヘッケリオは嫌われている。だがそれ以上に、恐れられているのだ。
曰く、目が合ったら呪われていた。
曰く、肩が当たったら翌日死んでいた。
それはもう、オカルトの領域と言って良い程だ。
「迎撃はどうなっているのかと聞いているのです!」
再びの鋭い言葉で、慌てて状況を確認する。
「げ、現在、都市700メートル圏内に魔族の反応が確認されました。飛甲母艦が探査中で、現在地上部隊も迎撃に向かっています」
――この街の守備隊程度の戦力で何になるというのか。
ヘッケリオは一言も無くパネルに背を向けると、最重要情報を纏めて研究室を後にした。
◇ ◇ ◇
魔人ヨーヌは、荒れ地を疾走していた。
正確に言うのなら、ひび割れた地面に付いた影の部分だ。その様子は、外見からでは全く分からない。
一方で、進行方向にある都市からは浮遊式輸送板の集団が出撃していた。
報告を受けて出動した兵士達――カーキ色の軍服に、半身鎧。それに中世ローマのようなコリント型兜。
武器は剣や鉈、斧に超長槍とまちまちで、全員が浮遊式輸送板に搭乗中だ。
1つの浮遊式輸送板に40人ほどが乗り、それが12枚――総勢480名ほど。その全員が敵を探す。
だが見つからない。そんなことをしている内に、浮遊式輸送板とヨーヌの影が重なった。
◇ ◇ ◇
重飛甲母艦発着場。
緊急用の高速浮遊式輸送板を飛ばし、ヘッケリオ・オバロスは一人でそこに現れた。
いつでも緊急出動できる様、ヘッケリオの研究室に設置されているものだ。
支度まで含めても、ここまで10分と掛かっていない。
警備員はいぶかしげにジロリと見るが、彼は顔パスの身分だ。何の障害もなく通過すると、そのまま重飛甲母艦の一機へと入っていった。
「これはヘッケリオ殿。一体こちらにはどのような御用で?」
その飛甲母艦艦長、オンド・バヌーは突然の来訪者に驚いた。その驚きの種類は、いきなり肩にゴキブリが落ちてきたようなものだ。
一瞬悲鳴を上げそうになったが、そこはそれ、熟練の飛甲騎兵だった男。すぐに心を立て直し、刺激しないよう笑顔を作り淑やかに尋ねる。
相手は“魔族の次に嫌われる者”。だが、この世には身分や立場というものがある。比翼の天馬やその部下達の様に明確な敵意を向けられるのは、それなりの地位にあるか、その庇護下になければ出来はしない。
図体は2メートル超え。それはこの国では極普通の身長だ。だが肩幅は異様に広く、その体積を数倍にも見せている。
その巨漢が子供のような身長しかないヘッケリオに平伏するのは、部下達からすればあまり気分のいいものではない。
出来れば殴り倒して外へ捨てて欲しいが、そんなことをしたら間違いなく希望塚行きだろう。今が戦時状態である事を鑑みれば、家族ごと送られかねない。
だが、ヘッケリオにそんな事は関係ない。へつらう男も、憎悪する兵士達もだ。
今重要なのは、近辺に現れた魔族――ただそれだけだ。
「格納庫の6発、全て使用可能ですね?」
「え、ええ。勿論です。当艦は1時間後に出立。第37回栄光への道作戦に参加する予定ですから……」
「既に魔導炉は稼働状態ですね?」
「こ、この重飛甲母艦のですか? ええ、まあ問題ありません。今飛べと言われれば飛べますが……」
「では今飛べ。すぐにです」
この母艦は作戦準備を控え、正規の指揮系統に組み込まれている。ヘッケリオが持つ権力は強大ではあるが、それを軽々に覆すことは出来ない。
だが、彼の言葉にはそのような事は関係ない、聞かないなら殺す、そういった意味合いを多分に含んでいる。
当然、その場合の抵抗は許可されている。いるのだが……。
「畏まりました。各員発着準備! 当艦はこれより離陸する。司令部と地上管制にも連絡せよ」
オンド・バヌーは素直に従う事を選んだ。死にたくないのは勿論だが、たとえ嫌っているとはいえ、人類の勝利の為にはこの男を殺すわけにはいかない……そう、理性が働いたためだった。
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