この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR

ばたっちゅ

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【 魔族と人と 】

バイアマハンの攻防 その1

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 ムーオス自由帝国都市バイアマハン郊外。
 ここは壁の内側――人間領だ。この街から壁までは、おおよそ950キロメートル程だろうか。
 そして壁を越えた先は、1000キロほどに渡って続く荒廃した魔族領。
 その更に先には、悪名高き白き苔の領域が広がっている。

 この近辺に広がるのは、赤茶の大地と山に囲まれた荒野。そこを流れる一本の大河を利用した小規模都市がバイアマハンである。
 川に沿っておよそ15キロ。左右は合わせて6キロほどの細長い都市だ。
 川沿いには大規模な金属ドームが立ち並ぶ一方、外に行くにつれ木製の粗末な小屋が目立つ。

 ここは近隣とは隔離された都市であり、国家の流通ラインからは外れている。だが、ここに建つ金属ドームの殆どが工場だ。
 その理由は、都市というより郊外の方にあった。

 そちらに目を向ければ、広範囲にぐるりと四角く囲む金属のフェンス
 その内側には、現在300を超える重飛甲母艦が待機中だ。そしてそれよりも小さな、飛甲騎兵4騎を搭載する飛甲母艦も100あまりが準備している。
 更に周りに並ぶのは、積み込み前の”揺り籠”の山だ。
 そう、この街は揺り籠の巨大生産工場であり、ここはその出撃拠点でもあったのだ。

 重飛甲母艦は、ここにあるだけが全てではない。
 千機以上が稼働し、今この瞬間も揺り籠を運び、投下し、そして帰投している最中だった。

 そんな中、“地面に穴をあける一族”、“魔族の次に嫌われる者”ヘッケリオ・オバロスは、都市に設営された研究室で膨大な資料と格闘していた。
 不発対策は急務であり、その為にしばしの地上勤務を命じられたのだった。

 さほど広くない部屋に散らかるのは、山盛りの機械と紙の束。それこそ、足の踏み場もないほどだ。人間が入るスペースは、それこそ彼一人分しかない。
 本来であれば、要求すれば幾らでも広い部屋が用意される。人手も同様だ。
 嫌われている事と、職責の重要さは関係ない。彼はこの国の軍事研究家としては、ほぼ最高位の立場であるのだから。
 だがヘッケリオは、この小さな研究室に固執した。それが最も効率が良かったからだ。

「ドクター、お客様がお見えになっています」

 そんな彼の元から、弱々しい青年の声が聞こえてくる。
 この世界で、彼にドクターの敬称を付ける人間は二人しかいない。
 リッツェルネールと、今声を発した彼――、

 背は220センチ度々だろうか。僅か152センチのヘッケリオと比べれば、大人と子供程も差がある。
 だが実際にはそれほどには差を感じない。それは彼の線の細さと、覇気の無さからそう見えたのだろう。
 漆黒の肌と赤い白目から、間違いなくムーオス人と分かる。髪は一本も無いが、これは剃っているのではなく、心労で抜け落ちたのだ。彼の世話をすると言う事は、それだけの大変なのだ。
 黒に近い濃い緑色の瞳に力はなく、どこか怯えた様子をうかがわせる。

 オーベント・ブラクタス。ムーオス自由帝国商家の出自であり、50才の兵役開始と同時にヘッケリオの部下に配属された。
 この国では、本来の兵役は62歳からだ。彼のように早ければ早いほど、その家は貧しいと言う事になる。
 そう……貧しく社会的地位も無く、細く醜い体はこの世界ではあざけりの対象だ。
 そんな彼だからこそ、この世界で最も嫌われている人間の補佐などを押し付けられたのだろう。
 だが同時に、若くして彼の補佐を務めることが出来るだけの知性を兼ね備えている事の証明でもあった。

「客?」

 ヘッケリオは、椅子に座ったまま振り向きもせずに答える。
 その言葉は刃のように鋭く、彼が不機嫌であることは誰の目にも明らかだ。

「その……ザビエブ皇帝親衛隊の方で……」

「そこにある22と書いた資料を渡して追い返せ。直接会う必要も時間もない」

 そう言われたオーベントは、何も言わずに指定された資料を探し出すと、そのまま無言で出て行った。

 口答えはしない。無用な質問をしない。人類を漏れなく嫌いうヘッケリオが、彼をそば付きにしている理由がそれだった。
 ザビエブ……その名を、顔を思い出す度に、殺したいほどの憤怒が巻き起こる。大声で叫び、機械を叩き、書類をぶちまけてやりたい。
 だが実行するわけでもない。そんな事に時間を裂けるほど、暇人ではないのだ。


 ――ヴィィィィィ! ヴィィィィィ! ヴィィィィィ!

 オーベントがいなくなって2時間ほどが過ぎただろうか、遠くから警報の音が聞こえてくる。聞きなれない警戒音だ。
 だがその音を聞きながら、ゆらりとヘッケリオは立ち上がる。

 ――アレが鳴る日が来るとは、思いませんでしたねぇ……。

 あの音は緊急用の特別警報だ。
 訓練以外で最後に鳴ったのは、ヘッケリオが生まれる前。まだ壁の無い時代までさかのぼる。
 魔族検知器――それも、不死者アンデッドらの小さな魔族などは感知しない。
 最低でも竜級ドラゴンクラス。そもそもは、魔神を想定した探知機センサーだ。

 ――想定と認識を変える必要がありますね……。




 ◇     ◇     ◇




 ――これは多分、見つかったのだろう。

 遠くで飛甲母艦が一斉に飛び立つ姿が見える。
 それに、数機の重飛甲母艦もだ。
 その様子を見ながら魔人ヨーヌはやれやれと考えていた。
 こんな人間領の内側まで魔人が入るなど普通は無い。そんな特殊事象レアケースを想定した警報が生きているとは予想外だったのだ。

警報機サイレンの音も聞こえますネェ。思ったよりも早い」

 ――我々しかいないのに、なぜいちいち言葉などに変換する。

 魔人ヨーヌは、魔人ゲルニッヒの行動が奇妙でたまらない。
 ヨーヌは比較的何でもできる魔人だ。
 一見すると平坦な影だが、必要に応じて立体になる事も出来る。
 音を立てない俊敏な移動。見かけによらぬ高い運搬力。人間との会話にもそつが無く、ある程度の魔法も使いこなす。まさに万能といった感じだ。
 だが当の本人は、ただ静かに……存在自体も知られず、世界に溶け込んで生きたかった。
 今こうして協力しているのは、ひとえに古の約束があるからだ。
 人間に迎合し、その真似をするという事に、一体何の価値があるというのか。

「フフフ、貴方もやってみれば分かりマス。思考が止まりマセン。実に楽しい行為デスヨ」

 そんなものかねとも思うが、魔人はそれぞれ生き方がある。ヨーヌにはヨーヌの生き方がある様にゲルニッヒにも彼なりの目的や定義がある。それに口を出すつもりはない。
 それよりも、今直近に問題が迫ってきている。

「フムフム、マア大体特定出来マシタ……エエ、その通りデス。探知機センサーはあそこの建物デスネ」

 ヨーヌの体から、ブクブクとあぶくの様なものが湧きたつ。

「ハイ、その通りデス。近くに行けば、彼らの使う兵器は使用できマセン。大きすぎる力も、難しいものデスネ。ハハハ。」

 ゲルニッヒは4歩の手を広げ、大豆の頭をくるくると回転させる。

「ソウですね。では先ずは様子を見る事に致しマショウ」

 ヨーヌの沈黙しているため、傍目にはゲルニッヒの一人芝居の様だ。
 だが、互いの意思疎通は果たされている。二体の魔人は、町を囲むように左右に散った。
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