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【 魔族と人と 】
人類の歴史 後編
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マリクカンドルフは、結局手ぶらで宮殿を後にした。
しばらくしたら、中央で会議が開かれる。今後の魔族領侵攻戦に関してだ。
オスピア陛下もまたそれに出席し、責任の所在を決めに行くのだろう。
それまでは現状維持――つまりは待機だ。
敬愛する女帝陛下の重石を取り除くためにも、一刻も早く魔族領に行き魔王を討つ。
それが叶わなかった事は、彼に大きな落胆を与えていた。
「何をしょげているんですか、陛下?」
「ん、ああ、ダメだった。それと陛下はよしてくれ。俺はもう、一介の将軍職に戻ったのだからね」
マリクカンドルフに声をかけた女性は、そのまま横を並走する。
「癖ですよ、癖。まあ、こっちの新しい陛下は兄妹みたいに育ったので、未だにあちらを陛下って呼称するのに慣れていないんですよ」
背は155センチほどか。長い金髪をツーサイドアップにし、少し切れ長の緑の瞳は生命の輝きに満ちている。
細くしなやかな体は、この世界では決して美人ではない。だがそれがどうしたと言わんばかりに自身に満ち溢れた、ステップを踏むような軽やかな足取りだ。
服装は、輝く白金に孔雀羽の紋章が付いたレオタード。肩から背中には、フレンジの付いたマントを纏い、腰には申し訳程度のミニスカート。
太腿から下は白のニーソックスを履き、膝までガードする金属ブーツの色もまた白金だ。
ルフィエーナ・エデル・レストン・ユーディザード。
リアンヌの丘で重傷を負って以来ずっと入院していたが、このほど無事退院となったのだった。
長い病養生活ですっかり痩せ細ってしまったが、しょげた様子は見られない。
それよりも、魔族領侵攻戦に間に合った喜びの方が大きかった。
「今度こそ魔王を倒し、戦友の無念を晴らしてお見せいたしますわ!」
そう言いながら、平坦な力こぶを見せる彼女の行く先が、元国王として少々心配なマリクカンドルフだった。
◇ ◇ ◇
「そろそろ、お茶淹れる?」
休憩の頃合いだろうか、ユニカがそう提案してきた。
実はお茶が欲しい場合は精霊に言えばいいのだが、こうして休憩の時は彼女が仕切る。
俺が初日に飛ばしまくって一心不乱に本と格闘したいたため、見兼ねてこういう事になったのだ。
「ああ、頼む」
同時に、テルティルトがそわそわと落ち着かなくなってくる。
この休憩時間には、ユニカが焼いたケーキが出てくるのだ。
その為だけに、こいつはここで大人しく待っていると言って良い。
「ずっと昔の事を考えていたかな」
膝の上で、エヴィアがこちらを覗き込むように見上げている。
「ああ、浮遊城の対策はもう出来ているからな。後はゲルニッヒたちの帰還待ちだ」
言いながら、ふと思う。
初代魔王の手記が、未だにしっかり残っているのは驚いた。
たとえどんなものでも――それが魔人にとって不利な事でも、その足跡はしっかりと残す……確かに、以前言ったとおりだった。
だが何だろうか? ふと頭の隅に、何かが引っ掛かる。
何だろう? 今は必要無いような……だがとても大事な事の様な。
もう少しで思い出せ……。
「魔王、お茶が入ったかな。冷めちゃうとユニカが怒るよ」
「あ、ああ、そうだな」
魔人は、決して魔王に嘘をつくことは無い。それは、初代魔王の頃からの約束だ。
魔人達にとって、魔王の行動こそ最大の興味だである。だがそれは、純真に魔王の内側から発した衝動でなければならない。
嘘を原典とした偽りの行動は、その興味を大きく阻害する。まるで、高級料理をゴミ箱にぶちまけるがごとくだ。
勿論、世界は嘘塗れだ。いつかは魔王も、誰かの付いた嘘を元に行動する事があるだろう。
だがそれでも、それはそれはそれ。嘘を元にしたとしても、世界が作った嘘なら良いではないか。
それをどう消化し、どう考え、どう行動したかもまた、魔王の心からの行動であるのなら何も問題はない。
踊らされるのも、見破るのみ、それを利用するのも、それは大変に興味をそそられる。
しかし魔人の付いた嘘は別だ。自分たちを信用すればするほど――そして人間から隔離され、情報が少なければ少ないほど、魔人の言葉を元に行動してしまうだろう。
事の大小はともかく、そんな事は許されない。それでは自分たちに都合の良いただの操り人形ではないか。
だから魔人は決して魔王に嘘はつかない。これは魔人同士に伝わる、絶対の協定なのだ。
――だが、都合が悪ければしっかりと誤魔化す。
魔王はそれを知っていたが、今は目の前にある物が強大すぎて、つい見落としていた。
ガシャン、ガシャン、ガシャン――、
ここは魔王のいる壁とは反対側の壁。
そこにある扉は反対側にあるゲストルームと同じであり、掛けられたプレートは”印刷所”。
本来であれば、古くなってどうしようもなくなった書物のバックアップを取る場所である。
だがそこでは今、別のモノが印刷され、増産されていた。
それはエヴィアが記し、魔王が破棄した魔王メモ。原本は失われたが、すでにこの地にて製本作業の最中だったのだ。
魔人は知識を欲する。それは、以前エヴィアが魔王に言った言葉。
たとえそれがどんなものであろうとも、魔人は一度得た知識を失う事を良しとしない。
精霊たちは自分達が何を印刷しているかも知らぬまま、魔王の恥ずかしい本を増産していたのであった。
しばらくしたら、中央で会議が開かれる。今後の魔族領侵攻戦に関してだ。
オスピア陛下もまたそれに出席し、責任の所在を決めに行くのだろう。
それまでは現状維持――つまりは待機だ。
敬愛する女帝陛下の重石を取り除くためにも、一刻も早く魔族領に行き魔王を討つ。
それが叶わなかった事は、彼に大きな落胆を与えていた。
「何をしょげているんですか、陛下?」
「ん、ああ、ダメだった。それと陛下はよしてくれ。俺はもう、一介の将軍職に戻ったのだからね」
マリクカンドルフに声をかけた女性は、そのまま横を並走する。
「癖ですよ、癖。まあ、こっちの新しい陛下は兄妹みたいに育ったので、未だにあちらを陛下って呼称するのに慣れていないんですよ」
背は155センチほどか。長い金髪をツーサイドアップにし、少し切れ長の緑の瞳は生命の輝きに満ちている。
細くしなやかな体は、この世界では決して美人ではない。だがそれがどうしたと言わんばかりに自身に満ち溢れた、ステップを踏むような軽やかな足取りだ。
服装は、輝く白金に孔雀羽の紋章が付いたレオタード。肩から背中には、フレンジの付いたマントを纏い、腰には申し訳程度のミニスカート。
太腿から下は白のニーソックスを履き、膝までガードする金属ブーツの色もまた白金だ。
ルフィエーナ・エデル・レストン・ユーディザード。
リアンヌの丘で重傷を負って以来ずっと入院していたが、このほど無事退院となったのだった。
長い病養生活ですっかり痩せ細ってしまったが、しょげた様子は見られない。
それよりも、魔族領侵攻戦に間に合った喜びの方が大きかった。
「今度こそ魔王を倒し、戦友の無念を晴らしてお見せいたしますわ!」
そう言いながら、平坦な力こぶを見せる彼女の行く先が、元国王として少々心配なマリクカンドルフだった。
◇ ◇ ◇
「そろそろ、お茶淹れる?」
休憩の頃合いだろうか、ユニカがそう提案してきた。
実はお茶が欲しい場合は精霊に言えばいいのだが、こうして休憩の時は彼女が仕切る。
俺が初日に飛ばしまくって一心不乱に本と格闘したいたため、見兼ねてこういう事になったのだ。
「ああ、頼む」
同時に、テルティルトがそわそわと落ち着かなくなってくる。
この休憩時間には、ユニカが焼いたケーキが出てくるのだ。
その為だけに、こいつはここで大人しく待っていると言って良い。
「ずっと昔の事を考えていたかな」
膝の上で、エヴィアがこちらを覗き込むように見上げている。
「ああ、浮遊城の対策はもう出来ているからな。後はゲルニッヒたちの帰還待ちだ」
言いながら、ふと思う。
初代魔王の手記が、未だにしっかり残っているのは驚いた。
たとえどんなものでも――それが魔人にとって不利な事でも、その足跡はしっかりと残す……確かに、以前言ったとおりだった。
だが何だろうか? ふと頭の隅に、何かが引っ掛かる。
何だろう? 今は必要無いような……だがとても大事な事の様な。
もう少しで思い出せ……。
「魔王、お茶が入ったかな。冷めちゃうとユニカが怒るよ」
「あ、ああ、そうだな」
魔人は、決して魔王に嘘をつくことは無い。それは、初代魔王の頃からの約束だ。
魔人達にとって、魔王の行動こそ最大の興味だである。だがそれは、純真に魔王の内側から発した衝動でなければならない。
嘘を原典とした偽りの行動は、その興味を大きく阻害する。まるで、高級料理をゴミ箱にぶちまけるがごとくだ。
勿論、世界は嘘塗れだ。いつかは魔王も、誰かの付いた嘘を元に行動する事があるだろう。
だがそれでも、それはそれはそれ。嘘を元にしたとしても、世界が作った嘘なら良いではないか。
それをどう消化し、どう考え、どう行動したかもまた、魔王の心からの行動であるのなら何も問題はない。
踊らされるのも、見破るのみ、それを利用するのも、それは大変に興味をそそられる。
しかし魔人の付いた嘘は別だ。自分たちを信用すればするほど――そして人間から隔離され、情報が少なければ少ないほど、魔人の言葉を元に行動してしまうだろう。
事の大小はともかく、そんな事は許されない。それでは自分たちに都合の良いただの操り人形ではないか。
だから魔人は決して魔王に嘘はつかない。これは魔人同士に伝わる、絶対の協定なのだ。
――だが、都合が悪ければしっかりと誤魔化す。
魔王はそれを知っていたが、今は目の前にある物が強大すぎて、つい見落としていた。
ガシャン、ガシャン、ガシャン――、
ここは魔王のいる壁とは反対側の壁。
そこにある扉は反対側にあるゲストルームと同じであり、掛けられたプレートは”印刷所”。
本来であれば、古くなってどうしようもなくなった書物のバックアップを取る場所である。
だがそこでは今、別のモノが印刷され、増産されていた。
それはエヴィアが記し、魔王が破棄した魔王メモ。原本は失われたが、すでにこの地にて製本作業の最中だったのだ。
魔人は知識を欲する。それは、以前エヴィアが魔王に言った言葉。
たとえそれがどんなものであろうとも、魔人は一度得た知識を失う事を良しとしない。
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