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【 魔族と人と 】
人類の歴史 中編
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ハルタール帝国首都、ロキロア。
宮殿にある小さな一角に、女帝オスピアとマリクカンドルフがいた。
ここは謁見の間の近くに設けられた、オスピアが休憩するための個室だ。
調度品は全て子供サイズであり、そこに入った220センチの巨体の場違い感は酷い。まるで託児所に来たプロレスラーの様だ。
しかも、出陣許可を得てこいと部下にせっつかれたため、完全武装の全身鎧。薄絹のドレス一枚を纏っただけのオスピアと比べると、もはや場違いどころではない。暴漢である。
それを自覚し、マリクカンドルフは嫌な汗をかきっぱなしだ。
だが、オスピアは気にした様子も無い。ただ――
「出撃許可は出せぬの、マリクカンドルフ。これは四大国の会議において、責任の所在を明確にしてからでなければ始められぬ」
「……責任ですか?」
「そう、責任よの。これから起こるかもしれぬ大虐殺――或いは人類の滅亡。その時、誰がどうするのか、それを決めねばならぬ」
無表情で言うオスピアを見ながら、マリクカンドルフは湧いた言葉を飲み込むことは出来なかった。
オスピアが、あまりにも寂しそうだったからである。
「陛下、それは人類全てが負うべき責任です。そしてもう、今更だと考えます。海を失うまでは、確かに無自覚かつ無責任であったと認めましょう。しかし、もはや人類は魔族を倒さねばこの世で生き抜く事は出来ない。その覚悟を以て、此度の戦いに挑んでおります」
マリクカンドルフの覚悟は、確かに正真正銘だ。
しかし――
「人は想像する悲劇への覚悟は出来ても、目の前で起きた惨劇を受け入れることは出来ぬ。ここロキロアが、どうして出来たか知っておるか?」
「……いえ、どうしてと言われると不明です。ここが首都に適していたからと判断しておりますが」
「ここにはかつて、太古の人類の街があったの。だがそれは一夜にして滅んだのだ。星が降ったことによっての。ここは、その穴の跡に作られた記念碑を中心に発展した街よの」
「星が……ですか?」
「そう……神々の黄昏。人類は神に挑み、そして敗れ去ったのだの。神とは言うまでもない、魔神のことである」
◇ ◇ ◇
パラリ――相和義輝が、新たなページをめくる。
人類の我が儘、破壊と拡張。それに対する初代魔王の悩み。それらを憂慮した魔人達は、一斉に行動を開始した。
一度、人類種を淘汰しよう。そして再び魔人と魔王、他の生き物だけの世界に戻せばいい。それで全ては解決するはずだと。
こうして1年も経たぬうちに、1万年におよぶ人類の歴史は消え去った。
召喚された人間達は、文明を石器時代からリスタートしたわけでは無い。それぞれの世界で独自に文明を発達してきた者たちだ。
それなりに……いや、かなり高度な文明を築いていたらしい。
それでも、本気になった魔人達には太刀打ち出来なかったのだ。
「ここロキロアが、星の墜ちた跡……ですか」
マリクカンドルフはちらりと窓の向こうを見る。
そこには少し波打つように、高い山の尾根が水平線のように見えている。
「そう、クレーターというの。この様な円形盆地は、何処にで見られる地形であるの。多くは湖となっておる。元ケールオイオン王国のアヴァンダ湖などもそうであったか……」
言われてみれば、こんな地形は多い――そうマリクカンドルフは考えていた。
今までの人生は戦術家として戦った歴史。それはすなわち、地図を眺めた続けた人生でもある。
周囲を山に囲まれた円形盆地――もう、何度見たかもわからない程に一般的な地形だ。それが全て、星が墜ちた跡だというのか……。
「それで、人はどうなったのですか?」
「ふむ……人類はその後――」
◇ ◇ ◇
全ての人間は滅んだ。この世界で誕生した初代魔王の家族もまた、一人残らず始末された。
家族の死体の前に佇む魔人、それは初代魔王が最も信頼し、家族を預けていた魔人だったと記されている。
彼の手記によると、この時沸き上がった感情は怒りでも悲しみでもなく、ただ虚無であったそうだ。
ハッキリと決めなかった自分。人を押さえられなかった自分。魔人を止められなかった自分。
全ての責任は自分にあると、心を閉ざしたのだろう。その後は管理者として、ただ機械的に生きた。
そんな初代魔王を見て、魔人達は後悔に苛まれた。
なぜこうなったのかを考えたが、結局は自分達の知識に重大な不足があると結論付けたのだろう。
彼らもまた、世界の管理を魔王に丸投げした。
だが一部の魔人達は、その現状を何とか変えたいと考えたようだ。
もう一度、魔王との友好的で暖かな関係を取り戻すため、再び人類を召喚した。最初の人類が滅んでから、おおよそ1万年後の事だった。
初代魔王もまた、それに応えたいとは考えていたようだ。新たな家庭を持つことを承認し、オスピアが誕生した。
だが、もう生きる気力は底をついていた。初代魔王は、我が子の成人を見ることなくこの世を去ったのだった。
それから2万数千年が経過し、今に至る。
人類は神話という形で滅亡に整合性を作った。生き残った者が復興させたとか、再び神の世界から送られてきたなどだ。
その間、多数の次なる魔王達が召喚された。そして人類を適度に間引きながら、世界のバランスを保ってきたのだ。
その歴史の中で多くの領域が解除されたが、再生はあっても新規の構築は無かった。
人類が必死になって生存圏を求めたのに対し、魔王にやる気はなく、魔人も放任だ。結局ずるずると、人間側が領土を拡張して今に至る。
そして現在、世界バランスは抜き差しならない所まで来てしまっている。
もう人間世界に残っている魔族領は少なく、また守られている。人類は行き場を無くしてしまったのだ。
このまま人間と魔族が戦って、殺しあって、そして勝者は繁栄を得る。では敗者は?
滅亡させるのか? しないのならば、やがていつか同じ事を繰り返すのだろう。
だが俺は、この歴史の中に一筋の光明を見た気がしていた。
宮殿にある小さな一角に、女帝オスピアとマリクカンドルフがいた。
ここは謁見の間の近くに設けられた、オスピアが休憩するための個室だ。
調度品は全て子供サイズであり、そこに入った220センチの巨体の場違い感は酷い。まるで託児所に来たプロレスラーの様だ。
しかも、出陣許可を得てこいと部下にせっつかれたため、完全武装の全身鎧。薄絹のドレス一枚を纏っただけのオスピアと比べると、もはや場違いどころではない。暴漢である。
それを自覚し、マリクカンドルフは嫌な汗をかきっぱなしだ。
だが、オスピアは気にした様子も無い。ただ――
「出撃許可は出せぬの、マリクカンドルフ。これは四大国の会議において、責任の所在を明確にしてからでなければ始められぬ」
「……責任ですか?」
「そう、責任よの。これから起こるかもしれぬ大虐殺――或いは人類の滅亡。その時、誰がどうするのか、それを決めねばならぬ」
無表情で言うオスピアを見ながら、マリクカンドルフは湧いた言葉を飲み込むことは出来なかった。
オスピアが、あまりにも寂しそうだったからである。
「陛下、それは人類全てが負うべき責任です。そしてもう、今更だと考えます。海を失うまでは、確かに無自覚かつ無責任であったと認めましょう。しかし、もはや人類は魔族を倒さねばこの世で生き抜く事は出来ない。その覚悟を以て、此度の戦いに挑んでおります」
マリクカンドルフの覚悟は、確かに正真正銘だ。
しかし――
「人は想像する悲劇への覚悟は出来ても、目の前で起きた惨劇を受け入れることは出来ぬ。ここロキロアが、どうして出来たか知っておるか?」
「……いえ、どうしてと言われると不明です。ここが首都に適していたからと判断しておりますが」
「ここにはかつて、太古の人類の街があったの。だがそれは一夜にして滅んだのだ。星が降ったことによっての。ここは、その穴の跡に作られた記念碑を中心に発展した街よの」
「星が……ですか?」
「そう……神々の黄昏。人類は神に挑み、そして敗れ去ったのだの。神とは言うまでもない、魔神のことである」
◇ ◇ ◇
パラリ――相和義輝が、新たなページをめくる。
人類の我が儘、破壊と拡張。それに対する初代魔王の悩み。それらを憂慮した魔人達は、一斉に行動を開始した。
一度、人類種を淘汰しよう。そして再び魔人と魔王、他の生き物だけの世界に戻せばいい。それで全ては解決するはずだと。
こうして1年も経たぬうちに、1万年におよぶ人類の歴史は消え去った。
召喚された人間達は、文明を石器時代からリスタートしたわけでは無い。それぞれの世界で独自に文明を発達してきた者たちだ。
それなりに……いや、かなり高度な文明を築いていたらしい。
それでも、本気になった魔人達には太刀打ち出来なかったのだ。
「ここロキロアが、星の墜ちた跡……ですか」
マリクカンドルフはちらりと窓の向こうを見る。
そこには少し波打つように、高い山の尾根が水平線のように見えている。
「そう、クレーターというの。この様な円形盆地は、何処にで見られる地形であるの。多くは湖となっておる。元ケールオイオン王国のアヴァンダ湖などもそうであったか……」
言われてみれば、こんな地形は多い――そうマリクカンドルフは考えていた。
今までの人生は戦術家として戦った歴史。それはすなわち、地図を眺めた続けた人生でもある。
周囲を山に囲まれた円形盆地――もう、何度見たかもわからない程に一般的な地形だ。それが全て、星が墜ちた跡だというのか……。
「それで、人はどうなったのですか?」
「ふむ……人類はその後――」
◇ ◇ ◇
全ての人間は滅んだ。この世界で誕生した初代魔王の家族もまた、一人残らず始末された。
家族の死体の前に佇む魔人、それは初代魔王が最も信頼し、家族を預けていた魔人だったと記されている。
彼の手記によると、この時沸き上がった感情は怒りでも悲しみでもなく、ただ虚無であったそうだ。
ハッキリと決めなかった自分。人を押さえられなかった自分。魔人を止められなかった自分。
全ての責任は自分にあると、心を閉ざしたのだろう。その後は管理者として、ただ機械的に生きた。
そんな初代魔王を見て、魔人達は後悔に苛まれた。
なぜこうなったのかを考えたが、結局は自分達の知識に重大な不足があると結論付けたのだろう。
彼らもまた、世界の管理を魔王に丸投げした。
だが一部の魔人達は、その現状を何とか変えたいと考えたようだ。
もう一度、魔王との友好的で暖かな関係を取り戻すため、再び人類を召喚した。最初の人類が滅んでから、おおよそ1万年後の事だった。
初代魔王もまた、それに応えたいとは考えていたようだ。新たな家庭を持つことを承認し、オスピアが誕生した。
だが、もう生きる気力は底をついていた。初代魔王は、我が子の成人を見ることなくこの世を去ったのだった。
それから2万数千年が経過し、今に至る。
人類は神話という形で滅亡に整合性を作った。生き残った者が復興させたとか、再び神の世界から送られてきたなどだ。
その間、多数の次なる魔王達が召喚された。そして人類を適度に間引きながら、世界のバランスを保ってきたのだ。
その歴史の中で多くの領域が解除されたが、再生はあっても新規の構築は無かった。
人類が必死になって生存圏を求めたのに対し、魔王にやる気はなく、魔人も放任だ。結局ずるずると、人間側が領土を拡張して今に至る。
そして現在、世界バランスは抜き差しならない所まで来てしまっている。
もう人間世界に残っている魔族領は少なく、また守られている。人類は行き場を無くしてしまったのだ。
このまま人間と魔族が戦って、殺しあって、そして勝者は繁栄を得る。では敗者は?
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