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【 魔族と人と 】

無限の書簡 中編

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 その頃――浮遊城ジャルプ・ケラッツァは、アイオネアの門近くに待機していた。

「ケインブラ、中央の予定はどうなっている?」

「218年9月22日に、新領域対策会議を開くそうだ。それ以前、9月20日に3大国当主との会合が予定されている」

 今が8月29日。31日後に会合と考えると、9月19日には中央に到着している必要がある。
 移動は当然飛甲騎兵だ。今から再び壁を動かして、城を戻すことは考えられないからだ。

 それにしても随分かかるものだとリッツェルネールは思う。
 魔族領侵入予定だった各国軍にとってはかなり迷惑な話だが、彼にとってはマイナスではない。
 元々北側はすぐに行動を起こす予定はなかったのだから、ここで待機する事は問題ではない。
 そして中央の動きの鈍さに対する不満は、そのまま彼に対する民衆の支持へと繋がるのだ。

 更に言えば、中央がまだ何処どこかの独裁体制にはなっていない事を表している。
 この世界は何処どこも戦争に備えて君主制を敷いているが、中央は議会制だ。
 それは確かに、いざという時の動きは鈍い。だが同時にその鈍さこそが、何処どこか一国の利益独占を防ぐ役割を担っているのだ。
 今現在の体制を考えれば、中央が中央である事自体がありがたい。

「こちらはあくまで中央の部隊だ。その指示には、粛々と従うしかあるまいさ」

 ――……だが、いざ戦闘に突入すれば全権は僕に移る。その時こそが、勝負だろうな。

 もし失敗すれば、リッツェルネールの名声は地に堕ちるだろう。
 だがそれは構わないと思う。どうせ失敗した時は死んでいるのだから。
 問題は、成功しつつも中央の権威が保たれる事だ。
 何処かで手を打つ必要があるかもしれない……そう考えた彼の頭の中には、すでに幾つかの策謀が巡っていた。

 段々と下に降りるたびにその全容は見えていたが、実際に底に着くと驚く事ばかりだ。
 上からだと、下は黒い床に見えた。
 だが実際にはっきり見えるところまで行くと、それが間違いだと判る。

 床は黒ではなく透明だ。そしてその中には、無数の本が氷に閉じ込められるかのように沈んでいる。
 実際にその床に降り立つと、カツンと響くのは金属的な音。
 だがそれと同時に波紋の様な模様が浮かび、照らされたライトにより幾重にも重なった白い輪を描く。
 流体金属――そう言えばいいのだろうか。初めて感じる感触は心地いいが、不気味さも感じる。

 ――どこか踏み抜いちゃいけない場所とか、あったりしないだろうな……。

 中の本が反射して見える部分までは透明と分かるが、底の方は真っ暗な闇だ。
 いきなりあそこまでドボンは御免だぞ。
 場所を考えればそういった事は無いだろうが、逆にこういった場所を考えると罠の一つでもありそうとも感じてしまう。
 ここはおそらく、歴代魔王達にとって最高機密の一つなのだろうから。

 螺旋階段の終点からは放射状にぐるりと机が並ぶ。
 ほぼ真上から見た時は本棚かと思ったが、下まで降りればハッキリと違いが分かる。
 そこでは丸い流体金属たちが、並んで本を読んでいるところだ。数はかなり多い。
 ただ、読むというには少し違うか。
 下から本を持って浮かんで来ては、ペラペラとページを最後までめくる。それが終わると、また本を持って沈んで行く。一定のサイクルの様だ。

「たまに動かさないと、本が固まってダメになっちゃうかな」

「へえ、ちゃんと意味があるんだな」

 種類タイプとしては、溶岩の精霊や蠢く死体ゾンビに近いだろう。
 数が多く、何かしらの依り代を必要とする点も同じだ。
 この場合は流体金属に憑りついているのだろうが……直感してわかる。彼らの戦闘力は0だ。
 精霊だから簡単には死なないが、あれらに人間を倒すだけの力はない。ただ本の管理をするのが限界だろう。
 しかし、何で本の管理を精霊がしているんだ?

「好きだからかな。あの性質があったから、ここの図書館を建てたよ」

 すたすたと歩きながらエヴィアが説明してくれる。
 なるほど、逆か。図書館に合わせて精霊を何とかしたのではなく、そういった精霊が出来たから利用したと。
 するとこの図書館は、ホテルと違って領域の一部ではない。
 壊れたら……。

「自動では治らないわねー。作るのは結構大変よ」

「だろうな。とてもじゃないが、俺には作れそうにないよ」

 そう言いながら、エヴィアの案内で奥へと進む。
 螺旋階段は、この広い円形のホールの中心にあった。そこからどちらに進んだら良いのか見当もつかないが、こうしてエヴィアが先導してくれるのはありがたい。

 下をこうして歩くと分かるが、放射状に並ぶ机は、途中から本棚に変わる。
 高さは6メートルくらいだろうか。なかなか壮観だが、十分な広さを取っているので威圧感は無い。
 棚にもびっしりと液体金属の精霊が張り付いているところを見ると、本当に好きなのだろう。
 あの沢山あったライトは何のためかと思ったが、こうして棚と棚の間を歩くと分かる
 細かく区切られた通路を、それぞれ微妙に角度を変えながら照らしているのだ。
 おかげで影は殆ど無く。あまり地下という感じがしない。

 どの方位なのかは分からなかったが、300メートル程進むと壁に付く。
 上から見た時の構造とぴったり一致するな。
 目の前には金属製の両開き扉が付いており、『ゲスト』と記されたプレートが付いている。

「ここで休憩や生活が出来るかな、多分。魔王魔力拡散機もあるから、魔王はお仕事だね」

「まあ、まだ全然溜まってないんだけどな……」

 だがまあ、ここで滞在するうちにそこそこは貯まるだろう。
 1日や2日で何とか成る程、甘くは無いだろうから。
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